シオリ、倒れる(前編)

「やはり、召喚には手間がかかるな……」


 あくまでこの亡霊は“最終手段”だ。大賢人側の戦力が余りにも高すぎて、この切り札を使うしかなかった。そして、いざ使ってみるとなかなか使い勝手が悪い。だから、今回は亡霊の軍団を作り上げたのだ。

 正直、この亡霊は解放してもいいと思っていた。そんな時に、あの竜はやってきた——。


〇 〇


 ————魔導士の洞穴にて。


 目の前に母の亡霊が現れた。ハヤテは腰を抜かし、精神をズタズタにされそうになった。


 自分は、結局誰も助けられない。自分では、何も出来ない。追い詰められたハヤテは、魔法陣から剛剣を取り出した。


 Dドライバを一度でも使用すれば、強烈な副作用に侵されることになる。そして、ついには異形の存在へと変わり果てる。それなのに、この魔導士を殺害出来る保証はない。


 そこでハヤテは考えた。どうせ自分が終わってしまうのなら、初めから“暴走”させればいい。しかも、この剛剣は数あるDドライバの中でもトップクラスの危険度を誇る。その恐ろしさは十分知っている。Dドライバや魔道具の扱い方は棟梁に叩き込まれた。


 こんな小さな洞穴で暴走させれば、いくら魔導士でもただでは済まない。ハヤテは剛剣を構え、このDドライバの基本制御魔術にアクセスした。既に数値はいじってある。一度でも使用すれば、この剛剣は使用者もろとも辺りを破壊し尽くす。あとは魔術の「自動起動」コマンドを入力すれば……。


 ……怖い。


 コマンド入力する手が止まった。自分が消えてしまうのか。どこか暗い場所に閉じ込められるのか。苦しい場所へ連れて行かれるのか。ハヤテは久々に「死」を感じた。

 生きなければ、何も出来ない。そのような恐怖ではない。ただ純粋な「死」が怖くなった。考えるよりも先に、ハヤテは別の魔術を起動した。いつも城に帰るための魔術だった。世界と世界を隔てる壁と通り抜け、城がある世界へ帰るための魔術。普段は現場からやや離れたところで発動し、城へ帰る。だが、今使用すれば、魔導士を殺害しつつ、自分は助かるかもしれない。

 そんな甘い考えに囚われたハヤテの隙を、魔導士は見逃さなかった。


 ハヤテの手を、黒い煙が掴んだ。握られた剛剣を素早く取り上げ、逃げるための魔術を凍結させた。


「……いくら最高級品を扱っていても、使う者の実力が低ければ、大したことは出来ないものだな」


 魔導士の魔術は素早かった。叡持の魔術よりも洗練され、効果的に魔術が利用されている。戦力では明らかに劣っているが、魔導士は叡持よりも遥かに魔術に慣れていることを示していた。

 一瞬にして拘束されたハヤテは奥歯を噛みしめた。必勝の作戦が。蜃気楼のように消え去った。


「……見るに、お前が発動している魔術は……。攻撃用の魔術と……、『大賢人の場所へ行ける』魔術だな?」


 仮面の下で魔導士はにやりとした。私は、あの城へ乗り込むことが出来る。

 魔導士はこの魔術と剛剣をハヤテから奪い取った。そして、竜の亡霊を手放すことを約束し、ハヤテを解放した。


〇 〇


 ……そうだ。この手があった。


 どうせ手放す亡霊だ。盛大に、華々しく利用して挙げようではないか。魔導士はにやりと笑い、竜の亡霊に、あの剛剣を持たせた。



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 世界を隔てる壁の近くに立ち上がったのは、魔導士の切り札、ハヤテの母親、亡霊の竜だった。


 あの亡霊はかつて、叡持の新魔術によって吹き飛ばされた。そのようなダメージはまったく受けないのか? それとも、一度引っ込めば回復するのか。どちらにしろ、あの亡霊というものは厄介な相手だ。


 亡霊の竜を出したせいか、兵士の生産量が激減した。


「おいでなさったか」


 遠くに映る巨大な亡霊の影。シオリはそれを冷静に観察した。恐らく、叡持が戦った時と戦力は変わっていない。一度叩きのめされても、引っ込めば全回復するってことか。


 この状況を鎮めるためには、魔導士を直接叩くしかない。


 ボウウウウウウウッ!


 亡霊の吐く息が豪炎となる。遥か遠いところから業火が襲い掛かる。シオリは糸で壁を作り、竜の息吹をキャンセルした。


「くっ……、分かってんじゃねぇか」


 魔導士も分かってんだな。いかに自分を攻撃させないか。当然か。自分の身を護るのは。シオリは糸を投げ、竜の亡霊を拘束しようとした。


 が、竜の亡霊は猛スピードでシオリに突撃してきた。竜が飛ぶスピードは速い。壁からシオリの場所まで、竜は瞬く間に到達する。


 竜が、シオリにぴったりと密着した。そして——。


 ドオオオオォォォォォンッ!


 青白色の閃光が竜の体の中心部から放たれた。衝撃波、爆風、烈光がシオリに直撃する。爆心地にいたシオリは、膨大なエネルギーにさらされた。

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