第510話 好機
ドーム型の石壁の中に火魔法と風魔法を送り込む事で生じる爆発と瓦礫の飛翔。それによって周囲の者達を無差別に殺す武器。つまり、ドーム自体が炸裂弾みたいなものだということになる。
「クソッ!」
今から自分を守る為の魔法を描いていても遅いし、そもそもそれで自分の身を守れるのか微妙なところ。
何か別の障害物を探して、それに隠れるしかない。
一番最初に思い付いたのは、先程倒した石壁を盾にして隠れる事だが、どれだけの爆発が起きるのか分からないし、飛翔する瓦礫に埋もれてしまうと、外に出るのも難しくなる。
何か…何か無いか?!
「……っ?!あれは……」
そんな時、俺の目に飛び込んで来たものに気を引かれる。
ゴゴゴゴッ!
地面の揺れが増し、爆発寸前というのが体感で分かる。
「くっ!悩んでいる暇は無いか!」
俺が活路を見出して、行動に出た数瞬後。
ボガアアアアアァァァァァァァァン!!
隠れていても聞こえてくる鼓膜か破れそうな程の爆音。地震かの如く地面を揺らす爆発。あまりにも大きな爆発だったから、隠れている場所も吹き飛ぶのではないかと心配になるくらいだった。
爆発が止み、振動が過ぎ去り、瓦礫の落ちて来る音も止まり、自分の心臓が未だに激しく脈打っている事に感動し始めた頃。
ガラガラ……
瓦礫が崩れる音が聞こえてくる。
「はははは!吹っ飛んだわね!」
そして、女の…アンナの声が聞こえる。
顔は見えないが、間違いない。
「流石に逃げられなかったようね!手間を掛けさせてくれたわ!」
「し、しかし…よろしかったのでしょうか…?」
「は?何がよ。」
「そ、その…前衛部隊も巻き込まれて、かなりの被害が…」
「はぁ?!」
「ひっ!?」
「あの男を生かしておいたら、更に被害が拡大したわよ!そんな事も分からないから、パペットでも大した地位に就けないのよ!」
バキッ!
「ぐあっ!」
何やら激しく言い争っているみたいだ。
俺の事を死んだと思い込んでいるらしい。話から察するに、ニル達の元に向かおうとしていた連中も巻き込んでの大爆発だったようだし、足止めはかなり上手くいったと考えて良いだろう。ニル達の元に向かう連中が居なくなったならば、俺はこのまま身を隠しつつ援護に向かい、確実なタイミングで援護に入れば…
そう考えていると…
「行くわよ!」
「は、はい!ですが…」
「チッ…何よ?魔法部隊しか居ないから怖気付いたとか言うんじゃないでしょうね?」
「っ!!」
「次に口を開いたら殺すわよ。」
「っっ……………」
アンナと、魔法使いの部隊のみが残り、その連中がニル達の元に向かうという事までは分かった。
足音が遠ざかって行くのを聞いて、俺も動き出す。
「真っ暗だな…」
俺の視野はゼロ。完全な闇の中で、前は全く見えない。
爆発が起きる寸前。俺が見付けたのは、地面に空いた小さな穴。草が生えていて分かり難かったが、拳大の小さな穴が空いているのに気が付いた。
ここは草原で、普段はモンスターや小動物が居る場所なのだから、その穴が小動物の巣だという可能性の方が高いくらいだったが、賭けに出る事にした。
最悪、聖魂魔法を使って防御出来る。そう考えて、俺はその穴に向かって走り、地面を思いっ切り踏み付けた。
すると、ズボッと足が地面に入り、そのまま崩れた地面と共に下へと落ちた。恐らく、今回の大爆発を引き起こす為に使われるトンネルではなく、別の場所に繋がっている地下トンネルなのだろう。火魔法も風魔法も俺の入り込んだトンネル内には流れて来ず、直ぐに初級土魔法で落ちて来た穴を塞いだという事だ。
地上に設置されたドーム型の石壁が爆発するという性質上、地面の下には影響が少なく、多少土や石が崩れた程度で済んだ。勿論、怪我は無い。
地面に空いた穴に気が付かなければ、ここまで頑張って温存してきた聖魂魔法を使用しなければならなくなるところだったし、ラッキーだった。
周辺で結構派手な戦闘を行っていたし、その衝撃でトンネルの弱い部分が崩れて、地表に小さな穴が出来ていたのだろう。
何しても、何とか助かって良かった。
俺は初級光魔法、ライトを使用して、周囲の状況を確認しようとする。
「うおっ?!」
しかし、ライトの魔法を発動させると、目の前に人影が見える。
落ちて来てから、俺以外が立てる物音なんて何もしなかったから、かなりビックリして情けない声を出してしまった。
人影は俺から見て五メートル程先に立っていて、俺がライトを発動させると、目を手で隠してしゃがみこみ、光から離れようとする。
薄汚れたどころか、真っ黒と言える程に汚れた肌や布地。落窪んだ目に痩せた体、なのにポッコリと膨らんだ腹。戦争に関する資料で見た事のある栄養失調の症状に酷似している。というか、そのものだ。
確か、栄養失調になった子供は、お腹に水が溜まる、
「ひっ!」
チャリッ…
俺が光を浴びせると、怯えた声を出してトンネルの奥へ数歩分下がる。その時に、両手足、首に装着されている枷から伸びる鎖が音を鳴らす。
俺が落ちて来て、逃げたいのに逃げられず、取り敢えず静かにしてやり過ごしたかった…というところだろうか。
「やはり、奴隷が居たのか…」
「っ!!」
酷く怯えている奴隷の男の子は、ボサボサで腰まで伸びている白髪の隙間から、俺の様子を伺っている。
恐らく、このトンネルの中から逃げようとすると、死んでしまうような命令をされているのだろう。
ここで俺から逃げても死ぬし、栄養失調の体で戦いを挑んでも勝てる相手ではないことくらい理解しているみたいだ。
地面の下で動き回っていたとするならば、俺の予想が当たっていたという事だし、男の子は魔法が使えるはずだ。それでも、彼は魔法を使おうとはしていない。
当然、武器は無いし防具も身に付けていない為、彼が俺に勝てる見込みは無い。死を受け入れているというのとは違うみたいだが、少なくとも、敵意は見られない。
俺に攻撃を仕掛けない事で、逆に俺からも攻撃しないで欲しいという意志を表しているのだろうか。俺としては、こんな栄養失調状態で、敵意も無いような子供の奴隷に対して刃を振り下ろすなんてしたくない。というか、この奴隷を殺す意味など無いし、その必要性も皆無だ。攻撃してくるというのならば、当然正当防衛するが…攻撃されたとしても、気絶させる程度に留めるのが人として正解だろうと思う。
「……俺に攻撃の意思は無い。」
怯える人族の男子奴隷に対して、しっかりと聞こえるように言葉を放つ。
「………………」
奴隷の男の子は、俺に目を向けて、何を言われたのか分からないと言った表情で見ているが、刀を鞘に納めると、ゆっくりと俺に向き直る。
「攻撃さえされなければ、俺から攻撃はしない。そういう命令をされていないならば、そこを通してくれないか?」
「…………あ……う……」
俺の言葉に対し、未だ怯えつつではあるが、奴隷の男の子が奥を指差しながら何かを言おうとする。しかし……この男子奴隷、舌が切り取られているらしく、声は出せるが、言葉を喋る事が出来ない様子だ。
栄養失調の上に舌を切り取られ、こんな真っ暗な穴の中に押し込められて、逃げれば死ぬ。本当にパペットの連中はやりたい放題だ。
「行って良いって事で大丈夫か?」
「…あっ…うー…」
どうやら何かを伝えたいらしく、奥を指で示し、何度も声を出している。
この先は危険だと言いたいのか…?いや、それならもっと、この奴隷本人に危機感が有るはず。
「あっ!あー!ああっ!」
何を言いたいのか分からず、頭を捻っていると、奴隷の男の子は後ろを振り返り、こっちへ来いと手招きする。
付いて来いという事が言いたいのは分かったが、その理由がよく分からない。わざわざ手招きまでして呼ばれているのだから、それなりの理由が有るのだとは思うが、俺を罠にはめようとしている可能性も十分に有る為、俺は男の子の後ろを慎重に付いて行く。
トンネル自体はそれなりに大きくて、直立していてもトンネルの天井まで三十センチ程の余裕が有る。
横幅は人が三人くらいは並べる程度で、予想よりもゆったりした空間である。
先程の爆発による影響なのか、壁や天井が所々剥がれ落ちているが、俺が飛び込んで来た場所のように、大きく崩れている部分は無く、それなりに頑丈な造りである事が伺える。
俺は、そんなトンネルの中を、男の子の後ろ二メートル程の距離を取って進んで行く。男の子自身が咄嗟に振り返って攻撃を仕掛けて来るなんて事も一応考えての距離感だ。
しかし、当の奴隷本人は、振り返らずに、ひたすらトンネルの中を進んで行く。
すると…
「あー!あっ!うー!」
男の子が突如足を止めて、トンネルの奥に向けて声を放っている。
「なんだ…?」
彼が何を言いたいのかさっぱり分からない。
このまま男の子の後ろに留まっていれば良いのか、男の子を追い越して、俺だけが進めば良いのか…はたまた全く違う意味で声を出しているのか…
色々と考えていたが、少しすると、彼のやりたい事が何なのか分かった。
「あー!あっ!うー!」
彼が何度か奥に向かって声を出していると、トンネルの奥から、同じように、声しか発する事の出来ない者の声が聞こえて来る。
「あうっ?!」
俺の存在に気が付いたのか、奥の奴隷に動揺が走ったのを感じる。
「あっ!あっ!うー!」
しかし、目の前の男子奴隷が、何やら身振り手振りで色々と伝えていると、奥から人影がゆっくりと現れる。
奥から出て来たのも人族の男の子で、髪の色が青色ということ以外は、目の前の男子奴隷と全く同じような姿をしている。恐らく、トンネル内に送り込まれている奴隷達は皆、同じような境遇の子供達なのだろう。
奥から現れた青髪の男の子も、最初は俺に対してかなり警戒心を持っていたが、何やら奴隷同士、身振り手振りでのコミュニケーションを取ると、奥の男子奴隷が壁側に寄って通してくれる。
トンネル内に何人も奴隷が居て、毎度毎度俺とのやり取りをしたり、逃げ出して報告されないように、目の前にいる白髪の男の子が手を貸してくれているという状況らしい。
日本に居た時の癖で、横を通る時に軽く頭を下げて通り抜けたが、青髪の男の子はじっと落窪んだ目で俺の事を見ていた。
何かしてくるとかは無かったが、俺達の姿が見えなくなるまで、警戒心を解くことは無かっただろう。
散々人の悪の部分を見続けて来ているだろうし、そう簡単に他人を信用出来ないのは当然の事だ。手を貸してくれている目の前の男子奴隷の方が珍しい部類だろう。
そうして、また暫く歩いていると、男の子がピタリと足を止める。
「あっ!あー!」
そして、男子奴隷はトンネルの上方を指で示してくれる。
ライトの光を指先の方へと向けると、縦穴が続いているのが見える。
どうやら、そこから上に行けという事らしい。
「あー!うっ!うー!」
身振り手振りを見る限り、この上に登ったところで、戦闘が起きている…という事だと思う。仲間のところに向かおうとしているだろうと考えてくれたらしく、そこまでの道案内をしてくれたのだ。
こうして案内されなければ、どこから出て良いか分からず、上に出たら敵のど真ん中!なんて事も有り得たわけだし、男の子には感謝するべきだろう。
見ず知らずの俺に対して、わざわざそこまでしてくれるという事は、それだけパペットに対して色々な恨み辛みが溜まっているのだろう。奴等に一泡吹かせられるならば、協力は惜しまない…とでも言いたげだ。
「…助かったよ。」
「あー!」
男の子は
「そうだ……」
俺はその場でインベントリの魔法陣を描いていく。
奴隷の男の子は少しだけ心配そうな顔をしたが、インベントリから取り出した物を見て、直ぐに心配そうな表情が消える。
俺が取り出したのは、適当に作ってインベントリに入れておいた食べ物だ。大したものは無いし、ただの気休めであり、偽善だと言われてしまうかもしれないが、彼等の姿を見て、そして、助けられて…何も渡さずに立ち去る事は出来なかった。
「適当に置いて行くから、仲間と分け合って食ってくれ。これくらいしか出来ないが…」
「あっ!あー!ううー!」
男の子は俺の手を両手で掴むと、俺の手に額を当てて何度も頭を下げる。
体型が変わる程の栄養失調で、かなり腹も減っているはずなのに……子供と呼べる程の年齢で、食い物に手を伸ばすより、俺への感謝を優先してくれるなんて、普通はなかなか出来る事じゃない。
俺がした事は、ただの気休めで偽善なのかもしれないが、少しでも彼等が喜んでくれるならば、それでも良い。
男の子は、俺の出した食べ物を抱え込み、また何度も頭を下げてから、先程道を譲ってくれた青髪の男子の方へと戻って行く。
体型が変わるような栄養失調ともなれば、もう少しで消え去ってしまう命というレベルのはず。腹が膨れる程の
なるべく消化に良い物を渡したつもりだが……こんな事ならば、もっと色々と作ってインベントリに入れておけば良かった。
とはいえ、更にここから彼等に何かをしてやれるはずもなく、俺は縦穴の方へと視線を向ける。
彼等がここからどうなってしまうのかは分からないが、俺達がパペットを潰してしまえば、彼等も解放されるかもしれない。今ここで彼等に何かを与えるよりも、連中を倒す事が、最終的には彼等の為になるはずだ。
それが本当に彼等を解放することに繋がるのかは分からないが…盗賊と貴族が手を組んで、人々を騙し、虐げている状況よりはマシになるはずだ。
心の中で、奴隷の男の子達に礼を言ってから、上を見る。こうして縦穴を作っておけば、トンネル内に居ても、どこがドーム型の石壁の在る位置なのか把握し易い。ドームを拠点の一種だと思っている俺達が、地面まで調べる可能性は低いし、そこにテーブルや椅子等を適当に置いてしまえば、その可能性は更に低くなる。
上手い手だとは思う。プレイヤー達が使っていた遊びのような魔法を利用し、改良する事で、この戦場と戦況に合致した効果を作り出している。
非人道的な部分が多々有って、自分で使う気になどならないし、かなり使い勝手が悪いが…初見殺しとしてはそれなりに有効な手段だろう。隠れながらの移動に利用されなければ…だが。
最初からこうしていれば良かったじゃないかと思うかもしれないが、俺は死んだと思われているから有効なだけであって、トンネル内に入ったと気付かれれば、炎と風がトンネル内に流し込まれ、大変な事になっていたはず。そんなに簡単な話でもない。
何にしても、今の状況は
相手は俺が死んだと思い込み、完全に意識を外してくれているし、アンナ達を守る為の前衛部隊も消えた。
かなり大きな爆発だったし、ニル達が心配しているだろうが、ここは意識から外されたというアドバンテージを出来る限り利用するべきだろう。
縦穴は、高さが大体二メートル程。トンネルの床からだと、地上までは大体四メートルといったところだろう。縦穴は、上部の方で閉じられているだけの状態で、蓋をされているだけ。外に出るのは簡単だろう。
ただ、上で戦闘が起きているとなると、出た瞬間敵だらけ…なんて事も考えられる為、あくまでも慎重に行動する。
タンッ!
まずは、地面を蹴って垂直に飛び上がり、縦穴の壁に張り付く。丁度蓋になっている土の真下辺りだ。
「……………………」
外の状況は見えないし、音で判断するしかない。縦穴は、ドーム型の石壁内に繋がっているはず。
未だに誰かがドーム内に残っているという事はなく、静かなものだ。
念の為、暫くの間、音を頼りに外の様子を探っていたが、やはり人の気配を感じず、俺はそこから出る事に決めた。
いつまでも下でじっとしていては、折角の好機を逃してしまう。
ガッ…ガッ!ボコッ!
上部の土を何度か殴り付けると、腕が土を抜けて、地上に出る。
バコッ!
そのまま上部の土を取り払うが、その間も、人の声は聞こえて来ない。ゆっくり慎重に頭を出し、周囲を見渡すが、やはり、誰も居ない。
俺はそのまま体を外へと持ち上げて、穴から這い出る。
「はあぁぁぁっ!」
「おおぉぉぉっ!」
本当に微かにだが、ドームの外から誰かの雄叫びが聞こえて来る。どうやら、ニル達とは少し離れた位置に出てきたらしい。
ドーム内は簡易的な休憩所のように見せる為、魔法で作られた椅子等が置いてあるが、今となって見てみると、カムフラージュの為に作られた物で、使われた形跡が無いようにも見える。
最初から、武器として使う予定で建てられたという事だ。どんな奴がこの作戦を思い付いて実行したのかは知らないが、ろくでもない奴だという事くらいは分かる。
俺は、一応警戒しながらドームから外の様子を伺ってみるが、周囲に人の気配は無く、そのまま外に出ても誰かに攻撃されるような事は無かった。
カンッ!キンッ!
ただ、微かに剣戟の音が聞こえて来ており、その方向でニル達が戦っているだろうということは分かる。
戦闘が続いているという事は、恐らく相手側にも手強い連中が揃っているという事だろう。
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