第2話 壁ドンならぬ扉ドン。

 部屋に戻ると勉強机に食べかけのポテチとコーラを置いた。そして椅子に座る。


 さてと……。


 机に置いていたタブレットのボタンをポチッと押しイヤホンを装着した。


 別に勉強をする訳ではなく、日課の推しのブイ○ューバーのASMRを聴く為に端末を起動した。


 ……ふへへ。くうぅぅぅ。し、心臓が痛いぃぃ。み、耳がくすぐったひぃぃぃ。かわゆ過ぎるぅぅぅ。癒されるぅぅぅ。


 先程の沙羅の罵詈雑言で傷ついた俺のガラスのハートが修復されていく。


「現実の美少女は怖いよぉ。二次元美少女は最高だね。癒されるぅ。ドキがムネムネだ」


 ——ドンッ‼︎


「ぴぁ‼︎」


 部屋の扉からものすごい打撃音がした。


 ななな、何⁉︎ え? え? 


 扉は破壊されていない。部屋には誰も入って来ていない。


 も、もしかして沙羅⁉︎ 扉を蹴ったの⁉︎ 声が廊下まで聞こえた⁉︎ こえーよ。沙羅ちゃんそんなに俺の事嫌いなの?


 扉ドンは初めてだった。以後気をつけよう。


 その後も推しのASMRを堪能した。途中から勉強しようと思ったけど無理だった。


 ◇◆◇


 ……ふぅ、終わった。心のエネルギー満タンだぁ。


 端末の時刻を見ると午後四時。


 お腹空いたなぁ。おやつ取りに行こうかな。


 カラになったポテチの袋とコーラを持って廊下に出た。


「——きゃっ」


 引き戸の扉を開け廊下に出ると沙羅とぶつかりそうになった。


「ごご、ごめん」


 キッと俺を睨みつける義理の妹の沙羅。


「ごめんじゃ済まないんですけど、このブタが!」


 ひっ、ひどいっ、ブタって。せめてデブって言って!


 声に出して言いたいけど殴られそうなので心の中で叫んだ。


「……土下座」


「はい?」


「土下座しろブタ」


「な、なんで?」


 いつも当たりは強いけど今日は特に酷い。どうしたの? ガチャ爆死でもしたの?


「私を驚かせたからよ。もしぶつかってアンタのバイキンがついていたら土下座じゃ済まなかったわよ」


 ひでーよ。ブタの次はバイキンですか。幼き頃の可愛い沙羅ちゃんは何処に行ったの。


「早くしろよ。土下座で許してやるって言ってるの。優しいでしょ」


 眉間にシワを寄せ鬼の形相で睨みつける義理の妹沙羅。土下座しないと終わりそうにない。


 俺は一歩下がり正座をした。廊下の床がひんやりして冷たい。


「ごめんなさい。今後気をつけます」


 頭を下げた。


「……妹に土下座で謝罪……体はブヨブヨで情けないし心も情けない。ゴミ屑以下ね」


 今までにない圧倒的なはずかしめ。だけど怒りは湧いてこない。きっと誰にも相談出来ない悩み事か嫌な事があって俺に当たっているだけ。


 『何か悩み事とか有るの?』なんて俺からは聞けない。聞いても教えてくれるはずはない。


 幼い頃の沙羅は良い子だった。人の本質は変わらない。俺が受け止め吐け口になってあげる事で少しでも沙羅の心が癒されてくれたらそれでいい。


 俺が◯チューバーで癒されているように……。


 そして沙羅は土下座している俺の横を無言で通り過ぎ階段を降りて行った。

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