セルドマーニの花束

エリー.ファー

セルドマーニの花束

 以上の結果からこのような惨事を招いてしまったことを心より恥じる。


 実験の多くは失敗に終わったが、そこから幾つかの可能性を見ることができた。


 あえて、多くのサンプルを放置してみたが全くの無傷であった。このことからこの研究の持つ意義を再確認する必要性が出てきた。


 一つ二つと数えていく作業では追いつかなくなるほどに増殖の速度は増している。この現象をセルドマーニの花束と名付ける。


 一応、答えを用意して始めた研究であったにもかかわらず、残念なことにそれらは全く意味のないものとなった。本来、このような資料はすべて事後に書くものではあるべきだが、セルドマーニの花束の危険性を誤解していたこともあり、このような問題を発生させるになってしまった。一人の研究員として心より恥じる。


 セルドマーニの花束の正体は研究員の慢心に付け込む、人間以外の意思による悪意であると考えられる。繰り返された調査の結果も全く役に立たないことも、そう考えれば辻褄が合う。翻弄され続けたこの十二年間で、消費された時間と研究費は莫大である。余りにも取り返しのきかないことをしてしまった。このように記録はしているものの手が震える。


 好奇心で始めたものだったのだ。余りにも残酷な最後を迎えようとしている。


 死にたくはない。


 セルドマーニの花束はいずれ誰かの手によって二度三度と発見されるだろう。それは人の意思に反応するものであるため余計に厄介である。誰かの手によって変えられるはずだった対象は、そのものの意思に限らず、その影響を受けることとなる。これはセルドマーニの花束に限定される事象ではない。


 研究の失敗は何度と告げられているにも関わらず、残念なことに誰も助けにはこない。記憶の改竄自体は決して珍しいことではないが、それが研究中に行われたことに憤りを感じる。


 寂しさが染み入る。


 セルドマーニの花束は香りなどは一切持たない。また、色も持っていない。ただ非常に下品な雰囲気だけを漂わせている。これは私がそのように思っているというだけで、客観的な事実ではないと断言する。ただ、特定の範囲内の認知に影響を与えるものであるという可能性もあるので引き続き研究は行われるべきとの結論に至る。


 誰も見ることのない資料作りをしている。


 扉が閉じられて数年が経過したはずである。しかし、時間はそこまで経っていない。これがセルドマーニの花束の意思なのか。


 セルドマーニの花束は少しずつ私に向かって動いている。狭い研究室ではあるが移動し続ければ決して体が当たることはない。しかし、それを永遠に続けるほどの気力は私には一切残っていない。


 このセルドマーニの花束を燃やしたいと言っていた研究員がいたことを思い出す。私はなんと罰当たりなと言ったが、あれは正しかったと今更ながらに反省した。


 セルドマーニの花束が急に甘い香りを出し始める。形容しがたい。


 私の姿が鏡にも映らなくなった。もう、長くはもたないだろう。


 セルドマーニの花束の中に、私の顔が見えた。私は急いで自分の顔を触ろうとしたが、首から上には何もなかった。


 見えないはずなのに見て、嗅げないはずなのに嗅ぎ、聞けないはずなのに聞いている。


 セルドマーニの花束というのは正確には間違いである。正確にはセルドマーニに贈られるはずだった花束である。


 セルドマーニに花束を。

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