ストッピングパワー(中編)

「……あれが、魔導士。黒い煙の黒幕」


 ハヤテは恐れを抱いた。この魔導士の姿を見た瞬間に。


 なぜ叡持殿はこんな奴と普通に話していたのだろうか。そして、こんな奴に、堂々と戦いを挑もうとしたのか。震えながら、ハヤテは叡持の異常性を感じていた。


 直接その姿を見たら、その瞬間に恐怖に支配される。あの魔導士が放つオーラなのか、空気なのか、よく分からないが、とにかくハヤテは囚われた。あの魔導士が放つ“何か”に。


『ハヤテ、お前はいちいち気にしすぎだ。繊細さで生き残ってきたのも分かるが、少しはどっしりと構えろ。かえって死にやすくなるぜ』


 通信用魔術から、頼りがいのある、あったかい声が聞こえた。その声がハヤテの拘束を解き、ほぐしていく。


「棟梁……ありがとうございます。俺——」


「礼は帰ってからにしろ。お前は今、死線を潜り抜けようとしてるんだからな。だが、心配はいらん。お前の主人は大賢人・新川叡持だからな」


 ぶつっと通信が切れた。竹を割ったような性格と言うか、何というか……。




「シオリさん、ハヤテさん、まず先にお詫び申し上げます」


 何の脈絡もなしに、叡持は口を開いた。


「僕は、僕たちの城の情報能力はトップクラスだと考えていました。こちら以上の情報能力を持った勢力は存在しないと、考えていました。フィールドワークの計画も、研究計画も、すべてこの前提の下に設計しておりました」


 叡持は一呼吸置いた。シオリとハヤテは何か突っ込もうとしたが、それよりも先に、叡持の言葉が続いた。


「しかし、この世界には、こちらの情報能力を上回る者が存在しました。こちらの慢心を利用し、こちらに罠を仕掛ける。僕は愚かでした。戦力を見間違い、いや、過信しすぎてしまいました」


 叡持は黙って上を向いた。その先には、名状しがたい仮面を被った魔導士。


「魔導士殿。まさかこのような魔術も使用することが出来たとは。やはり、情報不足は危機的状況を作り出しますね」


 こんな状況でも、叡持は冷静さを失わない。そもそも、冷静さ以外の状態を持ち合わせているのかどうか怪しい所ではある。


「……いくらお前でも、この拘束を解くことは出来ない。お前は、このまま破滅する」


 太く潰れた、不自然な声が上から降ってくる。叡持はその言葉を無視するかのように、新たな言葉を発した。


「なるほど。確かにこの魔術は強力です。現在の状況なら、この魔術を突破することは不可能でしょう。これほど複雑で高度な魔術の解析には時間がかかります。こちらがスキャンしている間に、あなたは僕たちの命を回収することが出来ます」


「……やけに、潔いな。もう、降参、するのか」


 ぼそっとした声が、上空からかすかに聞こえる。魔導士も意外さを隠せないのか、ややぼやけたような言葉を口にした。その時だった。


 ドオオオオォォォォォンッ!


 青白色の閃光が空間を満たし、衝撃波が辺りを震わした。


「……な、……なんだ、と……?」


 叡持たちを拘束していた魔法陣が、ガラス板のように粉々に砕け散った。煙と残光が辺りを埋め尽くし、視界は非常に悪い。しかし、その煙の中でただ一つ目立つものがある。


 難解な文字が流れては消え、複雑な図形が表示されては削除されていく、叡持の大きなゴーグル。その発光は、立ち込める煙の中でもはっきりと存在を示していた。


「こちらは情報戦では圧倒的に不利でした。ならば、こちらが優位と思われるもので勝負するのが最適解と言えるでしょう」


 煙が退くにつれ、蒼い装束がだんだんと姿を現していく。それは、煙の中から破壊の象徴が顕現したかのような雰囲気を醸し出した。


「僕の魔術は“爆轟術”と言います。あらゆる物質から、爆轟を起こすかのようにエネルギーを取り出すことが名前の由来です。爆轟とは、本来爆薬が起こす強力な反応です。その特殊さから、普通の物質では起こせません。しかし、この魔術はそれを可能にしました。辺りの小石でも、空気中に浮かぶ水蒸気でも、そして、誰かが形成した魔法陣も」


「……あ、ああ」


 叡持の気迫は恐ろしいものがあった。あらゆるものを無慈悲に消滅させる、まさに破壊神とも呼ぶべき強力なオーラが、魔導士の心臓を握りつぶそうとしている。魔導士の、死をもたらす恐怖とは違う、だが極めて強い恐怖が、叡持から滲み出ていた。


「爆轟術は、言わばすべてのものを爆薬に変える、と言っても過言ではありません。今でこそ魔道具の研究ばかり行っていますが、本来爆轟術は、エネルギーすべてを爆弾に変え、あらゆるものを吹き飛ばす攻撃的な魔術なのです。見たところ、あなたは直接的な戦力は持ち合わせていないようですね。さて、完全にこちらの土俵となりまし——」


「まだだっ!」


 上空から、発狂したような声が届いた。魔導士は頭を抱え、震えていた。情緒不安定な魔導士は、声を震わせながら言葉を放った。


「お前は強い! だが、お前は人間だ! 人間は、絶対に『死』に勝つことは出来ない! それは自分の『死』だけじゃない! お前がもたらした『死』に対してもだあああああああ!」


 魔導士が狂ったように呪文を叫び出した。そして、謎の地響きが始まった。青かった空が紫色に変化し、白い雲が黒くなっていく。そして……。

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