C6:6/19:マンションに急行せよ!
1:救助信号
「よし、モホーク――とってこい!」
大根田が放り投げた鉄棒を追って、ダチョウ恐竜のモホークは鳴き声を上げながら駆け出した。時刻はそろそろ夕方五時。薄闇が忍び寄る中、ネギハマー砦の鉄柵に設置されたマナ灯がぼんやりと光り始めている。
アスファルトを蹴り、瓦礫の山を這い上がると、モホークは数メートル先に落ちる鉄棒めがけて矢のように跳躍した。
あ! 壁が――と一瞬身を固くした大根田。だが、モホークは長い首をしならせ、アスファルトに落ちる直前の鉄棒を口でキャッチすると、腕に着いた羽を広げた。それをブレーキにし、ゆったりと着地する。
見物をしていた子供達は一斉に拍手をすると、歓声が上げながらモホークに駆け寄った。
五十嵐が、ふむ、と首を傾げた。
「ガキの頃に、鳥は夜になると目が見えないって話を聞いた気がするけども、ありゃあ嘘だったのかな」
大根田が、ああそれ、と手を打った。
「私等の子供の頃からそういう話がありましたよ! でも、実際のところは
「そういやそうだな。しかし、まあ……」
モホークは足を曲げ、前かがみになると子供達に撫でられたり抱き着かれたりしている。
「人懐っこすぎねぇか?」
「そうですねえ……でも、気難しいよりはいいんじゃないでしょうか」
苦笑しながら大根田はモホークと子供達に歩み寄ると、はい今日はこれまで、と手を打った。
「もう暗くなるからね。うちに帰らなきゃ」
子供達は、え~っと抗議の声をあげる。
陥没してから三日。ネギハマー砦周辺の中学生以下の子供達は、基本的に班行動以外を禁止されていた。これは最寄りの小学校や幼稚園、保育園との協議の結果であった。
教諭や保育士も、まだ自分の生活をどうにかするので手一杯なのである。よって、戦闘能力を持った人物が、日替わりで班の引率をしていた。
オクサマーズの一人、
「はい、今日はここまでね。おばさんと一緒におうちか、コミュニティまで帰るわよ。体調が悪い人はいるかな?」
大根田は間宮に頭を下げ、間宮も頭を下げ返した。
間宮は48歳。麗子の友人の一人で物静かな女性だった。旦那である
大根田としては、なんとか迎えに行きたいところだが、それは丁寧に断られた。
「大根田さんの気持ちは有難いですが、
簡潔かつ明瞭な答えである。
モホークの背には最大で三人くらいまで乗れるが、それをやってしまったら、そういう依頼が殺到してしまうだろう。
間宮はマナガン――彼女の持つ銃の元は、AK47のモデルガンである――を片手に持ち、きっちりアーマーを着込んだ完全武装である。
「では出発します。皆さん、前の人の
今までの所、マナモノ等の襲撃は無いが、それ以上に保護者達が警戒しているのは、『変質者』である。
どこそこで、下半身を出した変質者が出た――という噂が流れている、と大根田は麗子から聞いていた。
わかりましたーっと嬉しそうに答える子達と、えーっと不満そうな声をあげる子達に、モホークが名残惜しそうに頬ずりをした。子供達は嬉しそうな声をあげながら、大根田と五十嵐にも手を振る。
「じゃあね、大根田のおじちゃん!」
「明日もダチョウさん、いる?」
大根田は申し訳なさそうに頭を掻く。
「ごめんねえ。お仕事に連れて行くから、朝早くか夜しかいないんだよ」
ブーイングを上げる子供達に、五十嵐がほれほれと手を振った。
「早く帰らねえと、真っ暗になるぞ。早く帰って飯食って寝ないと病気になるぞ」
子供達の一人が、五十嵐の後ろを指さした。
「病気って、その人みたいなこと? その人、ねっちゅうしょう? ずっとそうだけど、だいじょうぶ?」
五十嵐はちらりと後ろを見ると、苦笑いを浮かべた。
「まあ、こいつは心配すんな。ほら、帰った帰った!」
子供達がぞろぞろと帰っていくと、モホークが大根田に体を摺り寄せて、口に咥えた鉄棒を足元にそっと落とした。大根田はモホークの頭をなでながら、後ろを振り返った。
「……それにしても、慣れませんね」
五十嵐も、まったくだなぁと鼻の頭を掻く。
「まあ、誰もいない場所でこれやってるのも、考えもんだからなぁ……」
二人の後ろ、大根田家の縁側では、佐希子がいつもどおり二人とマナ通信中だった。遠距離で全神経を集中するために、彼女は白目をむきながら壁にもたれて座っている。だが、色々と駄々洩れなので、時折、頭を小刻みに震わし笑い声をあげているのだった。
「……暗い所で見たら勘違いされそうですね」
「いや、変質者も逃げるんじゃねえのか」
「ううー……通信終了~……いや面白くなってきた!」
佐希子はうん、と伸びをすると肩をごきごきと鳴らした。おう、お疲れと五十嵐が三つ持ってきたマグカップの一つを差し出す。
「お、ヤーさん気が利いてるじゃん! ……って、何これ?」
「青汁だ。文句は聞かねぇ、飲んどけ」
佐希子はひでぇと呟き、マグカップに鼻を近づけ、ひでぇと呟き、一口飲んで、しみじみとひでぇと呟いた。
「あ、佐希子ちゃん、お疲れさんです」
大根田が手を拭きながら大根田家の横から現れる。
「あ、大根田さん、モホークちゃんは?」
「頭をブラッシングして、井沢さんに作ってもらった小屋――いや、あれだけ大きいんじゃ家かな? まあ、ともかくそこに入れてきたよ。水を飲んで、ご飯を食べて、今はぐうぐう寝てるね」
「寝つきのいいダチョウってすげぇ!」
「はは……お、それ青汁? いやあ、こういう時こそ食物繊維を取らないとねぇ」
大根田は五十嵐からマグカップをもらうと、ぐいぐいと青汁をあおる。佐希子は何とも言えない表情でそれを見守った。
「……お年寄りの方は、味覚が明後日の方に行くんすかねぇ……」
五十嵐も青汁をぐいぐいとあおった。
「こりゃ好き嫌いの問題だろ。俺ぁ平気だな」
くそっと毒づくと佐希子は残りを一気に飲み干し、まずい! と縁側にマグカップを音高く置いた。
「もう一杯! 嘘です!」
にやりと笑う五十嵐。
「遠慮すんなよ。粉末はまだまだあるからよ。ところで、促成栽培のやり方は、もう教えたのかよ」
五十嵐の問いに佐希子は、やりましたともよ! と胸を張った。
「ほうれん草が一反につき約四時間でできたって報告して映像を見せたったぜ! 明日から能美ちゃんの下僕――」
「げ、下僕!?」
驚く大根田に佐希子は、まあ、そこは流してと肩をばんばんと叩いた。
「能美ちゃんに惚れてて、なんでもやったるけんっていう男の子がいるのよ。能美ちゃんは下僕って呼んでるんだけど――ありゃ両想いだね! とりあえず、子作りはやめろって言っといたよ。状況が悪すぎる」
「げっひんな野郎だな!」
「うっさい、ヤクザ!
ま、ともかく明日から能美ちゃんの下僕に柳ちゃんのご家族が、
大根田は、成程と頷くと、一つの疑問を口にした。
「ところで――能美さんと柳さんは、アマツに接触したの?」
佐希子は、それは、と言葉を詰まらせた。
「……まだ、だって。っていうか、向こうでアマツを目撃した人にすら接触できてないらしいんだよね……」
五十嵐が煙草を咥え、火を点けずに口の端に移動させる。
「ってことは……北海道と京都にはアマツはいないってことか?」
佐希子は、いやあと首を捻ると、爪先でアスファルトを二度蹴った。
『呼んだかね』
アマツがアスファルトからゆっくりと浮き上がる。
「ねえ、アマツさんって栃木にしかいないの?」
佐希子の質問にアマツは首を振る。
『判らない。だが、君の友人、能美凛には私の同族が接触した
ああ、と大根田は思い出す。
能美凛はマナチャットの終了間際に、それらしき人影を見たらしい。
しかし、その影は聞く限り三人の会話を『盗み聞き』していたように思える。
『最初に言った通り、私はアマツの欠片、龍脈にアップされた情報の一部だった。他にもアマツの欠片がいる可能性は非常に高い。だが、それが私と同様の固体とは限らない』
「それは、どういう意味ですか?」
大根田の質問にアマツは禿頭を撫で上げる。
『私はこの地域の情報を摂取し、君達と交流したことにより初期の状態からかなり形が変わったのだ。元の状態とはかけ離れている』
「ああ、そういう事ですか……他の地域のアマツとは連絡が取れないんですか?」
『不可能だ。私達は人間を助けるようにという根本的な命令を受けている。だから、個性を有しても、基本的には中立である――『はず』だ』
「『はず』、とは?」
再びの大根田の質問。アマツは顔を
『恐らく、私は君達と交流しすぎたのだ。私には人で言う感情が芽生えつつある。
どうも……君達に協力したい傾向にある。実に問題だ』
「それは――ふふっ、大変ですね」
『笑い事ではない。だが、笑ってしまうのも理解できる。これも龍脈の乱れが修復される過程で起きたバグのようなものだ。
ところで――』
アマツは一度言葉を切ると、三人をじろりとねめつけた。
『
泡儀? と大根田と佐希子は顔を見合わせた。
「……どこかで聞いたことがあるような――」
「あたしも――ん? あれ、確か……ヤクザの組で泡儀組ってのがあったよね」
「あ、ザキがダンジョンに入る前に言ってた――」
二人は五十嵐を振り返った。
五十嵐は青ざめた顔をして、声を張り上げた。
「か、一刀さんなら――おやっさんなら知ってる! あの人がどうかしたのか!?」
アマツはすうっと三人の中心に右手を出すと、掌を上にした。白い半透明の球体が現れ、それにノイズが走ると、声が聞こえ始めた。
『……誰でもいい……俺を……俺を殺してくれ……早く……早く……』
男性、それも年配の掠れた酷く苦しそうな声だった。
五十嵐の顔が更に青くなる。
「一刀さんの声だ……」
佐希子が、わたわたとアマツと五十嵐に視線をさ迷わせた。
「え? ええ? な、なにこれ!?」
『恐らくは発信者が対象を選定せず、しかも意識が混濁している状態で出したマナ通信のデータだ。つまりは、強力な意思をもって発信された『祈り』もしくは『独り言』のようなものだ。
これに類似する物は龍脈内に多数残存している』
大根田が驚く。
「ちょ! ほ、他にもこういう声があるんですか!? なら――」
『私が観察できる県内でこういうデータは100件近くある。しかし、余程の特徴がない限りは個人の場所を特定することはできない。龍脈内を漂ううちに発信場所から離れているからだ』
「そう――なんですか?」
『もう一つ付け加えるなら、私は視認以外の方法で人間を判別する事は出来ない。
人間が内包するマナは、大気中のそれと濃度がほぼ同じだからだ。例外として、マナを大幅に消費し補充が遅れれば、マナが無い空間として認識できる。
例外としては、個人を認知すればマナの差異を探知できるようになるのだが――』
佐希子が手を挙げる。
「おお! あたしが大ムカデ戦で試したレーダーだ! そうなんだよね、あれ、中々巧くいかないんだよねえ。知ってる人とか、でかいマナモノは判るんだけどさ――」
大根田の胃に苦い物が湧く。
今もどこかで、助けを待っている人がいる。
だが、見つける手段が皆無。つまり何もできないのだ。
「……ん? じゃあ、なんでおめぇは一刀さんの名前を知ってるんだ?」
アマツは指を組み合わせ、そこに机でもあるかのように空間に肘を置いた。そして五十嵐にひたりと目を据える。
『先程も言ったように、本来の私の能力であるならば、この発信者の名前も居所は判らない。
だがこの発信者のデータは強烈な――尻尾のようなものを有していた。その尻尾には、発信者の個人的なデータや、居所も含まれていたのだ』
五十嵐は目を
「それは――おやっさん――一刀さんの能力ってことか?」
アマツはしばらく無言だったが、その可能性もある、と言った。
『だが、私はこの県内の龍脈内で、類似したデータをもう一つ見つけた。その発信者の名前は――
佐希子と大根田がぎくりと体を震わした。
「ちょ――マジかよ!? 鬼になった警察のお偉いさんじゃん!?……え? ってことは――」
大根田の脳裏に、至近距離から覗き込んだ岸本の顔の穴が浮かぶ。
角が生えだしたときに、岸本の元からあった目は弾け飛んでしまったのだ。
真っ黒い液体がにじみ出す顔の穴は、なぜだか霧の化け物――アメノサギリと戦った時に見た、黒い世界を思い起させた。
五十嵐が佐希子に詰め寄る。
「おい! どういうことだ!? おやっさんが鬼になったってことか!? ええっ!!?」
「あ、あたしに聞くなよ!! あたしにはわかんないって!!!」
「うるせえっ! て、てめぇがもっと早く――」
大根田が、落ち着いて! と背中に触る。五十嵐は、はっとして、佐希子に頭を下げた。
「い、いや、す、すまん。その、わけのわからんことを言っちまった――」
佐希子は鼻をすすると、ぶすっとした顔で
「いいよ。あたしだって、自分が遅い事は判ってんだ……でも、その……」
すまん、と五十嵐は土下座をする。
「おめぇは精一杯やってる! 今のは完全に俺が馬鹿だった!!」
「ちょ、ヤーさん、やめてってば!」
あたふたとする佐希子と謝り続ける五十嵐を横目に、大根田は頭を掻いた。
「……その一刀さんは、鬼人化したかもしれないと?」
アマツは首を捻った。
『事例が一つしかないのでは、可能性の域を出ない。確認しようとしたが、マンションの上階らしく視認は不可能だった。三階までならばできるのだが、それ以上だと確実性が減る。
だが、問題なのは、この発信者がいると思われるマンション周辺の龍脈が乱れ、マナが吸い上げられ、一点に引き寄せられているのだ。
つまり、小規模ながらマナ溜まりのような物ができつつあるということだ』
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