第473話 フィアー
そんなガナサリスに対して、申し訳ない感じが一切しない謝罪をする青髪の男。
「結局、雑魚はどれだけ集まっても雑魚のままという事か。」
ガナサリスは、青髪の男の言葉を聞いてはいたが、特に気にした様子も無く、低い声で呟く。
「というか、コクヨウはもっと喋ろうよ!」
青髪の男が、隣に居る黒髪の男にツッコミを入れつつ声を掛ける。
「………ヒョウドが喋り過ぎなだけだ。」
やっと口を開いた黒髪の男は、それだけ言うと、また黙ってしまう。
「僕も口数は多い方じゃないんだけど……それはそうと、君達!あの怪しげな連中が懸賞金を掛けた二人だよね?!」
青髪のヒョウドという男は、腰に両手を当てて、胸を張った状態で俺達に声を掛けてくる。
「あんな連中に追われているなんて、一体何をしたんだい?悪い事をするのは良くないよ!?」
何というのか…変に明るい、というのとも違う、ハリボテのアメリカンヒーローみたいな奴だ。
悪い事をするのは良くないなんて、一体どの口が言っているのか…盗賊にだけは言われたくない言葉だ。それに、口数が少ないとか言いながら、これでもかと喋りまくっている。
「おい。二人であの三人の首を取れるか?」
俺達がヒョウドに何も言わずに居ると、その後ろからガナサリスの声が飛んで来る。
「いやー…ちょっと難しいかもしれないね。
そこの刀を持った人。僕の記憶が正しければ、かなり強い人だから。」
そう言って俺の事を指で示してくるヒョウド。
「お前達でも手こずる相手だって事か。」
「残りの二人がどの程度出来るかは分からないけれど、見ていた限り、かなり動けるからね。僕達二人だけだと、手に余るかな。
女の子の方は違うと思うけれど、ボサボサ頭の方は多分渡人だと思うし。」
スラたんの持っているダガーは、かなり質の良い物だから、相手にもプレイヤーだと直ぐに分かったらしい。
ニルもかなり上質な武器を持っているが、奴隷の枷をしている事で、プレイヤーではないと判断されたのだろう。
それにしても、ヒョウドという男の口振りでは、俺の事を知っている様子だった。確かにソロプレイヤーの変わり者として、知っている奴は知っていたみたいだが、そんなに有名だったのか…?プレイヤーとは極力関わらないようにしていたし、トッププレイヤーの者達とも殆ど関係を持っていなかった。イベントの際に顔を合わせた事が有る程度のものだ。
ネット上で叩かれていた事は知っているし、キャラクターの外見はスクリーンショットが出回っていたりしたから、俺というソロプレイヤーに興味を持って調べたならば、知っていてもおかしくはないが、知ろうとしなければ知られない程度のものだったはず。知らず知らず、それ以上の有名人になっていたのか…?俺を警戒するという事は、ソロプレイヤーとしてトッププレイヤーに食い込む程の強さを持っていると知っている者だということだし、こちらの世界に来てからの事ではなく、ゲームだった時の強さを知っているという事になる。
誰かが知っていて、こいつには気を付けろよ!ソロプレイヤーのシンヤだ!という忠告をしたと考えるのが妥当か…
しかし、いくら要注意人物だと知っていても、どれ程の強さかを本当の意味で知る者は少ないはず。
ソロプレイヤーのシンヤってのが強いらしい、という話をネット上見て、どれくらい強いのかを正確に想像出来る事など有り得ない。しかし、ヒョウドという男は、俺の強さをそれなりに知っている。だからこそ、自分達二人だけでは無理だと判断したのだ。この戦場に来てからの事を人伝に聞いたというには、少し正確過ぎる判断に思える。気の所為だろうか…?
「チッ…五人程度も始末出来ないとは、これが終わったら全員教育し直すしかなさそうだな。」
「怖い怖い。程々にしてあげなよ?」
「お前達には関係の無い事だろう。俺達は俺達でやらせてもらう。それより、二人では対処し切れないというのならば、俺も出るとするか。」
話を聞く限り、やはりプレイヤーは、別で動いているようだ。プレイヤーは各盗賊団に助力している…みたいな状態なのだろうか?
「良いのかい?頭が出てしまって。」
「ここまでに潰せなかったって事は、雑魚を何人集めても潰せないって事だ。俺が出るしかないだろう。」
予想通り、イカついガントレット男が、ガナサリスで正解らしい。
「それもそうだね。」
「さっさと片付けて街に乗り込むぞ。これ以上待っていられんからな。」
ガナサリス、ヒョウド、そしてコクヨウが、ゆっくりと俺達の方へ歩いて来る。
何人か、それとは別に後ろから同行している敵兵達も居る。他とは違い、貫禄の有る者が数人居るのを見るに、最側近的な者達だろう。
後ろからも、近衛隊の連中が詰め寄って来ている。
ここまで来たら、後はやるしかない。目の前に敵の頭の一つが見えているのだ。それを取るしか道は無い。
「さてと……」
ガンッガンッ!!
ガナサリスが両拳を打ち合わせると、ガントレット同士が打ち合わせられて、火花を散らす。音はかなり重く、そのガントレットで殴られれば酷い事になるのが目に見える。
ガナサリスはプレイヤーではない。だから、ヒョウドとコクヨウを警戒すれば良い…というわけではないことくらい、俺はよく知っている。この世界に来てから、殺されそうになった事は何度も有ったが、それらは全てNPCだった。プレイヤーと同格か、それ以上の力を持ったNPCは沢山居る。NPCだからヒョウドとコクヨウより弱いとは言えない。特に、殺害盗賊団の頭をやっている者なのだ。侮れるはずが無い。
「三人で固まって対処するぞ。」
「うん。」
「はい。」
スラたんとニルが、緊張した声で返事をくれる。
間違い無く、厳しい戦いになる、街中で戦った時とは違い、敵陣のど真ん中でプレイヤーと戦う事になるのだから。
これまで以上に、上手く連携を取って戦う事が要求されるはずだ。当然、相手も誰が誰を相手にするかなんて事は決めていない。その場その場で、適切な者が相手をする。それが戦場での本来の戦闘方法だ。
ハイネとピルテは、俺達に背後から近付こうとしている連中に援護射撃してくれるはず。近寄られたならば、背後の連中の事も対処しなければならないが、そう何度も近付かれる事は無いはず。
問題は、ヒョウド、コクヨウ、ガナサリスの三人と、その最側近である三人の敵兵だ。
最側近の三人は、全員直剣使い。後ろでハイネとピルテが相手をしている連中よりは動けそうだ。
周囲の連中の事もある為、俺達から仕掛ける方が良さそうだが…たった三人相手に、なかなか手を出して来ないガナサリス達。
ガントレットなんて使っているし、攻撃範囲は狭い為、一気に詰め寄って来るかと思っていたのだが……ここまでの戦闘とは真逆とも言える程、静かな立ち上がりだ。いや、あまりにも静か過ぎる。
俺達の方が数は少ないのだから、場を支配する為にも俺達から攻撃を仕掛けたい。しかし、ここは敵の本陣。トラップが仕掛けてあっても不思議ではない。
相手が出て来ないところを見るに、トラップがどこかに仕掛けて有る可能性は十分有る。
ヒョウドなんて、腰から剣を抜いてすらいないし、誘っているようにも見える。
「そう簡単には引っ掛かってくれないよね。」
「これで終われば楽だったんだがな。」
三人がやっと動き出したが、口振りからして、やはり罠が仕掛けてあったらしい。
「それじゃあ、まずはお手並みを拝見しようかな。」
そんな事を言って、やっと動き出したのはヒョウド。
スラッと鞘に擦れる直剣の音が聞こえると、ヒョウドの腰に携えていた武器が姿を見せる。
刃渡りは普通の直剣と同じくらいだが、少し変わった形をした剣で、刃の真ん中辺りの幅だけが少し大きい。極端な表現をすると、楕円の先端を尖らせた…みたいな形をしている。あまり見た事の無い形状だ。
剣の側面には曲線で幾何学模様が彫られており、美しい剣という表現が正しいだろう。
「美しいとは思わないかな?この曲線。この色。僕のシャディは本当に美しい!」
うっとりとした目で自分の抜いた剣を眺めているヒョウド。自分の剣に名前を付けているらしい。
シャディという剣の名前という事はないだろうし、自分で付けた名前だと思う。何というのか…癖の強い連中ばかりだ。
「しかし、僕のシャディは、血に濡れた時にこそ、その美しさが最高潮に達する。本当に申し訳ないとは思うけれど、君達の血を、シャディに分けてもらうよ。」
先程まで、悪い事はいけないとか言っていた奴が、狂気を孕んだ瞳で俺達を見てそんな事を言ってくる。理解し難い精神だが…いや、彼にとって、他人の血で剣を濡らす事は、悪い事では無いのかもしれない。よく分からんが。
「行くよー!」
ダンッ!
ヒョウドは、しっかりと膝を曲げてから、大きく飛び上がり、俺達の方へと落下してくる。
あまりにも分かり易い突撃であり、普通ならば神力か刀かで迎え打つところだが…ヒョウドの装着している青白い全身鎧。何の金属で出来ているのか分からないが、その防御力は普通の金属製の鎧とは比較にならないだろう。
となると、攻撃は通らないし、攻撃するだけ無駄というものだ。打撃のような攻撃で、鎧など関係無しに衝撃としてダメージを与える方法も有るには有るが、そんなに簡単な話でもない。
そもそも、全身鎧というのは、相手からの攻撃を受けても良いように作られている。言ってしまえば全身に盾を貼り付けているようなものだ。攻撃してきたところで、鎧でガードし、そのまま武器を使って相手を斬る。これが全身鎧の使い方の一つ。そんな堅固な守りの男に、気軽に刀や手足を使って攻撃をしたならば、即座に切り裂かれてしまうだろう。
とにかく、まずは相手の攻撃を避けて…
と思っていたが、ヒョウドの狙いはニル。
この中で一番防御力の高いニルをわざわざ狙うのは、防御力の差を見せ付けて、心を折る作戦なのだろう。
装備だけで言えば、俺達は革製の胸当て程度しか装備していないし、圧倒的にヒョウドの方が防御力は高い。唯一盾を持っているニルでも、それは同じ事だ。あくまでも装備だけの話しではあるが、ヒョウドの防御力は、俺達の数倍は上だと考えて良い。
ニルは飛んで来るヒョウドを見て、直ぐに後ろへと跳ぶ。正面からの打ち合いになれば、自分が圧倒的に不利だと分かっているのだ。
それに合わせて動いたのは、スラたん。
ニルへ飛び込んでいるヒョウドを横から攻撃しようとしているらしいが、攻撃が通るとか、仕留められるとは思っていないだろう。あくまでも、ニルの援護だ。
そんなスラたんに対して、反撃しようとしているのはコクヨウ。軽装備ということから判断出来るように、スピード重視の戦闘スタイルで、ヒョウドを横から強襲しようとしているスラたんの、更に側面から走り込んでいる。
スピードだけで言えば、スラたんの方が速い。しかし、コクヨウのスピードも大したもので、スラたんが援護に入る前に、肉迫する。
「っ!!」
ブンッ!
コクヨウがスラたんに対して横から攻撃を仕掛ける。外套の下から出てきたのは、少し長めのナイフ。とてつもなく質の良い武器という物ではなさそうで、それなりのナイフ…という印象を受ける。
それをスラたんは急停止する事で何とか避けられたが、お陰でヒョウドへの攻撃は中止せざるを得なかった。
スラたんの援護に、俺が入るべきではないのかと思うだろうが、そうしてしまうとガナサリスがフリーになってしまう。俺達の方へと向かって進んで来るガナサリスを無視して、プレイヤー二人にのみ手を掛けていては、横から殴られて終わりという状況になりかねない。
ニルならば、ヒョウドの攻撃を避けられるだろう。スラたんならば、コクヨウの攻撃を避けられるだろう。そう信じて、俺は二人の援護には向かわず、近付いて来るガナサリスの前に躍り出る。
ズガァァァンッ!!
ヒョウドの攻撃がニルの目の前に振り下ろされて、地表が割れる。装備で防御力を爆上げし、それなりのパワーとスピードで押し切る戦い方なのだろう。
「惜しい!」
何が惜しいのか分からないが、ヒョウドの悔しそうな声が聞こえてくる。
「うおらぁぁぁ!!」
ブンッ!!
そして、迫り来るガナサリスは、俺に向かって右の拳を突き出す。
リーチは俺の方が勝っているものの、ガントレットと篭手によって腕が守られている為、簡単に傷を負わせる事が出来ない。その上、ガナサリスの武器は手足であり、攻撃が速く重く、手数も多い上に連撃も簡単に出せるので、反撃の隙はほぼ無い。
「おおぉぉっ!」
ブンッブンブンッ!
右手、左手、右手と、ガントレットが次々と目の前を通り過ぎる。
腕自体が武器となると、リーチも短くて弱そうな感じがするのだが、ガントレットにはガントレットの良さが有り、極めればリーチの不利を消し去る程に強くなる。
「オラオラオラァ!」
ブンッ!ビュッ!ブンッ!
直剣のような一本の武器とは違い、両手が武器となれば、手数は単純に二倍。それだけでもかなりの手数になる。そして、ガナサリスが腕を振る度に、背筋の凍るような音が聞こえる。かなりのパワーが有る音は、盛り上がっている全身の筋肉によって繰り出されているものだ。一撃でもまともに受ければ、全身の骨が粉々になるだろう。
何度かガナサリスの攻撃を避け、微かな隙に桜咲刀を突き込もうとしたが、そのタイミングでガナサリスの後ろから三人の最側近が現れる。
「チッ!」
思わず舌打ちをしてしまう程に嫌なタイミングだ。
ビュッビュッビュッ!
俺は後ろに一歩、二歩と下がって、最側近三人からの攻撃を避ける。
スラたんもニルも、同じタイミングで後ろに下がって来る。
「やはり、渡人の身体能力は侮れませんね…」
二人共、怪我はしていないが、相手にも攻撃を当てられなかったらしい。
「そろそろ疲れが出て来る頃かと思っていたけれど、タフだねー。」
ヒョウドが笑顔で言い放つ。
ヒョウドの言う通り、俺達は、ここまでにも戦闘を行っていて、疲労が溜まってきている。長期戦になれば、俺達の方が不利だ、
しかし、相手も強者。長期戦にもつれ込む可能性は十分に有る。
「コクヨウという男。どうやら外套の下に沢山の武器が仕込んであるみたいだよ。」
俺達はヒョウドの言葉には反応せずに、情報を共有する。
「なるほど…それで外套を脱がないのか。」
コクヨウは、俗に言う暗器使いとか、そういう類の戦闘スタイルらしい。
「何が出て来るか分からないびっくり箱みたいなものだな。」
「毒や魔具を使って来る可能性も有るから、注意が必要だと思う。」
「分かった。」
「ヒョウドの方は、基本的には剣術だけですね。剣術だけで見れば、それ程大した事はありませんが、身体能力と、何より、あの全身鎧が厄介です。
斬り付けてみましたが、小さな傷が付いただけです。」
「そうか…」
全身鎧はそれなりに重く、動きを制限するものだが、それでもそこそこのスピードで動いているのを見るに、常時発動型の魔具でスピードを強化しているのかもしれない。
「ガナサリスは見たままだな。手数が多い。後ろに控えている最側近の連中もかなり厄介だな。」
「後ろの三人から仕留めますか?」
「いや。基本的にはガナサリスが前に出て、最側近の三人は隙を埋める為に出て来る役らしい。敢えて後ろの三人を狙うのは難しいだろう。」
「出てきた時に、狙えるならば狙う…という感じですね。」
「ああ。」
ズガガガッ!
「ぐあぁぁっ!」
後ろでは、ハイネとピルテによる攻撃で、敵兵達が叫び声をあげている。上手く牽制してくれているお陰で、俺たちの方には一人も来ていない。チラッと確認すると、俺達の方へと来れないように、魔法で壁を作ったりして、残った連中と大立ち回りをしている様子だ。流石にその状態でこちらの援護までは頼めないし、こっちはこっちでどうにかするしかないだろう。
「相談は終わったか?」
ガナサリスは、自分のガントレットをガンガンと打ち合わせ、ニヤリと笑う。
自分が負けるなどとは微塵も思っていないのだろう。
「それじゃあ、続きを始めるぞ!」
ガンッ!
ガナサリスが地面を蹴ると、地表が抉れる。
脚力もとんでもないらしい。
ガナサリスの狙いはニル。
防御力ごと殴り飛ばすつもりらしい。
ガナサリスと一度手を合わせてみたところ、ニルとの相性が特に悪いと感じた。ニルの盾や柔剣術は、相手の一撃を利用してカウンターを決め、大ダメージを与えるというものが多い。その為、手数が多い相手には向かない。ニルの長所はそれだけではないが、手数が多くてパワーも有るガナサリスを、ニルが一人で抑え続けるのは難しいだろう。ガナサリスの手数よりも速く動けるスラたんか、一度隙を狙えた俺が出るべきだ。
ニルもそれを分かっているのか、ガナサリスから離れる方向へと移動し、それを追ってくるコクヨウに盾を向ける。
ガナサリスへの対処は、スラたんが行くようで、ニルを追おうとしたガナサリスの目の前に、スラたんが走り込む。
その動きを予想していたヒョウドが、スラたんを挟み込もうと動き出すが、俺がそれをさせないようにヒョウドに向かって走る。
「邪魔をしないで欲しいな!」
ビュッ!!
ヒョウドが、手に持っている青白い剣を、近寄って来る俺に向けて薙ぎ払うように振る。
剣速はかなりのものだ。パワーも人を殺す為には申し分無いだろう。
俺は前に出そうとしていた足を止め、体を後ろへと反らす事で薙ぎ払いの攻撃を避ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます