9:遠くて近い
『それで――結局原因は判らずじまい、と?』
能美の質問に佐希子は頭をブンブンと振った。
『全然ダメダメのダメ! あれを倒した後、本部ビルを上から下まで捜索したんだけどね、一応生存者は何人かいたんだけど、判らないって』
柳がうんっと伸びをした。
『そっちもかぁ。うちらも似たような奴に遭遇したけど、始まりの部分を知ってる人がいないんだよねえ。うちらの場合も気分の悪そうな人がいて――』
『その人が突然変形し始めて、周りの人間を殺し始める、と。
……考えられるのはマナを媒介にした伝染病とか、ですか』
能美の仮説に、佐希子はいやぁと首を捻った。
『それって、可能性はあるけども、だとしたら、もうちょっと感染者が出てもいいような……まあ、これから増えるかも、だけど』
能美は頷く。
『その通り。となればその個人に何らかの原因があった、ということになります。
ここで問題なのは変形が発現する『切っ掛け』でしょうか。外的要因なのか内的要因なのか……』
柳が、落ち着け落ち着けと両手をブンブンと振る。
『材料が少ないですぞ。予想というよりも予断になってる』
そうだ。予断になっている。
気が急いている。
何とかして二人の役に立ちたいと焦っている。
本来ならば地元の事に気を揉むべきであるのに――
能美は、かもしれませんね、と弱弱しく言った。
『ですが、この場合はそれでもいいんじゃないでしょうか。
何しろ人の体を変形――いや、あえて言いますが、『マナモノ化』させる現象です。ここは大袈裟な予防、例えば食べ物に気をつかってみるとか――』
『食べ物って、例えばどんな? 賞味期限の切れたビールを飲んで体がキノコになっちゃうのに気を付けましょう、とか?』
佐希子のボケに、柳がスティーブン・ヒング! と嬉しそうにツッコむ。
『いやあ、いいねえ! 今の状況、まさにヒングだよねえ! サッキー的には『濃霧』なのか『アンダー・ザ・トム』なのか――』
盛り上がる柳と佐希子。
能美は、手をパンパンと叩いた。
ああ、もしかすると――
私の役目はこういう所なのだろうか?
『はいはい、そのくらいで小説談義は終了で。気持ちは判るし、私も参加したいですが、今はやめときましょう。ここでズルズルになると、どこまでもズルズルになりますよ』
柳は、まあねえと肩を竦めた。
『しかし、食べ物ね……となると変化生物は食えないかぁ。かといってマナモノを食うってのも論外だしなぁ』
能美の眉がピクリと動いた。
マナモノを食う?
……まさか、頭がおかしくなった奴が、マナモノを食らったとか――そして、体が変形してマナモノ化――いや、そんな馬鹿な話が――
能美の頭にひらめく物があった。
ヨモツヘグイ。
黄泉の国の食べ物。
一口でも食べれば、黄泉の国の住人になってしまうという。
まさか――いや、これは予断どころじゃない。妄想のレベルだ。今はこの考えを二人に伝えるのはよそう。いくらなんでも情報が少なすぎる……。
佐希子が、そういえば、と手を打った。
『うちらの所で巨大ミミズの目撃情報があったんだよ! ミミズって食用にならなかったっけ?』
能美は、それに食いついた。
『い、いやあ、どうだったか……で、でも、あと数日もすれば食糧問題は顕在化してきますね。だから変化生物を食べないという選択肢は実に厳しい。サッキー、農家との会議はどうでした?』
『それなんだけどね、どうやらマナの欠片で促成栽培できるっぽい。自分の目で確かめたわけじゃないけど、なんでも六時間で発芽したとか……』
すっげ! と柳。
『朗報じゃん! 前言撤回! 変化生物はガンガン食おうぜ! 牛とか豚も大きくすりゃ完璧!』
『……それ、人間が食われるってオチになると思うんですけどねえ……』
『能美ちゃんはネガティブだなあ! とにかく北海道支部は明日より農耕作戦を本格化させるでありますよ!』
佐希子が柳に、おぉーと拍手をする。
『食料さえ何とかすれば、結構明るいよね。ほんと、綱渡り感がやばくて、夜も寝れないよ』
佐希子のボケに、能美はふうと息を吐いた。
ヨモツヘグイの妄想は、忘れられそうだ……。
『……なんだかねぇ。サッキー、陥没前はネトゲで徹夜していたから生活様式変わらないんじゃないの?』
ううっと佐希子は胸を抑える仕草でおどけた。
『能美ちゃんは歯に衣着せなさすぎ。どう思いますか柳さん』
『そうですなあ……京都って甘味処ってどうなってるの?』
『げぇーっ!? 関係ねえ話になった!!』
柳の質問に能美が膝を打った。
『それが! やってるところが多いねん! このままじゃ腐らせるだけやさかいって、グツグツこしあん煮てもうてさあ! ぜんざいを三杯もいってまったで、あたくし』
『うわ、能美ちゃん、標準語と訛りがちゃんぽんになって独自の言語になってるぞ!?
そういや、こっちはトウモロコシ焼いてる人はいたけど――栃木は、何? 餃子?』
『…………駅前の店で焼いてたわ』
能美と柳はゲラゲラ笑った。
やはりいつもの、くだらなくてテンポが良い会話はとても楽しい。
ホッとする。
『いやあ、流石餃子の町……しかし、やはりというか、状況が始まれば皆さん
柳が頷く。
『ホントだよ。さっきまで老人ホームで発電機設置してたんだけど、爺ちゃん婆ちゃん、はっちゃきこいて手伝ってくれたからね。なんかマナってご老人に効くっぽいよ』
能美が、再び膝を打つ。
『それ! それですよ! 人によってマナに対する反応が違いすぎると思わん――思いません? 能力一つとっても、個性がありすぎる。マナの回復速度や量だってバラバラですよ!』
佐希子は腕を組んだ。
『そうなんだよね。うちの所でも一瞬で回復する人がいれば、ゆっくり回復する人もいるんだよね……。
ってことは、話が戻るけど、あの岸本の変形は、そういう『個体差』の一つなのかな。もしかしたら発症している人は大勢いて、その極一部だけが、あんな風に――』
能美は首を振った。
『どうでしょう……まだ情報が少なすぎて、なんとも……。
ところで北海道と栃木ではマナモノ化後の形状が違ったんですよね?』
柳が頷く。
『こっちは体色が赤くて、体がでかい。頭に角みたいな突起が二本生えてたね』
『まんま『鬼』じゃん……あ! そういや、岸本もでっかい角が頭に一本!』
能美は人差し指を立てる。
『つまり、共通項がある。――ということは、同じ現象で確定ですね。
『鬼化』、いや『鬼人化』が北海道と栃木で間違いなく観測された。
人が何らかの理由で『鬼』になった……』
『鬼』という言葉が三人の間に黒く燃え上がった。
人が鬼になる。
比喩的なそれではなく、本当の鬼になる。
そいつは、人に害をなす。
となれば、様々な問題がそれに引きずられるように発生するだろう。
差別、虐待、それに殺人――
能美は二人の暗い表情に、慌てて口を開いた。
『う、ううん、鬼といえば京都なのに先を越されちゃいましたね?』
そこかよ、と佐希子が無理やり明るい声を上げた。
『……日本中どこでも起こりうるのかもな、『鬼人化』』
柳が静かにそう言った。
能美はゆっくりと頷いた。
『……多分そうなんでしょうね。近いうちに私も遭遇するでしょう。正体が判らない現象ですが、ともかく我々はまた新しい脅威を一つ見つけたわけです』
柳がため息をついた。
『新しい調査案件、ともいう』
佐希子が頭を抱えた。
『もう、ホントにさぁ……隣の県に行くっていう当面の目標の前に問題山積みじゃん! うちらの県じゃ、暴徒まがいの連中も出たって話まであるんだよ!?』
三人は同時にため息をついた。
『……ちなみに、件の市議殿と
『あ、うっかり! なんか居種宮市長も亡くなってるってさ。消防と警察が回収したって。それとお面が襲って来たって話があったよ。後で資料を送るね』
『こちらの市長閣下、及び府知事閣下は行方不明らしいです。まあ、多分ダメでしょうね。視察に使っていたヘリの残骸を確認してきました。目撃情報をまとめますと、例の霧の奴にやられたようです』
柳は大袈裟に肩を竦めてみせた。
『こういう時に先陣切るべき大人のお偉いさんが、揃いもそろってダメダメとはねぇ。あたしゃ涙も出ないよ……』
『栃木と北海道は遠いのに、こういう所は似たり寄ったりなんですよねぇ……』
佐希子はにやりと笑った。
『まあ、ちょっとだけ嬉しいかな。なんかおそろいの服みたいじゃん』
柳と能美は顔を見合わせ、佐希子に笑顔を向けた。
『……サッキーの頭は鼻提灯ですね』
『栃木っ子は餃子頭なり』
『なんという罵倒らしき言葉と生暖かい視線よ!!』
三人は顔を見合わせて、また笑い出した。
こうやって友人同士笑っていられるうちに、笑っておくべきなのだ、と能美は笑顔の裏で思う。
もしかしたら、この中の誰かが、いや自分が明日には『鬼』になっているかもしれないのだから。
だから――
『適度に真剣であれ』
そう言って能美はマナチャットを終了していく二人に笑顔を送った。
C4 了
予告:
陥没から三日! ダンジョンと化した廃デパートを攻略すべく出勤した大根田達だったが、とんでもない問題が襲い掛かる! その頃、ネギハマー砦にも……!?
次回C5 『ダンジョン攻略レベル1!(仮題)』
お楽しみに!
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