第四十七章 ザザガンベル

第662話 ザザガンベル

「確か、ドワーフ族も火炎酒を好むと聞いた事が有るな。」


「そうなのか?」


「これからザザガンベルに行くなら、使えるかもしれない。魔界に入る手段を確保する時とかな。」


「それは使えるかもな…」


「えー…飲みたいなー…」


ハイネがうるうるしながら見てくる。


「量はかなり有るから大丈夫だ。皆の分は確保しておくさ。」


「流石シンヤさん!話が分かるわね!」


火炎酒は強い酒だが、確かに美味かった。折角だから、皆で飲むくらいは良いだろう。


「……で、報酬は終わりだな。」


「くっ……このダンジョン本当にムカつくよー!!魔法書の一つくらいくれても良いのにさー!!」


「だな。正直、このダンジョンをぶっ壊したい気分だ。」


「確か、このダンジョンっていくつか魔法書が手に入ったよね?」


「えーっと……風魔法と火魔法の魔法書だったか…?」


「報酬はランダムかー…運が無かったと諦めるしかないねー…」


「ダンジョンが破壊可能なオブジェクトなら、破壊したいが…聖魂魔法を使っても壊れていないし、俺達が壊せるオブジェクトじゃないんだろうな。」


冷静に話をしているように装ってはいるが、俺もかなりムカついている。

いや、報酬の量だけを見れば、それなりに満足出来る量ではあるが、この難度のダンジョンをクリアして、酒と資源だけというのは…ハズレもハズレ。大ハズレだ。


ただ、こういうランダムな報酬というのは、ガチャみたいなものだし、運が悪かったと諦めるしかないだろう。引き直しが出来るというわけでもないのだし。


「そもそも、ザザガンベルから魔界に入るのが目的なのだから、ここでグチグチ言っていても仕方が無いだろう。大きな怪我も無く通り抜けられた事を喜んで、先に進むべきじゃないか?」


「エフさんの言う事は正しいけどさー…ゲーマーとしては、何かガッカリというかさー…」


「気持ちは分かるが、今更何を言ったとしても結果は変わらないから、エフの言う通り、さっさと忘れてザザガンベルに向かうぞ。」


「はぁ……そうだねー…」


俺も、内心はかなりガッカリではあったが、どうする事も出来ない事を悩んでいても仕方が無いと気持ちを切り替えて、部屋の扉を開く。


報酬の置かれていた部屋を出ると、北へ向かって真っ直ぐに伸びる洞窟に出る。

アバマス山脈の中に居る状態である事は分かっていたし、北へ抜けるならばトンネル状になっている事は予想していた為、特に驚きは無い。


「ここを真っ直ぐ進めば、山を越えた先に出るはずだ。」


「よし。それじゃあ行こうか。」


洞窟は、ただただ真っ直ぐに山の麓を貫通させたというだけのもので、幅は人が二人横に並んで歩ける程度。高さは、大体二メートル半。狭さは感じないが、光は全く無く、岩盤が剥き出しになっている。


山脈を端から端まで貫通しているトンネルである為、距離としてはそれなりのものになるが、モンスターも居らず、特に問題も無く出口に辿り着いた。


真っ暗な洞窟を抜けた先は、アバマス山脈の麓に広がる森林地帯。


「この先にザザガンベルが在るんだよな?」


「話によれば、ここから三日程北へ向かえば、ザザガンベルに辿り着くとの事だ。」


「ここでゆっくりしている意味は無いですし、早く行きましょう。」


「そうだな。」


森林地帯という事は、モンスターも獣の類も居るだろうから、ゆっくりしていて良い事は無い。という事で、俺達はそのまま北へと向かう。

ずっとダンジョンの中に居た為、外の状況は把握出来ていなかったが、日が出てからそう経っていないようだ。


俺達の歩いている森林地帯は、特別変わった物など無く、大陸のどこでも見られるような植物ばかり。樹木も、特筆するような物は見当たらない。


「あれって、アバマス山脈か?」


時折、木々の間から見える外の様子を見ていると、俺達の向かっている方向へ、湾曲しながら山脈が続いているのを確認出来る。


「そうだ。混沌の坩堝のような形が、ダンジョンの北側にも広がっていて、円形に山脈が続いているらしい。」


「円が二つ重なったような形になっているって事か。」


「ああ。混沌の坩堝よりも、こちらの方がずっと大きな円で、かなり広大な土地らしいがな。

あの山脈がずっと北まで続いていて、周囲を取り囲んでいるから、ドワーフ族の街、ザザガンベルに入れる者は少ないという事だ。」


「ザザガンベルに行こうと思うと、山脈を越えるか、ダンジョンを越えるか…という事か。」


「どこにも属さずに、中立を保ち続けているドワーフ族の知恵のようなものだろうな。この立地ならば、そう簡単に大軍を投入する事は出来ないからな。

大軍で山脈を越えようとしても、ダンジョンを通ろうとしても、どちらを取っても、ザザガンベルに辿り着く前に多くの被害が出る。そう考えた時、下手に攻め入るより、友好な関係を築いた方が良いと結論付ける者の方が多いだろう。」


「逆を言うと、そうやって閉じられた地域に居なければならない程、ドワーフ族の技術というのは、貴重なのよ。」


「でも、それだと、ドワーフ族と交流する奴等は、毎回あんな危険な思いをしながら街に来るという事になるよな?」


「いえ。この山脈の一番北側には、大きな門が建っていて、そこから普通に出入り出来るの。」


「うぇっ?!そうなの?!」


「ええ。私達魔族は、ドワーフ族との交流が多いと言ったけれど、それは北の門から出入りしているから出来ている事なのよ。

当然だけれど、誰でも入れるわけじゃないわ。入る為には証が必要だし、人数の制限とか、期間の制限とか色々と有るのよ。」


どうやら、ハイネもドワーフ族の事はある程度知っているみたいだ。


「かなり徹底しているんだな?」


「ドワーフ族の技術は、下手に漏れたりすると世界が大変な事になるからな。そうならないようにする為の措置だ。」


「既に神聖騎士団のせいで大変な事になっているぞ?」


「あくまでもドワーフ族は中立で、外の世界の戦争なんて、自分達には関係の無い事だと考えているのです。」


「随分と極端な考え方だな…」


ドワーフ族と同じような立ち位置として、鬼人族が一番最初に頭に浮かぶだろう。


ダンジョンで区切られた先に街が在り、その外側の世界とは関わりが少ない。ここだけ切り取ってしまえば、鬼人族とドワーフ族は、同じ境遇だと言える。

しかし、鬼人族の場合は、立地的にそうならざるを得ないという感じだが、ドワーフ族は敢えて自分達を他から隔離しているような印象を受ける。


それに、ドワーフ族は、完全に自分達を隔離しているわけではなく、外と多少のやり取りは有る。

戦争となると話は別だと言われれば確かにその通りではあるのだが、同じ大陸内に居て、神聖騎士団の宿敵である魔族との交流も有る。その上、立地的には魔界のすぐ近く。俺が神聖騎士団だとしたら、まず間違いなくドワーフ族も抱き込もうとするだろう。

彼等の技術力は魅力的だし、上手くいけば魔族の情報も手に入る。

全世界を敵に回して戦争をしている神聖騎士団としては、ドワーフ族に恨まれようと今更関係無いと考えるのが自然だろう。


そこまで考えられない者が指導者として立っている…とは考え辛い。世界に多大な影響を及ぼすような種族の長ともなれば、それくらいの事は考えているはずだ。

攻め込まれても押し退けられる自信が有る…と見るのが妥当なところだろうか…


「極端な考え方に感じるのはよく分かるけれど、それがドワーフ族よ。昔から変わらないわ。」


「この場所に居れば、自分達の持っている技術力で、どうにか出来ると思っている連中だ。傲慢な態度を取る者も多い。」


「そうなの?」


「俺達の知るドワーフと言えば、セイドルだが…そんなイメージは無いのにな。」


「このザザガンベルから出て来たドワーフ族の者は、外の世界に触れて、自分達の思い描いていたものと現実が違うものだと知っているのよ。」


「井の中の蛙大海を知らず…ってやつか。」


「蛙と呼ぶには、少し力を持ち過ぎているけれどな。」


「そんな相手と、上手く交渉なんて出来るのか?」


「ドワーフ族は、技術の事にしか興味は無い!って奴が殆どだが、中には話が出来る奴も居る。そういう奴を探して、上手く交渉するしかないだろうな。」


「ザザガンベルに辿り着いたからと言って、簡単に話が進むってわけでもないのか。」


「数は少ないが、魔族も街には居るし、必ずしもドワーフを頼る必要は無い。」


「魔族を頼ってか…それはそれで上手く話が通るか微妙なところだな…」


ハイネ達が魔界を出て来てからかなり経つみたいだし、魔王周りの事は、かなり大きく変わっているはずだ。ザザガンベルに辿り着いたとして、そこで魔族を頼った事で、寧ろ魔王に情報が行ってしまうという事も考えられる。

そもそも、手を貸してくれる魔族が居るかどうかさえ怪しい。


「最終的にどうなるかは分からないが、一先ず、魔族に頼るのは極力控えたいところだな。」


「……同じ魔族の者として、そこは否定したいところだが、今の状況的に、魔族を頼れと言えないのが悲しいところだな。」


「そうね…故郷に帰って、周りが敵だらけなんて、泣きたくなるわ。」


「まずは、敵か味方かではなく、魔界にどうやって入るか…だがな。

一応、ナームには、今回の事をアマゾネス達にも伝えるように言っておいたが…その伝言も届くかどうか微妙なところだしな。」


アバマス大渓谷に入る前、ナーム達にダンジョンを抜けてザザガンベルに入り、その後に魔界へ入る予定だということをアマゾネスに伝えて欲しいとは言ってある。ただ、今の状況だと、上手くその伝言を伝えられるのかは微妙なところだと、ナームからも言われている。

俺達が無事に魔界へ侵入出来てしまえば、伝言なんて必要無い為、ナーム達には怪我をしないように、可能ならば…と伝えてある。無理そうならば、強引に伝言する必要は無いし、ナーム達の身の安全の方が大切だ。


「伝言は、届かないと思って行動するべきだろう。」


「そうだな…」


一応、ナーム達を通して、アマゾネス達の状況を知る事が出来ているが、魔界の内情を知れば知る程に、色々と危険が増しているのは間違いない。

これまでと同様に、ただ伝言するだけならばいくらでも…という状況ではなくなってきている。

伝言を伝えられたならば、アマゾネスの皆も何かしらの動きを見せてくれるかもしれないが、期待をしないようにしておかないと、何かが起きた時に対処出来ない。上手く伝わっていたらラッキーくらいに考えておくのが吉だろう。


「結局、その辺りの事は、ザザガンベルに辿り着いた後に考えるべき内容だろうし、今考えても答えは出て来ない。まずはザザガンベルに辿り着いて、無事に街に入る事を考えよう。」


「そうですね。意外と、サクッと良い手が見付かるかもしれませんからね。」


ダンジョンを抜けても、まだまだ色々と気になる事は残っているが、取り敢えず、ザザガンベルに辿り着いた後の事はその時に考えるべきだと判断して、俺達は北へと向かう。


セイドルが、もし立ち寄る事が有れば…と友証ゆうしょうを渡してくれたという事は、少なくともザザガンベルで俺達がいきなり捕らえられて殺されるなんて事は起きないと考えているからだ。死んだりしないならば、必ずどこかで突破口が見付かるはず。

そう信じて、俺達は北へと向け、三日の旅を進めた。


道中、モンスターとの戦闘が何回か起きたが、Bランク程度のモンスターばかりで、特に問題無くザザガンベルにまで辿り着く事が出来た。


「ここが、ザザガンベルか。」


森林地帯を抜け、その先に広がっていた草原地帯を抜け、北へと歩き続け三日。俺達の目の前に現れたのは、鉄と煙の街だった。


街の外壁から、分厚い金属で出来ている。

しかし、造形や細工はかなり繊細で見事な物ばかりで、重苦しいという印象は全く受けない。


高い外壁の上には、大きな旗。その中には五角形で囲まれた炎とハンマーをモチーフにした印が見える。

セイドルから受け取った友証に入っている印と同じ物だ。


街の外壁の更に外側には、かなり大きな堀が作られており、そこには大量の水が張られている。


「そこの者達!何者だ!?」


俺達がザザガンベルに近付いて行くと、堀の向こう側から声が聞こえて来る。

よく見ると、外壁の中腹辺りに穴が空いていて、そこから声が聞こえて来ているようだ。本来であれば、そこから聞こえて来た音が俺達の所まで届くとは思えないのだが、魔具か魔法を使っているのだろう。


俺達の目の前に有る堀の奥には、これまた大きな跳ね橋が見えている。


「冒険者だ!」


聞こえているのかは分からないが、俺も声を張って答える。


「冒険者?!何故南から現れた?!」


「ダンジョンを抜けて来たからだ!」


「何っ?!嘘を吐くな!」


「嘘じゃない!」


俺の言葉が信じられないのか、いきなり嘘だと断言されてしまった。


「……どちらにしても、ここを簡単に通す事は出来ない!」


これがドワーフ族の街に入る時の普通なのだろうか?有事だから警戒態勢を取っていて、こんなに慎重に尋問されている…ようには見えない。

これが通常運転だとすると、かなり厳重な体制を敷いているという事になる。


「入るにはどうしたら良いんだ?!」


「友愛か!挑戦か!どちらか選べ!」


「友愛か挑戦…?」


「友愛だ!」


俺が何を言っているのかと疑問顔で居ると、エフが俺の代わりに答える。


「ならば!友愛の証を示せ!」


「なるほど。ここで必要なのか。」


俺はセイドルから受け取ったエンブレムを手に持って、高々と持ち上げる。ここで示せと言われたのだから、相手から見えるはずだ。


「セイドルという男から受け取った!!」


「……確かに確認した!!」


俺がエンブレムを持ち上げてから数秒後、壁から返答が来る。すると…


ガラガラガラガラガラ!


とてつもなくデカい跳ね橋が、ゆっくりと、一定の速度で下りて来る。


「凄いわね…」


「私も、大きな跳ね橋が有るという事は聞いたが、実際に上下する所を見るのは初めてだ。なかなか圧巻だな。」


俺達の世界でも見ないような巨大な跳ね橋だ。しかも、跳ね橋はくの字に折れていて下りて来る動作と同時に、跳ね橋が開くようになっている。

限られた長さのスペースで、より長い跳ね橋を掛ける為の工夫なのだろう。かなり頑丈な作りに見えるし、その質量はとてつもなく大きいはずだ。それをスムーズに動かす為の機構には、魔具が使われているのだろうか。


ガラガラガラ……ズーン……


「進め!」


俺達の目の前に下りた跳ね橋が、動きを止めた所で、壁の方から声が聞こえて来る。


俺達は、言われた通り跳ね橋の上を進んで行く。


跳ね橋が立っていた場所には、三人の背の低いガッチリした男達が立っている。


太い腕、太い首、太い足。どこを見ても屈強な男だと分かる体型で、鎧兜に身を包んでいる。

兜の左右には、角のような装飾が施されており、これぞドワーフ!という格好だ。

鎧の胸の部分には、旗やエンブレムと同じ、五角形の中に炎とハンマーの模様が入っている。手には身の丈に合わない程に大きな戦鎚。


「もう一度友証を確認させてもらう!」


そう言って、真ん中の男が声を張る。


俺は手に持っていた友証をそのドワーフに渡す。


「……うむ。これは間違いなくドワーフの技術によって作られた物だな。」


そう言って確認を終えた男が、俺に友証を返す。


「それにしても…本当にダンジョンを通って来たのか?」


「ああ。アバマスダンジョンを越えて来た。」


「ほう……昔は何度かあのダンジョンを越えて来る連中も居たが、最近にしては珍しいな。

まだあのダンジョンを越えられる奴等が居たとはな。」


「なかなか大変だったがな。

それより、友愛か挑戦かってのは?」


ザザガンベルに入る時に、そんな質問が有るというのは知らなかった。かなり興味が有る。


「友愛は友証を持っている者がそれを示し、通行を許可するものだ。

挑戦は、我々が指定する物を作り、それが認められれば、街に入る事が出来る、というものだ。」


「指定する物…?武器とか防具とかか?」


「何になるかはその時の出題者によって違う。気分によってもな。何がお題になるかは分からない。

家具だったり、工具だったり、武器だったり、何でもだ。我々ドワーフと言葉を交わす事が出来る一流の職人ならば、何をお題にされても、それを作り上げられる。それが出来ないならば、言葉を交わす必要は無いという事だ。」


「そ、それって…ドワーフに認められる物を作れって事だよね?」


「当然だ。」


世界最高峰の技術力を持っているドワーフに認められる物を作るなんて…かなり厳しい条件だ。


このザザガンベルに来たプレイヤーはそこそこ居たのに、入れたのは数人だけと聞いたが、この挑戦というのに合格出来た者が数人しか居なかったという事なのだろう。


ファンデルジュをプレイしていて、生産系に入れ込んでいる人達も居たし、その人達がここに来たならば、ゲーム外の知識を使って、認められる物を作れたかもしれないが、普通にRPGとして楽しんでいた人達には、無理難題も良いところという条件だ。

しかも、何が出題されるか分からないとなれば…その条件がよく分かっていなかったのも頷ける。

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