シオリ、倒れる(後編)

「……これが、大賢人の魔術か」


 魔導士は、遠くから爆発を眺めていた。


 これほどの威力なら、あの竜が交渉材料に使うのも分かる。しかし、私はこれほどの威力を想像出来なかった。あの竜の想定よりも、私が怖がらなかったことが竜の失敗だろう。


 幸運だったのは、あの竜が剛剣を“爆弾”のように作り変えていたことだ。


 この道具は、使用すればどちらも大ダメージを受ける。そのために、使用者も実際に使うことは出来ない。それを解決するために、あの竜は魔道具を“爆弾”のように変えた。それなら、自分も代償を払わずに、勝手に破壊し尽くす道具へと変わる。


 もし大賢人が同様の手口を考えたなら、更に巧妙で、用意周到な作戦を決行したはずだ。

 ……いや、そもそもあのように力のある者は、あのような奇襲は考えないだろう。力がないから、あの竜は意表を突いた攻撃をしようとしたのだ。


 もっとも、あの竜は単身で乗り込んだので、自分が道具を使うか使わないか、という選択肢しかなかった。だが、私には配下がいる。配下の例に使わせれば、私にはリスクがない。


 そして、大賢人側の最大戦力はあの蜘蛛と見た。あれを突破すれば、大賢人の命は我が手に落ちる。更に、こちらにはもうすぐ手放す強力な亡霊がいる。


 この作戦は最高だった。どうせいなくなる霊に、リスクの大きい危険な魔道具を持たせて自爆させる。

 これほどまで上手くいくとは。


 低く潰れた声の、不気味な笑い声が響いた。その声は城の中心部まで届くほど、大きなものであった……。



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「……畜生、……畜生、……畜生」


 体中が痛む。足にまともに力が入らない。べたっと腹を地面につけ、不自由になってしまった体を伸ばしていた。


 シオリは心の中で号泣していた。この私が、こんな風になってしまうなんて。今まで負けたことなどなかったのに。こんなところで、叡持の城で、こんなになってしまった。叡持のために作った城。私の力をすべて捧げ、築き上げた城。


 ……不覚だった。まさか……、このような攻撃をされるなんて。あの爆発、間違いなく爆轟術のものだ。魔導士がなぜ使えるのか。考えられるのは、何かかしらの方法でDドライバを手に入れたことか。……そうか。ハヤテが奪ったものを、魔導士が使用したのか。


 はは……。自分が爆轟術で倒される事なんて想定外だった。あの力なら、私を吹き飛ばすことなんて簡単なのに……。


 考えれば湧き上がるのは悔しさ。自分の驕り、油断への後悔。自身の読みの甘さと弱さへの絶望。何より、情けなかった。


 叡持はあんな状態だってのに。私が倒れたら、城が落ちるかもしれねぇのに。


 ソソソソソソソ……。


 魔導士が再び魔術を発動し、亡霊兵の生産量を増やし始めた。亀裂から流れ出る液体と煙の流出量も大幅に増加し、気味の悪い災害のような光景へと変わる。それから生み出される兵士もまた、ひどく不気味であった。


 遠くから、ゆっくりと軍団が歩いてくる。ゆっくりと、亡霊が近づいてくる。この城を落とすために。叡持を……。殺すために。


 シオリは立ち上がることを諦めた。その代わり、腹部にすべての力を集めた。その力は刺毛弾幕を形成し、押し寄せる亡霊たちを爆散させる。


 既に痛みは感じなかった。感じていたらこんなこと出来るはずがない。それでも、シオリは必死に刺毛弾幕を放ち続けた。それは悔しさ。使命感。プライドのようなものもあるだろう。


 しかし、既にシオリには軍団を止められるだけの力はなかった。降り注ぐ弾幕は、豪雨ではなくにわか雨だった。軍団は弾幕をほぼ無視して進軍していく。



  〇     〇

 〇 〇   〇 〇

〇 〇 〇 〇 〇 〇

 〇 〇   〇 〇

  〇     〇



 勝った。


 魔導士は勝利を確信していた。あの蜘蛛は力尽き、こちらの軍団の敵ではなくなった。亡霊たちは前進を続け、大賢人がいる城の城壁へと迫る。


 さて、この後どうしようか。


 あれほどの力を備えた魔法使い、大賢人の魂だ。今まで私が手にしたどの魂よりも素晴らしいものなのだろう。


 ただ観察するだけではない。徹底的に、隅から隅まで見せてもらう。私の使役する亡霊として、一生私に仕えさせる。

 ちょうど、あの使いにくい竜を手放したところだ。あれよりも遥かに強い魂だ。きっと、窮地に陥った時に私を助けてくれる。

 ……そもそも、私の魔術を捉えられるものは、もう二度と現れないだろう。そして、少しでも邪魔をするのなら、あの大賢人の亡霊で排除出来る。


 ……私は、これから永遠の安心を得るのだ。


 興奮で体が熱くなった。洞穴でなら、すぐにローブと仮面を脱いでいただろう。装束の内側がしっとりとする。瞳は潤いを増し、頬はほんのりと赤くなる。口元には愉悦に浸った笑みが浮かぶ。その姿を仮面で隠しながら、魔導士は勝ち戦を——。


 ズドドドドドドドドドドッ!


 空から、無数の光弾が降り注いだ。光弾は着弾するたびに青白色の閃光を放ち、強烈な衝撃波と爆風が空間を満たす。


 一瞬だった。光弾が降り注いだのは。そして、景色が変わるのも一瞬だった。亡霊の大群はかげろうの如く消え去った。黒い液体も、煙も爆散してしまった。魔導士によってつくられた亀裂も、すべてクレーターによって上書きされた。唯一無事だったのは、魔導士が立っている場所の半径1メートル程度の僅かな場所だった。


 そして魔導士は見た。青白色のオーラを纏う、破壊の権化を。圧倒的な力で自分を退けた、あの魔法使いの姿を。

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