第665話 義手

「どういうつもりだ?」


シドルバ達に義手の製作を頼んだ後、一度俺達は三階へと向かい、借りる大部屋へと入った。


中には、いくつかのベッドや机が置いてあり、そのどれもが、繊細な造りになっていて、ちょっとしたVIP気分になれる。

その中に入って、必要な物をインベントリから取り出していると、エフが俺の方へと寄って来て、疑問を投げ掛ける。


「何の事だ?」


「義手の事だ。」


「あー。義手の事か。

別に特別な意味なんて無いぞ。義手を作って貰えれば、パーティ全体の戦力が大きく上がるからな。そうなれば、魔界に行った時に上手く事が運ぶ確率も上がる。そう考えただけだ。」


「……だけだとは言うが、頼んだ義手は普通の魔具とは違う。どれだけの金額になって、どれだけの素材が必要になるか、そして、どれだけの時間が必要になるかも分からないんだぞ。」


「勿論、俺達の当初の目的が最優先ではあるが、その目的を達成する為にも必要な事だと判断したんだ。」


「……………」


エフは、俺に文句を言っているような態度に見えるが、恐らく違う。

俺が、エフの為にそんな事をドワーフに頼むと思っておらず、戸惑っているのだと思う。


「金や素材の事は心配するな。俺の手持ちで十分に足りるはずだ。時間は……あまりに長く掛かるようならば諦めるが、そうでなければ、義手を得られるまではここに滞在する。」


「っ…………」


「エフさん。」


どう反応して良いのか分からないと言った様子のエフ。

そんなエフに、ニルが近寄って行く。


「戸惑う気持ちは分かりますが、ご主人様のお言葉は、私達全員の総意です。」


「ニル様…」


「エフさんはもう仲間なのですから、最善の状態で魔界へ向かえるよう、出来る限りの事をさせて頂きたいのです。」


ニルの言葉に、俺達の方へと視線を向けるエフ。


俺やスラたんが頷いて見せると、エフは無くなった左腕の方へと手を添え、少しだけ俯く。


「ご主人様。エフさんともう少しお話してもよろしいでしょうか?」


「…ああ。頼む。」


エフにとって、こういう扱いをされる事は、今までに無かった。それが、彼女の頭を混乱させているのだろう。

しかし、俺達に裏の意味なんて無いし、他の意図なんて無い。それを理解してもらう為には、ニルに任せるのが一番良いだろう。


という事で、エフの事はニルに任せて、俺達は荷物の取り出しを行う。


「まったく……あれくらいの事で混乱するなんて、あの女もまだまだね。」


「そう言ってやるな。エフも、生活が大きく変化して戸惑う事ばかりなんだから。」


「素直にありがとうで良いのよ。深く考え過ぎだわ。」


「ハイネさんは、本当にエフさんには厳しいね?」


「あの女が悪いのよ。私は悪くないわ。」


「ははは…」


スラたんが乾いた笑いを発してしまう程に、ハイネのエフに対する態度は徹底している。

戦闘の時は、あれ程息がピッタリだったのに、普段の生活では言い争いばかり。本当に不思議な関係だ。


そうして必要な物を取り出していると、エフが俺達の事を理解してくれたらしく、小さく礼を言われた。

それに対して、またハイネが噛み付きそうになったが、何とかスラたんとニルが抑えてくれた。


一通りの事が終わったところで、俺達は一階へと戻り、シドルバ達の様子を見に行く事にした。


「シドルバ。義手の方はどうだ?」


一階は、事務所を抜けて奥に進むと工房が在って、三人はそこで作業をしている。一通り荷物の整理が終わったら来るようにと言われていたので、勝手に工房へと足を踏み入れたのだ。


「そうだな……やはり、普通の義手では限界が有るし、既存の義手では駄目だな。日常生活には耐えられるが、戦闘となるとそうはいかないからな。」


「強度が問題なのか?」


「強度もそうだが、あまりに重たいと振り回せなくなる。それを考えた上で、そこに複雑な動きを可能にする機構を組み込もうとすると……」


「どうしても重くなってしまうって事か。」


俺は、シドルバ達が見ている図面を見て、話をする。


「なんだ?お前達もそういう事が分かるのか?」


「多少触れた程度だがな。何となく分かるってだけだ。」


細かい部分は全く分からないが、図面を見て、どんな物を作ろうとしているのかくらいは分かる。


「だとしても、依頼者側に話の分かる奴が居るのは有難い。どういう物を求めているのかの話がし易いからな。

それでだが…どこまでの物を作るかなんだが、複雑な動きが可能な構造となると、魔石の力だけでは無理だ。となると、魔具の力を複雑な動きに変換する為の機構が必要になる。それをどうするかによって、色々と変わって来るんだが…」


そう言いながら、シドルバが図面に視線を走らせる。


「この指の部分に繋がっている線は、金属か何かで作るのか?」


「ああ。魔具を発動させると、内部に圧力が掛かって、手を握るような機構になっているんだ。義手の魔具では一番用いられている構造だな。」


「………………」


「何か考えが有るのか?」


「……ああ。これなんだが、魔具を発動させた時にのみ手を開くように出来ないか?」


「……なるほど。この機構で作った場合を考えると、戦闘の時、武器を握り締め続けるのが普通だから、常に魔力を流し続ける必要が有るのか。」


日常生活の場合、何かを手に取るという場合のみ手を握る動作を必要とするが、戦闘の場合、武器を握り続けなければならない。その為に魔力を流し続けなければならないというのは、非常に燃費が悪い。

何かを手に取ろうとした時、魔力を流して手を開き、魔力を止めて手を握るという二段階が必要になるが、こちらの方が良いはずだ。


「だとすると、常に手首側へ引き絞る形にしておいて、魔具を発動させた圧力で緩む形にしないといけないな。」


「それなんだが、これは使えるか?」


俺は、アラクネの糸をインベントリから取り出す。


「これはアラクネの糸か?!」


「ああ。これならば、引き絞る力としては十分なものになるんじゃないか?」


ニルに作った仕込みボウガンの弦にも使っている為、アラクネの糸が非常に丈夫で強い張力を生み出す事が分かっている。これならば、素材としては優秀なはずだ。


「なかなか手に入らない物なのに、よく持っていたな?!」


「最近、また新たに補充出来たからな。使えそうなら使ってくれ。

それと、この辺りも使えるならば使ってくれて構わない。」


俺は、ダンジョンで手に入れた素材や、これまでに手に入れた素材の数々を、工房の中へ適当に取り出す。


「こ、こいつはまたスゲェな…」


「おっとー!これってコンディアイトだよね?!こっちはスピリットメタル?!凄い!希少な素材がこんなに?!」


俺が取り出した材料を見て、シュルナが興奮している。


「取り敢えず、適当に出したが、材料ならインベントリの中にまだ有る。量が欲しい時は言って欲しい。持っていない材料も勿論有るが、ここに出した物はそれなりの量を確保出来ているからな。」


「凄いわね…渡人って…」


ジナビルナが言っている事とは違って、渡人が凄いというわけではないのだが、ドワーフにとっての渡人というのは、一種の種族とか職業みたいな感覚のようだ。


「これだけの物が有るなら、想像以上の物が作れるかもしれねぇな……本当に使って良いのか?」


「俺達の為に作ってくれるんだから、材料を惜しむつもりは無い。気にせず使ってくれ。」


「失敗や調整の為に、結構な量を消費するかもしれねぇぞ?」


「構わない。俺達が持っていても使えない物も多いからな。」


「へっ!こいつはなかなか腕が鳴るってもんだ!

普通は手に入れるのさえ難しいような素材もゴロゴロ有る。絶対に満足する物を作らねぇと、職人の名折れってやつだ。

カタナを作る事に関しては、あんた達の友達に負けるが、ドワーフの意地ってやつを見せ付けてやるぜ。」


シドルバの技術者魂に火がついたのか、今まで見ていた図面をぐしゃぐしゃと丸めて捨てる。


「おい!シュルナ!裏からあれ持って来い!」


「うん!!」


「空いた口が塞がらねぇような物を作ってやるから、期待して待ってやがれ!」


シドルバは、頭に布を巻き付け、グッと縛りながら言ってくる。


「うふふ。昔を思い出すわね。」


「へっ!こちとらまだまだ現役だ!中央の奴等が驚くような物を作るぞ!」


「うふふ。そうね。シュルナにとっても良い経験になるわ!」


シドルバ達は、かなり嬉しそうな反応で図面を書き始める。素材を見た事で、やる気が更にアップするというのは、何とも職人らしい反応だ。


必要な物が有れば、また言ってくれるだろう。


「俺達は少し外に出て来る。何か必要な物が有れば、また言ってくれ。」


「ありがとうございます!」


シュルナが返事をしてくれたが、シドルバとジナビルナは集中していてこちらには反応していない。凄い集中力だ。

俺達は邪魔しないように、そのまま工房を出る事にした。


「何だが凄い物が出来そうね?」


「出来てからのお楽しみってやつだな。

色々と試行錯誤するだろうし、また話を聞かれるだろうから、その時はエフも要望を伝えるようにな。」


「う、うむ…」


まだ戸惑いながらではあるが、エフは素直に頷いてくれる。


「一先ず、義手についてはシドルバ達に任せておけば大丈夫だろう。俺達は、一旦街に出よう。」


「情報集めね。」


「ああ。」


ここに来て、義手を作って貰うというのは、あくまでも副次的な目的である。訪れた街が偶然ドワーフの街だった為、折角ならばという事で依頼したのだ。

本来の目的は、魔界へ入る為の方法を探す事だ。そちらをないがしろにしては本末転倒だ。そうならないように、同時並行して、魔界へと入る為の情報収集を行う。


「あまり大きな声で言えない内容だし、情報収集の際は十分に気を付けないとね。」


「そうね。ドワーフ族じゃないから、ただでさえ目立っているのに、変な噂まで広がったら大変な事になるものね。」


「急ぎ過ぎてドジを踏まないように、慎重に行動しないとね。

どうする?全員で情報収集する?分かれて情報収集する?」


「ドワーフ族じゃないってだけで、かなり目立っているし、少人数か大人数かは今更関係無いだろう。そうなると、分かれて広範囲を調べられた方が良いだろうな。二人ずつで分かれて調べよう。

まあ、一日、二日で得られる情報ではないだろうし、観光とか買い物をするつもりで動くとしよう。」


「それもそうね。折角世界最高峰の技術力を持った街に来たのだから、色々と楽しみましょう。」


「そうと決まれば、早速出発だ。」


俺はニルと、ハイネはピルテと、スラたんはエフと組んで工房を出る。


まず、俺達が向かったのは街の更に北側方面だ。


中央方面は、迷う可能性もあるし、俺達に対する反応がかんばしくない為、行くとしても今ではないと判断した。

それは他の皆も同じで、まずは風当たりが強くない北側方面に全員が向かう事になった。


俺とニルは街の北部、スラたんとエフは北東部、ハイネとピルテが北西部と分かれる。

一応、シュルナと工房へ向かう際、街の事は一通り聞いていて、ある程度行く場所は決めてある。


俺とニルが向かうのは、酒場の多い地区。

日が傾き始めた時間帯だし、情報収集には丁度良いだろう。


元の世界で、ゲームやら小説やらに出て来るドワーフは、鍛冶と酒が好きだというイメージが有ると思うが、この世界のドワーフ達も、そのテンプレートから外れず、無類の酒好き。街の至る所に酒を飲める場所が在り、工房と同じくらいの数は在るのではないだろうかという程。


外部からの人間が最も多い北部側でも、それは変わらず、北へと進んで行くと、酒場があちこちに見える。


道を歩いていると、酒場の中からガハハとかグハハとか、ドワーフ達の豪快な笑い声が聞こえて来て、実に陽気な感じがする。


そんな中、俺とニルはあまり混雑していない店を見付けて、足を踏み入れる事にした。人が多ければ、その分情報収集出来る相手が多いという事になるが、とにかくドワーフ族以外は目立ってしまう街だから、まずはバンバン話し掛けるよりも、数人と仲良くなる事を考えての事だ。上手くいくかは分からないが、落ち着いて話が出来そうな酒場をチョイスした。


俺達の入る酒場は、大通りに建っている大きな店ではなく、少し小さな落ち着いた感じの酒場だ。

建物の装飾も、華美な物は避けていて、シックなイメージを受ける。


カラン…


扉を開くと、鐘の音が響く。


パッと見た感じ、店内も落ち着いた感じで、大通りのような豪快な笑い声も聞こえて来ない。

客は数組が入っているみたいで、いくつかのテーブルが埋まっている。


俺とニルが扉を開いて中へと入ると、その全員が俺達の方へと目を向け、ジッと見詰めてくる。


少し居心地が悪い感じはしたが、俺とニルはそのまま店内へと入る。

いつもならば、ニルはこういう公共の場では座らないのだが、二人で来ているし、立っているのは良くないと考え、椅子に座るよう促して同じテーブル席に座らせる。


「………注文は?」


俺とニルの席に来た女性ドワーフが、ぶっきらぼうに聞いてくる。喧嘩腰というのか…かなり不機嫌そうな態度だ。


適当に飲み物と食い物を頼むと、女性ドワーフは返事もせずに俺達の元を離れる。


特に何もしていないのだが…やけに当たりが強い気がする。周りに座っているドワーフ達も、俺とニルの方をチラチラと見ては何やら話している様子だ。


結果からいうと、俺とニルは、その日にドワーフ達と言葉を交わす事は無かった。


かなり当たりが強く、俺達が話し掛けられる雰囲気ではなく、軽く飲み食いをして出て来るしかなかったのだ。

何とか、誰かに話し掛けようと他の店にも足を運んでみたが、結果は全く同じ。

どの店に行っても、俺達に対する反応は厳しいもので、一言も喋る事が出来ないまま、日が暮れてしまった。


集合の時間となり、俺とニルは収穫がゼロのままシドルバ達の工房へと帰る。


「全然話が出来ませんでしたね…」


「種族が違うってのが、ここまで壁になるとはな…」


「はい…」


前途多難といった様子の情報収集。魔界へと向かう方法が本当に見付かるのか分からなくなってきてしまった。

これでは、他の四人の情報収集にも、あまり期待出来ないな…と思っていたのだが…


「話は出来たけど、魔族や魔界に関しては、この街での事しか知らないみたいだったね。」


「私達の方も同じような感じね。」


というように、他の四人は普通に話が出来ていたらしい。


そうなると、問題は俺かニルに有るという事になってくる。


納得のいかない結果を不思議に思って話し合っていると、今日の作業を終えたシュルナが、三階に来てくれた。


「お疲れ様。義手の方はどうだ?」


「ありがとうございます。ある程度のアイデアは出揃いましたが、実際に手を動かすのは明日からになりますね。」


「そうか。楽しみにしているよ。」


「はい!皆様の方はどうでしたか?」


「それが…」


俺とニルに対して、他のドワーフ達からの風当たりが強い事をシュルナに伝える。


「という感じで、話どころか、店に居る事も出来なくてな。」


「あー……知らなかったのですね。」


「どういう事だ?何か思い当たる事でも有るのか?」


「それはですね…ニルさんの枷に理由が有ります。」


「枷?奴隷という事か?」


「いえ。正確には枷その物です。」


「枷自体?」


「はい。奴隷と呼ばれる人達の身に付けている枷。これがどうやって作り出されたご存知ですか?」


「最初の一個って事だよな?それは知らないな。」


「実は、この枷。大昔のドワーフ族が作成した物なのです。」


「そうだったのか?!」


「はい。しかし……本来の使い方は、人に使うのではなく、モンスターに使う為に作られた物で、この枷を作った事で、奴隷という予期せぬ身分が生まれてしまいました。

その原因となったのは、ドワーフ族の技術を盗んだ者が居て、それを人に使ったのです。

勿論、ドワーフ族は、その事に酷く憤ったのですが、流れ出てしまった技術を止める事は出来ず、それからドワーフは技術流出を徹底的に取り締まるようになったのです。」

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