『隣』の席の君は、無意識に僕を惚れさせてくる。

一葉

第1話 プロローグ

 2020.7.1.一葉


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 〜ある学校の受験日〜



「ゴホッ……ゴホッゴホッ……あー……なんで受験日に限って熱が出るかなー……。やっぱり昨日徹夜で勉強しなかったら良かった……」


 僕は、指定されている席に座る。そして、隣にまだ人が来ていないことを確認してから、そう呟いていた。


 今日は高校受験。


 というのに、朝起きるとなんだかだるさがある。そして、熱を測ってみると30……8度前後。


 結構きつかったけど、こんなことで未来を変えられたくない。それに、なんとかなるだろうと……そう、軽い気持ちで、僕はマスクをつけて学校に向かっていた。


 すると、どうだろうか。


 どんどんひどくなるばかり……本当に、咳とかめまいとか、たまに吐き気なんかもあって、試験どころではない。


 そんなとき、僕から見て、右の方でカタンッと椅子を引く音が聞こえた。このめまいをごまかすようにそちらを見てみると、受験生が座っていた。


 きれいな人だ……。


 僕は、そう思った。多分、みんなから見たら普通って言いそうなんだけど、僕にとっては……タイプ……と言うのかな? おしとやかというか……そんな感じ。


 でも、そんなことを考えていても、めまいは意地悪にぼくを襲い続ける。


 ゴホッ……ゴホッゴホッゴホッゴホッ……


 あー……やばい……。きっつ……。


 そうだ、水……は忘れてたし……せめて、水だけでも飲みたい……。そうじゃないと受験に集中できなくなってしまう……。


 ここで……こんな風邪で……終わらせたくない!


 などと、どうしようもないことを考えているときのことだった。


「大丈夫ですか?」


 隣の席の受験生は、僕の咳を聞いていて、心配しているようだった。迷惑そうにしてないことから、僕は少し安心する。……まぁ、もしかしたら表情を隠しているのかもしれないけど。


 でも、どちらでも嬉しかった。


 神様……! 神様がここに……!



「あ……いや、大丈夫……………………では、ないね……」


「水、飲みますか? あなたの周りに………あっ、あくまで、私の視界に入る限りですけど、水筒が見当たらなくて……、咳をしているからきついんじゃないかと」


「あっ……いえ…………その、いいんですか?」


「はい、もちろんです」



 そして、その女性は、僕にその女性の水筒を渡してくれた。本当にありがたい……!



「ありがとうございます……! ゴクッ……ゴクッ………ゴクッ………ぷはぁ……。本当にありがとうございます!」


「どうも」


「…………あっ、本当にすみません。あなたの水筒に口つけちゃって。嫌、ですよね……」


「いえ、いいですよ」


「あっ……ほ、本当にすみません。それでも……すみません」



 これが、僕とこの女性……つまり、『君』との出会いだった。


 ……自分は自分の中でさほど恋愛に関してちょろい人ではないと思っていた。ちょっと親切にされただけで好意は少なからず抱くかもしれなかったが、恋が芽生えることなどありえない、と。


 …………けれど、どうやら違ったらしい。


 たったこれだけの時間で、これだけの会話で……


 『君』の外見の可愛さを、優しい親切さを、小さな微笑みを、僕は……『好き』になってしまったんだと、実感している。


 そして……僕は決めた。もし……もし……僕と君がこの高校に合格していたのなら……この『初恋』に挑戦しよう。


 これは、僕が君に惚れさせて付き合うというような、そんな物語。


 ……いや、『隣』の君に『好きだ』と言って、君とふたりで笑い合いたい。……そんな物語なんだろう。


 そして、入学式。僕はまたしても驚くことになる。まさか……こんなことになるなんて……。

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