武蔵野世界線
中邑優駿
第一話 昭和
待ち合わせ場所は下北沢駅の改札だった。
複数の劇場が入ったビルの前、雑踏の中である。
待ち合わせ時間より早めの到着だったが、既に彼女は来ていた。
一目で彼女を見付けられたのは、金色に染めた髪のおかげ。
くるくると巻かれた金色の髪は一際目立っていた。
「早いね。」
「うん。」
はにかんだ笑顔は髪色よりも輝いて見えた。
僕は不思議な感覚に包まれていく。
「じゃ、付き合ってね。」
「オーケー。」
お気に入りの古着屋の店頭を軽く見てから、開かずの踏切りへ。
敢えて反対側の改札の待ち合わせは古着の為か…。
電車が何台も時間を連れて通過していった。
「紅茶でも大丈夫?」
「もちろん。」
紅茶がウリの喫茶店にでも行くんだな…。
本当は珈琲の方が好きなんだけど、まぁいっか。
踏切が開いて人が流れ込んでくる。
あちら側からと、こちら側からと。
渡る途中で、ふいに興味を惹かれた。
男の子に手を引かれた女の子が麦藁帽子を被っていたのだ。
紅いリボンが巻かれた、不釣り合いなぐらい大きいものだった。
「今の子、可愛らしかったね?」
「えっ…。」
「あ…いや、帽子の子供だよ。」
彼女は後ろを振り返って見ていたが、直ぐに戻った。
わざと少しだけ怒った様な表情をした。
「子供なんていないじゃん。」
「えっ、お兄ちゃんと一緒の…。」
一瞬だけ後ろを見たけど、見付からなかった。
あれ…?
坂を暫く歩いて店に入った。
彼女の、お気に入りの紅茶専門の喫茶店。
彼女のオススメで初めてアールグレイを飲んでみた。
…気に入った。
初めてのデートだったけど、彼女も気に入った。
バイトで知り合った彼女から、誘ってくれた。
理由は分からないが、好かれたのは確かだろう。
就職出来ずにバイト漬けの日々に、光が差し込んだ。
「此処は女性客が多いから、混むと煩くなるの。
まだ時間、大丈夫でしょ?」
「まだまだ大丈夫。」
たっぷり小一時間以上は話が弾んで楽しかった。
だけど確かに少し前から、会話が聞き取りづらい。
店内は、ほぼ満席になっていたのである。
会計を済ませ店を出て、彼女は駅方面に戻っていく。
ただただ僕は彼女の後に付いて歩いていく。
彼女は切符を二人分まとめて買ってくれた。
下北沢から何処へ移動するのだろう…。
車内で彼女との会話を楽しみながら、そんな事を思っていた。
「吉祥寺だけど大丈夫?」
「うん、明日もバイト無いから…。」
「知ってる。」
同じバイト先だから、そりゃそうだ。
そう考えた時に駅に着いた。
もう昼過ぎだから食事の店だろうな…。
改札を出た彼女は西荻窪方面に歩いて行った。
繁華街を抜けた辺りで衝撃的な事を告げる。
「ここが私の家だよ。」
「えっ…。」
「私の料理じゃ嫌?」
「いや、むしろ大歓迎だけど…。」
彼女のワンルームは整頓されていた。
料理も美味しかったし、食後の紅茶も。
ずっと会話も弾んだままで、とても楽しかった。
そして僕らは一緒に過ごした…朝までの長い時間を。
「また来てね。」
「もちろんさ。」
彼女の部屋を出る時に、ふと玄関の写真立てを見た。
その写真には仲の良さそうな兄妹が写っている。
兄に手を繋がれた彼女は、麦藁帽子を被っていた。
紅いリボンの。
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