赤ずきんとドロシィ(2)
数分後。
突然現れたドロシィを、なぜか「森の妖精」と勘違いした赤ずきんからようやく解放されたドロシィは呼吸を落ち着けながら赤ずきんと並んで歩いていた。
「そう、それじゃそのお婆さんのお見舞いに行く途中で、あのお花畑に寄り道してたのね」
「ええ。お婆さんからこんな手紙が来たものだから……」
そう言って赤ずきんがポケットから取り出してみせた手紙には、文字を書き慣れた老人特有の、器用に崩した美しい字で『風邪を引いた。感染るから絶対来るな。来るな、いいか来るなよ?』と書いてあった。
「な、なんというか」
「どことなく古き良き感じのフリをするお祖母様ですな」
ドロシィと魔法の靴がそれぞれ感想を漏らすと、赤ずきんはくすくすと楽しそうに笑う。
「そうなの。本当に困ったおばあちゃんなのよ。こんな手紙を出しておいてお見舞いに行かないと拗ねるし、行っても素っ気ないし、そもそも寂しがりのくせにこんな森の奥に一人で住んでるし……何度もうちへおいでって言ってるのに」
もぉ、と口を尖らせながらも赤ずきんの目元は緩んでいる。彼女はこれから向かう先にいるおばあちゃんを「寂しがり」と形容したが、その表情はどちらかといえば彼女自身が寂しがっているように見える。
「……赤ずきんさんはおばあさんのことが大好きなのね」
「もちろんよ」
ドロシィが言うと、赤ずきんは満面の笑みで頷いた。
「捻くれ者で偏屈なおばあちゃんだけどね、昔からあたしが泣いてるときは黙って優しく撫でてくれたし、眠れない夜に一緒に寝てくれたし、どこかへ出かけるときはずっと手を繋いでいてくれたわ。不器用で口は悪いけど、とっても優しいの」
おばあちゃんのことを話せるのがとても嬉しい、というように口調から足取りまで弾む赤ずきんを見ていると、つられてドロシィまで笑顔になる。魔法の靴でさえ、表情こそないものの微笑ましいものを見るようにくすくすと押し殺した笑いを漏らしていた。
「でも、大好きなおばあさんに会いに行くのに、寄り道なんてしていてよかったの?」
赤ずきんの口ぶりから、少しでも早く会いに行きたい、という気持ちがにじみ出ているのを見て、ドロシィには先程自分たちと出会った時の彼女の寄り道が不自然に思えた。
「親切なオオカミさんがあのお花畑のことを教えてくれたの。お見舞いならお花を持っていくといいよって。行ってみて正解だったわ。キレイなお花も摘めたし、可愛いドロシィちゃんにも会えたものね!」
あーんほんとかわいい、と後ろからドロシィに抱きついて抱え上げ、頬ずりしながらも足を止めない赤ずきん。慌てたドロシィが「はーなーしーてー」ともがくものの、赤ずきんの腕は微塵も緩まない。
「オオカミ……オオカミですか。ふむぅ?」
そんな状況に我関せずといった様子で魔法の靴が唸る。
「ぜぇ、ぜぇ……ど、どうかしたの?」
ひとしきりドロシィを撫でくりまわして上機嫌の赤ずきんから解放され、一瞬でいくらかやつれたドロシィがその呟きに反応する。
「いえ、オオカミというのは人を食い物にするズル賢い連中と聞きます。それがただの親切心で花畑の場所など教えるものかと不思議に思いまして」
「人の親切を疑うなんていけないわ。いいオオカミだっているかもしれないじゃない。そもそも、赤ずきんさんは何事もなくこうしてここにいるじゃない」
ドロシィがたしなめると魔法の靴も「それはそうですが……」と納得はしていないながらも意見を引っ込める。
「〜〜♪」
ドロシィと魔法の靴の話を聞いている、わけでもなく上機嫌に鼻歌など歌いながらくるくると楽しげに数歩先を行く赤ずきんを見て、ドロシィは魔法の靴の懸念など杞憂だとその背を追いかける。
太陽は既に森の向こうに半分ほど沈み、赤ずきんがカンテラに火を灯した。
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