こんなピンチ、ピンチの内に入んねぇよ

 忙しくなった新入生交流会準備も、滞りなく進んだ。

 無茶ぶりふざけんな、なんて愚痴を教師にしたら「反省文な」と言われて反省文を書かされてしまったぴえん。


 と言っても、本当に順調も順調ーーーーこのままいけば、何とか間に合いそうだった。


「大和後輩、この前の発注の件なんだが……」


 残る仕事も後僅かーーーー最後の確認も含め、俺はデスクで作業している大和後輩に尋ねた。


「あ、はい!しっかり発注致しました!」


 声をかけられるや、元気よく返事をする大和後輩。

 うんうん、仕事が出来て偉いねぇ〜。


「流石だ大和後輩!お前は出来る子だ!」


「あ、ありがとうございます……」


「ちょっと先輩、私に対する態度と全然違いやしませんか?」


 俺が大和後輩を褒めると、隣に座るギャルいがジト目でこちらを見てくる。

 はぁ……やれやれ。


「可愛い後輩を褒めるのは当然だろう?」


「私も可愛い後輩なんですけど!?」


 自分で可愛いとか……ちょっと引くわー。

 あざといのは結構だがそうやって自分から言い出すなんて……いや、可愛いけどさ?


「か、かわっ!?」


 俺がギャルいの態度に呆れていると、何故か大和後輩の顔が真っ赤に……風邪か?

 最近忙しくて疲れが溜まっているのかもなぁ……休ませてあげないと。


「仕事中に女の子を口説こうとする口はこれですか?」


「こ、こめかみがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 不意に愛しき彼女の声が聞こえたかと思えば、何故かこめかみから激痛が走る。

 口じゃなくてこめかみだって言うツッコミはした方がいいのかね、うん!?


「口説こうとしてない!ただ、後輩の頑張りを褒めてあげようとーーーー」


「麻耶先輩、望くんがしらばっくれてます!」


「うんうん、節操なしさんだねぇ〜」


「ちょっと二人とも?俺をフォローしてくれないの?」


 走る激痛の中、俺は擁護する気のない二人にげっそりする。

 俺に味方はいないんだね……ぐすん。


「皆、少年が困っているから離れてあげてくれないか?」


「先輩っ!」


 いや、一人居ました!

 俺が尊敬する男の中の男ーーーー先輩が!


 やっぱり、先輩は俺のリスペクト的存在っす!

 マジ卍っす!


「少年は、なじられたら喜んでしまうからね。早く仕事を終わらす為にも、今ここで喜ばせる訳にはいかないんだ」


「先輩違う。全然フォローになってない」


「うわぁ……」


「ギャルい違う。俺は断じてMじゃない。だから、そんな汚物を見るような目で引くな」


 風評被害もいいところだ。

 フォローどころか追い打ちをかけてくるなんて先輩ーーーーまじリスペクトっす。


「まぁいい……俺がイケメンでスマートだって言う話は置いておいて」


「先輩、誰もそんな話してないです。ナルシストですか?」


 隣で失礼な事を言うギャルいは放っておいてーーーー


「それで大和後輩、発注書見せてくれないか?」


「あ、はいっ!ーーーーこちらになります!」


 そして、少し戸惑いながらも俺に一枚の紙を渡してくれた。


 ……だけど、


「……大和後輩、今回は何食発注したんだ?」


「あ、あの……発注書に書いてある通り、600食頼みましたけど……」


 やっぱりかぁ……。

 この発注書を見ても、600食しか頼んでいないのは分かる……分かるんだが……。


「望さん……」


 心配そうな目で柊夜がこちらを見やる。

 その心配そうな表情の理由も分かる。だってーーーー


「今回必要なのは700食……100食分足りねぇ……」


「えっ!?」


 俺の呟きに大和後輩後輩が驚きの声を上げる。


「少年、それは少し不味いんじゃないかい?」


「はい……流石に期日も期日ですーーーー今からの変更は流石に無理でしょう」


 大規模な量が必要となる発注。

 明後日に始まる新入生交流会には到底間に合いそうにない。


 今回も、無理にお願いしたんだ。

 流石にこれ以上の要求は通りそうにない。


「あ、あの……」


 深刻な顔つきをする俺達を見て、大和後輩は顔を崩す。


「も、申し訳ございませんっ!てっきり、私600食なものかと……!」


 そして、思いっきり頭を下げた。

 それはもう深く、申し訳ないという気持ちを全面に押し出して。


「……まぁ、確認しなかった俺達も悪いからな」


「えぇ……これは私達全員の責任です」


「で、ですが……」


 事態が事態だからか、大和後輩後輩の目には涙が浮かんでいる。

 だけど、アリスはそっと大和後輩の元に駆け寄り、優しく背中をさすった。


「大丈夫、心配しないで」


「神楽坂先輩……」


「だって、望くん解決してくれるから!」


「丸投げかねアリスさんやい?」


 この子はいい事をしたと思ったらどうしてこうも……。

 頭を抱えてしまいたくなるよ全くもう……。


 だけどーーーー


「アリスの言う通りだ。こんなの、ピンチの内に入んねぇよ」


 そうさ、今まで柊夜達にされてきた無茶ぶりに比べたら、たかが100食揃わなかった程度ーーーーピンチの内に入らない。

 ……まぁ、仕事が増えたのは確かだけど。


「麻耶ねぇ……いける?」


「う〜ん……流石にちょっと厳しいけど、大丈夫だよ〜!」


「おっしゃ、なら気合い入れて頑張りますか!」


 麻耶ねぇがいけると言うのだから大丈夫だろう。

 いつも麻耶ねぇには頼りにさせてもらってるなぁ……。


「という訳で大和後輩、明日までに後で俺が渡す食材をギャルいとアリスと一緒に買ってきてくれ」


「え……えっ?あの……な、何をするんですか?」


 未だ理解ができない大和後輩は、涙を浮かべたまま尋ねる。

 何ってーーーー決まってるだろ?


「作るんだよ100食。なぁに、俺と麻耶ねぇがいれば余裕のよっちゃんだ」

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