人魚姫とドロシィ(4)
カン、カン、カン。
「ひぁっ!」
耳に覚えのある悲鳴。浜辺に降り立ったドロシィと魔法の靴の前には、驚きで硬直する人魚の少女と、意識のない王子がいた。
「あわっ、あのっ! っえ、いま、どこ、だれっ?」
慌てる少女が逃げ出す前に、ドロシィはその腕に飛びつくようにして抱え込んだ。
「約束してほしいの!」
「ひうっ、な、何ですか、何なんですか!」
「ドロシィ様、まずは落ち着いてご説明を」
魔法の靴になだめられて、ドロシィがようやく人魚の腕を離す。
「あなた、そこで倒れてる王子様が好きなのよね?」
「!」
ボフッと煙を吹きそうな勢いで、少女の顔が一瞬で真っ赤になる。
「そ、そんな、違っ、わたし」
「もう、可愛い!」
一瞬我を忘れて少女に抱きつくドロシィ。が、すぐにハッと正気に戻って離れる。
「コホン。あのね、一つ約束してほしいの」
「や、約束?」
「そうよ、約束。自分の気持ちと、掟のこと、よく考えてほしいの」
「掟って……」
「王子様は人間だから、姿を見られてはいけないのよね?」
「そうです。だからわたしは、もうここを離れないと」
「でも、いまここを離れたら、二度と会えないかもしれないのよ?」
「!」
少女の表情が強張る。
「王子様は人間で、あなたは人魚よ。もう一度出会うのはとっても難しいことなの。あなたがもし王子様のことを想っているなら、そのことをよく考えてちょうだい」
「…………」
少女は俯いたまま何も答えない。
「掟はきっと大事なんだと思うわ。でも、それはあなたの気持ちよりも大事なものかしら。そのこと、よく考えてね」
「わたしの、きもち」
胸元に手を当てて、ポツリと呟く少女。ドロシィは最後にニコッと微笑んでくるりと背を向けた。
「さ、わたしたちはもう行きましょう」
「……よろしいのですか?」
「いいのよ。この先は、彼女が決めることだもの」
「では、行き先を決めて踵を鳴らしてください」
その言葉に従い、ドロシィが踵を鳴らそうとしたその時。
「あの!」
少女に呼び止められて、踵を鳴らそうとしたドロシィの足が止まる。
「なにかしら?」
「どうして、わたしにそんなことを言うんですか?」
「……わたしが、おかしくしちゃったんだもの」
「え?」
「気にしないで。わたしが間違っちゃったことを、元に戻したかっただけだから」
卑怯かもね、と呟いたドロシィは、少女の次の言葉を待つことなく踵を鳴らした。
カン、カン、カン。
「あれでよかったのですか?」
初めに立っていた岬の上から目立たないように砂浜の二人を見下ろすドロシィに、魔法の靴が問いかける。
「ええ、これでいいわ」
「あれだけでは、あの二人がうまくいくかどうかはまだ分からないと思いますが」
「それでいいのよ。決めるのはわたしじゃなくて、あの二人だもの。二人が決めたことならいいじゃない」
それに、とドロシィは岬から身を乗り出して浜を覗き込む。
「ほら、何も心配いらないじゃない」
ドロシィの視線の先では、意識を取り戻した王子と、その場に残り続けた人魚が言葉を交わしていた。二人とも、恥ずかしげな笑顔を浮かべている。
「さ、行きましょ」
二人の笑顔を見届けたドロシィは満足気にうんうんとうなずいて立ち上がると、踵を鳴らすために立ち上がった。
「カンザスへ戻られますか?」
「んーん。その前に、行きたいところがあるの」
「わかりました、では踵を鳴らしてください」
カン、カン、カン。
ドロシィの鳴らす靴音が響く。どこへでも行ける魔法の靴。
海へ、山へ、過去へ、未来へ。次の冒険は、また別のお話――。
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