第492話 新たなプレイヤー

彼等の奴隷と言えど、どんな命令でも、全て聞かなければならないというわけではない。いや、命令に従わなければ死ぬという話であり、死にたくなければ命令に従うしかないのだが……それが死ぬと分かっている命令ならば、命令を聞いて死ぬか、命令に背いて死ぬのか、その選択肢は奴隷自身で決められるという事だ。つまり、奴隷に唯一許された自由として、死に方は自分で選ぶ事が出来るのだ。

それでも尚、爆死を選んだ者達となれば、そこには必ず理由が存在する。

命令違反で苦しみながら死ぬのを嫌って、一瞬で死ねる爆死を選んだとか、ザレインの中毒症状が出ていた事から、正常な判断が出来なかったとか、いくつか理由は考えられる。でも、もし俺が奴隷で、結局どちらを選んでも死ぬならば、自分の死が、これまで散々自分を虐げて来た連中のとなるような死に方だけは選ばないと思う。


ニルも、彼等が爆死を選んだと思い、まず人質を疑ったのは、そういう感情が奴隷にも有るからだ。

そんな事すら考えない程に従順な奴隷という事も考えられなくはないし、その判断すら出来ない程に正気を失っていたという可能性も捨てきれないが、死を目前にして俺達を見る目からは、そんな事は感じなかった。あの目には、死への恐怖が色濃く出ていた。確実に死ぬと分かっていて、それでも尚、向かって来る選択をしたように見えたのだ。


奴隷に人質?と思うかもしれないが、奴隷にも色々と居る。誰との繋がりも持っていないような者も、無理矢理奴隷にされて、自分の家族や愛する人を人質に取られているという者達だって居るだろう。いや、それを理由に奴隷へ落とされたという可能性すら有る。特に、奴隷盗賊に捕まったとなれば、そういう者も少なくはないだろう。

爆死した彼等が、どんな状況だったのかは分からない。分からないが…何にしても、この策を考えた奴が、下衆だという結論に行き着くという事だけは分かる。


「さっさと連中を片付けて、この場をどうにかしないとな…」


「…はい。」


これ以上、下衆な策を実行させない為にも、一秒も無駄にせず、ここを制圧するべきだ。そう考えて、俺達はプレイヤー二人を見る。


爆発のせいで、周囲の人間は離れていて、プレイヤー二人まで視界が通っている。壁は突破出来た…と言っても良いのかは分からないが、取り敢えず、プレイヤー二人との戦闘へ持ち込める距離までは来た。


プレイヤー二人も、自分達の出番が来たと、動き出している。


男の方はこちらへ向かって歩き出し、女は後ろで完成間近の魔法陣を描き続ける。


「このっ!」

ビュッ!!


ニルが魔法陣を描き続けている女に向かって、投げ短刀を投擲する。


カキィィン!


飛んで来た短刀を弾いたのは、もう一人のプレイヤーではなく、その後ろに続いてどこからか現れた戦闘奴隷三人の内の一人。

現れた三人は、全員が強者と呼ぶに相応しい風格を備えた者達で、一人は戦斧、一人は細剣、そして最後の一人は大盾と片手メイスを持っている。

短刀を防いだのは、大盾持ちの男で、女プレイヤーの前に立ち塞がり、ガッチリと守っている。


男のプレイヤーが直剣使いという事を考えると、大盾の男が前に出てきても良さそうなものだが、女プレイヤーを守る為だけに配置されているらしい。


つまり、俺達の方へと向かって来る前衛は直剣を持った男のプレイヤーと、戦斧使い、それに細剣使いの三人という事だ。


人数で二人分も負けていて、戦闘奴隷も居るとなると、かなり分が悪い。


「右に飛んで!!」


どうやって攻めようかと考えていると、後ろからハイネの叫ぶ声が聞こえてくる。


俺もニルも、咄嗟に右へと飛んで地面の上を転がる。


ドドドドドッ!


「アンナ様。我々も微力ながら援護致します。」


「これは…嫌な状況だな…」


俺とニルの居た位置に飛んで来たのは矢と魔法。魔法は中級の木魔法、ウッドスピア。単純な木の槍を一つ作り出して打ち出す魔法だが、飛んで来た数は数本。矢も数本。

という事は、遠距離攻撃を仕掛けて来る奴が何人か居る事になる。


視線を横へと走らせると、女プレイヤーの近くに、これまた戦闘奴隷の姿が何人か見える。魔法使いと弓兵がそれぞれ十人。

飛んで来た魔法や矢は、避けなければ確実に俺とニルの急所を貫いていた。それを考えると、どの奴隷もここまでに居た戦闘奴隷達とは違って、かなり戦える者達だろう。

そして、更に……


「シロー様に続けええぇぇぇ!!」


左右から現れた二十人程の戦闘奴隷達。


全員前衛部隊で、正確な強さまでは分からないが、この流れでこいつらだけ弱いなんて事は無いだろう。ここまで突っ切る為に切り伏せて来た連中とは一味違うと考えるべきだ。

それに、先に飛び出して来た三人含め、全員がそれなりの武器を持ち、金属製の鎧まで身につけている。それだけでもここまでの連中とは大きな違いだ。

違いとは言ったが、これ程の大規模な戦闘となれば、装備が整っているのがだ。それが当たり前なのだが……ここまで見てきた奴隷には、一人たりとも防具が支給されていなかった為、装備が整っていないのが奴隷達の当たり前だと思い始めていた。そう考えると、俺が、敢えて奴隷達が鎧を着ているという事について取り上げる理由は分かってもらえるだろう。

防具が装備されているというだけでも、単純な防御力アップになるし、戦えない連中だとしてもそれなりになる。パペットの方針を考える限り、防具を与えた相手が素人という事は絶対に無いだろうし、走り込んで来ている連中は、全員パペット内でも強いと言われる連中だろう。


結局、相手は四十人近い人数となってしまった。


奴隷の誰かが叫んでいた『アンナ様』『シロー様』というのは、恐らく、それぞれ女と男のプレイヤーの名前だろう。


ここまで何人かの奴隷達を見て来たが、アンナとシローの傍に控える奴隷の連中は、嫌々戦わされているようには見えない。自らの意思で戦闘に参加している。

先程、奴隷達を巻き込んだアンナの魔法を見ていないという事は無いだろうから、プレイヤーの二人が常識的な良い人間だと思っているとは考え難い。そうなると、上手く取り入って、防具とそれなりの武器を貰える立場に収まった連中…と考えるのが良さそうだ。

奴隷だって、全員が全員、同じ奴隷の仲間を思っているわけではないし、他人を蹴落としてでも良い待遇を受けようとする者達は沢山居る。

ニルの話では、奴隷はそれ以上に落ちる事が無いから、平民同士の蹴落とし合いよりもずっと醜く、汚い惨状になるらしい。

そうして同じ奴隷を蹴落として、自分だけ助かろうとした時、人は奴隷ですらなく、ただの畜生に成り下がる……とニルが言っていた。俺達の世界にも状況は違えど、似たような事は多々有ったし、その言葉が凄く印象に残っている。

つまり、ニルの言うところの畜生というのが、今、目の前に居る戦闘奴隷達ということだろう。


状況は最悪の中でも最悪と言える。


戦闘奴隷の中でも強いであろう連中が追加され、プレイヤーが二人。しかも一人は魔法使い。一撃で俺達が全滅する可能性すら有る火力を持っているはず。


「あいつの相手は俺がする!二人は援護に徹してくれ!切り札をここで使うかもしれない!」


「っ!!分かりました!」

「分かったわ!」


俺の言う切り札というのは、当然聖魂魔法。

残った一回は、最後まで残しておきたかったが、正直、現状はかなり辛い。プレイヤー二人だけならば何とか倒せるかと思っていたが、それに加えて戦闘奴隷三十名強、更に後ろからは大軍勢。

突っ込んで頭を取らなければ、俺達が生き残る道が無い上に、時間も無いから真っ直ぐここまで来るしか無かったが、もっと慎重に外から削るべきだったかと後悔しそうになる程だ。

とはいえ、そんな事をしていたら、俺達が生き残っても、この辺りは完全な更地になってしまう。なかなかに厳しい状況が連続して続いていて、溜息を吐きたくなってくる。


そう思っていると……


ガガガガガガガガガガガッ!!

「ぐあぁぁっ!」

「ぎゃあああぁっ!」


背後から迫って来ていた連中に対して、上空から無数の何かが降って来る。


「ピルテの援護よ!」


俺は男のプレイヤーに対処する為、前に出ていて後ろは見えない為、どこからの援護なのかは分からないし、何が飛んで来ているのかも分からないが、とにかく、何かが降って来て、後ろの連中の足止めをしてくれたという事は分かった。


ピルテとスラたんが後ろの兵士達と戦ってくれるとなれば、多少は楽になる。しかし、依然として正面の絵面は、さながら地獄だ。

いきなり聖魂魔法で全員吹き飛ばすのも良いのだが、出来るならばテンペストの連中とやり合う時まで温存したい。ハンターズララバイ全体の頭が棟梁をしている盗賊団なのだから、恐らく最も人数の多い盗賊団で、強者も揃っているはずだ。それに、ここにパペットの棟梁、狂乱のマイナが居るかどうかも分かっていない状態で吹き飛ばしてしまえば、マイナという者がどうなったのかさえ分からなくなってしまう。

ピルテの援護が入ったという事は、スラたんもその近くに居るはずだから、こちらの状況は理解しているはず。もし、二人が後方から迫って来る部隊を撹乱してくれるならぼ、正面の連中だけを相手にすれば良い。そうなれば、聖魂魔法を使わずとも勝てる可能性が出てきたと言える。勿論、無理だと判断したら、即座に使うつもりだが、まずは聖魂魔法に頼らずに戦ってみるべきだろう。


俺は近くにまで迫って来ているシローに向けて刀を構える。


シローの右手には、真っ白な柄の直剣が握られており、実にスタンダードな直剣と言える形、長さをしている。刃はギラギラと月の光を反射しており、美しい銀色の金属光沢を見せていて、飾り気は一切無い。シンプル過ぎる見た目と真っ白という印象からか、鞘に入っている状態で見ると、直剣にしてはあまり高価には見えないと言われてしまいそうな剣だ。しかし、見た目に反して、その直剣は、質が高く希少性の高い剣であるという事は、美しい刃を見れば直ぐに分かる。


「シッ!!」

ビュンッ!


そんな白い直剣を、近付いて来たシローが、素早く左から右へと横に振る。

シローの動きに合わせるように、俺は後ろへと一歩下がり、その切っ先を回避する。

その時に聞こえて来る風切り音が、シローの攻撃の鋭さを教えてくれる。


ダンッ!

「はっ!!」


俺はシローの攻撃が目の前を通過したタイミングを見計らって、桜咲刀を振り下ろす。


ギィンッ!


シローは振り抜いた直剣を戻しながら、俺の振り下ろされる刀を横へと弾く。


特筆するような尖った強さは無いが、スピード、パワー、攻撃と防御の組み立てが良く、全体的にバランスが良いイメージだ。スラたん程に圧倒的な能力の突出は、他を圧倒出来る強さを持っているが、それは自分の能力を最大限活かした時の話であり、そう出来ない時は、かなり辛くなる。

スラたんの場合、自分のスピードを活かせるように、色々と工夫したり、足りない部分を補うように、アイテムやスライムを使っている。しかし、突出したステータスというのが、諸刃もろはの剣だということに変わりはない。その為、ファンデルジュの中では、あまりそういう突出したステータスのプレイヤーというのは多くなかった。いや、かなり少なかったと表現した方が良いだろう。

死んだら全ロストのゲームで、ステータスを一点にだけ全振りして博打ばくちのような戦闘を続ける者などなかなか居ない。

唯一全振りしても戦えるのは、魔法使いくらいだろうか。魔法使いは、圧倒的な火力が必要とされる後衛職だから、魔力を高める事にだけ集中していても戦えなくはなかった。しかし、魔力に全振りすると、前衛が突破された時点で逃げる事も出来ない為、前衛の強度が生死を分けると言っても過言では無いとされていた。結果、魔法しか使わないという戦い方をしている者は少なく、俺のように近接武器プラス魔法というのが主流とされていた。

要するに、スラたんのような極端なステータスという者は非常に少なかったという事だ。

そして、このシローという男もまた、バランス良くステータスを上げたタイプで、極端な強さは無いものの、弱点が無いというイメージで、かなり戦い辛い相手である。

その上、踏み込み、腰の動き、腕の動き、どこを取っても、武器を扱う技術が盛り込まれているのが分かる。

恐らく、元の世界では剣道か何かをやっていたのだろう。


「はっ!」

「はぁっ!」


ギィン!ギィン!ギィン!


俺とシローは、互いに足を止め、刃の届く位置で打ち合う。


右、左、右、そこから上。


次々と放たれる攻撃を打ち落とし、俺の攻撃をシローが打ち落とす。


「シロー様!」


そんな俺とシローの激闘の最中、シローの後ろから戦闘奴隷が援護に駆け付ける。


「チッ!」


ギィィン!


俺はシローの攻撃を大きく弾いた後、即座に後ろへと跳び、距離を取る。

相手の数が勝っている状態で、こちらの逃げ道が無くなるのは非常に危険だ。取り囲まれてしまうと、ニルやハイネからの援護も入り辛くなる。


「大丈夫ですか?!」


「ああ。」


戦闘奴隷の一人が、シローに対して焦った様子で聞いているが、シロー当人は淡々とした声で返している。

その男は、シローに取り入って、待遇が良くなった戦闘奴隷なのだろう。戦闘奴隷の男は、やけにシローの機嫌を取ろうとしているように見えるが、シロー自身はあまり奴隷達に興味が無い…と言った感じだろうか。


「お前。確かシンヤだったな。」


「……………………」


既に俺がソロプレイヤーのシンヤだということは周知の事実となっているらしい。肯定も否定もしないが、いつの間にか有名人になってしまったようだ。


「あんた。剣の心得が有るな。」


俺が、シローは剣道でもやっていたのだろうと感じたのだから、シローも俺に対してそう感じるのは当然の事だ。


「この世界に来てから、剣術を知る相手と殺り合うのは久しぶりだ。」


そう言って俺に剣を向けてくるシロー。


何が言いたいのかは大体分かるが、動きがやけに……大袈裟というのか、ミュージカルでも見ているような気分になる。何か、役になりきっているような感じだ。


「強者との戦いは俺を強くする。」


何か言い始めて、剣を高々と上へ突き上げるシロー。


「俺の糧となれ!ソロプレイヤーシンヤ!」


ビュッとそのまま剣を水平に下ろして、切っ先を俺に向けるシロー。


どうにもおかしな奴だと思ったが、中二病みたいなものだろうか?

こちらに来て、自分のキャラになり切っているのか、元々向こうでもそういう奴だったのかは分からないが…返す言葉が見付からない。

強者との戦いで、大きな経験を得て強くなれるというのは理解出来る。だが、それならば俺と一対一で戦うべきだと思うのだが、シローはガッツリ戦闘奴隷達と共に戦うつもりだ。加えて、弓兵、魔法兵、もう一人のプレイヤーの援護がし易いような立ち位置をしっかり守っている。

それでどうやって経験を得ようと言うのか甚だ疑問である。


というか、俺達の居た世界の人間が、皆頭のおかしい連中ばかりだと、ニルに思われないか心配になってきた。


「魔法来ます!」


シローの口上を聞いた後、その後ろから矢と魔法が放たれる。


魔法兵達の魔法陣は緑色に光っている。つまり、矢と風魔法による攻撃という事だ。


飛んで来ている矢は、風魔法に乗って、本来の放物線から外れ、左右上下に動き回り、予測不能な挙動を取っている。


ズガガガガガガガッ!


これに対して、ニルが上級土魔法、ロックシェルを俺達の前面に発動する。

何層もの石壁が殻状に現れる魔法で、防御力が高い魔法だ。自分の周囲に壁を張って、全方位からの攻撃を受け止める防御壁にするのが一般的ではあるが、現状では、自分達の視界が大きく遮られる事の方が危険である為、前方に発動させたのだろう。これならば、前の視界は遮ってしまうが、横と後方の視界は残る。


ガガガガガガガガガガッ!


矢と風の刃が入り乱れながら、ニルの作ったロックシェルに当たると、表面を削り取る音が聞こえて来る。


「もう一発来るぞ!」


矢と風魔法は全て無効化したが、飛んで来た風魔法は全て中級のものだった。恐らく戦闘奴隷達のみが放った魔法で、プレイヤーであるアンナの魔法が来ていない。


アンナの描いていた魔法陣は見えなかった為、何の魔法を放つのかは分からない。俺達が防御するのは分かっていたはず。つまり、貫通力の高い魔法か、防御を迂回するような魔法…範囲魔法で潰しに来るのも考えられる。


バキャッ!!

「「「っ?!!」」」


俺達の目の前に作り出されたロックシェルの一点に、突如として穴が穿たれ、そこから何かが飛び出して来る。


ブシュッ!

「うっ!!」


「ニル!!」

「ニルちゃん!!」


壁を穿ったものが、ニルの右肩へと直撃し、背中側へと抜けて行く。

痛みにニルが左手で肩を押さえるが、指の間からじわりと血が滲んで来る。


飛んで来たのは上級水魔法、水貫すいかん。水を圧縮して一点に向けて放つ魔法で、貫通力に優れた魔法だ。即座にロックシェルを貫通するのは難しいはずだが、その前に受けた風魔法によって、ロックシェルの表面が削り取られ、薄くなっていた。それが原因で貫通してしまったらしい。


「ニル!」


俺は直ぐにニルの元に走ろうとするが…


「私は大丈夫です!」

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