第797話 静かな戦闘

鉤爪の攻撃は弾かれたけれど、私の目的は三人の連携を乱す事。同時に三人から攻撃されたのでは防ぎようが無いと判断して、一人の足を止めさせた。


攻撃を受けた一人は足を止めたけれど、残りの二人は私の元へ直進してくる。


「「っ!!」」


しかし、私から二メートル程離れた位置で急に足を止める。


そのまま向かって来ていたならば、逆の手に忍ばせておいたシャドウクロウで首を貫けるかと思っていたけれど、どうやら何かを感じ取ったらしい。

やはり相手は腐っても黒犬。戦闘におけるセンスは、その辺の連中よりずっと高い。


「「「…………」」」


無理に一人や二人で攻撃してくるようなことも無く、三人が揃うまではこちらの様子を見ているだけに留めている。徹底している…と言うより、それがこのE部隊にとっての当たり前なのだろうと感じる。


横目にエフの方を見ると、六人相手に何とか凌いでいる状況。どうにかこちらが状況を好転させて援護に入りたいところだけれど…


私が僅かに体を動かすだけで、三人はそれを敏感に感じ取って行く手を阻むように動く。


「……………」


相手の出方を見ている時間は無いし、何かしらの行動を起こさないと、エフが危険。

厳しい状況に陥るだろう事は分かっていたから、吸血鬼魔法は用意しているけれど、今使ってしまうと肝心な時に使えなくなってしまう。つまり…私は、魔法に頼らずに、自力でこの状況を突破しなければならないということになる。


エフの相手をしているのが六人だと考えると、私に三人だけというのが簡単な事のように感じるかもしれないけれど、そんなことはない。

エフに対してはかなり鋭い攻撃を繰り出している六人だけれど、目の前の三人は私を殺そうとはせず、ただエフの方へ行かせないようにと動いている。私を通さないように、援護させないようにと動くだけならば、確かに三人で十分にその役割を果たせる。


的確にこちらの痛い部分を突いてくるあたり、やはり黒犬は厄介な相手である。


「「「……………」」」


私の事を監視するように見ている三人の瞳からは、感情が全く読み取れない。あのイーとかいう隊長の事を見る限り、感情が無いという事は無いだろうけれど…不気味な瞳をしている。


「……フー……」


私は、三人の視線を感じつつ、ゆっくりと息を吐く。


戦闘している事が下のウェンディゴ族の者達に気付かれてはいけないから、派手な魔法や光、音のする攻撃は基本的に出来ない。静かに、素早く相手を仕留める必要が有る。

それは相手側も同じで、攻撃の種類としてはある程度限定される。だからこそ、エフも六人を相手に凌げている。


私は吸血鬼族の薄血種で、戦闘が大の得意というわけではない。どちらかと言えば、魔法の方が得意だし、私の居るパーティには近接戦闘の達人が何人も居るから私の出る幕なんて殆ど無い。


それでも……


あのパーティに居て、皆の役に立ちたいと願うのならば、近接戦闘においても鍛錬を積むべきだと考えるのは当然の流れである。

実際に、ピルテだってそうして訓練に参加しているし、私だって可能な限り鍛錬はしている。

幸運な事に、あのパーティには、技術を教える事を惜しむような器の小さな人は一人も居ない。だから、聞けば必ず教えてくれるし、相談にも乗ってくれる。そうして日々試行錯誤していれば、得意とまではいかなくても、それなりに戦えるようにはなる。


シャドウクロウや深紅の鉤爪のような武器は、普通の剣やカタナなんかとは違って、使い方に癖が有る。


突いたり斬ったりという事も出来るけれど、この形状の武器は、引っ掛ける様な攻撃が特徴である。だから、攻撃を避けた後の帰りの軌道も攻撃の内で、リーチが短い分、手数で相手を圧倒しなければならない。元々武器には慣れていなかったけれど、私もそろそろ鉤爪の使い方にも慣れてきた。


ここは……素直に正面から当たる。


私は息を吐いた後、少しだけ空気を肺に入れたタイミングで前へと跳ぶ。


「「「っ!!」」」


流石にスラたんやシンヤさんみたいな鋭い踏み込みなんて不可能だけれど、これでも吸血鬼族の端くれ。身体能力だけである程度の踏み込みは可能。


ザッ!


私は一足で数メートルの距離を潰し、三人居た相手の左端の者に接近する。


予想していたよりも速い動きだったのか、三人の反応が僅かに遅れる。とはいえ、致命的な程の遅れではなく、私が攻撃を繰り出す時には防御の体勢を整い切っている。


キィン!


深紅の鉤爪を走らせると、相手の刃と触れて甲高い音が鳴る。街中がそれなりに騒がしいから下には聞こえていないだろうけれど、何度も打ち合うのは控えた方が良い。


「「っ!!」」


私が攻撃を仕掛けた相手はそのまま後ろへと下がろうと動き、それに合わせて残りの二人が走り寄ってくる。


こうして近接戦闘をしていると分かるけど、三人は連携を取っているように見えて取れていない。

エフも言っていたけれど、共に戦っている者達は、共に戦う者という認識であり、それ以上でもそれ以下でもない。つまり、仲間という認識が無く、ただ単に人手が減ると仕事を全う出来ないから自分が動く…程度の感覚で動いている。

その証拠に、二人は私の邪魔をするように動いているけれど、攻撃されたもう一人を庇うような位置取りではない。

そして、それこそが黒犬の弱点でもある。


仲間だと感じていないから、必要最低限の行動しかせず、その行動はあまりにも中途半端。私から見ると、そのまま追撃しようと思えば、強引に追撃が出来てしまうのである。


ビュッ!!


私は、鉤爪を迫ってくる二人に、そしてシャドウクロウを後ろへ引こうとした一人に向けて伸ばす。


「「っ!?」」


「っ!!」


刃の伸縮は速くないし、避けられる事は分かっていた。流石に難無くとまではいかないけれど、傷を負わせるまでには至らない。

でも、それで良い。


攻撃を避けた三人だけれど、下がった一人と、残りの二人の間にある程度の距離が出来る。


タンッ!!


「「っ?!」」


そのタイミングを逃さないように、私は再度屋根を蹴って前へ出る。


普通、この状況ならば、無理にでも突破して一人の方を狙うだろうけれど、私は違った。

今の今まで迫って来ていた二人に向けて走り込む。


もう一人に向けて動くだろうと考えていたらしい二人は、更に僅かな反応の遅れを見せる。


ドゴッ!!

「ぅっ!!」


私は深紅の鉤爪を繰り出す動きを見せ、相手に防御の体勢を取らせたところで、右足を相手の鳩尾にめり込ませる。

普通の人間が相手ならば、これだけで内蔵が破裂する威力だけれど、流石にそうはいかず、当たる瞬間に後ろへと飛ばれて威力を殺されてしまった。それでも、声を聞く限り痛くないわけではないはず。


ビュッ!!


そんな私の攻撃を見て、残った一人が手に持つナイフを私に突き出す。


鋭い突き攻撃ではあったけれど、スラたんみたいに姿ごと消えるような動きを毎日みているし、それと比べてしまえば止まっているも同然。


体をしっかりと捻って攻撃を避ける。


そうしている内に最初に後ろへと下がった一人が私に向かって動き出す。


このままでは二人に足を止めさせられてしまうと考えて、鉤爪を引っ掛けるように相手の首元へ。


ザシュッ!

「っ!!」


私の鉤爪は微かに相手の頬を傷付けたけれど、かすり傷程度。しかし、攻撃が当たれば相手は下がる。それと入れ替わるように迫って来る一人に向け、寧ろ私は前進する。


腹を蹴った奴と頬を斬った奴。この二人が下がっている以上、一対一の構図が出来る。この機会を逃してしまえば、更に警戒した三人相手にもう一度機会を作るのは至難。そうなる前に攻め切る。


「っ!!」


ガギッ!!


私が前に出た事で、一瞬にして距離がゼロになり、互いの刃が交差する。


単純な戦闘センスだけで言えば、きっと黒犬の連中は私よりずっと上なのだろうと思う。これだけ戦えて、それでも暗殺特化と言われるのだから。

しかし、そんな相手にも、私が勝っている部分がある。それは、強者との戦闘という経験である。

正直、普通ならば魔法無しでは手も足も出ない相手だったはず。それが、こうして手玉に取れているのは、相手側がエフを始末するというその一点を最優先として考えている事や、私が魔装を使うだろうと思わせて、近接戦闘という意外な手で押せた事。他にも色々と有るけれど、そういった色々な事象が重なり、それらがどのようにこの場へ影響するのかを正確に把握出来ているからこその結果である。

シンヤさん達と共に旅をしていれば、こんな状況が可愛く思える程の窮地に立たされたりもする。それをどうにかこうにか乗り越えるという状況を、何度も目の当たりにしてきた。


そんな経験をしていれば、冷静に状況を見極め、最も効率的に動ける瞬間を掴むのは難しいことでは無い。


ヒュッ!

「っ?!」

ザクッ!!


私は、相手と交わらせた鉤爪の刃の間を通すように、シャドウクロウの爪を伸ばし、相手の顔面にそれを突き立てる。

いくら伸縮が速くはないとはいえ、このゼロ距離では避けられない。


私の攻撃に気が付いた相手は、一瞬目を見開くけれど、シャドウクロウの爪先がその顔面を貫く。


「「っ?!」」


膝から崩れ落ちる相手を静かに屋根の上へ寝かせると、そのまま残った二人へと視線を向ける。


「チッ!」


舌打ちをしたのは、指揮を出していた者。恐らく、イーと呼ばれていた女。私が一人を処理したのを見て、即座にイーもエフとの戦闘に入る。

指示を出す事に集中していたイーだけれど、そうはいかなくなったらしい。


これでエフの相手は六人から七人へと増えてしまった。


ビュッ!


ヒュン!


取り囲まれないように動き回りつつ、相手の攻撃を巧みに避けているエフ。その動きは、まるで軟体動物かのうように、グネグネとしている。


確か、ヘールニッカというダークエルフのみに伝わる戦闘術だったかしら…確かに上手く動けているみたいだけれど、相手は同じダークエルフである黒犬。エフが使える戦闘術ならば、当然相手も使えるはず。そう長くはもたないはず。


私はエフの状況に気を配りつつも、自分の相手に集中する。


こちらの戦闘が不利になりつつある事を察知したイーが、こちらへの援護ではなく、エフの方へと向かったという事からも、エフを始末する事が最優先事項になっているはず。そうなると、私が残りの二人をどうにか出来れば一気に状況が変わるはず。


残った二人は、私に向けて武器を構えているけれど、攻撃を仕掛けようとはしていない。自分達から動くのを躊躇っている…とは思えない。

一人が脱落して状況が変わったというのに、攻撃してこないとなると…


正面の二人に向けていた集中を、ほんの少しだけ周囲へと向ける。


ピュン!

「っ!!」


高い風切り音が背後から聞こえたと同時に、私は身体を捻って音を避ける。通り過ぎたのは小さめの矢。当たり所が悪くなければ死ぬ事は無さそうに見えるけれど、恐らくは毒が塗られているはず。


矢を放った何者かの気配を辿ろうとするけれど、上手く隠れていて場所を特定するのは難しい。

最初から隠れていた何人か…その内の一人が放った矢に違いない。


本来ならば、離れて攻撃してくる者を先に処理したいところだけれど、そんな時間は無さそう。エフの方がかなり厳しい状況になっている。


私は避けた勢いそのままに、屋根を蹴って走り出す。


「「っ!!」」


目の前の二人も、流石に警戒心を強めていて、私の咄嗟の行動に対して的確に動いてくる。


ビュッ!


ヒュン!


ピュン!


私の攻撃を避け、相手の攻撃を避け、飛んで来る矢を避ける。


互いに攻撃が身体に触れる事はなく、小さな風切り音だけが聞こえてくる。


二人から少しでも距離を離すと矢が飛んできてしまう。とにかく、矢を飛ばされないようピッタリと二人に張り付く。


ビュッ!


ヒュッ!


相手の刃が耳元を通り過ぎ、私の攻撃も相手に僅か届かない位置を通り過ぎる。


足を止めてしまえば、それもまた矢の的になる。

私はひたすら二人の懐をすり抜ける様に身体を右に左にと移動させる。


ビュッ!


ヒュッ!


刃が私の髪先を切り、私は相手の服を僅かに切り裂く。


どちらの攻撃が先に届くかという状況の中、私は攻撃を避けながらも、相手の誘導を行っていた。


この二人を力押しで処理しようとすると、どうしても時間が掛かってしまう。それは既に分かっていたこと。

そして、それはこの戦闘がから分かっていた。


こういう状況に陥った場合、私はどうやって相手を処理するべきなのか。

その答えは難しくない。


私は近接戦闘が得意ではなく、魔法を得意としている。


タンッ!!


「「っ?!」」


私はそれまでひたすらにまとわりついていた二人から、一気に距離を離す。私の行動に驚いた様子の二人だけれど、もし私の意図に気が付けてももう遅い。


ザザザッ!!

「「っ!!!」」


二人から距離を離したタイミングで、二人の足元が光り、黒い薔薇の蔦が出現する。


吸血鬼魔法であるダークローズイヴィが発動した証拠である。


設置型の吸血鬼魔法で、用意しておいた毒をその棘部から相手に与える事が出来る。

今回使ったのはスラタン特性の痺れ毒。恐らくは、毒に対して耐性を付ける訓練を行っているだろうから、その辺の毒は効かないはず。でも、今回使ったのはスラタン特製のもの。その効果はその辺の毒なんて比じゃないはず。


「「っっっっ……………」」


蔦によって足を傷付けられた二人は、ゆっくりとその場に膝をつく。


耐えようとしているみたいだけれど、体の痺れが徐々に広がり、動けなくなっている。


ヒュッ!ヒュン!


それを見てか、何本かの矢が同時に飛んで来るけれど、来ると分かっているのならば避けるのは簡単。


ザッ!ザシュッ!


何者が矢を飛ばしているのか分からないけれど、矢を使っている以上連射は難しい。

矢を番える間に、私はシャドウクロウと深紅の鉤爪の爪先を伸ばし、痺れ毒で動けない二人の息の根を止める。


座ったまま息を引き取った二人を見て、私は即座にエフ方へと向かう。


「はぁ…はぁ…」


エフの息がかなり上がってきている。


ビュッ!

「っ?!」


キィン!


そんなエフへ攻撃を仕掛けようとしていた一人に向け、私が投げたのは投げナイフ。とても上手いとは言えない投擲だけれど、私の方へ意識を向けさせられればそれで良い。


「チッ!」


私が向かっているのを見て、もう一度舌打ちするイー。右手を激しく動かしてなにやら指示を出しているみたいだけれど、そんな事はどうでも良い。


キィン!


それでもエフを攻撃しようとした一人に向け鉤爪を伸ばし、動きの邪魔をする。


どうやら、何とか間に合ったらしい。


とはいえ、エフの身体には既にいくつかの傷が入っており、傷口からは血が流れ出している。エフも黒犬の一人だから毒の心配は無いだろうけれど、何度も受ければ蓄積した毒が効いてしまうかもしれないし、流れ出た血が多くなれば昏倒してしまう。かなりギリギリだった。


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