12 少女

 その後、レインはスノウ達に家を買う話をしに行くと言い、そしてベルもデータは取れたから武器の調整に戻ると言い、その場は解散となった。


 そして暇になった俺は、とりあえず宿屋に帰ってきて、もうどれくらい夜を共にできるか分からない自身のベッドに横になる、のだが。


「サンドラ、どこまでついてくるんだ?」

「部屋に戻っても暇。それに今日はモノグと過ごすって決めたから」


 そう言いつつ、彼女もベッドに飛び込んでくる。必然的に俺が受け止めることとなるのだが……いつも思うけれど、本当に軽いなぁ。

 大剣をブンブン振り回している印象が強いが、見た目も中身もまだまだ幼い少女だ。華奢で小さい。

 遊びでレインがベッドに飛び込んでくることがあるが、それと比べて窮屈さも全然ない。思えば今朝、ベッドに入り込んでこられた時も気が付かなかったし――と、余計なことを思い出した気がするが。


「俺と一緒に居てもつまんないだろ」

「ううん」

「いや、でもなぁ……まぁ、いいや。サンドラがいるならどっか出かけるか……?」

 正直、サンドラとの立ち合い――といっても殆どずっと逃げていただけだけど、それによる疲労から身体が休息を訴えてきているのだけど。

「ううん、いいよ。サンドラも疲れちゃったから」


 俺の横に収まりつつ、サンドラは天井をぼけっと見上げながら言う。

 とても疲れた感じは見えないが……まぁ、気を遣ってくれてるのかも。


「お話しよ、モノグ。お話、楽しいから」

「そうか……?」

「うん」


 無表情で楽しいと言われると変な感じがするが、けれど一緒に居る時間も増えてサンドラの僅かな表情の変化から彼女の思っていることが少しずつ分かるようになってきた。

 まぁ、俺の希望的観測も含まれているのだろうけれど。


「にしても驚いたな。まさか俺達が家持ちになるなんて」

「うん。驚いた」

「レインのやつ、そういうのは相談しないんだもんなぁ」

「うん」


 基本俺が喋り、サンドラは相槌を打つだけ。

 いい男の条件ってのは聞き上手らしいんだけど、俺はその点じゃダメダメだな。


「あ、もしかしたら誰か人を雇わないといけないかも」

「雇う?」

「ああ。俺達はダンジョン攻略で家を空けることが多いからな。人数がいれば、誰か留守番させたりってのもできるんだけど、長い時間家を開けとくのは不安だし、誰か、留守中も家を管理してくれる使用人みたいな人を雇った方がいいかもしれないと思ったんだ」


 ダンジョンを中心とする迷宮都市はそれなりに治安はいい。

 腕利きの冒険者がゴロゴロしている中で犯罪行為に手を出すのは自殺行為と同じだからな。

 けれど、万が一ってこともある。

 うちは女性も多いし、まぁ、俺より度胸も腕っぷしも強い分心配はいらないかもしれないが。


「人、増えるんだ」

「嫌か?」

「ううん、サンドラも後から入ったから。でもどんな人かはちょっと気になるかな」

「そうだなぁ……」

 

 当然俺の一存で決めれることじゃないし、そもそも人を雇うかどうかさえまだ決まっていない。

 それにもしも雇う想定でも既にレインが選定を済ませているかもしれない。

 そういった前提を加味してだけれど――


「個人的には、元サポーターとかがいいなぁ」

「それってパーティーを追い出された人ってこと?」

「ああ。サポーターなら冒険者の事情にも詳しいし、色々な管理にも慣れていると思う。まぁ、冒険者を続けたいってやつも多いから、中々ちょうどいい人材が落ちてるってことも無いだろうけど」

「それならギルドの人とかは?」

「ギルドねぇ……」


 そりゃあ冒険者ギルドの職員ほど適した存在もいない。冒険者管理のエキスパートだし。

 けれど、冒険者よりも遥かに人数の少ない職員を引っ張ってくるのはさすがに現実的じゃないな。

 引退冒険者が多いとはいえ、中には現役を遥かに凌ぐ手練れもいるという話だし、金を借りている手前、余計な借りを作るのは避けた方がいいだろう。


「ラキュアとかいいと思ったけど」

「げ……いや、無理無理」


 ラキュアとは俺達が特にお世話になっているギルドの職員さんだ。

 美人だけど酒癖が悪い。美人が多いストームブレイカーだが、酒癖キャラはもういらないので、ね。


「サンドラはモノグ達とずっと一緒にいられればそれでいいかな」


 サンドラは寝返りを打ち、こちらに顔を向けてくる。


 冒険者にとって、そして常にダンジョン攻略の最前線を目指す俺達にとって、いつまでも一緒に居るというのは口にするのは簡単で、しかし叶えるのは難しい命題のようなものだ。


 装備の強化、日々の訓練、そして生活品質の向上。

 いくらやってもやり足りない。

 それでも、決して妥協できないのは、俺達1人1人の日々の努力が、自分の、そしてなにより仲間たちの未来に繋がっているからだ。


「すぅ……すぅ……」


 俺のベッドだというのに、いつの間にか寝入ってしまったサンドラの頭を軽く撫でる。

 こうして見ていると、戦いも何も知らない女の子に見える。

 彼女は大剣を持ち、パーティーの一番前で盾になるポジションだけれど、それでも俺より年下の幼い少女だ。


 守られている俺が言うべきことではないかもしれないが、それでも、今この瞬間くらいはつらいことなんか全て忘れて、心地の良い夢を見ていて欲しいものだと思う。


「んん、モノグ……」


 っと、起こしたか……?

 とも思ったが、サンドラは瞼を閉じたままで、おそらく寝言を呟いただけだろう。


 俺が出てくる夢は果たして良いものなのかどうか分からないが……せめて夢の中の俺がサンドラにとって良い存在であってくれることを祈るばかりだ。

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