音を頼りに⑪




博登の姿を見つけるや否や、夏々は駆け出していた。 正直なところ、今日一日のことは何が何だかよく分かっておらず不安だった。 

だが距離を詰める夏々を見ても笑顔で迎えてくれることが分かり、そのまま飛びつくように抱き着いた。


「お兄ちゃん! 会いたかった・・・。 ずっと不安だった・・・!」


本物の博登で間違いない。 耳が聞こえない分、嗅覚も発達している夏々が間違えるわけがなかった。 探し求めていた相手にようやく出会うことができたのだ。


『よくここまで辿り着いたね』


そう手話で言いながら、鈴を揺らしてみせた。 ここまで集めてきたものと、やはり全く同じ形で音が聞こえてくる。 だがやはり単純にはぐれてしまったというわけではないようだ。


「どういうこと?」

『ごめん。 夏々に睡眠薬を盛ったの、僕なんだ』

「え・・・?」

『今の夏々を、試してみたくて。 無事でよかった』

「試すって、何を?」


兄は時計台へ目を移す。 時刻は19時を示していた。 夜は目が利かなくなり、夏々にとって安全な時間ではない。 まだ周りはテーマパークを楽しむ人で溢れているが、二人はそうはいかなかった。


『そろそろ帰る時間だ。 ここから出よう』


博登は手を繋ごうとしてきたのだが、それを振り払った。


「試すって何? 何を試したの? 私の、何を試したの?」

「・・・」


手話で答えやすくするため手を繋がなかったのだが、何も言ってくれない。


「どうして、何も答えてくれないの・・・」


そう言うと兄は、穏やかな笑みを浮かべてみせた。 それがどこか寂し気に思える。


『夏々はもう、一人で大丈夫だね』

「何が大丈夫なの? もう会えなくなるみたいなことを言わないで!」

「・・・」


しばらく沈黙した後、博登は思い出したように言う。


『そうだ。 夏々、鈴は持ってる?』

「鈴? うん、あるよ」


今手元に持っている4つの鈴を、ポケットから取り出した。 それを見せると、博登はもう二つの鈴を夏々の手の平に置いた。


『はい、これも。 花壇で鳴った鈴と、マップの鈴だよ』

「え、どうしてそれを知っているの?」


花壇の鈴は探しても見つからず、マップの鈴は取ることができなかった。 なのに、博登がそれを持っている。


『鈴は全て、僕が仕込んだものだから。 鈴を持っていた係員の人、あの人は僕の友達でね。 ちょっと協力をしてもらったんだよ』

「・・・」

『その鈴、全部あげる。 思い出にとっておいて。 そう言えば夏々、同い年くらいの子と随分仲よくしていたね』

「・・・ずっと見ていたの?」

『あぁ。 変な二人組が夏々に絡んだ時は、心臓が破裂するかと思ったよ。 ・・・本当にごめん。 そして、本当に無事でよかった』


博登は夏々のことを抱きしめながら、涙を流していた。 正直なところ、夏々は今の状況に全く追い付いていない。


「酷いよ、お兄ちゃん・・・。 私、本当に怖かった。 どうしてこんなことをしたの・・・?」

『ごめん・・・。 でも、絶対に今日しなくてはいけないことだったんだ』


博登が泣いているのを見て、夏々も何故だか涙が出てきた。 悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。 なのに、涙が止まらなかった。


「私、頑張ったよ。 今日すっごく頑張ったの。 真咲に協力してもらったけど、それでも頑張ったの」

「うん、うん、知ってる。 全部見ていたから」


もう博登は手話も使わず、そう言っていた。 夏々には聞こえなかったが、何となくそう言っているように思えた。


「最後に、観覧車に乗りたい。 真咲と乗ろうと思ったんだけど、乗れなかったから。 お兄ちゃんと乗りたい」

『うん、分かった』


嗚咽交じりに言った言葉を、博登は優しく受け入れてくれた。 観覧車まで移動し、二人は向かい合って座った。 

ライトアップされたテーマパークは綺麗で、自分がどこを移動したのかが何となく見て分かる。


「お兄ちゃん、近くにいたんでしょ? 鈴の音は聞こえなかったけど」

『音が鳴らないようにもできるから。 それで、テーマパークで会った子はどんな子だったの?』

「どんな子・・・。 子供っぽい感じ?」


夏々もかなり子供っぽいが、博登は指摘したりはしなかった。


『その子も家族に会えてよかったね』

「あ、うん! 真咲のお母さんが、別れる時にこれをくれたの! 一緒に食べて帰ろう」


もらっていた飴を一つ、博登に差し出した。 ゆっくりと観覧車は回る。 夜景を眺めながらも、やはり博登からは寂しくて辛そうな表情が時々見え隠れしていた。 それは帰り道も続いていた。 

だが夏々を心配させないようにか笑顔を絶やすことはない。 夏々も不思議に思うことはあったが、博登が何も言わないならと何も聞かないことにした。 

家に着き、博登と別れる際の母の顔が夏々の目に焼き付いている。 もう不幸な未来は決まっていたのだ。 そして、それを知らないのは夏々唯一人だったことを後に知ることになる。



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