第799話 イー

「わ、私は……」


私の質問に対し、言葉を詰まらせるイー。


「答えは『はい』か『いいえ』のどちらかよ。」


それに対し、私は強く言う。


「……私は敗者だ。勝者の言う事に従う。」


「うん。それで良いわ。」


「おい!勝手に話を終わらせるな!」


エフか頭にくる理由は分かっているけれど、ここは私も引かない。


「終わりよ。これ以上この子達の命を奪う理由なんて無いもの。それとも、戦意も無い相手を殺すのが趣味なのかしら?」


「っ!!」


大きく目を見開くエフ。基本的には感情を表に出さないエフだけれど、今回はかなり怒っている。きっと、死ぬ覚悟を決めた相手への侮辱だ…とか思っているのでしょうね。でも、そんな事を考えているようではシンヤさんやニルちゃんに怒られるに違いないわ。


「私達にはやるべき事が有るわ。その手助けをしてもらうという意味では、これ以上の適任者は居ないはずよ。」


何せ、E部隊は暗殺特化の部隊。私達が今行おうとしている事を専門にしているような部隊なのだから、助けになってくれる事は間違いない。


「そ、それはそうだが…」


「それより、今はこの場を離れるわよ。少し騒ぎ過ぎたわ。」


未だ周囲の者達にはバレていないものの、感覚の鋭いウェンディゴ族にはいつバレてもおかしくはない。


私達は、可能な限り痕跡を消した後、その場を離れる。


エフはどこか不満そうにしていたけれど、イーを殺さないという選択を後悔しているようには見えない。半分無理矢理その選択をさせたけれど、エフが本気で殺そうとしていたならば、多分私の制止など聞かなかったはず。

自分がその制止を聞く為の理由として…私を責めたのだと思う。もちろん、それが打算的な考えから来ているのではないという事は分かっている。彼女は、これまで心を殺して生きてきた。それが、シンヤさん達と一緒に居る事で殺し切れなくなり、殺さなくても良いのだと知った。それを知ったのはごく最近の事。つまり、彼女の心はまだまだ子供のそれと同じようなもの。

自分の責任ではないと思える状況になれば……と思っていたけれど、どうやら正しかったみたい。本当は自分でそう考えられるのが良いのだけれど…今はこれでも十分。


その後、イーと部隊員を連れて移動し、人目に付かない場所へ。


「……………」


イーは他の部隊員達を背中にして私達に向き合う。


イーの部隊に仲間意識が有ったかと聞かれると、無かったと答える。しかし、イーという個人に対しては、少しだけ仲間意識というものが存在するように見受けられる。それは私達と比べれば仲間意識とは呼べない程に小さな意識ではあるけれど……


兎にも角にも、私達の言葉を待っているイー。

既に彼女に戦闘の意思は無く、隊長の決定に逆らう者達もまた居ない。


「さてと…手伝ってもらうとは言ったけれど、具体的な事を話さないといけないわね。」


「……………」


自分達に意見する資格は無いとでも言いたげなイー。ただ黙って言葉を聞いている姿は、私のイメージしている黒犬そのもの。


「そうね……まずは、ウェンディゴ族の間で噂になっている傭兵集団について調べてもらうわ。」


私は、自分達の目的と、その手段についてイーに説明する。


「……分かった。」


短く答えて小さく頷くイー。


「……はぁ……まるで最初のエフを見ているようね。あの時より少しはマシかもしれないけれど、大差無いわ。」


まるで感情を感じない瞳に、命令を待ち、頷くだけの存在。それが今のイー。


「…私はこんなに従順ではなかったぞ。」


「態度の事じゃなくて内側の問題よ。」


エフが言い返してきたけれど、私は短く答える。


「……何か気に触ったのならば謝罪する。」


イーの心情としては、とにかく私達の機嫌を損ねないように…という感じかしら。部隊員達を守ろうとしていたし、自分が反抗的な態度を取れば、部隊員達が殺されるとでも思っているのかもしれない。


「…はぁ…先に言っておくわね。私もエフも、あなたの部隊員達に手を出すつもりは無いわ。そんなに気を張らなくても逃がしたいなら逃がして良いわよ。」


「っ?!」


私の言葉が信じられないのか、かなり驚いた表情を見せるイー。流石の黒犬とはいえ、部隊員達も困惑した表情を見せている。


「ただし、私達の事を喋らないと誓ってもらうわよ。もちろん、フロイルストーレ様にね。」


黒犬は魔界の闇の部分を担う者達だけれど、フロイルストーレ様への誓いというのは、彼女達にとって最上級の誓いである。魔王様に誓うのと同様に、それを破る事は自死する事よりも罪深い。これは彼女達だけではなく、魔界のほぼ全ての人達に言える事。


「………………」


私の言葉が本当なのかを疑っているらしいイーは、私の顔とエフの顔を交互に見ている。


「…ここでその誓いを立てるならば、私達はあなたの部隊員に何もしないわ。フロイルストーレ様に誓ってね。」


疑うのならば、私が先に誓いを立てれば良いだけの事。フロイルストーレ様に誓って…という言葉は、それ程に重い言葉で、イーも信じざるを得ない。


「…私もフロイルストーレ様に誓おう。」


イーがエフに視線を向けると、エフも同じく誓いを立てる。


そもそも、私もエフも、そんなことをしようなんて微塵も思っていないから、こんな誓いは有って無いようなもの。


「………少し時間をくれ。」


「ええ。」


イーは、私達の言葉を聞いた後、部隊員達を集めて暫く話をしていた。


部隊員達の意見を聞いているのだろう。


E部隊は敗北した。故に黒犬に戻る事は出来ないし、私達と行動を別にしたとしても、なかなかに厳しい生活が待っているのは言うまでもないけれど、このまま魔王様救出に向かうよりは良いと考える者もいるはず。真相は別にするならば、魔王様に反抗する形となるわけだし、それは出来ないと思う者も多いと思う。


今までは、命令に対して盲目的に従っていれば良かったけれど、ここからはそういうわけにもいかない。各々が自分で選択し、行動しなければならず、決めきれない者が多かったのか、話し合いは随分と長くなった。

それでも、一応話はまとまったらしく、イーが私達の元へ来る。


「…話はまとまった。私と数人を残し、他の者達は逃がしたい。」


「分かったわ。」


未だに信じられないのか、私が直ぐに了承すると、イーは僅かにホッとした表情を見せる。

感情が表情に出ている分、やはり最初のエフより多少はマシに思える。


私が言った通り、誓いを立てさせ、離れると決めた者達はその場を後にする。


そうして残ったのは、イーとその他に五人。


「あなた達は本当に残っても大丈夫なのね?」


私はイーではなく、その後ろに居る五人に言葉を投げ掛ける。


五人は小さく頷く。


「…分かったわ。それじゃあ、詳しい話をするわね。」


そうして、私はイーを含めた六人に詳細な作戦を伝える。


「つまり、最終的な目標はミガラナ様の情報という事か。」


「ええ。」


「……あの方が魔王様を裏切るとは思えないが……いや、魔王様が操られているとしたならば、ミガラナ様も操られている可能性が有ると思っていた方が良いのか。

分かった。命令に従って情報を集めて来る。暗殺の方も明日の夜から順次行っていこう。」


業務的な返答に頭が痛くなる。


これだから犬は苦手なのよね…


「……良いかしら?私達はここかれ魔王様をお救いする為の同志。仲間よ。命令とか従うとか、そういう事じゃないの。

私達の目的は同じところに有る。だから協力してその目的を達成するのよ。だから、命令じゃないの。」


「命令じゃない…?」


理解不能と言わんばかりに盛大な?を頭に乗せるイー。


「そうね……言うなれば、お願いに近いかしら。」


「お願い……」


「あなた達に仲間について説明してあげたいけれど、その役目はエフに任せるわ。」


「なっ?!おい?!」


私が突然話を振ったからか、エフはかなり驚いた顔で私を見る。


「同じ黒犬にいた者として、色々と面倒をみてあげれば良いでしょ。」


「お前が勝手に引き込んだのにか?!」


「ええ。そうよ。」


「このっ……」


怒りたいのに言葉が出ないのか、エフは私を睨みつける。


痛くも痒くもないわね。


「私は私で動くわ。」


そう言い残し、私はさっさと退散する。


正直、私があれこれするよりも、エフに任せる方が良いと思っての事である。イーはエフに対して仲間意識を持っていた様子だったし、共に行動していれば自ずと馴染むところに馴染むはず。


という事で、私は単独で情報収集へ向かう事に。


そして、それから数日後、有力な情報をイー達が拾って来た。


「……という事らしい。」


「つまり、ミガラナは実際にその傭兵団に居たのね?」


「その通りだ。そして、その傭兵団は今尚存在している。」


得られた情報は、傭兵団の存在と、その接触方法について。


最初は噂程度の話だったのだけれど、イー達が更に暗殺を成功させた事で、噂は広まりに広まり、結局街中その噂で持ち切りとなった。そして、その中の一人が動いたのである。

北側に住む、比較的裕福な暮らしをしている者の一人が、傭兵団との繋がりを持っていたらしく、傭兵団と接触しようとした。それを知ったイー達がその者を追跡。

結果から言えば、傭兵団は自分達が探されている事に気付いており、危険を持ち込んだその男を殺害。しかし、イー達はその所在を知った上に、接触の方法も知った。

方法は複雑だったけれど、方法が分かるだけで大収穫。というか、殆ど必要な情報を得られたと言って良い。

私達が下地を作っていたとはいえ、ここまで早く事が進んだのは、イー達の手腕が有っての事であるというのは疑いようがない。


「それで…どうするつもりだ?接触の方法が分かったとはいえ、単純に会おうとしても敵対されると思うが?」


「当然、素直に正面から行くつもりは無いわ。向こうも自分達が特定された可能性を考えているだろうし。」


エフの質問に答えると、ならばどうするつもりなのかと目で聞いてくる。


「我々が接触を試みる。」


そんな私達の間へ入るように言ったのはイー。


「却下よ。六人で行って無事に帰れる保証も無いのに何を言っているのかしら。」


私は即座に却下する。


「し、しかし、誰かがやらねばならない。」


それならば、敗者である自分達が行くべきだ…と言いたいのだろうか。


「却下と言ったわよ。相手が何人居るのかも分からないし、相手の懐に入るには危険過ぎるわ。」


「危険だからと…」


「もう一度だけ言うわ。却下よ。

私達と共に行動する以上、危険と分かっていて進む時は、それ以外の方法が無い時だけよ。今回は別の方法で相手を誘い出すわ。」


私の言葉が納得出来ないのか、困ったような顔をするイー。

まだまだイー達の意識を変えるには時間が足らないみたいだけれど、それは取り敢えず置いておく。


「それで?どうするつもりなんだ?」


「既に数人の顔と居場所が分かっているのだから、その者達を拉致らちするわよ。」


「拉致って……その程度で奴等が動くとは思えないが…?」


ウェンディゴ族は、戦闘以外で他人にあまり興味を示さない種族。だから、数人傭兵団の者達が拉致されたくらいでは放置されて終わり…と考えるのは分かる。でも、恐らくそうはならない。


「ここまで秘匿されている傭兵団って……そもそも機能しているのがおかしいとは思わないかしら。」


「どういう事だ?」


「傭兵っていうのは、誰かから依頼を受けて、自分達の戦闘能力を使って稼ぐ職業よね。それなら、傭兵団としては知名度が高い方が依頼も沢山来るし、高額な依頼料を取れるはずよ。自分達の名前や存在を秘匿するなんて、傭兵団としては有り得ないと思うのよね。」


「……言われてみればそうだな。だが、知る人ぞ知るというやつで、相手を選んで依頼を受けているだけの事じゃないのか?位の高い連中の依頼ならば、金に困る事は無いだろうし、一般に知られていない方が動き易い。」


「ええ。私もそう思うわ。まず間違いなくそういう傭兵団として成り立っているはずね。

そして、そうなると、彼等にとって最も重要な事って何かしら?」


「最も重要な事…………自分達が相手に出来ない者は存在しない…という信用か?」


「ええ。あの者達に任せておけば、大抵の事は片付けてくれるという信用。それが無ければ、知名度の低い傭兵団はやっていけないはずよ。」


「……つまり、その信用を潰す行いは、傭兵団にとって看過できない事象という事か。」


「ええ。傭兵団の者が拉致されて、それを放置したとなれば、それを知った依頼人達はどう思うかしら。」


「対処不可能な相手だったから泣き寝入りした…と思うだろうな。」


「そんな事になれば、彼等の商売は成り立たなくなるわ。つまり、仲間を拉致されれば、何が何でも私達を潰そうと動くはず。」


「それを利用して接触するのか。」


「だ、だが…そんな事をすれば、傭兵団の連中が全員血眼になって私達を殺しに来るぞ?」


私とエフが話をまとめようとした所で、イーが割って入る。


「何が仕掛けてあるか分からない相手の懐に入るより、こちらの用意した場所で戦う方が圧倒的に勝率が高いわ。

それに、傭兵団とは言っても元々集団行動が苦手なウェンディゴ族の連中よ。こちらが上手く連携を取れば、百や二百程度簡単に殲滅出来るわ。」


「百や二百って……」


自分で言っていても思うけれど、シンヤさん達と行動するようになってから、感覚がおかしくなっているのかもしれない。

魔界を出る前の私ならば、それだけの数の相手が攻撃して来ると言われた時、イーと同じ反応をしていたと思う。


「まあ、恐らくはそこまでの数はいない。多くても五、六十程度だろう。そう考えれば、そんなに難しい戦闘ではないな。」


エフの感覚も既におかしくなりつつあるみたい。


「さて、そうなると…イー達との連携を強固にしなければならないわね。しっかりと作戦会議をするとしましょうか。」


イー達は凄腕だけれど、それは個人個人の腕前の話。本当の連携というのを知ってもらう必要が有る。とは言っても、連携みたいな事はしていたから、後は意識の問題だけ。それが一番難しいと言われればその通りなのだけれど、今は悠長に教えている場合ではない。多少強引だとしても、最低限の連携が取れるように叩き込む。


という事で、私とエフがイー達六人を相手に、あらゆる状況における連携の取り方を、二日程掛けて教えていく。

最初は、何故仲間を助けるのか理解不能といった反応のイー達だったけれど、呪文のように連携の事を聞かせ続けた結果、取り敢えず形にはなるであろう状態にはなった。


「大丈夫か?」


「……頭が爆発しそうだ……」


二日で大量の情報を叩き込んだので、イー達六人はかなり辛そうである。エフが心配するくらいには辛そう…と言えば、どんな状態かは分かると思う。


「全て完璧にこなせとは言わないわ。でも、肝心な所だけは外さないようにね。」


「え、ええ…分かっているわ。」


二日のスパルタによって、イーの言葉遣いは少しだけ軟化した。


「急かすようだけれど、決行は今夜。取り敢えず傭兵団の者だと分かっている連中を片端から拉致するわよ。」


「ああ。」

「ええ。」


エフもイーも大きく頷く。

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