第2話 再会
二週間後。佳亮はやはり仕事の帰り遅くなってしまい、急いで道を歩いていた。駅からマンションを越したところにあるスーパーの閉店時間がもう直ぐで、店員さんには嫌われるだろうけど、駆け込みで買い物をしようと思ったのだ。
途中、コンビニの前横切ろうとしたとき、やけにその店に似合わない赤のフェラーリが止まっているなあと駐車場の車を何気なく見た。そのとき、丁度店から出てきた人は、まさにこの前、夜のあのコンビニの中で一緒になった人だった。なんて言ったって、同じ黒のコート、黒のハイネック、同じニット帽を被っている。見間違えるはずがなかった。その人はコンビニのビニール袋を手に提げて、駐車場に止めてあったフェラーリに乗り込んだ。そのまま、車は排気音を轟かせて駐車場を出て行く。カッコいい人は乗る車もカッコいいんだな、と思いつつ、佳亮はつい、駐車場の手前でその車が走り去るのを見送ってしまった。
でも、そんなタイムロスをしても、なんとかスーパーの閉店時間には間に合った。案の定、もうレジを閉めたかった店員さんにちょっと嫌そうな顔をされてしまったけど、そこは勘弁してもらって、卵とハム、それからブロッコリーを買った。明日の朝ごはんにするのだ。
エコバッグに商品を入れて、手に提げてマンションまで帰る。道を歩きながら、そういえば、あの人はもう帰り着いて、またベランダで煙草でも吸っているのかな、と思って、ついあの人の住むマンションを見上げてしまった。すると、佳亮の予想通り、窓からの逆光の中、ベランダで煙草を吹かしている人影を見つけた。あの人だ。
その人は、ベランダに肘を着いて、ぼんやりと景色を見ているようだった。多分建物ばっかりで何も面白いものはないだろうに、煙草を咥えてぼーっとしている。その視線が、ゆっくりと駅のほうへ向き、そしてマンション下の道路に向けられたとき、佳亮ははっとした。ここで佇んでしまって、その人のマンションを見上げている自分は、どう考えても不審者だ。誤魔化すように自分のマンションに帰ろうと慌てたとき、焦って手に持っていたエコバッグを取り落としてしまった。ビニール製のエコバッグがくしゃ、と地面に落ちると、中に入れていた卵が明らかに割れた音がした。
「あ、あー…」
つい、声が漏れてしまった。明日の朝は、絶対にハムエッグと決めていたのに。
道にしゃがみこんで、バッグの中身を確認する。やはり卵は割れていて、中身が飛び出ていた。どろどろになってしまったバッグの中身に顔を顰めていると、頭の上から声を掛けられた。
「ねえ」
夜で空気が静まっている中で、叫ばれたわけでもない声はきれいに佳亮の耳に届いた。声の方向を振り仰ぐと、ベランダからその人がこちらを見下ろしていて、煙草を持った手をひらひらと左右に振っていた。
「……?」
よそのマンションの前で声を出すわけにもいかず、佳亮が上を見上げてじっとしていると、その人は指で地面をぴっとさして、まるでそこから動くな、と言ったようだった。そのまま人影が部屋の中へと入っていく。どうしたらいいのか分からなかったけど、もし本当に動くな、と言っているのだったら、ちょっと待ってみなければいけないかな、と思い、中がどろどろになったバッグを手に提げ、佳亮は立ち上がった。
すると、直ぐにそのマンションのエントランスから黒のハイネックに黒のニット帽をかぶった人影が出てきた。やっぱり動くなという意味だったのか。佳亮はほけっとその逆光のシルエットを眺めてしまった。
「何が駄目になったの」
その人―――女の人―――は開口一番、そう聞いてきた。
「…え?」
「それ。なんか駄目になったんでしょ?」
それ、と言って、彼女は佳亮が持っているバッグを指差した。
「あ、ああ…。卵が…」
聞かれるままに答えると、彼女は、そう、と言って、手に持っていたらしいキーホルダーをちゃり、と鳴らした。
「コンビニまで連れていくわ。私の所為かもしれないし」
「へ?」
彼女の言葉に佳亮がぽかんとすると、だって、と彼女は申し訳なさそうに言った。
「だって、私と目が合ったから、鞄落としたちゃったんでしょ? 何か申し訳ないから」
言われて、先刻の状況を認識してしまい、佳亮はぱあっと顔に熱が広がるのを感じた。そうだ、先刻のは、佳亮が彼女のことを見ていて、それでこの人と目が合ってしまったということなんだった。
「あ…っ、いや、すみませんっ。ちょ、ちょおぼんやりしてただけで…」
「うん…。まあそうかもしれないけど、驚かせたのかなって思って。だから気にしないで。もうスーパー閉まってるし、コンビニで良いでしょ?」
ちゃりちゃりっと小さな金属音をさせて、彼女がキーホルダーを振る。そして指差した方向は、マンションの前に設けられた駐車スペース。…あの車に乗るってことなのだろうか?
「…っ、いやっ、いいですいいです。ホンマに僕の不注意だけなんで。それに、コンビニなら歩いていけますし」
「そお? …じゃあ付き合うわ。やっぱり、なんとなく悪いから」
ええっ!? いいです…、と言ったけど、最終的には彼女に押し切られてしまった。
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