第40話 絶鬼という男

俺の名前は絶鬼。現在集落の戦士を纏める戦士長だ。


元々戦士長をしていた父の背中を追って集落の戦士となるべく鍛錬に励んだ。来る日も来る日も自らに課した苦しい鍛錬内容を少しでも強くなるようにと昨日が100回ならば今日は101回になる様に努力した。


素振り1万回。それを到達した時には感慨深かった事を覚えている。両手はグローブのように大きく腫れ上がり全てにタコができていた。これは俺の勲章だな──


ただそれだけやっても父に一太刀すら当てられない。何故だろうか……俺には戦闘センスが無いのか?


父の名前は酒鬼。別名 《酒呑童子》だ。大酒飲みの癖に強い。毎日が酒浸しの生活なのにだ。鍛錬らしい鍛錬をしている素振りも無い。家ではゴロゴロゴロゴロしている。だが勝てぬのだ。戦士達の中でも圧倒的な強さを誇る父。その実力は折り紙付きだが理由が分からなかった。俺はそんな父の事が少し嫌いになり始めていた。


集落での戦士の仕事は幅広い。雑用係といっても遜色ないレベルだ。溝のドブさらいから魔物の討伐まで幅広い力仕事を戦士がこなすのだ。若い鬼全員がなれる訳ではなく力の強い家の者が選ばれ族長の秀鬼さんに任命される。その中でも戦士長になれることは集落一栄誉な事で全てにおいて優遇される。


例えば──好きな女と結婚できる権利や……巨大な住居を得られる権利……戦士長ともなれば多くの嫁と大きな家が与えられ、魔物討伐時の分配も最も多く族長よりも多いのだ。


そんな戦士長に皆が憧れる中──父は軽蔑されていた。正妻と3人の妾。俺は2番目に嫁に来た妾の息子だった。


正妻──乱鬼らんき。妾1号──茨鬼いばらおに。妾2号──惔鬼ねんき。妾3号──篭鬼るき


俺の母は茨鬼。父の事を最も愛し……溺れ……身を滅ぼす鬼であった。


何故母さんが父を慕うのか理由がさっぱりだったが俺の事を放ったらかしにしても父を優先する鬼だった。


ある日突然父は俺に10年振りの稽古をつけてくれた。そして漸く一太刀当てることに成功したのだ。俺は雄叫びを上げて喜んだ。その時の父の悲しそうな苦笑いは今も忘れることが出来ない。


翌日事件が起こる。父が戦士長の座を簡単に俺に明け渡したのだ。そして更に翌日には一家の解散を告げ父は集落を去っていった。


族長の秀鬼さんが戦士長の不在は不味いという事で急遽、副戦士長の断鬼さんが勤めると思われていたのだが、父は根回しをしていて戦士達一同は絶鬼が継ぐ事を強く推した。そして俺は何の実績の無いまま戦士長へとのし上がった。


父を失い無論全ての母たちは路頭に迷った。その子供たちもだ。小さな兄弟たちも居た。俺より年上の兄弟はとっくに家を出て独り立ちしていた。 戦士にはなれなかったようだが。


俺は戦士長の権限を発動し元々あった家を我が家と認定した。そしてその全ての家族を自分の眷属と認めた。


そんな家族のゴタゴタの中、たまたま虐められている現場に遭遇する。虐められている鬼は《龍鬼》という少年だった。


「おいおい。同じ鬼だろ?止めろ。見た目が違っても鬼の血を引くものは仲間だ。誇り高く生きろ!」


そう言うと蜘蛛の子を散らすようにいじめっ子達は逃げていった。


「大丈夫か?」


「は、はい。絶鬼様……ありがとうございます。」


「俺の事を知ってるのか?初めて見た気がするのだが…」


「もちろんでございます。僕ら鬼の子達は絶鬼様に憧れ戦士になるべく鍛錬に励んでいるのです。」


「ははは。そうかそうか。だが……虐められるようでは戦士には成れぬぞ?」


「……はい。それは重々承知しているのですが……母の遺言を無下にする訳にもいかず……」


「……ほう?母の遺言とな?どんな内容なのだ?不躾で悪いが内容を教えてはくれぬか?」


「……龍と鬼の強さで誰にでも優しくあれと。」


「うむ……そなたは鬼と龍の混血なのか?」


「はい。そうなのです。」


「……面白い。お前名前をなんと申す?」


「僕は…龍鬼と言います。母がつけてくれた名にございます。」


「はははは!龍と鬼で龍鬼か!そのままで分かりやすいな!よし!龍鬼よ。俺の元に来い!眷属として働くのだ!」


「……えっ!?いいのですか?僕のように得体の知れない者を傍におくなど……」


「得体が知れない?龍と鬼の子なのであろう?得体は知ってるではないか!ははははは!ついてこい。俺の家族を紹介する!」


俺は龍鬼と名乗った少年を家に連れて帰った。


何故家に連れて帰ったか?それは俺が──思ってしまったからだ。コイツ俺と同じ匂いがする…と。だが……龍鬼か。果たして戦士になれるだろうか…?小さな身長で女性に間違えられそうなほど華奢な体躯。小鬼と言われるゴブリン並の背丈なのだ。同じ匂いとは、言ったものの……モノになるのか?それはたった1回の模擬試合で払拭されるのだが。


──速い──これは凄い逸材だ──

それが龍鬼の模擬試合を見た時に感じた感想だった。相手が1度剣を振る間に9回の行動を起こす。軸足を動かし、手首を返し、木刀を持ち替え足払い。そのまま後ろに回り込んで背中への肘鉄。地面に突っ伏した相手を他所に、更に手首を返し木刀を持ち替えると首元に切っ先を当てる。そして俺に振り返ってこう言うのだ。


「──僕の勝ちでいいですか?」と。


絶鬼は鍛錬の鬼。素振りの数は既に1日10万回を超えている。その他にもトレーニングをやっているがどの戦士も絶鬼が行う半分もこなせない。


絶鬼とはそれほどまで努力して強くなった鬼なのだ。父──集落を捨てた酒鬼とは違う。そう自分に言い聞かせていた。


この鬼はもっと凄い鍛錬をしている……俺も負けてられないな。


今はまだ勝てるがこの先のことは誰にも分からない。今より更に強くならなくては。そう思った絶鬼であった。


もしも模擬戦を見ていなかったなら龍鬼はいつか絶鬼に勝てていたかも知れないが鍛錬の鬼の目には轟々と燃える炎が宿り一層の努力を始める。龍鬼と絶鬼の絶対的な差はこの時生まれたといっても過言では無い。


日々鍛錬に励む2人。そんなある日。


龍鬼が鍛錬に来なかった。


あれ?おかしいな?いつもならこの時間に……


まぁいいか。久々に1人で鍛錬するか……


絶鬼はそう思った。迸る汗を滲ませ鍛錬に打ち込む。山には絶鬼の激しい息遣いが木霊する。


──トン。


え?誰だ?


「……《痺檻》」


それが最後に聞こえた声だった。俺は意識を失い。目が覚めた時には集落は蹂躙されていた。幼い子供達──力ない女の鬼……戦士の仲間たち……誰も生きていなかった。


「ムハハハハハ!おい。貴様が1番強いのか?」


「……一応戦士の長をしている者だ……」


「ムハハハハハ!そうかそうか。では俺と戦え。そして死ね!」


俺は突然襲いかかってくる魔族に呆気に取られながらも体を捻り突撃を避ける。足をかけ相手のバランスを崩したところで自分もバランスを崩していることに気づく。──まだ少し痺れているのか?動きが変だ。


体勢を持ち直した魔族が腕を上に振り上げて俺の顎を狙う。


そう簡単にやられるか。首を後ろに下げて回避しようとすると突然金縛りにかかったように動けなくなる。


──これはなんだ!?また痺れているのか?


刹那、俺の顎を砕く強烈な一撃が襲いかかる。


ガギッ!ゴハァ……


歯が砕け顎の骨も粉砕されているだろう。これはまずいな……痛みには何とか耐えれるが頭がぼうっとしてきた……くそっこんな所で殺られる訳には……俺は大きく後ろに飛んで行った。


しかし俺は渾身の一撃を浴びせる為にも何とか立ち上がり、大きく左足を上げて軸足に体重を乗せる。右腕には先程拾った木の棒が握り締められている。


──食らえ……《絶突》


音速を超えた刺突。木の棒は速度に耐えきれずに燃え始める。炎の剣と化した木の棒を魔族の喉元へ突き立てる。俺は──やったのか?一矢報いたのか…?


喉を撃ち抜かれた魔族は笑ってこう言った。


「ムハハハハハハ!合格だ。面白い。貴様も我が下僕となれ!」


魔族は高笑いをして俺に手を翳した。俺はその後記憶がない。


そしてハッと気がつけば目の前にはあの魔族の死体が転がっている。そして気味の悪い少年が手をダランと垂らしてこちらを見ている。


──やばい。これは……殺られる。


俺は咄嗟にこう言った。


「お、お待ちください!数々の無礼……申し訳ございません!我々は悪い鬼ではありません!私たちは操られていたのです!」


──嘘ではない。本当の事。しかし咄嗟とは言えこんな年端もいかない少年に敬語を使うとは……


しかしこの少年あまりに強い……自分と変わらないほど……いや、それ以上……何故だ?日頃の鍛錬か?いや……まだ10歳そこそこだ。鍛錬にしても俺の方が……いや考えまい。スプライト達魔族にすら手も足も出なかった俺がなんと浅ましい考えだろうか。俺はこの少年について行きその強さの秘密を知りたい。自分に驕らず強さに真摯になるべきだ。


そしてこの少年は懐も大きいのか操られていたとは言え敵対していた俺たち鬼族を許してくれた。


──これも少年の強さの一端なのかもしれないな。


俺はどこまでもこの少年について行き、いつか父をこえたと胸を張って言えるようになろうと思った。


こうして絶鬼はライネルについて行くのだった。



~~~~~


5人の鬼達はそれぞれの想いを持ちライネルと旅に出る。


そんな6人を見つめる金色の双眸。それは遥か彼方雲間から覗く人外。


白銀ポニーテールが印象的なボーイッシュな超絶美少女。額には稲妻を象った黒い模様がある。まるで刺青の様だが形が変化する事から刺青では無い。感情によって姿を変える《魔礁紋ましょうもん》と呼ばれるものである。


白銀の美少女が声を発する。


「うふふ……漸くスタート地点に立ったわね?」


すると降って湧いた様に突然姿を表した身体的特徴が完全に一致した人物が美少女の声に応じる。


「うふうふ……そうね。そうね。どちらが賭けに勝つかしら?かしら?」


謎の女達──彼女は一体何者なのか?そして賭けとは?何を賭けているのか?


ここからライネル達の旅は更なる苦難が立ちはだかる事になるのだった。

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