第14話 高水準な雲雀さん。

「……き……和希……」


 俺を呼ぶ可愛い声。


「和希起きなさい」


 可愛い声の主は雲雀ひばりさんだ。


 俺は長い眠りから目覚めた。だけどまぶたが重い。


「……あと五分だけ……寝かせて……ください」


「……おいブタ。ささっと起きろ。ミンチにして店頭にならべるぞ」


「ははは、はい。起きますっ」


 俺は布団の上で正座をした。雲雀さんは目の前で腕を組み仁王立ちしている。


 ちなみに雲雀さんと寝室は別。当たり前ですね。


「起きたね。もう、手のかかる従兄弟いとこだなぁ」


「すみません」


「いいよ。和希、おはよっ。顔洗って畳の部屋に来てね。朝ご飯用意してるから」


 ピンクのエプロン姿の雲雀さんは部屋を出ていった。


 う〜む。現実は甘くなかったね。


『起きないとチュウしちゃうぞ』


 とか、


『起きないと隣に寝ちゃうぞ』


 と言って美少女が起こしてくれる。そんな素敵イベントが発生するのかなとちょっぴり期待した。


 でもまさかの豚ミンチ……。効果は抜群でした。


 部屋の時計を見ると時刻は午前七時。カーテンを開け外を見ると……雲ひとつない快晴。


 天候は昨日調べていたけど一週間は晴れる。天気予報は正確だね。……シクシク。


 洗面所に行き顔を洗い、昨日寛いでいた畳の部屋に行くと机に朝ご飯が用意してあった。


 美人な家政婦兼秘書さんは台所でコーヒーを飲みながらノートパソコンで何かの作業をしている。


 俺に気づくと微笑み挨拶をしてくれた。年齢は分からないけど二十歳後半かな?


 じいちゃんは用事で出かけすでに家にいない。忙しいんだなぁ。


 雲雀さんと一緒に朝ご飯を済ませると、俺の分も一緒に片付けてくれた。朝ご飯は雲雀さんが作ったとの事。


 片付けている間に『身支度してきて』と言われたので歯磨きなどを済ませジャージに着替え畳の部屋に戻った。


 雲雀さんもジャージに着替えていた。


「じゃあ、お散歩に行こっか」


 お、お散歩⁉︎


 地獄のダイエットが始まると思って覚悟していたけど予想外の展開。


 二人で外へ。駅まで行くとの事。往復三キロくらいかな?


「初日だから今日はコースを覚えてね。明日から軽く走るからね」


「はい」


 や、優しい。


「よしっ、じゃあ、行こっか」


 駅を目指し歩き出した。


 途中商店街を通った。開店の準備をしている人達に雲雀さんは笑顔で朝の挨拶をしている。


 ほとんどが知り合いっぽい。俺の事を『彼氏?』と挨拶した全員から聞かれていた。


 その都度、雲雀さんは笑顔でガッツリ否定していた。


 商店街を抜け少し歩くと、この町に来た時に利用した無人駅に着いた。なかなかしんどい。雲雀さんは余裕なんだろうなぁ。


 隣にいる雲雀さん見ると、例の待合所を切なそうに見ている。明るく振る舞っているけどやっぱりツラいよな……。


 俺の視線に気づくと、にこやかに笑った。


「大丈夫? 疲れてない? じゃあ戻ろっか」


 自販機で飲み物を買い水分補給をした。そして休憩なしで来た時と同じコースで家に向かう。


 ……雲雀さんは自分がツライはずなのに何故俺に良くしてくれるんだろう。俺には真似出来ない。


 帰り道の商店街の八百屋さんに差し掛かると、店主のおじさんが携帯電話を切り何やら困っている。


「どうしたんですか?」


 雲雀さんが声をかけている。二人の話を聞いていると、今日の午後からの草野球のメンバーが法事で来れなくなり一人足りないとの事。


 ……嫌な予感。


 店主のおじさんが俺に出てくれないかと言った。


 予感的中ぅぅぅ。


「いいですよ〜。和希は経験者だから大丈夫です」


 勝手に話を進める雲雀さん。マジかっ‼︎


 俺は野球は二度としないと誓った。学校の体育の野球でさえ見学した。


「いいよね和希」


 断ろうと思った。だけど雲雀さんの頼みは断りづらい。それにこれから毎日通る商店街。断ったら今後通り辛くなる。


 微笑む雲雀さん。先程悲しそうにしていたのに、ツライはずなのに、何故他人に優しく出来るんだろう。


「えっと……経験者って言っても昔のことだから……迷惑かかってもいいのなら……」


 八百屋の店主のおじさんは『ありがとう助かるよ』と言って喜んでくれた。


 草野球をする場所と時間を聞き商店街を後にした。


 ホントはやりたくない。今も断らなかった事を後悔している。二度と野球はしないと誓ったはずなのに。


 だけど……雲雀さんの優しさが、強さが俺の誓いを、トラウマをちっぽけなくだらないモノに思わせる。


 俺も雲雀さんのように強くなりたいな……。

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