第四十二章 狩人の子守唄 (2)
第586話 バラバンタ
ケビン達によって一気に囲まれてしまうバラバンタ達。
当然、バラバンタ達は、自分達の手札である人質を使っての戦いに切り替えようとするが、既に殆どの人質達が拘束を解かれている状態だ。
人質達も、このチャンスを逃しはしないと、一斉に四方八方へと走り出して行く。
「待てやぁ!」
ザシュッ!
「ぐぅっ!」
忍の言ったように、全員を助ける事は出来ない。しかし、出来る限りの支援はしなければ…
「魔法で壁を張れ!」
プレイヤーの男が叫ぶと、何人かが魔法を発動させようとする。
俺には見えないように隠していたみたいだが、魔法陣を用意していたらしい。一応俺一人とはいえ、敵を目の前にするのだから、当然の対策だとは思うが、プロメルテの射程内で魔法など使おうとしたら…
バキィン!ドスッ!バキィン!ドスッ!
「「がぁぁっ!」」
当然、正確無比な矢が飛んで来る。しかも、ターナの魔法との合わせ技で、防御魔法を貫通して矢が突き刺さっている。恐ろしい破壊力だ。
「ニル!」
「はい!」
人質が建物から離れようと流れ、ケビン達が逆に建物へ近付くように流れる。逆行する二つの流れが一斉に動いている為、その中に居ると誰が誰で何が何だか分からなくなる。
プロメルテの矢によって出来た隙を見て、前に出ようと思い、ニルに声を掛けたのだが、ごちゃ混ぜになっていてなかなか前に出られない。
ケビン達が来てくれたのだから、俺達だけでどうにかする必要は無いか…
「ニル!人の流れを見て進める時に進むんだ!無理に前に出ようとしなくて良い!助けられそうな人質だけ助けて、後のことは任せるんだ!」
「…分かりました!」
ニルは俺の指示を聞いて、無理に前に出ようとはしなくなり、人質の防衛に重きを置いて行動するようになる。
この状況では、相手の数を減らすとか、攻撃するという選択肢は、タイミングが良くなければ出来ない為、基本的に敵は狙わずに動く。
それに、バラバンタやブードンは、人質が逃げ出したと分かった時点で、建物の方へと移動してしまっている為、俺とニルからでは攻撃を仕掛けるどころか姿すら見えていない。
ここで気になるのは、建物の中に、隠された逃げ道が有るのではないか…という事だが…
ズガァァァン!!
突如、城の敷地外で爆発音がして、地面が吹き飛ぶのが見える。少し離れた位置だったが、かなりデカい爆発だったらしく、土や石が空を舞って行くのが確認出来た。
これは、忍の者達による仕事だ。
城という外観からして、抜け道が存在しているだろうということは容易に想像出来る為、その抜け道を探し出して封鎖して欲しいと言ってあったのだ。
封鎖するだけで良かったのだが…まさか派手に爆破させてしまうとは思っていなかった。まあ、確実に封鎖するならば、トンネル自体を潰してしまえば良いという考えからなのだろう。
爆発に相手を巻き込めるならば、それも良かったようにも思うが、トンネルの爆破となると、自分達が中に居る状況では出来ない事だし、相手がどこに居るかも分からない上、タイミングがズレてしまえば、最悪取り逃がす事になる。贅沢を言ってはいけない。相手が逃げ道を塞がれたというだけでかなり有難い事なのだから。
「逃げ道は塞がれた!押せぇ!!」
「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」
ケビンが叫び、それに呼応して味方の部隊が叫ぶ。
この状況の中に居て、バラバンタ達はどう思っているだろうか。
俺一人を呼び出し、余裕を見せていたのに、あっという間に押し込められて、逃げ道すら無くなった。
これ程恐ろしく感じる状況などそうは無いだろう。しかも、自分達を追って来る連中は、何をしても、何を言っても絶対に許してくれないであろう者達。俺やニルが前に出なくても、怒涛の勢いで相手を攻めている。
「これは…予想以上に勢いが凄いですね。」
「それだけ皆の恨みが強いって事だろうな。」
「私達はどう致しましょう?」
「このままケビン達と一緒に敵を追い掛けよう。
これだけ居れば取り逃がすという事は無いだろうが、少しでも犠牲が減るように動きたい。」
「分かりました。」
「僕達も行くよ。」
「ドンナテ!」
後ろから現れたのは、イーグルクロウのドンナテ。他の四人も無事なようだ。
「随分と派手に暴れたみたいだね。」
城が無くなったのを見て随分と暴れた…くらいで言葉を抑えてくれているのはドンナテだからだろう。
「何をしたら城が一つ丸々消し飛ぶのよ…」
プロメルテは溜息混じりにそんな事を言ってくる。
「さっきは助かった。お陰であの女性は逃げられたみたいだ。」
「あれくらいは朝飯前よ。でも……全員は助けられなかったわね…」
何人かは斬られてしまっていて、地面の上で動かなくなっている。
こちらも、二人は仕留められたみたいだが、どちらもプレイヤーではない。
ただ、人数自体は減らす事が出来て、ブードンを除けば残り七人。
建物内に隠れていた者が居れば増えてしまうが、増えたとしても数人程度のものだろう。この人数を相手にして数人増えたとしても、焼け石に水だ。今更どうする事も出来ないはずだ。まあ、忍が十人だと言ったのだから、中にも人は居ないだろうが。
「全員を助ける事は出来なかったが…今はそれについて考えるより、連中を片付ける方が先だ。」
「…そうね。と言っても、私達にやれる事が残っているのかは怪しいところだけれど。」
次々と敵を追って建物の中へと入って行く者達。中がどうなっているのか分からないが、止めどなく人が流れ込んで行くのを見るに、外から見える大きさの空間ではなく、もっと広い空間が中に広がっているのだろう。隠し通路は地下に繋がっていたみたいだし、地下空間が広がっていると考えるのが妥当か。
「シンヤ君!」
人の流れが建物内へと向かうのを見ていると、後ろからスラたんの声が聞こえて来る。
「上手くいったみたいだね!」
「ああ。助かったよ。
それにしても…あのスライムはどうやって?」
「ああ…あれはハイネさんとピルテさんに手伝って貰ったんだよ。簡単に説明すると、見え辛くして飛ばしたってところだね。」
「なるほどな。お陰で犠牲者もかなり少なく済んだ。ハイネとピルテも助かった。」
「助かったのは良いけれど、まだ終わってないわよ?」
「ああ。そうだな。」
最後まで気は抜けないとハイネの目が言っている。
状況的には王手の状況ではあるが、終局ではない。最後の最後に大どんでん返し!なんて事にならないように、きっちり片付けなければならない。
「僕達も行こう。」
ドンナテが俺達の方を向いて頷き、全員で建物内へと向かう。
一応、外には三百人程の者達が残り、人質の事と、周囲の警戒を行ってくれる流れとなっている為、中に入ったのは六百人…いや、五百人くらいだろうか。
相手に比べると被害は少ないが、この街に入ってから、こちらの人数もそれなりに削られている。なるべく早く決着といきたいところだ。
人の流れに乗って建物内へと入ると、まず最初に見えるのは、右手の壁に沿って上へと続く階段と、左手の壁に沿って下へと続く階段。そして、正面には分厚く頑丈そうな金属製の扉。一応、軽い広間のような造りになっていて、何人かはそこに留まれるようになっているみたいだが、人の流れは上と下、二手に分かれて流れている。
正面の扉は、開こうとしている者が十人程居るだけで、上へと向かう者は少なく、地下に続く階段を進む者が殆ど。
上へ行っても、結局は行き止まりだし、正面の扉の中へ入って立て篭ってもいつか開けられてしまう。その先に隠し通路が有るという可能性も有るが…地下に続く階段が作られているならば、そこから隠し通路に繋がっていると考えるのが自然だろう。
それに、ケビン達は逃げて行く者達を追って建物内に入ったのだし、下へと向かったのを単純に追っているはず。
敵は地下へと向かったと見て間違いないはずだ。
上に向かった者達や、正面の扉を開けようとしている者達は、一応、他に敵が居ないか、人質が居ないか、ブードンの悪事に対する物的証拠がないかを探しているのだろう。
「俺達も下へ向かおう。」
「はい。」
人の流れに乗って、そのまま地下へと続く階段を下りて行く。
建物としては直径で三十メートル程の大きさで、階段は幅二メートル程。通り辛いという事はないが、人数が人数である為、横並びに全員で下りるというのは無理だ。
階段の先は薄暗く、下へと向かう者達の足音と、鎧が擦れ合う音が響いている。
「ニル。下に辿り着いたら、防御を頼む。いきなり攻撃が飛んで来る事も想定しておいてくれ。」
「分かりました。」
「我も負けてはいられないな。」
ニルの前に出るようにセイドルが先を進む。
イーグルクロウのタンカー役であるドワーフのセイドルならば、大抵の攻撃は受け止めてくれるだろう。そこにニルが加われば…最早防げない攻撃など無いのではないだろうか。
「そろそろ下へ着くぞ!」
セイドルが声を張ると、階段が終わり、ここまでの薄暗さは消えて明るい空間へと出る。
一応警戒するようにとは言ったが、俺達の前にも後ろにも人が居る為、何かが起きるという事もなく、流れのまま下へ辿り着く。
俺達が辿り着いた先は…何とザレイン農場。
地下を横に大きくぶち抜かれた空間で、かなり広い。流石に五百人弱が入ると手狭にはなるだろうが、今のところ狭さは感じない。天井までの高さは二メートル程で、明かりを灯す魔具が規則的に並んでいる。
地面にはザレインが無数に生えており、甘ったるい臭いが漂っている。
盗賊達との戦闘という事で、ザレインの事は誰しもが頭に有ったからか、それとも冒険者の常備品なのか、皆それぞれに持っていたであろうマスクを装着し、ザレインの影響を受けないようにしている。
ブワッ!
俺達もマスクを装着しようとしたが、その前にハイネ、ピルテ、ターナが、俺達に風魔法をそれぞれ掛けてくれて、ザレインからの影響を遮断してくれる。
「ブードンの野郎!」
「こんなところで作ってやがったのか!」
「ふざけんじゃねぇ!!」
地下に下りて、ザレイン農場を見た者達が、口々に暴言を吐いている。
散々住人達を苦しめたザレイン。それを流していたのは盗賊達で、それを許さないと豪語していたブードン。しかし、そのブードンの屋敷の地下に、大量のザレイン。
この状況を見れば、誰でもキレるに違いない。
敵は退路を爆破されたと気付いて、この農場の奥で俺達と交戦するつもりらしく、魔法で壁を作り出して、臨戦態勢という状況だ。
こちらは横へ広がりつつ、先頭のケビンを中心に半円を描くように配置。気のせいではなく、広がって行く者達は、故意にザレインを踏み潰している。
出口は、俺達が下りてきた階段と、退路が潰された奥へ続く鉄製の扉が敵の後ろに一つだけ。
地上に出ようと思えば、地面をぶち抜いて上に出られなくはないと思うが…当然、このザレイン農場も見付からないようにしっかりとした造りになっている為、そう簡単には天井をぶち抜く事は出来ないだろう。
そして、まだ戦闘は始まっていないが、一触即発の状態である。
「気を抜くな!相手は凄腕だ!絶対に一人で戦うな!」
ケビンは元々冒険者パーティのリーダーをやっていたのか、的確な指示を出して、周囲の者達を動かしている。
追い詰めたとはいえ、相手はバラバンタ合わせてプレイヤーが五人。最初に女性に刃を向けていた男は腕に矢傷を負っているが生きており、もう一人は獣人族の男で怪我も無い。あれだけの状況で二人しか落とせず、ここまで引かれたという事は、それだけで相手がかなりの実力者だと判断出来る。
数人一組となって戦うという判断は大正解だ。
相手のように個々で攻めるような事をすれば、徐々に削られてこちらが不利になる事は想像に難くない。
「ケビン!我が前を張る!」
セイドルは脇目も振らず、一直線にケビンの方へと走り出し、横を通り抜けて前に出る。
「っ?!……贅沢な前衛だぜ。助かる!
お前等!俺達に続けぇ!!」
「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」
セイドルとケビンが最前線。その後ろにドンナテ。
この三人だけでも鬼のように強い前衛だろうに、それに続く殺気立った部隊。
「ぶひぃぃぃ!」
まるで本物のブタのような叫び声を上げたブードンは、逃げられないと分かっているはずの後方の扉の中へと逃げ込む。それくらい、こちらが与えている圧力が恐ろしいという事だろう。
「一人逃げるわよ!」
「奥は袋小路のはずだ!今は考えなくて良い!」
「了解!」
プロメルテが逃げるブードンに矢を向けようとするが、俺の言葉で矢を別の者へ向ける。
ビュッ!
カンッ!
「っ?!」
これだけの数が居る中でも、味方の間を縫って矢を放ち、確実に相手へと当てるプロメルテ。Sランクパーティの射手がどれだけ凄いのかが分かる一撃だ。相手も、この中で矢を使われるとは思っていなかったのか、かなり驚いているようだ。
残念ながら、付与されている防御魔法によって矢は弾かれてしまっているが、一回分、防御魔法を消費させたと考えれば、前衛陣にとって最高の支援と言えるだろう。
「うおおおおぉぉぉ!!」
ガァン!ギィン!
「ぬるい!!」
バキィン!ガンッ!
「ぐあぁっ!」
一番前で戦っているセイドルは、敵からの攻撃を簡単そうに弾き返し、直剣を振り回すと相手と防御魔法が吹き飛ぶ。
ギガス族程のパワーはないが、ドワーフのパワーも脅威的だ。その上、背が低く、腰を落として盾を構えると、かなり小さく見える為、相手からしてみると攻撃し難いだろう。
しかも、攻撃したとしても、ビクともしない強固な防御力。反撃は軽く吹き飛ばされてしまうようなパワー。ニルとは真逆とも言える王道の盾使い。ガッチリ守ってぶっ飛ばす。安定感の塊みたいな戦い方だ。
「「はあああぁぁぁ!!」」
ガギィンザシュッ!!
「ぎゃああぁぁぁ!!」
そうしてセイドルが相手の体勢を崩したところに、後ろからケビンの曲剣とドンナテの大剣が襲い掛かる。
相手の獣人族の男は、ケビンの攻撃を何とか受け止めたみたいだが、ドンナテの大剣は受け止められず、左腕を斬り飛ばされてしまう。
ドンナテの攻撃は、その高身長から繰り出される強力な大剣の一撃だ。天井も有るから振り下ろすような攻撃は出来ないが、それでも鎧ごとすり潰す程の重い一撃。斬り飛ばしたと言うより、吹き飛ばしたと言った方が正しいかもしれない。
ガシュッ!!
「ぐあっ?!」
「こっちにも気を張ってないと、背中がお留守だよー!」
援護に入ろうとしていた、腕に怪我をしている人族の男に対して、ペトロの奇襲。遊撃を得意とするペトロの戦い方は、神出鬼没。突然現れて攻撃されたと思えば、次の瞬間には人混みに消えている。こういう数の多い場所ではかなり厄介な相手だろう。
「セイドル!」
「おう!!」
ザシュッ!ガシュッ!
左腕を飛ばした相手に、最後はドンナテが突っ込み、ペトロの攻撃を受けた人族の男には、ドンナテがトドメの一撃を与えて終わりだ。
ケビンとイーグルクロウの五人は、初めて会ったはずだし、息を合わせる練習などしていないはずなのだが、動きがピッタリと有っている。やはり、冒険者でも上級者と呼ばれるような者達となると、即興で動きを合わせるくらいは出来るという事だろうか。
あっという間に二人を殺し、残るはバラバンタを合わせたプレイヤーが五人のみとなる。
「私達は補助するような魔法しか使えません!あまり無茶をしないで下さいね!」
「おうよ!」
ターナの声に、セイドルが応える。
「セイドル!相手は強いぞ!気を付けろ!」
俺がセイドルに声を掛ける。
相手が残り五人となり、勝ちムードの今の状況で、敢えてこんな事を言った俺の意図を、セイドル達ならば正確に受け取ってくれるだろう。
「おう!」
俺の言葉にも応え、セイドルはしっかりと盾を構える。
ここからは、敵の全員がプレイヤーという戦闘になる。ここまでのような戦闘とは比較にならないような戦いになるだろう。警戒しておいて損は無い。
「ニル!前に出るぞ!」
「はい!」
「ハイネ!ピルテ!援護は頼む!」
「ええ!」
「はい!」
ハイネ、ピルテ、スラたん、プロメルテ、ターナと分かれて、ニルと二人でドンナテの後ろまで走り込む。
「ここからは俺達だけで何とかする!下がってろ!」
ケビンは、俺とニルの状態を見てそんな事を言ってくる。
まあ…かなりボロボロだし、ケビンの言うように任せてしまうのも良いかもしれないのだが、やれる事をしっかりやらなければ、犠牲者が増えてしまう。
「無理をするつもりは無い!それよりも相手に集中しろ!速いぞ!」
「…………………」
俺の言葉に、ケビンは何か言いたげではあったが、自分達でここへ来るという選択をして来たのだ。今更下がるつもりは無い…という事を感じ取ってくれたのか、ケビンはそれ以上俺達に何かを言う事は無かった。
「一番奥に居る茶髪の男は特に注意しろ!あれがハンターズララバイの頭領だ!」
「名前は確か…バラバンタだったな…」
俺の言葉で、その場に居る者達の視線がバラバンタに集中する。
焦っている様子も、恐怖している様子も見えないが、絶体絶命という状況なのは誰が見ても分かる事だ。確実に追い詰めているし、内心では焦っているはず。
「行くぞぉ!」
「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!!」」」」
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