第45話 お兄ちゃんと少しだけのお別れ。
私は今、和希お兄ちゃんの部屋の扉の前にいる。時刻は午後八時。明日、私はオーストラリアに留学する。
なぜ留学したいなんて言ったのだろう。後悔してもどうにもならない。あの頃の私に会えるならやめなさいと言いたい。
あの頃の私はお子様だった。自分勝手、視野が狭い、そして醜かった……醜いは今もだね。
毎日お兄ちゃんの部屋の扉をノックした。毎日楽しかった。ドキドキしていた。やっぱり私はお兄ちゃんのことが好き。大好き。
一回深呼吸。そして扉をコンコンとノック。泣きそう。でも我慢。泣くのは明日の飛行機の中でだよ。
『どうぞ』とお兄ちゃんの声。ため息がでた。泣きそう。我慢、我慢。
部屋に入るといつものように勉強机の椅子に座っているお兄ちゃん。タブレットの画面には推しの配信。私は毎日ヤキモチをやいていた。
留学先でも毎日ヤキモチやくのかなぁ。
お兄ちゃんの部屋にいる時の私の定位置、ベッドに座った。お兄ちゃんは配信を見るのをやめ、私を見る。
私の顔、赤くないかな?
エクササイズは終了している。お兄ちゃんは終わってもジョギングは続けている。
「明日行くんだな。寂しくなるよ」
お兄ちゃん……ありがとう。寂しいって言ってくれて……嬉しいよ。
一年留学……か。長いな。帰ってきた時にはお兄ちゃんは雲雀さんとお付き合いしているよね? もしかして婚約してたりして。その時は笑顔でおめでとうは言えるかな?
「どう? 沙羅のおかげで細マッチョになれたよ。ありがとな」
そう言って立ち上がりボディービルダーさんのマネをするお兄ちゃん。
ふふ。私のおかげって私は何もしてないよ。私がいなくてもお兄ちゃんは美男子になっていたよ。
「沙羅、一ヶ月は早かったね。あっという間だったよ」
「そうだね。楽しかったよ」
「楽しく過ごすと時間が経つのは早いよね。向こうに行ったらさ、いっぱい楽しんでおいで。そしたらさ、時間なんてあっという間に過ぎるからね」
お兄ちゃんは私の気持ちに気付いてる。泣きそうな顔してる?
私は笑顔でお兄ちゃんを見た。
「そうだね。いっぱい楽しんでくるよ。もしかしたら楽しすぎて日本に帰ってこないかもね」
「それは困る。帰ってきて」
「あはは。ちゃんと帰ってくるよ。ありがと」
お兄ちゃんと冗談言えるなんて少し前には考えられなかったな。雲雀さんありがとう。
「お兄ちゃん、明日早いからもう寝るね」
「う、うん。明日は学校だから見送りに行けなくてごめんな」
「それはしょうがないよ」
お兄ちゃんは申し訳なさそうにしている。もう、優しすぎだよ。
「お兄ちゃん」
「何?」
「雲雀さんに告白がんばってね。絶対大丈夫。うまくいくよ。じゃ、おやすみ〜」
私はお兄ちゃんの部屋を出た。お兄ちゃんの優しさに触れ元気が出た。
そうだよね。一年なんてあっという間だよね。人として成長しなきゃね。そしてその姿をお兄ちゃんに見せなきゃね。
よしっ。クヨクヨしていてはダメだ。不安はいっぱいあるけど頑張る。
◇◆◇
次の日お兄ちゃんとママに見送られて家を出た。パパが車で空港まで送ってくれる。
車の中で雑談。私を本当の娘ように可愛がってくれる大好きなパパ。移動中今までの事を謝った。パパも私に『何もしなくてすまなかった』と謝ってた。
パパと沢山お話したのは久しぶりだよ。楽しい。だからかな? あっという間に空港に到着した。
離れるから気付く。私はすごく素敵な人達に囲まれていたんだと。こんな醜い私を見捨てずにいてくれた。
お兄ちゃん、パパ、ママ、雲雀さん、紫音ちゃん、おじいちゃん。ありがとう。
私成長して帰ってきます。素敵な女の子になれるか分からないけど頑張ります。
しばらくお別れだけど私のこと忘れないでね。
うーん、時間が経つのは早いなぁ。飛行機に乗る時間がきちゃった。名残惜しいけど行かなきゃね。
みんな、行ってきます。また会おうね。
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