第491話 鬼畜
「ニルちゃん!止まって!」
「っ?!」
ザザッ!
ハイネの叫び声によって、進んでいたニルの足が止まる。
ズガガガガガガガガッ!!
その瞬間、俺達が走り込もうとしていた場所に、上級土魔法、
危うく串刺しになるところだった。
ハイネの方を振り返ると、ハイネは俺達の右前方辺りに目を向けている。
再度正面に目を向け、ハイネが見ている方向を見ると、ドーム状の岩壁に背中を預けて立っている男と、その横に消えていく魔法陣を手元に残す女が見える。
明らかに他の兵士達とは雰囲気も装備の質も違う男女で、見た瞬間にそれがプレイヤーだと分かった。
そして、今の土魔法、荊棘が、その女の攻撃である事も理解した。
男の方は長めの白髪、黒い瞳、身長は百七十センチくらいで、右肩にだけ金属製の肩当をしており、両腕に篭手、両足に脛当てをしている。上下白の服を着ており、腰には装飾がほぼ無い、白色の鞘と柄が見える直剣をぶら下げている。
女の方は、茶髪ボブ、茶色の瞳、身長は百五十超と低めで、目尻が上がっていながらもクリッとした目が印象的な猫目。水色の派手なローブを着込んでいる。武器は見たところ持っていないが、魔法使いだとしても、ローブの下にナイフの一本くらいは隠しているだろう。
「シンヤ君!」
「嫌なところで手を出されたな…」
俺達が走り込めたのは六十メートル程。もう少し進めば、敵の壁を抜け切るまであと一息というところだったのだが、荊棘のせいで道が閉ざされ、俺達は敵兵のど真ん中に閉じ込められる形になってしまった。ここからでは、前に進むにも、後ろに進むにもかなり時間が掛かってしまう。
俺達は全員で背を向け合って、円になるようにして武器を構える。
全周囲敵だらけ。
こういう状況は何度か体験したが、今までで一番、俺達を取り囲んでいる人間の数が多い。千人…いや、もっと居るか。見ただけでは人の数を大体でも掴めない程に居る。それだけが分かる数だと言えば良いだろうか。
こんな数の敵に囲まれて戦うなんて、某無双ゲームくらいでしか見た事が無いという数だ。
「じっとしていると魔法の的になる!無理にでも動けるスペースを確保するぞ!」
ダダダッ!
全員で周囲に向かってそれぞれが進み、俺達の動ける円形のスペースを広げに掛かる。
「大人しく捕まれば悪いようにはしないぞ!あははは!」
「なかなかの美人揃いじゃねえか!高く売れるなぁ!」
「その前に味見させてくれよ!ははは!」
プレイヤーが手を出して来たなと思っていると、いきなり盗賊連中が調子に乗り始める。確かにプレイヤーはこの世界の者達から見れば、とてつもなく強いとは思うし、この人数差だ。調子に乗りたくなるのも分からない事はないが、ここまでの戦闘を見てこなかったのだろうか?途方もない数を前にして、俺達は一度の戦闘において、数十人ではなく、数百人単位で屠って来ているというのに、どこにそんな余裕を感じる要素が有ったのだろうかと不思議でならない。
もしかしたら、俺達がここに来るまでの事を知らない…?いや、流石にそんな事は有り得ないだろうし、単純にこいつらが馬鹿なだけなのだろう。
奴隷達による壁の後ろで笑いながら、捕まえた後どうしようかについて野次を飛ばす盗賊達。安全な場所から戦闘を観戦しているような気分にでもなっているのだろうが、俺達の視線が通る位置で、数メートルそこそこしか離れていないというのに……本当に馬鹿な連中だ。
「目障りですね…」
ビュッ!
「っ?!」
ザクッ!
ニルがあまりにもうるさい連中に対して怒りを覚え、抜き取った投げ短刀をその内の一人に投げる。
自分を狙われたと判断した男は、咄嗟に手を出して投げ短刀を左手で受け、その掌に刃が刺さる。
ブシュッ!
「いでえええぇぇぇ……」
ドサッ……
左手に刺さった投げ短刀を、ニルがシャドウテンタクルでしっかり回収する。そのせいで、無理矢理短刀を引き抜かれて血が溢れ出る手を見て、男が叫ぶ。しかし、叫び声は徐々に小さくなり、数秒後に突然その場に倒れる。アイトヴァラスの毒を塗った短刀だったらしい。
「「「「っ?!」」」」
それを見た盗賊達の顔が青くなっていく。自分達は、射程範囲内に居るのだとやっと理解出来たらしい。
流石にこの辺りまで食い込むと、拠点の中央付近という事もあってか、盗賊達は逃げたりしない様子だが、野次を飛ばして来るような馬鹿はもういなかった。
ザシュッ!
「ぐあっ!」
ガシュッ!
「ぎゃぁっ!」
「皆様!魔法が来ます!」
次々と周囲の者達を切り捨てていると、ピルテが声を張る。
奥で動いていないプレイヤー二人。その女の方が描いている魔法陣が完成間近なのが見える。
「アクアツイストだ!巻き込まれるな!」
少し遠いが、こちらに向けている魔法陣を読み解き、直ぐに内容を皆に伝える。
上級水魔法、アクアツイストは、蛇のような水の帯が伸びて来て、対象に絡み付くと、対象物を捻り切ってしまう魔法だ。
伸びて来る水の帯は、不規則に動き回る為、よく見て避けなければならない。出来れば大きく場所を使って避けたいところだが、周囲の奴隷達は青い顔のまま動かない。攻撃はして来ないものの、引く事も出来ないらしく、その場から微動だにせず立っている。余程鬼畜な命令でもされているのだろう…
しかし、俺達にはどうする事も出来ない。今から魔法陣を描いても遅いし、回避する以外に俺達に出来ることは無い。
ズガガガガガガガガッ!
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
魔法陣が完成し水色の光を放つと、そこから水の帯が形成されていく。
狙いは当然俺達だが、プレイヤーの女と俺達の間に居る盗賊も、奴隷も、全くお構い無しに魔法を放ってくる。殆どの盗賊は左右に別れて魔法の通り道を作っているみたいだが、数人取り残されており、その者達と奴隷はアクアツイストに巻き込まれ、死に際の絶叫を残して巻き込まれていく。
「ここで?!」
「滅茶苦茶ね?!」
タンタンッ!
スラたんもハイネも、まさか全てを巻き込んでまで魔法を放って来るとは思っておらず、悪態を吐きながら射程の外側へ向かって飛ぶ。
俺とニル、ハイネはプレイヤーに向かって左へ、スラたんとピルテは右へと回避する。
戦えるスペースを確保していた為、何とか全員射程範囲内からは逃げられそうだが、飛んで逃げたという事は、真下に敵がうじゃうじゃ居る状況であり、当たり前だが簡単に着地はさせてもらえそうにない。
ピルテとスラたんとは離れてしまったが、二人ならば問題無いはずだ。スラたんは、奴隷相手には戦い辛そうにしているが、スラたんのスピードはそれだけで脅威となり、奴隷を殺傷するのはピルテが行える。上手く二人で乗り越えてくれるだろう。
俺達は俺達で、こっちを何とかしなければならない。
「降りてくるぞ!」
「槍を構えろ!」
奴隷達の中で、槍を持った連中が、落下する俺達に槍を向ける。
「はぁっ!」
カンッ!
最初に槍先へ到達したのはニル。
盾を下へ向け、槍の刃先を弾き、そのまま槍を突き出している奴隷の肩に両足を乗せる。
ズガッ!
同時に頭頂部へ戦華を突き刺し、男が倒れるのに合わせて着地する。
次に槍先へ到達したのはハイネ。
「はっ!」
ガンッ!
「ぐあっ!」
ハイネはシャドウクロウを突き出されている槍に巻き付け引っ張り、槍先をズラし、槍を持った男の頭を蹴り付ける。蹴られた衝撃で男が仰向けに倒れるのに合わせて、そのまま顔面を踏み付けながら着地する。
相手はあまり槍を装備している者達が多くなかった為、何本も避ける必要が無く、楽に槍を避けられたようだ。
そして、最後は俺だ。
ニルやハイネとは違い、俺の着地位置には三人の槍兵。三本の槍が俺の方を向いている。
ただ、槍はあまり質の良い物ではなく、柄は木で出来ているようだ。
「はっ!!」
ガガガッ!
俺は神力を飛ばし、まずは槍の柄を破壊する。柄まで金属製だったら破壊は難しかっただろうが、相手が奴隷に渡す武器をケチってくれた事で簡単に槍を壊せた。
これで槍先に串刺しにされることは無くなった。
槍先の無くなった、ただの木の棒の一本を落下しながら掴み、自分の体重を、棒を持った男に乗せる。
直ぐに手を離せば良いのだが、戦場で武器を失う事はそのまま死を意味する事が多い為、大抵の者は武器を奪われたりしないように気を張っている。自分から武器を手放すという事はまず有り得ない。
もし、それが今のように、武器だった物だったとしても、戦場において、人は咄嗟に武器を手放す事を拒否する傾向が有る。まあ、木の棒でも無いよりマシだと考えているという事も有るかもしれないが…
とにかく、俺が木の棒を掴んでも、それに抗うように力を込めた男のお陰で、俺は棒高跳びのような形で三人の槍兵を越えて、地面の上に降り、振り向きながら刀を横一文字に振り抜く事が出来た。
ザシュッザシュッザシュッ!
恨みなど微塵も無いし、可能ならば助けたいとは思っているが、残念な事にここは戦場で、彼等は俺達の敵としてここに居る。望んでの参加ではない事も分かっているが、それでも、敵として立っている以上、斬らねば斬られる。自分の気持ちの整理など出来ないが、俺はそれでも刀を振る。
「ピルテ達は大丈夫かしら…」
ハイネはピルテ達の方を見ずにだが、二人を心配して直ぐに聞いてくる。
「あの二人なら大丈夫だ。それより、次の魔法が来る前に、あの二人の渡人のところまで行くぞ。」
二人ならば大丈夫だというのは本心だ。この辺りの者達が持っている実力ならば、二人の敵ではない。
ただ、絶対に…という確証はどこにも無い。それでも、俺は大丈夫だと言い切る。
「…そうよね。ええ、分かったわ。私が後ろから援護するから、二人は前に突き進んで!」
ハイネは気持ちを切り替えて、俺とニルに背中を任せてくれと言い放つ。
俺とニルは互いの顔を見て、一度だけ軽く頷くと、直ぐに渡人達の居る場所へ向かって進み始める。
恐らく、スラたんとピルテも、渡人の二人を野放しにしているのが一番危険だと考えて、そちらへと向かって移動してくれるはず。そこで合流出来るだろう。
「行きます!」
ニルが盾を構えて前へと突き進む。
プレイヤー二人の元までは、約百メートル程度。普通に進めば数秒なのだが、とにかく敵が多い為簡単には辿り着けない。
少し予定は違ってしまったが、ここからは先程の予定通り、襲って来る者達のみを相手にして、他の連中は無視で突き進む。
ニルが正面からの攻撃を弾き、俺はニルの援護と、俺達を援護してくれているハイネの守りを担当する。ハイネは基本的にシャドウクロウを用いての援護だが、時折アイテムを投げ付けては敵を牽制してくれている。
元を辿れば黒犬に狙われていたのを退けた事から、こんな大戦争にまで発展してしまった。
たった五人でここまで善戦しているだけでも、他人が聞けば有り得ないと笑い飛ばす類の話だろう。それでも、ここまで来たのだから、行ける所まで行って、最終的に街も、奴隷の皆も、魔族も、全員が納得出来る終わり方を迎えたい。
その為にも、まずはパペットの頭、マイナをぶっ潰す。そして、その前に立ちはだかると言うのならば、プレイヤーでも関係無い。排除して進むだけの事だ。
俺はニルの援護をしながら、左手で魔法陣を描き始める。
魔法が飛んで来るより先に相手の元に辿り着くのが理想的な流れではあるが、俺達が怒涛の勢いで迫って来るというのに、プレイヤーが黙って見ているとは思えない。間違いなく何か魔法を放って来るはずだ。それが何の魔法にしても、俺達を殺すか、最悪、足止め出来る類の魔法を放って来るに違いない。
それをどうにか切り抜けて先に進む為には、こちらも防御するか、魔法を打ち消すか、何かしなければならないだろう。もし、最高に上手くいって魔法を放たれるよりも先に辿り着けたとしても、直剣使いが居て、魔法使いを守る動きをするだろうから、俺達が直剣使いの男とごちゃごちゃしている間に、魔法が飛んで来るはずだ。
どちらにしても、こちらも魔法の用意をしておく必要は有るだろう。相手の魔法使いが、自由に魔法を撃ち続けられる状況だけは避けなければならない。
「何やってる!早く止めろ!」
「駄目です!止まりません!」
「止まりませんじゃねえ!止めろ!」
「だ、駄目です!止ま…うあああぁぁぁ!!」
ガシュッ!!
ニルの突破力を前に、奴隷や盗賊が尽く倒されていく。
「そろそろ抜けます!!」
敵の壁を突破するまで残り数メートル。
やっと先が見えたと思った時。
壁の終わり、その付近に立っている奴隷三人の気配に嫌な感じを覚える。
別に強そうな連中というわけではない。既に死んだような表情をしていて、絶望感を漂わせているのが気になったという程度だ。
他の者達と違う部分も特に無いし、装備も戦えなくはないと言った武器を一つ持たされているだけ。
だが、他の奴隷は生きる為にただただ必死に向かって来るのに、その三人だけは様子がおかしかった。
全身が微妙に震えており、目の焦点が合っていないように見える。ザレインの中毒症状とよく似ている。
ただ中毒症状に苦しむ奴隷ならば、周りを見渡すだけでも何人か見えるが、その三人は、その上で、既に死が確定している者のような表情をしている。
何か…俺達には分からない、何かが有ると直感的に思い、俺はニルの腕を後ろから掴んだ。
「っ?!」
ニルは突然後ろから掴まれ、何が俺をそうさせたのか分からず、驚いていたが、ここで突っ込めば、取り返しのつかない事になりそうな気がして、無理にでもニルの足を止めさせた。
「あ……ああぁぁっ!!」
おれの直感が
三人の内の一人が、そんな絶望した表情のまま、手に持ったボロボロの剣を振り上げて走って来る。
「「ああぁぁっ!!」」
その男に連なるように、もう二人も走り出す。
戦闘を知らない、素人の動きだ。
これまでならば、そのまま処理して終わりなのだが、俺は恐怖を感じていた。
俺から見れば、明らかに様子のおかしい三人が、壁の最終ラインに立っていて、それが突撃して来る。どう考えても単純な策には思えない。そもそも、最終ラインという一番重要な位置に立っているのに、戦闘能力が素人というのはあまりにもおかしい。
「ハイネ!後ろに!」
俺はプレイヤー対策の為に用意しておいた魔法を発動させる。ハイネも俺の真後ろへ来るように指示を出し、三人でまとまる。
俺が準備しておいたのは、上級光魔法、白光の盾。名前の通り、光の盾を生成し、攻撃を防ぐ発動型の防御魔法だ。発動型の防御魔法というのは、破壊されなければ、魔力の続く限り防御を続行出来る。奥に居るプレイヤー相手に使おうと思っていたのだが、俺はここでそのカードを切る。
まだ何か起こると決まったわけではないのに、臆病過ぎる選択かもしれないとは思ったが、ここまで色々な修羅場を潜り抜けて身に付けて来た直感に従う事にする。
プレイヤーの女が魔法陣を描いているのは見えているし、その魔法を放たれた時にどう対処するのかはその時考えるしかない。その前に死んでは元も子もないのだから。
俺が、目の前に迫って来ていた奴隷達三人との間に白光の盾を出現させると、三人は白光の盾にぶつかり、足を止める。
「ハイネ!ニル!後ろを頼む!」
俺は周囲の連中が攻撃を仕掛けて来る事を警戒して、二人に指示を出したが、ふと、先程まで聞こえていた剣戟の音が一切していない事に気が付く。
「敵が…」
周囲の者達は、俺達に顔を向けているが、迫っては来ておらず、寧ろ離れていく。
この状況でそんな行動を取る理由が有るとしたら、後ろで控えているプレイヤーの女が準備している魔法か、もしくは、白光の盾にぶつかった三人の奴隷以外には有り得ない。
そして、プレイヤーの女の魔法陣は、まだ完成していない。
「っ?!」
俺はそこまで判断し、三人の奴隷に視線を戻す。
「あぁ……ああ……」
涙を浮かべながら、白光の盾に手を置き、恨めしそうに俺達の事を見る奴隷。
その目と、俺の視線が合った瞬間だった。
ドガドガドガァァァァァン!!
突然の爆音と爆風。
俺達はその場に屈み、爆発から身を守る。と言っても、爆発自体は白光の盾の正面で起きた為、こちらに被害は無かったが…
ビチャッ!
上空にでも吹き飛んだのか、奴隷の…三人の内の誰か分からない者の腕が目の前の地面に落ちて来る。
「なんて事を……」
ハイネはそれを見て、小さな声で言う。
三人の奴隷の役目は、俺達に近付き、自爆する事で被害を与える事だったらしい。
それらしいアイテムは見えなかったし、恐らく爆発する何かを服用させたのか、腹にでも埋め込んだのかしたのだろう。
生きた人間に爆弾を埋め込み、それで相手に攻撃するなんて、考え付いても普通はやらない。やれないだろう。それを平然とやってしまう考え方なんて、異常過ぎる。
だが、ハンドの連中が体内からカルカの木を急成長させて、それを俺達に攻撃として使用した事を思い出す。これは、間違いなく同一人物が考えて実行した策だ。本当に同じ人間かと聞きたくなるような鬼畜の所業に、俺もニルも言葉を失ってしまう。
「人質でも取られていたのでしょうか…?」
「ここまで来ると、何をしていようが不思議じゃないな。」
やっと口を開いたニルは、奴隷が確実に死ぬと分かっていても、俺達に向かって来た事に対して、推測を言葉にする。
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