第16話 ダイエットの切り札。

「あはははっ」


「痛いっ痛いっ! 雲雀さん、と、止めてくださいって! あばばばば」


 今日の午前中はお散歩と宿題で終わり、午後はじいちゃんの家の近くの野球場で社会人の皆さんと草野球をした。


 そして今、いつもの畳の部屋で雲雀ひばりさんと二人きり。時刻は午後八時四十分。


「あははっ。か、和希。ププー」


 雲雀さんは悶絶している俺を見て笑っている。楽しそうだ。イヤイヤ、めっちゃ痛いんですけど!


 俺が悶絶している原因は、太腿が筋肉痛で痛いと言ったら、雲雀さんが何処からか家庭用の有線式低周波マッサージ機を持ってきた。


 それを俺が自分で太腿につけ、雲雀さんがテレビのリモコンサイズの操作板でスイッチオン。


 初めは弱で心地よかった。でもすぐに雲雀さんは、


『おっと、手が滑ったぁ。威力マックスぅぅ。良い子は真似しないで〜』


 と言った。その瞬間俺の太腿にビリビリの激痛。


「終わりぃぃぃ。終わりでお願いしまぁぁぁぁ」


 いだだだだだ。


「あははは。う、うん。終わるね」


 ビリビリ激痛は終わった。時間にして約一分。永遠に感じた。


「はぁはぁ……酷いですよ」


「ごめんごめん。お約束だから。ププ」


 お約束って、そんなのあるんですかっ。……ま、まぁ、雲雀さんが喜んでいるからいいけど。


「ところで和希。野球は楽しかった? みんな良い人達だったでしょ」


「え、は、はい」


 低周波マッサージ機を片付け、ひと段落すると雲雀さんが話しかけてくる。


「野球やってる人みんなが悪い人達ばかりじゃないんだよ」


 この人は何処まで知っているんだろう……。聞けないな。


 社会人さんとの草野球で俺は散々だった。エラーを沢山して、全打席三振。でも怒られなかった。笑顔で『ドンマイ』って励ましてくれた。


 でも試合は真剣勝負。不思議だった。楽しく野球をやっていても勝負にこだわる。俺の知らない戦い方がそこにあった。


 雰囲気に引っ張られ、いつの間にか一生懸命プレイしていた。あんなにキライになっていた野球が、頑張ることが楽しいと思っていた。


 雲雀さんはこうなると分かっていた? 偶然? 


 でも俺のトラウマは消えていない。だけどどうでも良くなっている。ここ数日で心が成長している? 


 過去の人達の言葉や挫折を気にし続けるよりも、今そばにいる人達と楽しく過ごしたい。そう思わせてくれる人達だった。大人って凄いな。


 それ以上に雲雀さんの存在が大きい。出会っていなければいつまでも殻に閉じこもったままだった。


「どうしたの?」


 俺の視線に気づいた雲雀さんが涙目で聞いてきた。もちろん悲しい涙ではない。


「雲雀さんありがとう。もう大丈夫です」


「そっか。でも、和希自身の力で打ち勝ったのを忘れないでね。これから沢山の壁にぶつかり挫折する時も有ると思うけど、今の気持ちを思い出してね」


 雲雀さんってホントにすごい人だな。自分だってまだツライはずなのに。


「さてと、ちょっとまってね」


 そう言って雲雀さんは部屋を出た。すぐに戻ってきたけど、手に薄い本を持っていた。そして机越しに座った。


「ねぇ和希。分かっていると思うけど普通にやっても夏休みの間に痩せるのは無理だよね」


「そうですね。一ヶ月では少し……いえ、まったく痩せないかも」


「だよね。だからコレをやろうと思うの」


 机の上に置かれた年季の入った一冊の本。


「これは? えっと、徳川家秘伝の書……秘経穴躯体絞り。何ですかこれ?」


「徳川家に代々伝わるダイエット法だよ。背中の特定のツボを決まった手順で押し、体の気の流れを活性化させ新陳代謝、肉体の超回復を通常の何倍も高め一気に痩せる事が出来る秘伝だよ」


 ……はい? なにそれ? そんな摩訶不思議な秘伝が徳川家にあるって聞いた事ないんですけど?


 うーん、でも徳川家の歴史って戦国時代より古いってお父さんが言っていたなぁ。秘伝とか歴史を感じるね。


「でもね、ダイエット法って言っても万能じゃないの。一生に一回しか使えないし、効力の有効期間は十五日間。でも今の和希のやる気なら、その間に細マッチョのイケメンになると思うの」


 イケメンになるかは分からないけど試してみる価値は有りそうだ……。胡散臭いけど。


「藁にもすがる思いでやってみます。雲雀さんが背中のツボを押すんですか?」


「うん。全部読んで暗記しているから出来るよ。さっそくやろっか」


「はい」


 そして俺と雲雀さんは秘伝執行する為に立ち上がった。


「ところで雲雀さん。秘伝を過去に試した事あるんですか?」


「ないよ。今回が初めてだよ」


 ……マジで超胡散臭いんですけど……。

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