6:笑う

「……誰ですか、あなたは?」

「名を問うのなら、まずは自分の名を名乗りたまえ」

 大根田と男はにらみ合う。


 空気がぎしりと音を立てたような気がした。

 瞬間、間宮と居間に飛び込んできた麗子がマナガンを構え発砲した。

 だが、男が手を翳すと銃弾は弾き飛ばされた。

『気を付けて! そいつはマルチスキルよ! 確認しただけでも、結界、瞬間移動、それに空間を捻じ曲げて銃弾を返してくる!』

『妙な火の玉も出しやがるぞ!』

 遅れて飛び込んできた五十嵐のマナ通信に佐希子が驚きの声をあげた。

『ちょ、それって、どういう――』

 男は壁に邪魔されて見えないはずの、ぐったりしている女性の方に目を向けた。

「どうやら――」

 男はため息をついた。

「『やはり』壊れてしまったようだな。君達に後始末を頼むとしよう」


「……『やはり』とは?」

 大根田の声に、男は平坦な声で答えた。

「こいつは心が弱いのだ。だが、私に捨てられるのを恐れた。その結果がこれだ」

 大根田の小太刀が赤熱化する。

「それで、置いていくと?」

「私の目的はすでに達した。この女は戦力外だ。だから、こちらは問題ない。

 そして君達に幻覚を見せたのはこの女だ。

 ならば憂さを晴らすべきだと思うが」

 大根田は女性を見る。

 ぐったりと脱力した女性は頭から血を流し、半眼で失禁していた。

 大根田は男に目を戻した。

「僕――俺は大根田清だ」

「……私は――」

「名乗るな。その汚い口を閉じて、ここにこい」

 男は大根田の顔をじっと見た後、口の端を上げた。

 途端に男の周囲に無数の光球が出現する。


「私はうらだ。浦一人うらかずんど


 浦は両手を前に突き出して合わせると、ぐっと右に捻る。

 光球は赤く輝くと、回転しながら大根田に襲い掛かった。

『せ、精霊――カグツチだ! 精霊を使役できる能力なんてあるのかよ!!?』


 ―― 一閃 ――


 大根田は手すりに飛び上がると、赤い光球――カグツチを一太刀でを払い切った。火焔の花が咲き乱れるも、大根田はその火をも返す刀で断ち切る。

「素晴らしい……ふふ、いずれ、また――」

 浦の姿はすでになく、笑いを含んだその声だけが大根田の耳に届いた。



『――まあ、そういう状況だった。人相の方は佐希子ちゃんからデータをもらってくれ』

 大根田のマナ電話に野崎は、頭を掻いた。

『やれやれ……マーケット襲撃犯らしき連中は、カルト教団かもしれないわけだな? で、そいつらは人殺しも余裕で、おまけに鬼を連れてったと?』

『ああ。しかも佐希子ちゃんが言うには、鬼を何人も集めている可能性があるそうだ』

『どういうことだ?』

 野崎は名簿に目を走らせるのを止め、椅子に深くもたれる。折り畳みの椅子が軋みを上げた。

『順を追って話すと、浦という奴の『転送』はアンカーを使って行われるのじゃないかという予想がある』

『アンカー? ああ、泡儀さんの前に置いた根付か? それを目印に運ぶわけか?』

『そうだ。マナを込めた根付を二個用意して、それを目標にして『転送』するんじゃないか、だそうだ。うちのとこの浜本さんの奥さんは目で見えるところに『転送』できるんだ。それの上位版ってところかな』

『距離は?』

『アマツさんが言うには龍脈が使われた形跡がないから、そう遠くない――市内のどこかじゃないかって話だ。まあ、確証はない。で、問題なのは、『転送』された泡儀さんの反応が消えたってところだ』


 野崎は立ち上がると窓に近づく。

 ダンジョンが消えたアルコビルは佐希子の意向により、複合施設へと改装中である。野崎派遣会社は二階にオフィスを作り、管理を任されることになった。将来的には病院や宿泊施設、商店を作り、駅までの一キロを壁で囲って大きな砦にしていくのだそうだ。

 何か月、いや、何年かかるのか――


 野崎は煙草を口に咥えた。勿論火は点けない。

『連中は、マナを遮断する結界を作れるってことか?』

『恐らくは。そして用意周到にそれを準備しているという事は……』

『鬼を何匹も隠すためにってことか』

『恐らくは……。アマツさんと佐希子ちゃんの予想では、そういう事ができる場所として工業団地じゃないかって』

『ああ、まあそうだろうが――古屋日理こやひり針小津はりおづもコミュニティがたくさんあるって話だぞ』

『らしいね。アマツさんも人が多すぎて視認じゃ無理だって言ってたよ』

 野崎は煙草を胸ポケットにしまった。

『木を隠すなら森の中か……ってことは現状できることは警戒するしかねえってことか。で、警察やらに浦の情報を流してもいいのか?』

『……ネギハマーの情報は伏せてもらえるか?』

『OKだ。こういう時にうちは便利だろ?』

『助かる。ところで護衛の方はどうだった?』

『平和なもんさ。だが、まあ――』

 野崎は振り返った。粗末な折り畳みの机に名簿が載っている。

『情報を得るために、連中の仲間が入り込んできててもおかしくない状況ってわけか……』

『まあな。ともかく今は様子見しかない』

『大変だったな……ところで、明日は予定はあるか?』

『どうかな? これから確認してみるけど――何かあったのか?』

『それなんだが――』



 大根田はマナ電話を終えると、大広場――大根田家、八木家、浜本家に囲まれた庭――に歩いて行った。夕食の配膳と後片付けが終わりひっそりとしている。

 青いビニールシートが隅の一角、回復用の植物型精霊『ノツチ』の上に敷かれている。そこに保護した女性が寝かされていた。

 傍らには間宮が直立不動で、回復させている女性を見張っている。

 大根田が頭を下げると間宮も頭を下げ返した。

 そことは反対側の隅に、五十嵐と佐希子が座っていた。八木家の壁に背を預け、並んでぼうっとしているようだった。


「……タバコが吸いてぇ」

 大根田が近づくと、五十嵐はぽつりとそう言った。

「副流煙の被害があるので、地の果てで吸ってきてくださーい」

 佐希子がテキトーな口調でそう言うと、五十嵐はうるせぇと小さくやり返す。

 大根田はその前で胡坐あぐらをかくと、タバコを三本取り出した。

「家を引っ掻き回したらありました。一本いかがですか?」

 五十嵐は大根田をじっと見た後、タバコを手に取る。

「佐希子ちゃんも」

「あたし吸わない――と、空気を読まない発言をするのもアレか……」

 佐希子も煙草を一本取った。

 大根田がこれも家にありました、とライターを取り出すと、五十嵐が咥えたタバコに火を点けた。続いて佐希子が持っているタバコ、最後に自分が咥えているタバコに火を点ける。

 五十嵐と大根田はゆったりと煙を吐いた。

「いやぁ……今日も疲れましたね……」

「まぁな……」

 佐希子は二人をぼうっと眺めた後、手直にあった石に煙草を押し付けて消した。

「……で、ヤ――竜二、あんた弟の身代わりになって刑務所に入ったわけ?」

「……ああ。19の時で、まあ、あんときの俺は色々てんぱってて、その――」

 いやいや、と佐希子は手を振った。

「あたしら、あの幻覚を見てんのよ? そういう誤魔化しされてもね。弟さんの名誉とか、家の面子とか、そういうのを守ろうとしたんっしょ? ったく、しょいすぎだっての」


 佐希子ちゃん、それは――


 大根田は恐る恐る五十嵐の顔を見た。

 五十嵐は苦笑いを浮かべていた。

「お前ね、そういうのはもっと遠回しに言えよ。俺だって傷つくんだぜ」

「けっ! その割にはすっきりした顔してんじゃん。ねえ、大根田さん?」

「ぼ、僕に振るの!? い、いやぁ……まあ、そう見えますかね……」

 大根田は額の汗をぬぐいながら、ぎこちない笑みを浮かべた。五十嵐が、いやいやと手を振った。

「おっさん、そんな顔しなくていいって。いずれ言おうと思ってたしよ、もう『終わった』ことだからな。まあ、今となっちゃあ、意地張ってた自分も笑い話みてぇなもんさ」

「笑えねぇよ、ブラックすぎんだろ」

 ツッコむ佐希子に、五十嵐は煙を吐きかけた。

「げはっげはっ! なにすんじゃ、このボケッ!!」

「はっはっは、わりぃわりぃ」


 五十嵐は、今度は長々と煙を頭上に吐いた。

「まあ、親父のメンツとか、優等生だった武志の事とか――俺は不出来な長男だったからな。俺が犯人になれば、武志の同級生とか担任とかも辛くないんじじゃねえのか、とか、色々勝手に考えちまってよ」

「ああ~……実際どうだったのよ?」

「……知らねぇ。ってか、今となっては正直知りたくもねぇ」

「ですよね~」

「ともかく、俺ぁ、生き残った自分の義務だ、とか意気込んで刑務所に入ったわけだよ。それを泡儀のおやっさんが色々動いてくれて、結果、精神状態が不安定で自供した、みたいなことになったらしい」

 大根田が苦笑した。

「実際不安定だったんですよ、それ」

 五十嵐が、ぽかんとした顔をした。

「……ああ、そういうことなのか。

 まあ、担当した刑事も、俺がやったとは思えなかったらしくて、話が早かったらしい」

 大根田は、いやはやと煙を吐く。

「……大根田さん、顔、にやけてますよ」

 佐希子の言葉に、大根田はおちょぼ口になると、煙を吐きかけた。

「げーほげほげほ! この! シガレットハラスメントじゃぞ!!」

「佐希子ちゃんは、もうちょっとデリカシーって言葉を考えた方が良いなあ。どうですか、五十嵐さん?」

「まったくもって、だぜ」

 佐希子は白目をむいて、下唇を突き出した。

 五十嵐はひでぇ顔だなと呟いた。


「……まあ、そんなわけだからよ、俺ぁ恩をおやっさんに返さないといけねぇんだ」

 五十嵐は頭を下げた。

「だが、一人では無理だ。どうか手を貸してくれねぇか」

 大根田は頷いた。

「判りました。五十嵐さんを手助けいたします。佐希子ちゃんは?」

「いいけどねぇ……ただまあ、ちょっと条件があんだけどね……」

 五十嵐が立ち上がる。

「OKだ。言ってくれ。俺ぁ、なんでもするぜ」

 佐希子がにやりと笑う。

「なんでも? 今、なんでもって言ったね?」

 大根田が眉を顰める。

「ちょっと、佐希子ちゃん、そういうのは――」

「いや、構わねぇ! クソを食えってんなら、喜んで食うぜ俺は!」

「……一応言っとくけど、あたし女性なんだけど」

 佐希子も溜息をつくと、立ち上がる。


「条件は一つ。無茶はしない事。竜二がいなくなると非常に困る」

 大根田も立ち上がった。

「ああ……それは私も条件に入れましょうか」

 五十嵐は、笑った。

「まさか、おっさんにそれを言われちまうとは」

 佐希子が、あー、と何度も頷く。

「大根田さんも無茶はいけませんぜ。マンションで年甲斐もなく手摺に上がった時は、落ちるんじゃないかとお尻がフワフワしたし!」

「ちょ! それ言ったら佐希子ちゃんだって、好奇心とかに負けてすぐフラフラしちゃうじゃない! 泡儀さんに近寄った時、不整脈になりそうだったよ!」

 佐希子と五十嵐は腕を組み、互いの顔を眺めてから頷いた。


「……よし! まあそこらはテキトーに気を付けよう。テキトーに無茶をしない」

「言葉の意味は解らないが、同意しておくぜ」

「さっきまでの会話の流れが台無しじゃないの、これぇ!?」

 大根田のツッコミに二人は笑った。

 大根田も笑いだした。



 こういう時だからこそ、笑え。

 映画か小説の台詞だったか、それとも師匠か学校の先生の言葉だったか――

 ともかく、笑えば明日を生きる活力が湧いてくるのだ。



「で、おっさん、明日はどうすんだ? 連中の捜索っつっても手掛かりもねぇし、とりあえず仕事を――」

「それなんですよ! 実は緊急の仕事が舞い込みまして、ついに鬼弩川が見つかったらしくて――」

 佐希子がぎょえっと悲鳴を上げ仰け反った。

「マジでか!? こ、こりゃえらいこっちゃあああ! 蒸気機関車来ちゃう!? 汽車ポッポ走っちゃううううっ!!?」

 落ち着けボケッ! という五十嵐のツッコミに大根田はまた笑い出した。


 C6 了



 予告:


 陥没により移動してしまった鬼弩川がついに発見される! これで復興に弾みがつくと歓喜する大根田達だったが、当然のごとく問題が立ちはだかる! 果たして大根田達の運命は――


 次回C7 『水路の激闘!(仮題)』

 お楽しみに!

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