3:ダンジョン攻略レベル1:準備

「で、その促成栽培の目途はいつ立ちそうなんだい?」

 野崎の質問に佐希子は頭を捻った。

 相変わらず野崎派遣会社の入っていた廃ビルには人が集まっていた。昨日の掃討作戦で安全が確保されたので、熱中症の人間は全て上階に寝かされていた。

「そうですねえ……井沢さんに――あ、うちの鍛冶屋なんですが、その人に諸々の作成を頼んで、それができるのが昼ぐらいで、試験は麗子さんに頼んできたから、うまくすれば、あたし達がダンジョンから出る頃には、何かしらの結果が出ているような出ていないような……」

 頷きながら暗い顔をする野崎。大根田は小太刀を研ぎながら声をかけた。

「野菜不足、やっぱり深刻なのか?」

 野崎はしゃがむと、少し離れた場所にいた五十嵐を手招きした。佐希子と大根田も野崎と額をつき合わせる。

「実際目にしたわけじゃなくて、マナ電話越しの情報だから完全には信用するなよ。野菜は実は今のところ、不足していないんだ。勿論、来週あたりはヤバいんだがな」

 大根田が、ほうと声をあげる。

「麗子の話だと、うちのあたりは。もうすでにヤバいそうだけど」

「ねだっちの家の辺りは駅前だからな。農家が少ない。ところが郊外まで足を延ばしてみると違うわけだよ」

「ううむ、流石は『とかいなか』」

「そのキャッチフレーズ今は有難いよ」

 五十嵐が、小さく頷く。

「ここに来る前に聞いたんすけど、自分の――俺の知り合い――まあ、地元の半グレですが、青空市みたいなのがそこかしこで開かれているらしいですね。そこで結構手に入るとか」

 野崎は、それだと五十嵐を指さす。

「これ幸いって言い方は変だが、趣味でやってる奴も含めて結構な数が出回っているって話だ。値段も安価だし、場所によっちゃあ無料で調理して出してるところもある。

 ただ――」


 大根田の顔が曇る。

「まさか、『うちに依頼が来た』のか?」

「え? どういうこと?」

 佐希子のぽかんとした顔と、野崎が苦み走った顔が対照的だと大根田は思った。

「つまりは――うちに来たのは、そういう『マーケットの護衛依頼』なんだよ――おう! 西牧、準備できたか?」

「あ、社長、まだなんですよ。光村君はあそこの壁際で筋トレしてるんですが、他の人がまだ来てなくて……あ、あの皆さん、昨日はどうも、その……」

 西牧はバツの悪そうな顔をして、言葉を探しているようだったが、ややあって大根田達に頭を下げた。大根田も慌てて立ち上がって頭を下げる。

「すんませんでした! なんか俺バカみたくイキり倒しちゃって、あのザマで――」

「い、いやいやいや! こちらこそ、昨日は寸での所で助けてもらって――」

「いやいやいや、それは俺の台詞で――」

 お互いに頭を下げだす二人の間に野崎が割り込んだ。

「よ~し、そこまで。じゃあ、もうちょっと待ってダメなら、お前ら二人で行ってくれ。後から応援を送るから」

「了解しました。じゃあ、皆さん失礼します」

 ぺこりとお辞儀をすると、西牧は瓦礫をダンベルがわりにしている光村の方に走っていった。五十嵐が、へえと目を丸くする。

「あいつ、いきなり丸くなったな」

 野崎が笑った。

「早朝からスタンバってるんだ。ホントはお前らと一緒にダンジョンに潜ってもらうつもりだったんだがな。申し訳ないが、応援は無しだ。三人で潜ってもらうことになる」

 大根田が口をへの字にした。

「それは残念だな。彼の衝撃波は凄いからねぇ」

「すまんな、人手不足で。まあ逆に言えば、あいつと光村なら依頼にぴったりってわけだよ。雑務もしてくれるし、こっちは大助かりだ。五十嵐君に続いて社員として雇うつもりだ」

 佐希子がうんうんと腕組みをして頷いた。

「人間てのは成長するもんだねぇ……」

「何目線なんだよ、お前は」

 五十嵐のツッコミに、佐希子がうるせーっと噛みつき始める横で、野崎は大根田に深刻そうな顔をした。

「脱線したな。中手祭なかてまつり町で昨日の夜、襲撃があったそうだ」

 五十嵐と佐希子がじゃれ合うのをやめて、野崎の方に顔を寄せる。

「襲撃ってマナモノの?」

 野崎は首を振る。大根田は、くそっと毒づいた。

「人間の襲撃――テロ、じゃなくて、暴動――いや、強盗団ってことか?」

「そうだ。中手祭にそっちの砦みたいなやつがあって、そこが中心になってマーケットを開いてたんだが、そこが襲われた。死人は出てないが、怪我人はそれなりにでたらしい」

「回復能力者は!?」

 声を荒げる大根田を、野崎は落ち着けと手で制する。

「何人かいたんで大丈夫って話だ。一応斑木に連絡とって往診に一人行ってもらった」

「……そいつらの能力は?」

「電気を使うやつとかがいたらしい。それと爆発が何件かあった」

 大根田がちらりと五十嵐を見た。

「コンビニを襲ったやつですかね?」

「間違いないだろうな」

 佐希子が複雑な顔をする。

「いやあ……いずれはヒャッハーな奴らが群れて、そういう事になるとは思ってたけどさ、やっぱ嫌だなぁ……もう、ちょっとこう、助け合いっていうか――」

 大根田が頷く。

「そうだね。こういう時こそ助け合わなければ、冗談抜きで破滅する」

 五十嵐はふうと息を吐く。

「……後ろにヤバいのがいるかもな」

「ヤクザか」

 野崎の質問に五十嵐が頷く。

「さっき言った俺の知り合いが、妙にそういう情報を集めてるのも、ちょっと……」

「そ、それって、ヤーさんたちは、こんな状況でもショバ代払え! とか言っちゃったりするってこと?」

 佐希子に五十嵐は苦笑いを向けた。

「あるかもなぁ。俺ぁ勧誘はされたがヤクザにはならなかったから確信はねえけども……もしかしたら金の臭いを嗅ぎつけたと思ってんじゃねえかな。戦後の闇市みてぇなもんだと思ってんだろ」

 野崎が首を捻った。

「でも、ここらのヤーさんと言ったら、泡儀組あわぎぐみだろ? 泡儀の組長さんがそんな事をするかね?」

 五十嵐は、どうすかねぇ、と下を向く。

「先週、俺に声をかけてくれた時は、普通に思えたんすけど――マナ電話も繋がりませんし……」

 おう、と佐希子が言葉を詰まらせる。

「それは――向こうがマナ電話を知らない、とか」

「……さあなあ」

 五十嵐はそう言って顔をごしごしと擦った。

「社長、そういうのが出てきたなら、俺が出ますよ。その方が話が早い」

 野崎は首を振る。

「いや、ダメだ。まずは警察だ。それでダメなら俺だ。お前が出ていくのは最後の最後だ。判ったな?」

 五十嵐は、深々と頷いた。

「判りました、社長。まったくその通りです」

「よせよせ、敬語はやめろって言ってるだろ」

 大根田が手をポンと打つ。

「よし! 今はダンジョンに集中しよう! いいかな?」

 全員が頷いた。


『ダ――ンジョンと君達が呼ンデいるマナによる歪曲空間ダガ、命綱ヲ使って帰路ヲ確保するノ――ハ、有――コウだと思わレル。スマナイが、うまく言語化デキない。ここは龍脈ノミダレガハゲシすぎる』

 アルコビル一階の階段前で、大根田、五十嵐、佐希子の三人はアマツを呼びだして質問をしていた。

 五分前、佐希子は自宅から持ってきた自撮り棒を階段にゆっくり突き入れた。

 自撮り棒は何の抵抗もなくグニャグニャと右に左にと曲がりながらゆっくりと進み、先端に取り付けられたカメラが見えなくなった。

 しばらく後、自撮り棒を引き抜くと、カメラも含めて傷一つなく、撮影もしっかりとされていたのだ。


『空間自体は断裂シタリはしていないダロウ。しているのナラば、今頃ここハ、崩壊シテイルはずズズズ――』

「ダンジョンの中心、つまりコアみたいなものがあると私達は睨んでるんだけど、どう? ここの場合は『首を吊った人の幽霊が出る』っていう噂で、それがマナに影響されて凝り固まってコアになり、真珠みたくマナ溜まりを作り出して、結果ダンジョン化した。どうかな?」

『可能性ハヒジョウに高い』

「ってことは、そのコアをぶったたけばダンジョンは消える! どうかな!?」

『その可能性ハヒジョウニ高い。コアを除去スレバ、このわいきょ――ダンジョンは、消滅スル、だろ――ウ。仮に消滅シナクテも、規模が小さくナルノハ、間違い、ナイ』

「よっしゃ! ありがとね!」

 アマツは頷くと大根田を見た。


『大根田清。君はこの地域で最もマナを使いコナシテいる。だが、まだカタチに囚われテイる』

「形? ……何の話ですか?」

 アマツは大根田の小太刀を指さした。

『その刀ダ。君は夢の中で、マナの刀を作ったでハナイカ。それを忘れてはイケナイ。その刀は、あくまでも器なのだ。器が壊れようトモ――』

 大根田は夢を思い出す。

 何もないはずの手の中に、確かに刀の感触があった。

「……刀を持っているってことですか? いつでも、どこでも……」

『ソウダ。後は慣れダ。

 では、健闘ヲイノル――』

 アスファルトに浸み込むように消えていくアマツを見送ると、佐希子はひきつった笑いを二人に向けた。

「と、とりあえず、ダンジョンに入ったら、いきなり『石の中にいる!』ってことはないみたいっすね?」

 大根田は、げっそりとした顔をした。

「佐希子ちゃん……僕はそのゲームの直撃世代なんだよね。もう、ホント洒落にならないよ、それ……」


 五十嵐はネタが判らねえなぁ、と言いながら佐希子のノートPCを開き、カメラで撮られた写真をじっくりと観察し始めた。

「……この黒い影はヨモツシコメかもしれねえな。それと――これは人の顔か? 妙な化粧をしているような……ん? 何だ、この奥のは……」

 佐希子が、どれどれと写真を拡大した。

 コンクリートがむき出しの灰色の廊下はどこからか陽光が入ってくるのか、心配したほど暗くはなかった。床には剥げ落ちた天井の一部らしき瓦礫や、チラシ、解体業者が放置したゴミらしき物が転がっている。

 廊下は数メートル先でT字になっており、向かって右側の角に黒い影がべったりと張り付いていた。拡大すると、曲がり角の向こうから大きな手と思しき黒い物が突き出ているように見える。

 T字の奥は装飾が撤去された廃店舗らしきものがあった。

 その入り口から確かに顔らしきものが、こちらを見ているように見える。

「うおっ!? ……って、これ、お面じゃね? ほら、お土産で売ってる干瓢かんぴょう使ったお面」

 大根田も写真を見た。成程、土産物のふくべ細工で似たようなものを見たことがある。五十嵐の眉が曇った。

「おい、昨日のマナチャットで警察のおっさんが――」

「ああ、馬場さんでしたっけ?」

 大根田の出した名前に佐希子が、ぎえっと悲鳴を上げた。

「ああ! 言ってた言ってた言ってた!! 県庁で、飛んできて顔の皮をはがそうとするお面みたいなマナモノの新種! おお~、これかぁ……銃用意しといて正解だったなぁ!!」

 佐希子はリュックからごつくて大きな銃を取り出した。五十嵐の眉間の皺が深くなる。

「おい、お嬢、銃の腕はどうなんだ?」

「ほっほっほっ、バカにしちゃあいけませんぜ。これでも、十発中二発は当てられるんだぜ? 初心者にしちゃあ驚異的って――」

 没収だ、と五十嵐に銃を取り上げられ、佐希子は、ああんと情けない声をあげた。

「あたしのスカー返してよ~。井沢さんに特注で作ってもらったのに~」

 大根田が呆れた顔をした。

「いや、佐希子ちゃん、なんでアサルトライフルなの? もうちょっと小型の銃でよかったんじゃないの?」

「いやぁ……映画で悪役がブリーフ一丁で乱射してるの見て、好きになっちゃって……」

 なんの映画だそりゃ、と五十嵐はスカーを構えた。小銃とはいえ、中々の大きさである。長身の五十嵐が構えると、不思議とサマになっていた。

「……いいな。しっくりくる」

 げげげげ! 泥棒やん! とブーイングを始めた佐希子の肩を大根田はつついた。

「はいはい、その辺でね。ところで佐希子ちゃん、これなんだけど――」

「なんすか、大根田さん! このヤクザは一回シメねぇと、わからねんだよ!」

「どことも知れぬ訛りで俺を罵倒するな。で、おっさんも気づいたか」

 ええ、なによと佐希子は画面に顔を近づける。

「この奥の店舗跡なんだけど、ほら、これ……」

 成程、大根田の指さした場所には何かがある。

 がらんとした店内、その奥にある板で塞がれた窓から漏れ出る微かな光に照らされ、妙な輪郭が見える。

 細長く、途中で折れ曲がった白い棒――いや、腕? 指のような物が見える。

 マネキンか?

 佐希子は画像補正ソフトを呼び出し、写真の明度を上げた。

「……ああ! 成程、ここは携帯ショップだったか」

 佐希子の言葉に五十嵐が頷いた。

「……いたな、これ。業者が回収に来なかったのか」

 大根田が、ああと少し寂しげな声を出した。

「一時期は結構、流行っていたんですけどね。CMにも使われてたし、書店とかにもありましたね……」


 プッピ―君。


 携帯会社ハードビンゴのマスコットとして数年前に世に出されたロボットだ。複雑な事はできないが、愛嬌のある表情と可愛いらしい声で結構な人気だった。

 それが、いつの間にか見なくなっていたな、と大根田は回想する。

 よく行っていた書店で、妙にぽっかりした空間ができた時があったが、考えてみればあそこにプッピ―君がいたんだったか……。

「そういや、回収されたプッピ―君が数体いなくなって下水を彷徨ってるとか、某山中にプッピ―君の墓場があるとかネットの都市伝説ページで読んだなぁ……アルコでも回収されてないプッピー君がうじゃうじゃいて、肝試しに行くと襲ってくるって噂があったんだよね」

「やめろ、薄気味悪ぃ」

 五十嵐は心底嫌そうな顔をした。

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