連なる手。
千島令法
第1話
あと一歩。一歩だけでよかった。そうすれば、女は苦悩から離れられる。もう二度と顔を合わせなくてよくなる。
八階建てのビルの屋上。落下防止柵の外に女は立っていた。柵に捕まって落ちるのが怖くはなさそうな表情をしている。現実を受け止めきれないような光の入っていない死にたがりの目だ。女に何があったのか分からないが、自殺しようとしているようだということは分かる。
女が一歩先へ、何もない
そのまま体が三十度ほど前のめりになった時、女は宙で動かなくなった。まるで時間が止まってしまったかと思うほど急だった。しかし、女が向かっていくはずだった地面には、何食わぬ顔でいるスーツ姿の男が歩いている。しっかり時間は進んでいるのだ。
では、何故女が宙で動かなくなったのかというと、無数の手で掴まれていたからだ。その手は女の背後、
女が頭を左へまわし振り返る。そして、眼球が飛び出すのではないかというほど、目をかっぴらいた。
「なにこれ……」
いくつもの手を見た女は、そう一言だけこぼした。そして、不気味な手から逃れようと体をくねらせるが、数多の手たちは逃がすことを許さない。
「痛い、痛い! 離してよ!」
これから死のうとしていた人間とは思えない、力のある叫びだった。もっとその力を、生へ向けることは出来なかったのだろうか。
女の願望に反して、手の力はどんどん強くなる。ゆっくりと体は起き上がり、柵へ引っ張られていく。
「やだやだ! 嫌だってば! 死なせてよ!」
その言葉を合図にしたかのように手たちが、女の体はぐっと持ち上げ柵の内へ放り投げた。乱雑に投げ飛ばされた女は、ドンッと鈍い音を立てて屋上のコンクリートに叩きつけられる。痛かったのか、女は丸く体を縮めこませぐずぐずと泣き出した。そして、女の体中にあざを残して、多くの手はいなくなっていた。
「なんで死なせてくれないのよ」
ぼそりと女は言う。
それに答えるように、
「我々の
女は耳元で、しゃがれた低い男の声を聞いた。
連なる手。 千島令法 @RyobuChijima
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