真実に迫る魔法使い(後編)

「しかし、今回の場合はDドライバの影響は全くありません。現に、あの村にDドライバが持ち込まれたこともありませんでした。ですがあの黒い煙が確認されました。同時に、あの煙の、かなり時間を置いたもの、要するに残留物が見つかりました。つまり、あの『何かかしらの影響を及ぼす部分』が、Dドライバ以外の何かによって引き起こされていることになります」

「なるほど。じゃあ、次はそれが、何によって引き起こされているのかが分かんねぇといけないわけだな」


 シオリは深く考えていた。このスペクトルが何を意味するのか、シオリにも検討が付かなかったからだ。


「そこで、まず考えなくてはいけないのが、あれが自然現象なのか、何者かによるものなのか、判断をすることです。そして、この時の世界中の観測データを参照してみました。しかし、あらゆる演算をしてみても、自然現象との関係は全く見つかりませんでした」


「だから……、意図的なものだと、結論付けたのですか?」


「はい。そして、もしそれが本当なら、非常に困ったことになります」


 叡持は少し歩き、二人を同時に視界に入れた。


「なぜなら、僕たちに干渉しようとする、“何者か”がいるということになるからです」



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  〇     〇



 ……滑稽だ。


 暗い洞穴の中で、魔導士は一人思っていた。


 こんなに私の魔術を分析しても、まだ私の場所へは到達しない。だが、私は常に見えている。私に魂を捉えられてしまったら、二度と逃げることは出来ない。


 それにしても、あの魔法使いは何者だ? こんな立派な城に住み、あれほど強力な使い魔を従える。それだけでなく、低級の精霊を多数、それにドラゴンまで配下に持つ。


 そして、大量の建物から大量の魔道具を作り出している。彼の目的は何なのか。



 まあ、彼の行動等に関してはまだまだ突っ込むべきことが多いが、何より気になるのはあの“怨霊”だ。



 あの魔法使いには、大量の怨霊がまとわりついている。



 普通の人間なら、怨霊が一人でもいれば体調を悪化させ、10人もいれば重症の病に、そして、100人もいれば絶対に命を落とす。それは呪詛的な力、運なども合わさって、確実に命を奪われる。虐殺を行った君主が、ほぼ全員ろくな最期を迎えていないのを見れば分かる。


 だが、この魔法使いには……。数十万? どういうことだ? それも、どんどん数を増やしていっている。初めにどん、と数が増え、そのあとコンスタントに怨霊の数が増えている。


 なぜ、あの魔法使いは生きている?


 怨霊は何をしている? なぜ彼の命を奪わない? なぜ誰も、彼の命を奪おうとしない?

 怨念が力を発揮していないのか? いや、それはあり得ない。生きている限り、怨霊は常に力を発揮し続ける。怨霊から逃れるなんて、聞いたことがない。どんな人間も、どんなに強い人間でも、怨霊に負けてきた。


 それは、魂の深い場所で、決定された定めのようなもの。人間が人間を傷つけた時に自分にもつけてしまう傷。呪い、と言ってもいい。


 逃れる手段は、記憶をすべて失うことや、怨霊そのものを操ること。つまり、自分そのものの生きた証を失うか、迫る怨霊を支配するしかない。普通の人間には不可能だ。いくら魔法使いでも、そんなこと出来るわけがない。一部、死んだ人間を使役する術者がいるみたいだが、その程度の力では支配出来ない。



 それを支配出来るのは私だけ。



 誰にも真似出来ない。これほどの力を持つ者は他に存在しない。


 ならあの魔法使いは一体? もしや、既に怨霊の力を受けているのか? 無効化する手段があるのか?

 考えても考えても全く分からない。




 ……苦しい。


 興奮したのか、苦しくなって仮面を脱いだ。


 水晶玉に、白く柔らかい肌と、大きな黒い瞳を持った美少女の像が反射する。



 ——私は、誰だ?



 私を私にしたのは、この力。絶対に干渉されず、無慈悲に命を奪うこの力。この力のおかげで私は肉片から一人の自分へと進化した。そして、今でも命を奪うことで私を私にしている。


 なら、もし、私のほかにそんなことが出来る者がいたら?


 それはつまり、その者も“私”ということになってしまうのだろうか。私が二人、いや、そうなった時、既に私はいない。たった一人の私は消え、どうでもいい存在が残る。ただ、少し力を持っている肉片へと降格してしまう。


 ——そんなの嫌だ!



 魔導士は魔力を集め、呪文を唱えようとした。


 ——が、それをやめた。


 もし、そんな者が他にいるなら、それは一体何なのだろう。

 どうぜ、魂はいつでも剥ぎ取ることが出来る。急ぐ必要はない。

 むしろ楽しもうではないか。

 こんな稀有な存在の行動を。その存在そのものを。

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