緊張・二人の大魔法使い(中編)
モニターに映されるのは、このフィールドワーク、魔導士との接触で得られたデータだった。魔導士が黒い煙を発生させる一部始終、あの洞穴の様々な魔術スペクトル、そして、魂を引き剥がす瞬間まで。
これらのデータを今までのデータと照合し、防衛用魔術の開発やデータベースの更新をしていく。
あのフィールドワークから数時間経ち、データの分析もほぼ完了した。叡持の容態も、想定以上に回復している。
「今回のフィールドワークのおかげで、あの黒い煙、及び相手の攻撃方法を完全に観測することが出来ました。ほぼ完全なデータを得ることが出来た、基準となるデータを得ることが出来た、と表現してもいいでしょう」
「……叡持、一ついいか?」
「なんでしょうか、シオリさん」
シオリは椅子に浅く腰掛け、長い脚を組みながら話を聞いていた。
「どうして、あの時法衣装甲を脱いだ?」
シオリの目には、苛つきを通り越して怒りが現れていた。シオリほどの強大な怪物が持つ怒りのオーラは、上級のモンスターさえも一瞬で震え上がらせる。ハヤテは、そのオーラによって硬直させられた。それに対し、叡持はいつもと何も変わらない。それは彼の強さを表しているのか、それとも彼の欠落、特異性を表しているのか……。
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なぜ、あの時装甲を脱いだのだろうか。
動揺が収まってきた魔導士は、先ほどの出来事を冷静に分析しつつ、水晶玉を通して叡持を眺めていた。
私の前で、防御を解いた。なぜだ……。
だが、それ以上に疑問に思うことがある。
なぜ、あの術で、大賢人は生きていた?
私の魔術は、あらゆる魂を操ることが出来る。私は、確かに大賢人の魂を剥ぎ取ろうとした。
……それなのに、あの魂の『一部』を剥ぎ取ることが出来なかった。
そもそも、私の術に対策を練る者は存在しなかった。それどころか、私の術を捉える者すらいなかった。
対策を練ってここに来る者も、私にあそこまで好意的に接しようとした者もいなかった。
あの魔法使い、大賢人とは……。
……考えを脱線させてはいけない。魔導士は一度仮面をかぱっと外した。白く柔らかい肌と、黒く大きな瞳が露わになる。彼女は一度大きく深呼吸をし、再び仮面に顔を押し付けた。
あの魂は何かが違う。
剥ぎ取る時、何か違和感があった。基本人間の魂だから、いつも通り剥ぐことが出来た、しかし、『一部』だけが剥がれなかった。私の魔術への対策は、一時的に解除していたはずだ。防衛用の魔術のせいじゃない。あの大賢人の魂特有の何か……。
人間の魂でありながら、人間の魂と違う『何か』が混ざっている。一部が変化してしまった。……と、言うべきか。
この魔法使いはやはり興味深い。もしあの時、私が恐怖に打ち勝つことが出来たのなら……。
後悔を思い浮かべながら、魔導士は水晶玉に集中力を向けた。
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「確かに、あの時法衣装甲を脱いだのは悪手だったのかもしれません。しかし、そのおかげで重要なことが分かりました」
『重要なこと? それは、命を懸けるほどの成果だったのか? 命を失う可能性を考えたうえで、それ以上のリターンを予想できたのか?』
シオリはまだ怒りが収まらない。叡持は、シオリの怒りを受け流すかのように言葉を続けた。
「まず、想定外の出来事が発生したことについては素直にお詫びします。あの状況で、相手が攻撃をしてくるとは予想していませんでした。あの状況なら、あえてこちらの武装を解くことで、相手の信頼を完全に得ることが出来ると考えていました。こちらが攻撃される可能性は極めて低く、また協力関係になるメリットは非常に高いと判断したのです。リスクはほぼ誤差の範囲でした。しかし、実際攻撃をされたこと、そしてシオリさんとハヤテさんに心配をかけたことは僕の過失です」
「……じゃあ、今回で得られたものは何だ? 詳細なデータ、ってだけじゃねぇんだろうな?」
シオリの顔が少し穏やかになった。気迫が弱まったおかげで、ハヤテも少しずつ硬直が解除されていく。
「今回の最大の成果、それは、あの魔術の『制約』を発見したことです」
「……制約? なんだそれは?」
「はい。どうやらあの魔術は、一度に『一種類』の魂しか奪えません。人間の魂を奪おうとしたら人間のみ、蜘蛛の魂を奪おうとしたら蜘蛛のみ、そして、竜の魂を奪おうとしたら竜のみ、と。おかげで僕は魂のすべてを奪われることなく、こうして回復出来たわけですから。ここを詳しく詰めていけば、相手への更なる対抗策を開発することが出来るでしょう」
この時の叡持は、いつもの天真爛漫な探求者でも、冷たい魔法使いでもなかった。瞳の奥に“炎”が見えた気がした。研究のための好奇心以外、ほとんど感情を表さない叡持。今、表面に現れているのは、その感情とは全く違う感情だった。
「対策魔術の完成後、魔導士を殺害します」
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