第13話 和希お兄ちゃんのお部屋のお掃除。
私は今、コードレス掃除機を持って入りたくない部屋の前にいる。
どうして私がお兄……豚舎の掃除をしなくちゃいけないの。
お兄ちゃんのいない家のリビングで午後から快適に過ごしていた。するとキッチンに居たママから『夏休みの間、週一でお兄ちゃんの部屋を掃除して』と言われた。
どうしてと聞いたら、『分かってるくせに〜』と笑顔で言われた。私には分かる。ママは怒ってた。
深呼吸をしてお兄ちゃんの部屋の扉を開けた。
殺風景な部屋。勉強机と椅子。ベット。それだけの部屋。
中に入るのは何年ぶりだろう。小学六年生のあの日の前日、お兄ちゃんに手作りのお守りを渡した以来入っていない。五年ぶりだ。
私はホッとしている。見たくもない物は飾っていない。見たらあの時を思い出すから。でも……。
部屋のクローゼットを開けた。やっぱりあった。
劣化した段ボール箱に無造作に入っている幾つものトロフィーと盾。お兄ちゃんの努力の証。
捨てればいいのに。見るとあの時の事思い出すでしょ。……馬鹿兄、こんな物あったらいつまでも前に進めないでしょ。
トロフィーと盾。それはお兄ちゃんが少年野球で貰った物。チームのエースだった。クラブ創設以来の歴代ナンバーワンピッチャーと言われていた。
将来はプロ野球選手になる逸材と言われていた。
でもお兄ちゃんは野球を辞めた。小学生軟式野球全国大会決勝戦の出来事で……。
◇◆◇
あの日のお兄ちゃんは絶好調だった。お兄ちゃんがいれば大会十連覇中の相手にも勝てるとみんなが言っていた。
でも蓋を開けると30対0の三回コールド負け。最後まで必死に投げていたお兄ちゃん。でも他の選手は初回でやる気を無くしていた。
味方の多発するエラー。暴投、三振の山。相手のピッチャーはお兄ちゃんの数段劣っていた。でもお互いの打線が悪い意味で投手と噛み合っていた。
相手はお兄ちゃんの豪速球にタイミングが完璧に合っていた。かなり研究と対策をされていたらしい。
酷い試合だった。だけどそれでお兄ちゃんは野球を辞めなかったと思う。試合後の出来事がお兄ちゃんの心を折ったと思う。
大会が終わり、一部の保護者からの監督への怒号のクレーム。
『あんなのを最後まで使わずに途中で変えれば負けなかったんだぞ!』
と。そして一部の味方レギュラー選手からの、
『あーあ、和希君のせいで負けちゃったなぁ』
と、お兄ちゃんに聞こえる声でイヤミ。
そして車に戻っている時、すれ違う数人の相手選手の一人がお兄ちゃんを見ながら、
『今日は余裕だったなぁ。相手のピッチャー、全クラブチームで最弱じゃね』
と言った。一緒にいた人達は笑っていた。
パパが『和希は人一倍努力をしていた。その努力を何も知らない者をまともに相手にしないでいい』と言ったのでママも私もそれに従った。
帰りの車の中でお兄ちゃんがボソリと、
「野球辞める。二度としない」
と言った。それから一週間、お兄ちゃんは部屋に閉じこもった。トイレとお風呂以外は部屋から出てこなかった。ご飯はママが部屋に持っていっていた。
部屋から出てきても暫くは落ち込んでいた。でも一ヶ月も経つといつもの元気なお兄ちゃんに戻った。戻ったと思っていた。
……お兄ちゃんは努力というものをしなくなった。
何事にも一生懸命で輝いていた。そんなお兄ちゃんが大好きだった。
でも普通の男の子に……それ以下になった。
いつかは輝いているお兄ちゃんに戻ってくれる。そう思っていた。
だけど……醜いブタになった。
あんなお兄ちゃんは要らない。もう帰ってこなくていい。
私にはお兄ちゃんなんて存在しなかった。初めから一人っ子。
クローゼットを静かに閉め、四角い部屋を丸く掃除機をかけて私は部屋を出た。
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