第663話 シュルナ

「挑戦の方で認められる事が本当に有るのかな…?」


スラたんが、俺にこっそり聞いて来る。


「作った物が本当に良い物ならば、我々は認める!」


少し怒ったような口調でスラたんの言葉に返すドワーフの男兵士。


スラたんとしては、ドワーフのような世界最高峰の相手に認められるような物を、そこらの者達が作れるとは思えない…という意味を込めての言葉だったのだろうと思うが、ドワーフの男兵士には、そうは聞こえなかったらしい。


「単にドワーフの技術力が凄いから、認められるような物を作れる者はそう多くはないのではという意味だ。他意は無い。」


「…ふん。それなら良いが。

しかし、挑戦よりも、友愛の方が難しいんだぞ。」


「え?そうなのか?」


「我々ドワーフにとって、友証というのは、それ程に大切な物なのだ。

友証を渡した者が、この地に足を踏み入れ行った事の責任は、どんな事であれ、自分が受けるという意味を持った物だ。つまり、友証を受け取った者が、この地で悪さをしたならば、渡した者も罰せられる事になる。それは、この地に居ないとしてもだ。

故に、ドワーフが友証を渡すというのは、命を預けるのも同義。そう簡単に渡すような物ではない。特殊な素材で作られており、一人につき一つしか持たされない証だ。」


「そうだったのか…」


大切な物だという事は分かっていたが、そこまでの物であるという事は知らなかった。

セイドルは、ポンと渡してくれたし…


「何も聞いていないのか?」


「あ、ああ。これを持って行けば、中に入れるとだけ聞かされていた。」


「なるほど。であれば、セイドルという者が、お前に何も説明せずに友証を渡した意味を、よく考えて街に入る事だな。」


セイドルが俺に何も伝えずに友証を渡してくれた意味……

そんな事をわざわざ説明せずとも、俺達が悪さをするような事は有り得ない。もし、何か起きたとしても、俺達の為ならば、共に責任を負っても構わない。

そう思ってくれているのだろう。

言葉を使わずとも、そこまでの信頼を受けていると、たった一つのエンブレムから伝わって来る。


「ああ。そうさせてもらうとするよ。」


「この街には、何をしに来たんだ?」


「色々と作ってもらいたい物が有ってな。」


「ここに来る者達は、大体同じ理由で来るものなのだな。

外の者達が、この街に滞在出来るのは、一ヶ月未満だと定められている。それ以上の滞在をする場合は、必ず申請して許可を取るように。」


「分かった。」


「その友証を渡してくれたセイドルの為にも、悪さはするなよ。」


「当然だ。」


「…よし!通れ!

跳ね橋を上げろ!!」


俺達が門番の三人の横を通って街に入ると、直ぐに跳ね橋が上げられる。


「思っていたよりも普通に話が出来たな。」


「門番となると、外の者達と話をする機会が多いからな。そこまで酷い者が立たされている事は少ない。」


「それもそうか…」


「それより、まずは宿を探すぞ。この街には、外部からの滞在者が少ないからな。宿も殆ど無い。早く見付けておかないと、今日は屋外で寝る事になる。」


「それは嫌だな。そうなると、まずは宿探しだな。」


門を通過して、街中に入ると、ドワーフ達の住む街並みが目に入る。


最初に言ったように、この街並みを言葉で表すならば、『鉄と煙の街』だろう。

金属製の物が他の街よりずっと多く、全体的に頑丈なイメージが強い家屋。街の至る所から煙が上がり、それが空に上がって行っては風に流されていくのが見える。

木や石を使った物も勿論有るが、やはり他の街と比較すると、金属製の物が圧倒的に多いというのが印象的だろう。


加えて、街の至る所に魔具が使われているらしく、他の街では見ない色々な物が有る。夜に光るであろう街灯が街中に設置されていたり、側溝が作られていたり。

他にも違う部分は沢山有るが、目立つ所で言うと、家屋の縦の高さだろう。

高層ビルのよう超巨大建築物は無いが、二階建、三階建ては、そこら中に建っている。平屋の方が少ないくらいだ。他の街では、耐久性の問題や金額の問題で、一般市民の家屋は基本的に一階建て。全体的に見ると、二階建て以上の建築物の方が圧倒的に少ない。それが、ザザガンベルでは逆転しているのだから、街の中に入った時の建築物の圧迫感はまるで別物だ。

間違いなく、このザザガンベルは、現代日本の姿に一番近い街だろう。


しかし、流石はドワーフ族の街で、装飾も細部にまでこだわっており、見た目はかなり美しい。

街並みを見ながら歩いているだけで、十分観光が出来てしまうレベルだ。


「いやー……これは凄いねー…

ザザガンベルに入ったプレイヤー達が、言葉では言い表せない街と言っていたのがよく分かるよ。」


金属製の物が多く、工場地帯のような印象も受けるのだが、芸術性の高い街並みで、元の世界で見掛けた事の無い街並みだ。魔法、魔具が存在しているから、普通ならば物理的に不可能な建築も可能になる為、不思議な形の建造物等も多く、見ているだけで楽しい。

この街並みを何と言い表せば適切なのか…多分、元の世界で暮らしていたプレイヤー達は、表現する言葉を持ち合わせていないのだろう。


「確かに、他には無い街並みだな。」


「これが、職人の街ってやつなのかな?」


「煙突の数だけ工房が在るとしたら、間違いなくこの世界で最も職人の多い街だろうな。」


「シンヤ君としては、興味を引かれる物が多いんじゃない?」


「正直に言うと、かなり興味を引かれるな。ただ、今はこっちが優先だ。街には入れたから、そんなに焦らなくても、直ぐにドワーフの技術力に触れる機会も来るはずだ。やる事をやってからだな。」


興味を引かれるからと言って、フラフラーと何処かに行ってしまうわけにもいかない。


「そうだねー…って、本当に宿が全然見当たらないね…?」


街並みを見ながら、話をしながら大通りを北上していたが、全く宿が見当たらない。


「歩いているのもドワーフ族の人達ばかりですから、こちら側には無いのかもしれませんね。」


「この辺はあまり余所者が来る場所じゃないのかもね。」


魔族との交流が有る事は聞いているし、魔界により近い街の北側に行けば、宿も見付かるかもしれない。


という事で、俺達は街の北側を目指して歩く。


街の構造は、中心に行く程に建物が密集しているという形で、街の中心に近付くと、道が入り組み過ぎて、どこをどう歩けばどこに行けるのか全く分からない。しかも、全体的にトンネルや橋の下等は、高さが無く、ドワーフの背丈に合わせて作られているから、屈まないと通れない。

しかし、その分、中心の近くには多くの者達が住んでおり、かなり栄えている。

それを知った上で考えると、そもそも、外から来る者達の事を考えていない構造になっている…という事なのだろう。

造形が綺麗である為、街並みがごちゃごちゃしていて汚いという事は無い。寧ろ、昔の西洋の裏道…みたいな雰囲気が有って、ワクワクしてくるくらいだ。


「ど、どこを進めば北に抜けられるか…全然分からないね…」


「こっち…でしょうか?」


「そっち…かしら?」


全員で北へと抜ける道を探しながら、何とか少しずつ街の中心地から北へと抜けて行く。


中心地付近では、道が立体的に交差していたり、地下に潜ったり、道が分からなくなるような構造になっていて、頭の中の地図が訳の分からない事になってしまう。

下手なダンジョンより、ずっと進むのが難しい。


街自体の大きさも、恐らくジャノヤより大きい。

道を知らないとなると、街の南から北に行くまで、半日以上掛かってしまいそうだ。


「あのー…」


俺達が、あっちに行こうかこっちに行こうかと悩んでいると、一人の少女が俺達に話し掛けてくれる。


ここで言うは、小さい女性ドワーフという事ではなく、歳の若い女の子のドワーフという意味だ。


大人の女性ドワーフは、この街に入ってから何度も見た。噂通り、男性ドワーフを少し小さくしたような人達で、髭も生えているしかなり立派な体格をしている。

しかし、目の前に居るのは、髭も無く、髪も三つ編みではなく頭の左右で纏めているだけの女の子。ドワーフの年齢は見ても分かり辛いし、少女という表現が本当に適切なのかは分からないが、少なくとも髭が生える歳ではないという事である。


「こんな所に、ドワーフ族以外の方が居るなんて珍しいですね?」


この街に来てからというもの、ドワーフ族の者達は、ドワーフ族ではない俺達を見て、不思議そうな顔で見てきたり、ヒソヒソと何かを話したりと、結構余所者としては気になる反応をされる事ばかりだった。

こうして話し掛けてくれる事は勿論の事、近付いて来る事もしないし、近付いて声を掛けようとしても離れて行ってしまうという始末。

正直、ここまで他種族に対して露骨な反応を見せられるとは思っておらず、気持ちが折れそうになっていたところだった。


「色々と有って、この街に来る事になってな。」


「その…先程から、同じ所をグルグルと回っている様子だったので…」


「あー……ははは。この街に来るのは初めてでな。北に行って宿を探したいんだが、どう行けば良いのか分からなくてな。」


「やっぱり、そうだったんですね。宜しければ、私が宿までご案内致しましょうか?」


「良いのか?!かなり助かる!!」


同じ所をグルグル歩き回っていたのは、自分達でも分かっていた。彼女が声を掛けてくれて、心底有難いと思っている。


「私の名前は、シュルナです。」


シュルナと名乗ってくれたドワーフの少女は、茶色の髪の毛、青色の瞳を持っており、背は俺の胸下くらい。ドワーフという事でガッチリはしているが、大人の女性程ではない。

服は繋ぎを着ており、買い物の帰りなのか、荷物を両手で抱えている。


俺達の方も一人ずつ自己紹介をすると、シュルナは笑顔で聞いてくれた。


北に向かう為、シュルナに付いて歩きつつ、俺達はシュルナと話をする。


「この街では、外の人達はあまり歓迎されないので、歩くだけでも結構大変ですよね。」


「話し掛けて道を聞こうと思っても、皆離れて行ってしまうんだよ。話をしようにも出来なくて困っていたんだよね。」


「街の北側では、魔族の方々と話をする機会も有るので、そこまで露骨には嫌がられませんが、それ以外の場所では、普通に話す事もままならないと思います。この街に入れたという事は、悪い人達という事はないと分かってはいるのですが…申し訳ございません。」


「そんな。シュルナちゃんが謝る必要は無いわよ。

それに、余所者に対してあまり近寄らないようにするのは、どの街でもあまり変わらないのだから、気にする事は無いわ。私達も、そういうのには慣れているわ。」


ここまで露骨に嫌がられるというのは、他の街でも体験はした事無いが、強弱こそ有るが、似たような反応をされた経験は有るし、ハイネの言葉に嘘は無い。


「それよりも、しっかりしているな…歳はいくつなんだ?」


「しっかりしているかは分かりませんが…少し前に十三歳になりました。」


「十三歳?!それでそんなにしっかりしているなんて、随分とご両親の教育が良いのですね?」


「ありがとうございます。父も母も職人をやっていて、本当に厳しいですが…」


苦笑いしながら答えるシュルナ。

しかし、その顔には、両親を褒められて嬉しいという気持ちが滲み出している。


「シュルナも職人になりたいのか?」


「はい。まだまだ未熟者ですが、将来は、両親のような立派な職人になりたいです。」


「シュルナの作った物を見たわけじゃないが、シュルナなら出来ると思うぞ。」


「ええ!こんなに良い子なんだから、きっと良い職人になれるわ!」


「そう言って頂けると嬉しいです!頑張ります!おっとっと…」


気合いが入り過ぎたのか、持っていた荷物を落としそうになるシュルナ。


「気が付かなくてすまないな。荷物は俺が持つよ。」


「えっ?!いえ!大丈夫です!」


「案内してくれているんだから、これくらいはさせてくれ。な?」


「は、はい…ありがとうございます。」


俺はシュルナから荷物を受け取る。


「っ……」


俺の予想を遥かに超える重量の荷物を持っていたらしく、かなりビックリしたが、何とか顔には出さなかった…はず。


「それにしても…本当に入り組んでいるな。こんなの覚えられないぞ。」


「私達ドワーフも、全てが分かっているのではありませんから、初めて来た方々にとっては、非常に難解な構造ですよね。」


「何でこんなに複雑な構造になっているんだ?」


「この街は、昔ドワーフ族が集まって誰にも邪魔されない工房を作った事が始まりと言われています。」


シュルナが話してくれた内容をまとめると…


まず、この街の中心地となった元の場所に、ドワーフ族の数人が工房を作ったらしい。

最初は、そこでただ、自分達が誰にも邪魔されず、好きな事をやる為の工房を作ったが、そうしていると、同じように考えるドワーフ達が集まり、次々と工房を建てていったらしい。

ただ、最初は人数も少なく、互いに協力して資源を調達したりしなければならなかったし、この辺りにはモンスターも徘徊している。その為、なるべく守らなければならない領域を狭くし、堅固な建物自体で守りを固めようとしたのだとか。つまり、建物自体が街の外壁のような役割を担っていたという事である。

見ただけで分かる程に堅固な造りの建物ばかりである理由は、そこに有るらしい。

つまり、ドワーフの工房の中枢は、街の中心に集まっており、そこから離れて行くにつれて中枢から離れてしまうという事になる。そんな街の外側に住みたいドワーフはあまり居なくて、外側に行く程建物の密度が減っているという形状が出来上がったらしい。

そうして、徐々に人が増え続け、建物が増え続け、街と呼べる程に大きくなった頃には、ドワーフの技術力が世界の最高峰と呼ばれるようになり、鎖国のような形で外壁を建て、跳ね橋を造り…という流れらしい。


「なるほどねー。つまり、ドワーフの中でも優れた腕を持っているような人達は、基本的に街の中心に居るって事だね。」


「そうですね。腕が良いと言われている人達は、大体が街の中心地に居ます。

ただ、絶対という事ではなくて、腕が良くても、そうやって持ち上げられたりするのが嫌だって言う人達も居て、そういう人達が街の外側に住んでいたりする事も有ります。」


「シュルナちゃんのご両親みたいにかな?」


「えへへへ。そうですね!」


照れながらも、大きく頷いて笑うシュルナ。

本当に両親の事が好きなのだろう。


「ですが、大きな物を作ったり、最新の何かを手掛けたりという機会は、中心地での方が多いので、どんな職人を目指すのかによって、どこへ行くのかが違ってきます。

大きな仕事をしたいとか、最新の技術を使った最新の製品を作りたいという場合は、中心地に近付かなければ、まず機会は与えられません。」


「シュルナのご両親は、どんな仕事をしているんだ?」


「基本的には、日頃使う物を作ったりしています。日用品というやつですね。

私達の家は、北側に有りますので、魔族の方々とも取引が有りまして、割と人気店なんですよ。」


「それは期待大だな。是非見てみたいな。」


「えへへへ。そう言って貰えると嬉しいです!きっと両親も喜びます!」


シュルナとの和む会話を続けながら、北へと向かい続け、やっと複雑怪奇な道が無くなったと思った頃。


「ここが私達の家です!」


俺達が案内に従って行き着いた先は、工房の一つ。

煙突が屋根に取り付けられており、そこから煙が空に向かって昇っているのが見える。

屋根や柱、壁には、細かな細工が施されており、非常にセンスの良い建物に見える。

ただ……


「俺達は宿を探していたんだが…」


シュルナの家というのか、両親の製品にも興味は有ったが……


「はい!」


しかし、俺の言葉に、シュルナは楽しそうに笑って頷く。


「宿ではありませんが、この工房では、宿に困っている人達を格安で泊める事が有りまして、是非泊まって欲しいと思ってご案内致しました!」


「えっ?!そうだったのか?!!」


「はい!」


悪戯を成功させたというようなシュルナの顔を見て、俺達は驚く。


「ここに来るまでに、皆さんとお話をして、とても優しい方々だと思いました。ここでは嫌だと仰られるならば、宿をご紹介しますが…」


「嫌なんて事はないわよ!本当に嬉しいわ!ありがとう!」


ハイネは、シュルナに抱き着いて頬擦りする。


「えへへへ。ちょっと意地悪してしまいました。」


「もー!可愛いー!」


ハイネのハートを射止めたシュルナは、嬉しそうにしている。


「本当に良いのか?ご両親にも確認していないよな?」


「それは大丈夫です!いつも、私がこうして困っている人達を連れて来ると、両親は褒めてくれますので!」


ドワーフ族が、俺達別種族に対して取る態度を見て来たのに、ここに来て最高の相手と知り合う事が出来た。

ダンジョンではツイてないと思っていたが、その運が、こっちに回されたのだろうか?


兎にも角にも、渡りに舟。こんなに最高のサプライズは他に無いだろう。

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