ストッピングパワー(前編)

 シオリの言葉を聞き、叡持はすぐさま席に戻った。モニターの電源を付け、大量に流れるデータを眺め始めた。



 そのデータから、魔導士が巨大な魔法陣を描き、何かの儀式を始めていることが分かった。



「随分と大規模な儀式ですね。シオリさん、ドローンの配備状況はどうですか?」


「ああ、既に大型ドローン2機を追加で派遣してるぜ。もうそろそろデータが送られてくれるはずだ」


 叡持とシオリは画面に張り付いた。ハヤテは何も出来ないので、とりあえず二人の様子を眺めることにした。


「叡持、今、大型ドローンからデータの送信が開始されたぜ。そっちのモニターにも表示する」


「ありがとうございます」


 二人はキーボードを素早く操作し、大量のデータを処理する。すべての画面は難解な文字と複雑な図形で埋め尽くされ、部屋全体で情報が氾濫する。


「叡持! この儀式の詳細が分かったぜ。どうやら、ただ、あの魔術を大幅に強化するためのものみたいだ」


「シオリさん、詳しくお願いします」


「ああ、つまり、一度に大量の命を奪うための魔術、ってことだ。それも、大都市一つを丸々滅ぼすほどの規模だ。そして、目標は——」



 クランド帝国の商業都市・ミスギス。



 シオリはデータを処理し、魔術の対象となるものを突き止めた。モニターにその名前を表示したとき、叡持はやや苦い顔をした。



「これはかなり厄介ですね。ミスギスといえば、今まで多くの被検体を輩出してもらった重要な都市、いわばモルモットの飼育ゲージです。滅ぼされては困ります。よりによってこの都市を選ぶとは」


「考えられるのは、人口がトップクラスの都市を滅ぼそうとしているのか、はたまた叡持の目的を知っているのか……」


「普段なら理由を考察したうえで対策を練るところですが、緊急時にそうは言っていられませんね。シオリさん、あの儀式は、あとどれほどの時間を要しますか?」


「……分析してみたが、あと数時間程度だな」


「対策を練る時間など与えてくださりません、か……。本当は更に防衛用魔術の開発を勧めたかったところですが、現在の対抗策のみで、直接止めに行かなければいけませんね」


「……ああ。残念ながら、な」


「さて、もたもたしていられません。ハヤテさん、行きましょう」


「はっ、はい」


 叡持とハヤテは駆け足で部屋を出て、暗い廊下を駆け抜けた。



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 ミスギスは街道の分岐点にある都市である。常に活気に満ちあふれ、多くの人と物資が行き交う。


 しかし、街道から外れたところは静かで、森と草原が広がっている。近くにはやや大きめな山がそびえ、そこからミスギスを一望出来るのは、一部の情報通のみが知りえる情報である。


 叡持は竜の姿のハヤテに乗り、儀式の現場まで急行した。


 山頂は開け、広場となっている。そこに大きな魔法陣が描かれ、真ん中に人影がある。魔法陣は紫色の光を放ち、禍々しいオーラが立ち込めている。


 叡持とハヤテは山の上空を飛びながら、現場を眺めた。


「見たところ、あの魔法陣を破壊すれば魔術の発動を妨害することが出来そうですね。そして、真ん中にいる魔導士を護る魔術のようなものは発動されていません」


 コンソールを見ながら、叡持は淡々と言葉を口の外へ流していく。



 ……なんか、怪しい。


 叡持には伝えなかったが、ハヤテはこの状況に違和感を抱いていた。

 分析によれば、特に不安要素はないという。だが、あの魔導士が、こうも簡単に姿を現すだろうか。決して姿を見せず、魔術を捉えられずに力を行使してきたあの魔導士が、こんな分かりやすいことをするのだろうか。


「さて、脅威は速やかに排除しましょう」


 叡持はそう言いながら、右手に大きな光弾を形成した。


 シュウウウンッ!


 光弾が魔法陣に向かって打ち出された。


 ドオオオオォォォォォン!


 高速で射出された光弾はすぐに魔法陣へ命中。青白色の閃光が辺りを焼き尽くし、強烈な衝撃波が辺りを吹き飛ばす。


 儀式が行われていた山頂は、ものの見事に破壊された。土煙が収まるとともに、山の無残な姿が露わになっていく。


 がっつりえぐられた山。切り口は角ばった石で埋め尽くされ、風化していない白っぽい岩が見えている。


「さて、排除は完了しました。帰還し——」



 バアアァァァァアアン。



 帰ろうとした叡持とハヤテが、謎の魔法陣に囲まれた。紫色に発光した、叡持が見たこともないような魔法陣。しかし、あの山の上に描かれていた魔法陣に似ている気がする。


 その魔方陣から出ようにも、その領域から出ることは出来ない。


「……あの、叡持殿。これ、かなりまずい状況じゃないですか?」


「おっしゃる通りです。非常に危機的な状況でしょう」


 セリフはセリフだが、叡持の言葉にはまったく危機感がない。あくまで現在の状況を冷静に、客観的に分析していた。


 対してハヤテは悔やんでいた。あの時の違和感を、早く伝えていればよかった、と。


「……ここまで簡単に罠にかかるとは。お前は相当な愚か者だったのだな」


 叡持とハヤテより遥か高い場所に、黒い人影が現れた。分厚いローブを着込み、名状しがたい仮面を被った人影。


「お久しぶりです。……と、言うほどでもありませんね。数時間ぶり、と言ったところでしょうか。魔導士殿」

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