4:ダンジョン攻略レベル1:突入

「よし、時計合わせるぞ。現在13時25分。ダンジョン潜入メンバーは当社社員の大根田清、五十嵐竜二、特別顧問の八木佐希子の三名。

 さっきも言ったが、アルコビルダンジョンは上階の窓を破っての侵入は不可能だった。よって、最下層階からの徒歩での探索を行うことにする」


 三十分前、今岡をはじめとする『空中に浮ける』能力者五名が外側からの侵入を試みた。だが、板張りされただけのはずの窓は、ハンマーやドリルを受け付けなかった。ならばということで、外階段の非常口、及び屋上からの侵入を試みるもこれも同様な状態で失敗したのである。

 中里がバインダーに名前を書きつけると、大根田に渡す。

「大根田さんがチームのリーダーになります。了承のサイン、もしくは押印をこことここにお願いいたします」

「了解しました」

 大根田は規約にざっと目を通すと、サインをした。

 野崎は大根田からバインダーを受け取ると、さっと目を通して頷く。

「よし、お前ら三人に万が一の事があった場合の補償は、申し訳ないが満額とはいかない。だが、現時点でできる限りのことをやらせてもらう」

 五十嵐が頷く。

「それと、斑木に頼んで医療能力者を一人回してもらう。あと十五分もあれば到着する予定だ。この階段下で待機させるから、非常時にはここに何としても戻ってきてくれ」

 大根田達はネギハマー砦製の防弾ジャケットを服の上から羽織る。

「……もうちょっと何か着けてくか? 探せば、野球のプロテクターぐらいは見つかるぞ」

 野崎の提案に大根田は首を振る。

「これ以上は重くて動きにくくなる」

「成程な」

 佐希子は腰に回した命綱を確かめた。

「……もうちょっと太いロープ無いんすか?」

 中里が、うーんと頭を掻く。

「ごめんねえ。やっぱ長さだよなあって用意したんだけど、長けりゃ長いほど細い奴しかないんだよねえ」

「ちなみに長さは?」

「三百メートル。あたしがここでロープ使い切りそうだったら、次の奴に結んでいくんで、最大は千二百メートルかな」

 成程、黒い綿ロープの大きなドラムは四つあった。

 しかし、北海道の話を聞く限り、刻々と形を変えるダンジョンに対しては短すぎるように佐希子は感じた。中里は苦笑いを浮かべた。

「だからねえ、佐希子ッち。あんま暴れたり早く動かないでね。結ぶ暇がないと、えらいことになるから」

 わー、心強いなぁ、とひきつった顔の佐希子。その髪を五十嵐がわしゃりとかき回した。

「いや、それでいいんだ。おめぇは俺とおっさんの司令塔として、後ろでゆっくりドーンと構えてくれてたらいい」

 大根田も深く頷く。

 佐希子は、しばらく二人の顔を眺めた後、ゆっくりと階段の上、歪んだ暗闇に目をやった。

「この先は行かぬが上策、破滅の主たちの住処なり……」


 大根田を先頭に、五十嵐、佐希子と順々に階段を昇り始めると、野崎は何度も目を擦った。大根田の上半身が捻じれるや、五十嵐の隣にそれが現れ、ついで、頭が歪んだかと思うと、階段の手すり近くにぽこっと現れる。

 野崎がマナチャット上で叫ぶ。

『お、おい、ねだっち! 平気か!? こっちから見てると、すげぇ事になってるんだが……』

 大根田は振り返った。顔の半分が巨大に膨らむと、天井の方に目線が行っている。

『いやあ、俺達の目から見ると、そっちが大変な事になってるんだがな。とにかく俺は平気だ。二人は?』

 五十嵐が振り返ると、佐希子はこくこくと頷く。

『問題ないみてぇだ』

『大丈夫っすね。あ、マナチャットは上に全員が行ったら、マナ節約のために切ります。以降は、こちらから連絡あるまで、マナ電話はしないでください。

 ……しかし、成程って感じっすね。実際にここに立つと、階段は普通に見えるんすよ。これが神隠しの真相って奴で、陥没前にこういう場所があったら子供とか迷い込みやすい――』

 かつんと甲高い音がした。

『佐希子ちゃん、そこまで。こちら大根田。階段を昇り切ったぞ。

 中里さん、命綱の長さはどのくらい?』

 中里は不思議そうにロープと階段を見比べた。

『多分、十メートルも繰り出してないです! これ、歪んで見えるだけで、実際の長さは変わらないんじゃないかな?』

 野崎はいいぞいいぞと笑みを浮かべた。

『長さとしては十分かな? ねだっち、上の具合はどうだ?』

『……さっき見せた写真の風景じゃなくなってる。廊下が無くて、いきなりどっかの店舗の中だな』

『くそっ、じゃあ、マッピングとかは無理か。実は方眼紙を用意してたんだがな』

 大根田は吹出した。

『懐かしいな。昔はそうやってゲームの攻略に頭を絞ったもんだったな』

『知ってるか、最近のゲームはやっぱりマップがころころ変わるんだってよ。じゃあ、健闘を祈るぞ』

 大根田は小太刀を抜いた。五十嵐と佐希子が階段を昇り切る。

『おいおい……ホントに部屋の中じゃねえか』

『ではマナチャットを切ります。定時連絡は二十分後。仮に連絡がなかったとしても、救援隊はよこさないでください。以上!』

『健闘を祈る』

『佐希子ッち! お土産よろしく!』

『ねえよ!』

 かくして三人はダンジョンに侵入した。


 三人が立っているのは、先ほど写真でみた店舗跡の中のようだった。がらんとした空間はじっとりとした湿気を感じた。天井は汚れているだけだが、蛍光灯の類は外されている。床にはプッピ―君がうつ伏せに放置されていた。

 佐希子の腰に結ばれた命綱は部屋の壁まで延び、そこに吸い込まれていた。

「佐希子ちゃん、命綱って繋がってる?」

 佐希子はしゃがむと、ゆっくりと綱を引っ張る。

 するすると壁から綱が伸びてくる。

 五十嵐が壁に近づくと手を伸ばす。肘から先がぐにゃぐにゃと歪み、壁に吸い込まれる。

「……やっぱり見せかけか」

「……みたいだね」

 佐希子はおそるおそる床に触ると、目を瞬いた。

「うっわぁ……」

 大根田がびくりと肩を震わす。

「な、なに!? 佐希子ちゃん、何か変な事が――」

「大根田さん、ヤーさん、ここヤバいわ。マナの流れがホントにおかしい」

 五十嵐は壁から手を引っ込めた。

「どうおかしいんだ?」

「……マナの流れが、あたしたちに反応して動いてるんだよ……今床に手を当てたら、マナの流れが一度離れて、それから渦巻くように寄ってきたぜ。で、あたしの手からマナを吸おうとしやがった……」

 大根田は思わず片足を床から離した。

「だ、大丈夫なの、これ?」

 佐希子は床に手を付けたままだ。

「どうやら生きた人間からマナを吸うのは無理みたいっす。しかし、これって――」

 ごくりと、佐希子は唾を飲むと、立ち上がる。


「まるで生きてるみたい……」


 五十嵐が店の入り口から廊下を窺う。

「……だから出口を隠して、中の形が変わるわけだな。俺達を逃がさないように……くそったれ。タバコが吸いてぇよ」

 大根田が足を下ろすと小太刀を抜いた。

「同じく……とりあえず、ここ出たら一服しましょう」

 佐希子は部屋をうろうろ歩き回りながら推論を重ねていく。

「ということは――ということは、やはりダンジョンはマナモノか! そう考えれば、空間を歪めるのも、マナを吸収しようとするのも理屈が通る! マナモノとして、この空間は成長してるんだ。だから、構造が変化する。中に入ったあたし達を逃がさないためもあるけど、生物として成長し続けているから……ん?」

 佐希子は足を止め、ゆっくりと下を見た。

 プッピー君が相変わらず床に転がっている。

「……ダンジョン自体がマナモノなら……中を徘徊するマナモノはバクテリアとか血液の役目をしてるんだよな? じゃあ――中に転がってるこれは……」

 かちりっと小さな音がした。

「うわわわわ!!?」

 佐希子が悲鳴を上げるよりも早く、五十嵐が床に倒れたままのプッピ―君を蹴り飛ばした。大根田が小太刀を赤熱化させると、佐希子の前に飛び出す。

 床を転がったプッピ―君は、不自然な体制で体を起こす。


『コンニチハ……ボク、プッピー君』


 ぎりぎりと錆びた音を立てながらプッピ―君は大根田達を見た。張り付いた笑顔に、ぼんやりと緑に光る丸い目。

『イラッシャイマセ! キョウハドンナゴヨウデスカ?』

「お嬢! こいつはマナモノか!?」

「つ、付喪神の一種だと思うな! マナの影響でマナモノ化した無機物! うわわわ、レア! レアすぎる!!」

 プッピー君には足が無く、その代わりにスカートのような下半身の中にバッテリーとキャスターが組み込まれている。

 体を起こしたプッピ―君は、そのスカートから、ぎゅっという音を立てたかと思うと、凄まじい速さで滑るように大根田達に向かってきた。

『ボク、プッピー君』

 ぎゅいっと錆びた音を立て、やけに艶めかしい両手を先頭にいる五十嵐に繰り出す。

 五十嵐は一瞬、手四つの体制で受け止めようとしたが、佐希子がひっという声に反応し、手を引っ込め正面蹴りを繰り出した。

 プッピー君のボディにある液晶が砕け、真っ黒い液体が飛び散った。再び壁に叩きつけられるかのように見えたプッピ―君は、両手を後ろに回し、壁に指をめり込ませ制止した。そのまま、指を壁にめり込ませながら天井近くまで這い上がる。

「げぇっ!? な、なんて馬鹿力!!」

 五十嵐は、ふうと小さく息を吐く。

「組んでたら両手をやってたか。おっさん、どうする? 俺がやるか?」

「いや、僕が行きます。せっかく赤熱化させたんで……」

「貧乏性だな」

 五十嵐のツッコミに大根田が笑う。

 プッピー君は天井に指を突き立てながら、こちらに向かってくる。

『ボク、プッピー君』

 大根田は正眼に構えると、すり足で前に出た。

 プッピー君はエビのように下半身を折り曲げると、弾けるような勢いで大根田に飛び掛かった。瞬間、大根田は剣を振る。

 佐希子の目には、揺れる赤い光の筋しか見えなかった。

 頭からスカートまで、二つに切り裂かれたプッピー君は黒い液体をまき散らし、床に叩きつけられると転げまわり、やがて動かなくなった。

「……すっげぇ……ヤーさん、今の見えた?」

 五十嵐はにやりと笑って、頭を振った。

「昨日は見えたんだがな。それにあの短い刀で、よく真っ二つにできるな……」

「あぁ~、それなら、一瞬だけど『刀の形をしたマナ』が見えたような……ああいう事もできるんだなぁ……アマツが大根田さんの所に出てきた理由もわかる!」

「頼もしいったら、ありゃしねえな」

 大根田はふーっと息を吐くと、黒く汚れた小太刀をワイシャツの脇で拭った。

「……あ! 癖でついやっちゃった……これ、洗って落ちるかな?」

 がくりと佐希子がずっこける。

「……いや、ダンジョン出たらシャツは新調しようぜ」

 五十嵐はそう言って笑うと、入り口から廊下を再び窺った。


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