水面恐

悪ッ鬼ー

自分の中の怪物


 自分の顔は不細工だと思う人は何万いや、何億と世界中に存在するだろう。僕もその中の一人だ。

 だがそれは、自分がそう思っているだけで、自分の中で格好良い顔の水準が高いだけなのかもしれない。他人から見たら平凡、またはそれ以上のルックスの可能性もあるだろう。

 僕は確信している。僕の顔は醜く、よって誰からも必ず後ろ指を指されるのだと。

 僕は知っている。この河には怪物がいて、ここに来る僕をいつも覗いていることを。




 さて、また河を覗きに来たわけだが、特に理由はなく、思わずとも足がそこを向いていた。まるで機械的に毎日足を運び、そして、今日。

 覗くがやはり醜い顔だ。その朱色に鈍く光るそれは―――――怪物だった。いつもと変わらないその顔、いつもの様に惨めに思え腹立たしくも思う。そして、これが自分だと思うと―――――するのだ。


チャポッ―――――。


 心で発言している途中で水面を少しばかり荒らし、その言葉を流す。飲み込み、後に波紋をいくつも作り、波に変貌させる。すると怪物の顔がさらに歪む。時間が経つとまた元の顔に戻っていく。歪んだ顔が見えないだけ幾分か良い顔にも見えた。

 頭の裏を照らし続ける日は熱い。しかし、それとは反比例して冷めている自分の感情。それはこの世界への『絶望』を意味していた。

 自分の醜悪面を変えようと努力したところで焼け石に水だろう。否、そう決めつけているだけかもしれない。だが、今日を境に、自分の顔に命にどれほど価値があるのか、分かった気がする。

 何も害を与えていないにも関わらず、ただそこに存在するだけで嫌悪される仕打ち。いつかは絶える命だが、そのまま死ぬのも許し難い。

 価値無き命以上の価値ある命が存在しようか。いや、あるはずがない。価値無き命だからこそ、恐怖せず、他人を傷付け、自分を殺せる。私利私欲の為だけに使用できる最高の道具、武器になるのだ。

 怪物が不気味に笑う。それは、初めて見せた笑顔だった。胸の躍るかの様な高揚感が全身を駆け巡る。心臓の音が次第に早くなり、同時進行で見るに堪えない顔になっていった。


―――――


 頭から冷たい何かを滝の様に被った。よって僕は覚醒した。その後に、頭から布を覆い被され、身体中に大きな振動が伝わる。

 寝ぼけながらに周囲を見渡すと、赤色が視界のほとんどを埋めていた。—————火事だ。

 その状況を理解するにはそう時間なんて掛ることはなく、すぐに混乱してしまう。はずだった。


「大丈夫、大丈夫よ」


 耳元で母の声がした。優しさと若干の焦りを声に乗せ、僕を覆っている布に自身の鼻を押し当て走っていた。

 母の横顔を見るが、今までに無い見たこと無い程に顔を険しくしていた。

 突如二人を、否、母の背を、燃え落ちた柱が勢いよく強打した。それは母の体勢を崩し下敷きにする。身動きが取れなくなる程に重いのか、動こうとしない。


「逃げなさい。外に」


 恐ろしかった。火事よりも母から離れることにだ。だから拒んだ。

 だが、行け。という怒声に押されてしまい、後を振り向きながら母をそこに置き出口へ向かった。やっとの思いで外に出ることが出来たのだが、緊張が解け、顔面には声にならない程の激痛が走った。気絶をしてしまったらしく、気が付くと病室のベッドで横になっていた。

 後に聞いた話だが、あの火事は放火によるものだったらしい。そして、母は助からなかったという。

 これらは、子供だった僕には重すぎる話で、押し潰されてしまった。何事も消極的になり、一切笑わなくなった。

 顔は朱色に鈍く光り、肌は爛れ、世間は僕を怪物の様に接してくる。

 だから、人目のない場所で逝きたいと思った。


―――――


 空は昨日と同様で快晴。雨でない事は幸運だった―――――。

 日の目を浴びる事の無いように、ボロボロのフードを深く被る。夏で暑いが、もう慣れている。

 人目の無い、狭く薄汚い路地を進み山に踏み入る。誰も居なくて静かな世界。

―————それは、僕と一緒に無くなるんだ。

 小箱を取り出し、そこから棒を一本だけ取り出す。それを小箱の側面に勢いよく擦り、火を呼ぶ。そして、河を目指しながら、道中に一本ずつ撒いていった。

 僕にはまだ良心があり、誰も死なない復讐なのだろうか。いや、違う。ただ、共に死にたかっただけだ。僕のありままを映す鏡の様なこの山と。

 いや、違うな。憎かったのだ。ありのままの自分を映すからこそ、この山に恐怖していたのだ。あの河に。その水面に。そして、水面鏡に映る自分自身にだ。

 河に着く。いつもと変わらない風景。いつもと変わらない込み上げてくる感情。それに加わる決意。

 そこに着く頃にはもう小箱の中身は無く、背後は熱く、まるで過去を思い出した。

 河に近付き覗く。

—————怪物のお出迎えだ。

 その怪物は手を伸ばすと、僕の手を掴む。そのまま河底まで引きずり込み僕の命を奪ってくれた―――――。

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