所詮は被検体、その程度です
自分の選択は最良だった。そう確信するときほど、快感を得ることが出来る瞬間はない。
今まで調査・観察は出来る限り自分で行ってきた。たまにシオリに任せる程度で、叡持はずっとモニターに張り付き、データをせっせと集めていた。
ところが、今回は違う。観察をハヤテに任せた叡持は余剰な時間を得た。以前は観察に時間を割くことで開発に手をかける時間がなくなることが多かったが、今はその余剰な時間で開発を行っている。しかも、新たな分野の研究を魔導士にお願いし、実物の製作はシオリに任せている。ここまで合理的かつ機能的に研究活動を行ったことがあっただろうか? この事実だけで、叡持は数年分の幸福を一気に受け取ったような快感を味わっていた。
「叡持殿、入ります」
帰還したハヤテが、うつむきながら叡持の部屋に戻って来た。
「お疲れ様です、ハヤテさん。心身の消耗が激しいのでしたら、速やかに休息をとるべきですよ」
叡持はハヤテに何が起こったのかすべて知っているかのような口調で話しを進める。当然だ。叡持の情報力なら、知らないうちにハヤテの様子を観察することなど容易い。
「……俺は情けなく思いました。何のために、俺は——」
「現在のハヤテさんの任務は『被検体の観察及び処分』です。あなたのおかげで、僕は研究開発に精を出すことが出来ます。なぜ、あなたが気負う必要がありましょうか?」
叡持はいつも通り淡々と言葉を流す。
「……レンは母さんの仇です。ですが、あのレンにだって、護っている人間がいます」
「ハヤテさんは、あの冒険者に母親を殺されたのでしょう? 彼に同情の余地などあるはずがありません」
「そうは言っても、やっぱり目の前にそんな奴がいると……」
「ですが、あの冒険者は、果たしてハヤテさんが気にかけるべき価値のある人間でしょうか?」
「え……?」
「あの冒険者は、生まれながら槍の才能に恵まれたようですね。そのせいか、彼は向上し、変化することを知りません。現状を知ろうともせず、助け船さえも断って、ずっとその場にとどまり続ける。そのような者に、果たして価値があるでしょうか?」
——あのような男、ああなって当然です。
叡持の言葉は、あの時のシーラの言葉を思い出させた。思考停止し、自分の状況を一切変えようとしない。そんな奴を見ていると虫唾が走る、と。
「僕にとって関心があるのは、あの男がもたらすデータのみです。あの男がどのような足跡を辿って来たのか、僕には全く興味ありません。しかし、あなたの神経のリソースを食っていることについては、いささか不満を覚えます」
「……どういうことですか?」
「ハヤテさんは、繊細で心配性な所があります。それはつまり、他者に対する情報収集能力に優れ、他者の視点に立ったシミュレーション及び実際の支援が可能ということです。これに関しては、いかに僕の研究が進もうが、シオリさんが力を付けようが敵いません。あなたは僕にとって、これから莫大な利益をもたらし、既に僕はあなたの恩恵を受けています。これほど価値のあるあなたが、あのような男にリソースを食われている。この無駄、非効率な事実が、僕にとっては無性に気持ち悪いのです」
「……俺は、別にそんな——」
「あなたは、親の仇であるレンに、あれほどの支援をしました。そのようなことを出来る者はそうそういません。あなたの価値が高い証拠です。しかし、レンはあなたが想像するような人間ではありませんでした。僕よりも、あなたの方が理解しているはずです。あの男をこれ以上支援するのは無駄でしかない、と」
「——!」
叡持の言葉は、ハヤテをあの時の虚しさを復活させた——。
自分は、あんなに頑張ってレンが貧乏な理由を突き止めた。必死に動くレンを、少しでも助けたかった。レンは親の仇以前に、目の前に現れた、困っている者だ。
見捨てる選択肢など存在しない。助けるか、全身全霊で助けるか。ハヤテは全身全霊助ける選択をした。ギルドの資料を調べ、遂に理由を見つけた。きっと、レンは楽になる。そう思っていた。それなのに……。
「俺はっ、助けたかったんです。手を差し伸べれば、彼は動いてくれると……、そう思っていたのに……」
「彼は、初めから放棄していました。向上するということを。なまじ恵まれた才能によって。虫唾が走って当然です。初め恵まれていたことで、何も努力せずにずっとその場にいる者。研鑽修養を繰り返し、発展することに努力を惜しまなかった者からすれば、あれほど納得のいかない人間もいないでしょう。何よりハヤテさん。あなたが、一番感じているのではありませんか?」
ハヤテはしばらく黙った。言いようのない感情の乱気流。種類の違う感情がごちゃ混ぜになり、ハヤテの頭はパンクしかけていた。
「ハヤテさん、次の実験をお伝えします」
ハヤテの様子などお構いなしに、叡持は口を開く。
「テーマは、『重要人物の死が被検体に与える影響』です」
叡持の一言で、ハヤテのごちゃごちゃな感情など引っ込んだ。
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