08 神出鬼没

「どうっすか?」

「ちょっと軽いかも。振ってるときも違和感」

「そっすかー。じゃあ、次いきましょう!」


 武器を変えては何度か素振りし、感触を確かめてから次に。

 結構テンポよくチェックを進めていくサンドラとベルを眺めつつ、俺は少し遠目から眺めていた。

 サンドラは年下、ベルは同い年ではあるけれど、どちらも子どもっぽく小さくて、なんだか微笑ましく感じちゃうよね。手に握っているのはゴツくて殺傷性が高そうな剣ではあるけれど。


 今の俺の役目は2人のリズムを崩さないように、武器の出し入れをするだけのこと。

 特に何か口を挟んだりはしないし、そんな余地も必要もない、完全な傍観者だ。

 そしてそんな数少ない仕事も、途中からは何本か纏めて出しておいて、節目のみの対応だけになっている。


 まぁ、上手くいっているならそれに越したことはないのだ。

 そもそも俺のようなサポーターは必要ではなく、あったらあったで便利だねというポジションなのだから、今の立ち位置は実に分相応だと言える。なかったらなかったでどうにかするのだろう。ふ、ふふふ……


「だ~れだっ?」

「うわっ!?」


 突然視界が真っ暗になり、同時に妙に艶めかしい声が吐息と共に耳をくすぐってきた。

 

「だーれだって、ふふふ。一度こういうのやってみたかったんだよねぇ」


 最初こそすぐに誰か分からなかったけれど、後に続いた言葉で誰かハッキリ理解した。

 ていうかこいつ、やっぱり恐ろしいやつだな。なんでここにいるのかも分からないし、背後から近づいてくる気配とか一切感じさせなかったし。


 仮に冒険者業が廃業になっても、暗殺者とかに転身できそうだ。


「離せよ、レイン」

「あ、ボクだって分かっちゃった?」

「まぁ、な」


 中性的というより、若干女性側の比重が強い、高めの声。

 そして、いつも楽し気で悪戯好きという、見た目子どもなあの2人よりも子どもっぽい性格。

 意外と世間にはバレていないが、俺からすればレインはこっちの印象の方が強い。


「こんなこと俺にやってくるのはお前くらいだ」

「えー、ボクも初めてやったんだけどなぁ」


 拗ねたようにそう言いつつ、レインは俺の隣に腰を下ろしてくる。

 後ろにいた時は緩みきった声を出していた彼だが、今、サンドラの方を見るその目は真剣なものだった。

 それこそ、同じ前衛同士……ライバル意識のようなものは彼にもあるのだろう。


「思ったより手厚くやってるんだね」

「ベルの意向だよ。まぁ、物が物だからな」


 今回の件について、当然ある程度の概要はリーダーである彼にだけは通していた。

 ただ、今日調整をするというのは俺のアドリブで、当然事前に伝えられるタイミングは無かったので、やはり今レインがこの場に来ている理由は謎だ。


「お前、なんでここに来てんだよ」

「え? 駄目だった?」

「駄目とかじゃなくて、どうしてって聞いてんの」

「偶然だよ。ギルドでの要件が済んだから、少し汗でも流そうと思ってね」


 休みくらいゆっくりすればいいのに、なんともストイックな奴だ。


「にしても、ベルさんは凄いね。これも“友情”のなせる業、かな?」


 レインはなぜか友情を強調して聞いてきた。

 おそらく、ベルが誠意的に検証用の武器を大量に用意して付き合ってくれていることを言っているのだろう。


「ベルも商売人だからな。やるとなったら真剣だろ。ここでの仕事っぷりが世間の評判に繋がるかもしれないわけだし」

「評価を気にしてっていうのは、間違いないとは思うけどね」

「あん?」

「……いや、モノグは意外と他のサポーターさん達と仲良くやっているみたいだし、悪評なんか広められたら大変だってベルさんも思ってるんじゃないかってね」

「ぐ……人をタチの悪い客みたいに……」


 しかし否定もできない。人は好評は口にせずとも悪評は口にするものだからな。

 別に俺はベルがちょっと手を抜いたくらいで文句なんか言わないし、むしろ気心の知れた者同士のやり取りなのだから、肩の力を抜いていて欲しいと思うのだけれど。


「でもおかげでボクらもベルさんには随分助けてもらっているからね。彼女には感謝しかないよ」

「ふふふ、そうだろうそうだろう」

「なんでモノグが自慢げなのさ。まぁ、確かに彼女をボクらに紹介したのはキミだけどさ」

「あいつほど腕が立って、暇してる職人もそう居ないからな」

「褒めてるのか貶してるのか分からないなぁ」

「変に人気が出て、俺達のことなんか手伝ってらんないとか言われたら複雑だろ。いや、いずれそんな時は来るんだろうけどさ」

「ベルさんのことだから、そんな話にはならないと思うけれど……」


 レインは呆れたように溜め息を吐き、苦笑いを浮かべる。


「でも、気持ちは分かるよ。ボクも、いつモノグの力量が世間に知られて、ボクらよりもよっぽど力のあるパーティーに引き抜かれるなんてことにならないか冷や冷やしてるもの」

「そんな日は絶対に来ないと思うぞ。お前らは俺のことを過大評価しすぎなんだよ」

「嬉しいくせに」

「……まぁ、悪い気はしないな」


 からかうようなレインの言葉に俺は苦笑しつつも否定はしなかった。

 俺は弱い人間だからな、調子の良いことだと分かっていても褒められれば浮かれてしまうのは仕方のないことだ。うん。

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