第32話 クリスマス会(2)


そしてクリスマス会の土曜日。薫子を迎えに行って会場のレストランに行こうとしていた。佳亮も初めて参加するので何を着て行ったらいいか分からず、あまり砕けすぎないよう、紺地に白のピンストライプシャツーにグレーのチェックのジャケット、黒のスキニー、ベージュのコートといつも使っているマフラーを身に着けてきた。


薫子の部屋を訪れると、もう支度が出来ていて、何時もの黒いコートに黒にラメの入ったロングワンピースを着ていた。髪の毛が短いので耳元のイヤリングがIラインになっていて華やかさを演出している。きっとこういう格好は、あんなお屋敷のお嬢さまなんだから余裕なのだろう。佳亮の方がネクタイをしていない分砕けすぎていて、ちょっと隣を歩くのに気が引ける。


「このワンピースも紅葉狩りの時と一緒で兄に見繕ってもらったのよ。自分じゃ全然分からないから」


そう言う薫子に、似合ってます、と笑顔で伝えた。


「ありがとう。佳亮くんも何時もの雰囲気と違うわね。その紺のシャツ、とても素敵だわ」


「あ、ありがとうございます……」


服装を褒められるというのは、くすぐったいものだな。料理ならいくら褒められても何とも感じないのに。


「じゃあ、行きましょうか」


薫子がヒールを履くから余計に佳亮との身長差が付く。でもこのワンピースにペタンコなパンプスは似合わない。薫子は自分で分からないと言いつつ、自分の見せ方をよく知っていると思った。


会場のレストランは繁華街の一角で店の入り口の奥で受付係の織畑が佐倉と一緒に参加者一人一人にビンゴのカードを配っていた。


「あ、杉山くん。大瀧さんも」


朗らかに呼び掛けてくれて、隣を歩いてきた薫子がほっと息と着いたのが分かった。やっぱりアウェイな場所だから緊張するんだろうな。他愛ない世間話をしながら歩いてきたけど、あまり役には立たなかったみたいだ。


受付でビンゴカードを受け取る際に、薫子が織畑と言葉を交わしていた。


「来てくれてありがとう。楽しんで行ってね」


「はるかさんにお会いできてうれしいです。またあとでお話してください」


織畑は大丈夫よ、と言うように薫子の手に触れた。薫子の表情が緩んだのを見て、やっぱりはるかの言う通りに連れて来て良かったと思った。


クリスマス会はビュッフェ式だったので、佳亮と薫子は各々好きな食べ物を持ち寄った。佳亮が作る食事は基本家庭料理なので、こういう店で出してもらう料理も作れることは作れるがやはり店で食べたほうが美味しい。薫子も料理を美味しそうに食べていて、たまにはこんな食事も良いわね、と言っていた。


「薫子さんのおうちのご飯には敵わないと思いますが、作ろうと思ったら作れますよ。リクエストがあったら言ってください」


佳亮が言うと薫子は微笑んだ。


「私、佳亮くんの作ってくれるお料理好きよ。やさしい味がするわ」


料理を褒められるのは嬉しい。薫子に気に入ってもらえているのなら猶更だ。


「ただの家庭料理ですけどね」


佳亮がそう言うと、薫子は意外と真面目な顔をして、謙遜しちゃ駄目、と言った。


「私は母親の作った料理を食べたことがないから、家庭料理っていうものに憧れがあったのよ。お弁当もそう。何時も平田が作ってくれてたけど、学校の友達はみんなお母さまが手作りされてて、羨ましかったわ。勿論平田の料理が好きじゃないわけじゃないけど、平田は大瀧に雇われてるから私に食事を作ってくれるだけだし、やっぱり『この人の為』っていう感情は違うでしょう?」


以前屋敷を訪れた時の白樺の様子からは、薫子を家族同様に思っているような気がしたが、薫子がそう感じるのなら、それは仕方ないことなんだろう。傅(かしず)かれて生活するというのも、大変なんだなと思った。


「僕のご飯で良ければ、いくらでも食べてください」


「そうね。でもたまにはこうやって外で食べるのも悪くないわ。いつも佳亮くんに作らせてばかりだから」


そうだな。前は約束で作っていたが、今は違う。二人の時間の過ごし方も変わって行っても良いだろう。そう思っていたところへ、賑やかな二人組がグラスをもってやって来た。


「杉山。やっと来たなら、彼女紹介してくんなきゃ」


「自分だけ楽しんでんなよ」


話し掛けられて気付いた佳亮が、ああ、と応じようとすると、それより先に薫子が立ち上がって自己紹介をした。


「大瀧薫子と言います。杉山くんにはいつも親切にしていただいています。ご同僚の方ですか?」


立ち上がった薫子の身長に二人が驚く。佳亮も最初はこの上背から男だと思っていたから仕方ないとはいえ、本人を前にあからさまにびっくりした顔をするのはどうなんだろう。


でも薫子は気にしない様子で微笑んでいた。会話を向けられた二人も薫子に挨拶をする。


「中田原と言います。杉山くんとは入社当時からの付き合いで、時々男連中で飲みに行きます。杉山くんは女性が居る席には参加しないので、安心して良いと思いますよ」


「僕は大阪から来てまだ二年ですけど、杉山くんとはよく話します。長谷川と言います。中田原の言う通り、杉山くんは会社では女っ気がなかったので、どんな方を連れてくるのかって中田原と話してたところです。おきれいな方で杉山くんが羨ましい。うちの会社のクリスマスパーティーは皆さん気さくに参加してくださるので、楽しんで行ってください」


二人の言葉に薫子がありがとうございますと応じる。丁度ロシアンルーレットを始めるという進行役の声が聞こえて、二人は席へ戻って行った。テーブルごとに用意されたショットグラスに赤色の液体が入っている。一つを除いてトマトジュースで、残りの一つはハバネロだ。


「私、辛い物も平気だから、これは当たっても大丈夫だわ」


薫子が笑ってそう言った。そう言えば韓国料理は出したことがなかったな。今度チゲ鍋でもしてみようか。この前の鶏団子鍋と同様、あたたまって良い気がする。そう薫子に提案すると、楽しみだわ、と嬉しそうな笑みが返ってきた。


大きな音で音楽が鳴る中、ショットグラスが全員に行き渡る。進行役が「メリークリスマース!」と掛け声をかけて、皆で一斉にグラスの中身を飲んだ。佳亮もごくっと飲み込……もうとしてむせた。


「かっら!!」


当たりだったのだ。隣で薫子が笑っている。


「げほ……っ! ごほん、ごほん!」


むせている佳亮に薫子が水の入ったグラスと紙ナプキンを取ってくれる。ありがとうございます、と涙目で受け取ると、薫子が笑った。


「佳亮くん、チゲ鍋、大丈夫?」


ひりひりした口の中を水で潤しながら、ハバネロは飲むものじゃないので、と辛うじて返した。


「そうね。でも佳亮くんがそんなに辛いなら、グラスを変えてあげればよかった」


「まあ、そういうゲームなので……」


先に食事をしておいてよかった。この舌のひりつきでは、この後何も食べられない。


「佳亮くん、甘いものはどう? 少しは辛いのと中和されないかな?」


ハバネロの辛さにやられて舌に刺激を与えたくない。とろっと蕩けそうなものと思って、はちみつヨーグルトをもらうことにした。薫子は色とりどりにトッピングされたカップケーキやチーズケーキを持ってくる。織畑も一緒にこちらに来ていた。

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