4:輪入道
「さて、どうするね、こいつらは?」
野崎は顎をさすりながら茅野に聞いた。
「どう、と言われても一匹ずつ解体していくしかないんじゃないか?」
茅野はバインダーに挟まれた工程表を
「いや解体ったってお前、この数をか?」
「まあな……」
自転車のタイヤからダンプのタイヤまで多種多様な輪入道達は、現在カントリークラブの青々としたフェアウェイ上に繋ぎ留められていた。
襲撃してきた二十三体全てが横倒しにされ積み重ねられている。中心には基礎工事に使う鉄杭や角材を通され、飛び出さないように上には留め具として、やはり杭や角材を横棒として取り付けられていた。
それでも、輪入道達は互いの体をこすり合わせながら、ゆっくりと回転し続けている。
「つったって、タイヤの種類によっちゃあワイヤーとか入ってるしな、連中ごらんの通り動いてっから、ちょっと無理なんじゃねえかな?」
「ううむ、埋めたり沈めるってわけにもいかないか……産業廃棄物ってやつはいつだって厄介だな」
「全くだな。で、みんなの怪我の具合はどうなんだ?」
輪入道の襲撃により、十五人が負傷した。
「全員軽症で、すでに医療班が治療して全快したよ。三十分後には作業を再開できる」
「流石に土木関係は体が頑丈だな!」
「まあ、ありがたい話だよ。前じゃあ、どこに責任があるかで一悶着だが、今となってはそんな事を言う奴は誰もいないし、やる気満々だ」
「そりゃ、言ったところで意味がないからな。
おい、ねだっち! そっちはどうだ?」
野崎はグリーン上にいる大根田達に声をかけた。
「ザキ、こっちに来てみろ。中々グロいぞ、これ」
野崎はさすさすと芝を踏みしめながら大根田達の方に向かった。微かに臭っていた
グリーン上では輪入道の解剖が行われていた。
四人が車座になり、しゃがんでいる佐希子の横には白い布が広げられ、手術用の器具のようなものが並べられている。
執刀しているのは手拭いで口を覆った佐希子、本体を地面に押し付け固定しているのは五十嵐だ。大根田とアマツは立ったまま上から覗き込んでいる。少し離れた所に
「誰が吐いた?」
大根田と佐希子が手を挙げた。
「社長、俺もです」
五十嵐がそう言うと、軽く
「いやあ、実際酷い臭いだねこりゃ……でも、すげえ興味深いよ、こいつ。生きたままの付喪神を解剖するのも初めてなわけでさ、臭いなんて――うっぷ――あまり気にならないって言うか、うっぷ……」
自転車のタイヤは上半分を取り除かれていた。
中には半透明の液体が満たされ、白い繊維状の物がびっしりと張り巡らされ、ひくひくと蠢いている。
「死んではいないんだな?」
野崎の質問に大根田は頷き小太刀を掲げて見せた。
「ダメージがあるのかは判らないけども生きてるね。暴れ出したら、あの――」
大根田は小太刀で指したのは、タイヤ内をゆったりと回っている白い塊だった。
「あの部分を刺してみる。佐希子ちゃんが言うには多分、心臓部だそうだ。それで仕留められる……はず」
佐希子は
「この心臓部は動力源でもあるわけだね。こいつが高速でタイヤの中で回転し、タイヤが転がるわけだ。で、この張り巡らされた繊維は神経みたいなもので――」
鉗子で繊維を摘まみ上げると、それはタイヤの裏側にびっちりとくっついているのが判る。
アマツが頷いた。
『間違いないようだ。この神経線維のような物がタイヤの表面を変質させ、一種の感覚器にしているようだ。圧力や温度、そして視覚情報まで伝えているのだろう』
五十嵐が眉を
「回転してんのに、見えるのか?」
アマツが頷き、佐希子が、多分ね、と片眉を上げる。
「ゾエトロープの逆バージョンって言うか――まあ、要するに何枚もの写真を連続で繋げてアニメみたくして見てるってとこじゃないかな。じゃないと、あんな方向転換やら急制動はできないと思うよ」
アマツが表面を指さす。
『見たまえ。液体が漏れぬように表面に膜を作り始めたぞ。五十嵐、接触している君は体力を失っているのではないか?』
五十嵐は頷く。
「まあ、疲れてきたな。ただ、ぶん殴った時よりもマナの減りは少ない気がするな」
解剖されている輪入道の断面に、薄く半透明なドーム状の膜が出来上がった。佐希子が口を尖らせる。
「おいおいおい、これ以上解剖させないってか!?」
野崎は、で、と先を促した。
「こいつらをどう処分するか判ったのか?」
佐希子は、五十嵐と大根田に頷く。
二人は素早く輪入道を足で抑えると、中央に角材を刺してグリーンに固定した。
「心臓部を潰せば多分死ぬけども、それが通じるのは、こいつみたいな小型だけだね。
大型は解体するのに手間が膨大にかかる上に力が強すぎるよ。
となれば凍らすぐらいしかないけども保存場所が無い。西牧ちゃんの衝撃波はゴムに弾かれちゃう……」
「電気能力者は? この現場にはいないけど、使える猫なら知ってるよ」
大根田の言葉に、佐希子は首を捻る。
「確かにタイヤって実は電気を通すから試す価値はあると思う。だけど――」
佐希子は輪入道を指さす。
野崎が驚きの声をあげた。
「な、なんだ!? その膜が固まってきてんのか!?」
先程まで半透明だったドーム状の膜は、じわじわと白色になりつつあった。クラゲのようだった質感も、今ではゴムのようになっている。
アマツは興味深い、と顔を寄せた。と、アマツの顔に走査線のようなものが走り、体全体が一瞬ぼやけた。
佐希子が慌てて、ちょっと離れて! と叫んだ。
「こいつ、マナを吸収するんだからさあ」
『その通りだ。しかし、今までは接触のみだったのが、近づいただけで吸収するようになっている。急激な成長――いや、進化と言うべきか。
そして、こいつは今通信しているぞ』
佐希子は、立ち上がるとグリーンの方を見やった。ぐるぐると回っていた輪入道達が動きを止め、細かく震えていた。
「ま、マジかよ……こりゃヤバイ! 想像以上にヤバいぞ、こいつ!
輪入道の近くにいる人たち! 離れて! 直ちに離れろぉ!!」
だが、数人が足をふらつかせ膝をついた。
野崎が目を見張った。
「こいつは――通信して他の奴も進化させることができるのか!?」
アマツが頷いた。
『輪入道は群れで一つのマナモノなのだろう。だから連携の取れた行動をするし、一つの固体に何かがあったら、その弱点を通信で即座に他の固体に報せ、アップグレードをする』
五十嵐が口笛を吹いた。
「そりゃ電気やって失敗したら、後がねえな」
しかも、と佐希子が付け加える。
「昨日の襲撃で精霊のイカヅチと一緒に輪入道は襲撃してきたらしいじゃない? 電気が弱点だとしたら、周囲を無差別に感電させるイカヅチと一緒に移動してくる? 多分この群れは、すでに電気を克服していると思うなあ!」
アマツが唸る。
『紙一重だったな。連中が中心部への防御を覚え、共有していたら手の打ちようがなかったかもしれないな』
大根田達の血の気が引いた。
野崎がため息をつく。
「そんじゃ、どうしろってんだよ。こんだけのタイヤ、陥没前だって大変だってのに」
佐希子は手拭いをとると、ううんと唸った。
「……いや、まあ、今ちょっとしたことを思いついたんだけどさ……野崎の社長さん、呆れちゃうんじゃないかなぁって……」
「は?」
『脱力かつ有益な考えのような気がする』
「つまり、くだらないグッドアイディアってことですか。いやはや……」
苦笑する大根田にちらりと目をやると、佐希子は満面の笑顔でこめかみに指を当てた。
『皆さん! 提案があります!! 輪入道なんですが――』
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