第43話 一ヶ月後に留学。

「私ね……、一年留学することになったの……」


 沙羅から突然の衝撃の言葉。俺は何も知らなかった。


「留学? 何処に? 駅前?」


「日本じゃないよ……外国に、だよ」


 詳しく話を聞くため沙羅を部屋に入れた。床に座り対面している。


 そして留学の経緯を教えてくれた。


 約十ヶ月前、俺と離れたいからお父さんに留学したいと沙羅は頼んだ。


 お父さんは会社の秘書を通して学生留学専門機関に依頼した。そして今日、留学の許可が出たとついさっき帰ってきたお父さんが沙羅に言ったらしい。


 お父さんも沙羅もすっかり忘れていたって……おいおい、そんな大切な事忘れないで!


 お父さんは『行かなくてもいい』と言ったらしい。


 だけど留学には沢山の人が動いているので今さら自分の都合で『行かない』は言えないと沙羅は考えている。『私が行かないとパパの信頼がなくなる』と付け加えて。


「行くのか?」


 俺は沙羅に聞いた。


「うん……」


 沙羅は小さく頷き答えた。


「……そっか。いつ出発するの?」


「一ヶ月後だよ……」


 一ヶ月後、沙羅は一年間の留学に行く。『行くな』と言いたい。だけど言えない。


 沙羅が言ったように学生の留学は沢山の人と機関が動いている。行きたくないと言ってやめれるものではないと俺でも分かる。


 お父さんは今の俺たちを見て『行かなくてもいい』と言ったと思う。そして全ての責任を自分が取ろうとしている。


 だけど沙羅はそれを望んでいない。


「ホントは行きたくない。行きたくないけどパパにはたくさん迷惑をかけてきた。これ以上は迷惑をかけたくない。それに留学は自分が言い出した事。行かなきゃね」


 沙羅はポロポロと涙を流した。俺は何を言えばいい? どんな言葉をかけてやればいいんだ?


「……沙羅。行ってこい」


「そうだよね……お兄ちゃんは私がいなくても大丈夫だよね……」


「違う。沙羅と一年離れるのは嫌だ。だけど前向きに考えよう。こんな機会は滅多にない。広い世界を見て成長するんだ」


「成長……。そうだね……私は人として成長しないとね……」


「それにさ、仲直りできたから笑顔で行けるじゃないか。帰りも楽しい気持ちで帰ってこれる。成長した沙羅を俺にみせてくれないか?」


「そっか。そうだよね。あの時と今は違う。お兄ちゃんに恩返しするためにも成長しなきゃね。そしてその姿を見せなきゃね」


 沙羅は迷いがなくなったようだ。


「私、行くね。でも……お兄ちゃんゴメンね。ダイエットを最後まで手伝えないね。それにお兄ちゃんの恋も応援できなくなるね」


「ははは、何言ってるんだ。あと一ヶ月あるんだ。沙羅が行く前に痩せてみせるさ。それに恋の応援は遠くにいてもできるさ」


「お兄ちゃん……」


 俺は分かっている。一ヶ月ではあの細マッチョにはなれない。今のぽっちゃり体型から不可能な事は。


 でも出来ないと言う選択肢はない。やるしかない。沙羅と二人で成し遂げたというものを作らないといけない。それは沙羅の心の支えになるはず。


 そして俺との絆が深くなれば沙羅は一年間頑張れる。そう思いたい。


「——よし。さっそくエクササイズルームに行こうか。頑張るぞ。沙羅っ」


 俺は立ち上がり沙羅に手を伸ばした。沙羅は手を握り立ち上がった。


「えっと、お兄ちゃん。このまま手を繋いで行ってもいいかな?」


「うん。いいよ」


 そしてエクササイズルームに行きタンクトップと短パンに着替えて今日のノルマを消化した。


 筋肉痛がつらいとかそんな弱音を吐いている場合じゃない。あと一ヶ月しかないんだ——。

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