第472話 主力部隊 (2)

ズガァァァァン!!


岩の砕ける重く鈍い音が響き、俺とニルの頭上を砕けた岩の破片が、いくつも通り過ぎて行く。しかし、そのどれもが通り過ぎて行くだけで、欠片すら俺達には当たらない。


一通りの衝撃が落ち着き、パラパラと欠片が転がり終えると、状況が正確に把握出来る。


俺の予想通り、ダークシェルは岩槍の一撃をしっかりと受け止めてくれていた。因みに、二枚のダークシェルが発動していたが、一枚目すら破壊されていない。


アーテン婆さんが、このダークシェルという吸血鬼魔法を、闇魔法に落とし込んだ劣化版を使っていたが、それですらアイトヴァラスの攻撃を止めていたのだ。この程度の衝撃で破壊されるような魔法ではない。


「ハイネ様とピルテに感謝しなくてはなりませんね。」


「ああ。お陰で助かったな。」


俺とニルは無傷のまま立ち上がり、周囲の敵兵達を見回す。


まさか、俺とニルの両方が、全くの無傷で切り抜けるとは思っていなかったらしく、全員、唖然としている。


そんな連中に対して、俺とニルは魔法陣を発動する。


ダークシェルが突破されるなどとは微塵も思っていなかったのだから、しっかりと次の反撃に備えて準備はしておいた。


「ま、まずい!防御しろ!反撃に備えろ!」


誰の叫び声かは知らないが、俺とニルの手元が光るのを見て、直ぐに行動を指示している。ここまで的確な指揮が取れるという事は、元々は衛兵の指揮官クラスの人物かもしれない。

指揮官ともなれば、それなりの給与を貰っているだろうし、敢えて盗賊になる事はまず無いはず。フヨルデの指示でこの部隊に居るのか、そうなるように裏で手引きされたか…何にせよ、普通では有り得ない理由で盗賊団の一味になったのだろう。


装備も、全員が全員、しっかりと必要な物を装備しているし、質も悪くない。ここまで盗賊団の装備、人材が整っていること、そしてこれだけの人数を抱き込むだけの資金が有る事から、随分前からフヨルデとは手を組んでいたのだろうと考えられる。


ジャノヤは一見すると煌びやかで華やかで活気のある素晴らしい街に見えるが、その実、真っ黒という事になる。何とも恐ろしい話だ。

それに、ハンターズララバイは数万という大軍勢。フヨルデのみならず、周辺の街に居る貴族達にも援助を受けている事だろう。つまり、この辺りから北に掛けての街は、どこも真っ黒ということになる。


そういった貴族達の援助もあってなのか、ハンターズララバイには、有能な者達が集っている。その中でも特に有能な連中は、こうして近衛隊に組み込まれ、小隊長のような形で使われているのだろう。

一人の隊長が指揮を執るのは約二十人。その小さな部隊が十程集まって、大体二百人前後の部隊が出来ている。つまり、この二百人の中には、先程のように優秀な者が何人か居て、そいつらの存在と指示によって部隊が成り立っているという事である。


では、先程と同じように指示を出している連中を始末する事で、勝ち確定ではないかと思うかもしれないが、敵兵の動きを見ていると、どうやらそうではないらしい。

指示を出されるより早く、次の行動に移っている者達が殆どで、指揮と言っても、行動のタイミングを合わせるだけの声掛けにしかなっていない。指揮というより、ただの合図だ。

それはつまり、全員が指揮官に至る能力を持っている者達だということであり、指揮官本人を失っても、部隊としての機能は失わないであろうという事になる。

正確に言えば、全員が全員、そこまでの能力を持っているわけではないみたいだが、少なくとも、指揮官の代理を務められる人材が一つの部隊に二人から三人は居るはずだ。

どうやってこんな部隊を作り上げたのかは分からないが、とんでもない部隊だ。

冒険者パーティのリーダーは、同じような指揮能力を持っている事が多いし、そういった者達を集めようと思えば、集める事自体は可能だろうが、簡単なことでは無い。しかし……それを実際にやっているということだろうか?

もしそうならば、この辺りには、ハンターズララバイの力が既に浸透しており、俺達の味方になってくれるようなお偉方はほぼゼロだということになる。そうなれぼ、もし今回の件で勝ったとしても、その後の生活までもが保証される事はなく、貴族連中は全員目を背けてしまう。資金的な援助も無く、貴族という名の下での保護を約束してくれる相手も居ないとなれば、残った盗賊達によって、良いように食い物にされてしまい、食い詰めた者達は盗賊に落ちていく。完全に負のループだ。

今回の件…勝っただけで終わりという話ではないかもしれない…………いや、今はとにかく勝つ事に集中しなければ。勝利を掴んだ後の事を考えていては、勝てるものも勝てなくなってしまう。


俺達には背を向けず、盾を構えながら後ろへと下がって行く敵兵達。早い判断で恐れ入るが、逃がしはしない。


俺とニルは、ほぼ同時に、全く同じ魔法を発動する。


上級風魔法、エアコンプレッション。


一箇所に空気を圧縮し、急激に解放する魔法で、それ自体にも殺傷力の有る魔法だが、今回指定したのは、敵兵達ではない。

エアコンプレッションの範囲は直径五メートル。この効果範囲では、倒せても十人はいかない程度だろう。それでは被害が少な過ぎる。そこで、俺とニルは目の前に落ちている岩槍の残骸を使う事にしたのだ。


ダークシェルによって砕けた岩槍の残骸は、山のように積まれている。その残骸の一番下。地面の真上で、エアコンプレッションを使用するとどうなるだろうか?


バァァァァァァァン!!


「「「「っ!!!」」」」


空気は地面の真上を中心にして圧縮され、それが解放されると同時に、圧縮されていた空気が爆弾のように爆ぜる。すると、空気が爆ぜる音と共に、山の中心で爆発が起きたかのように、残骸は半球状に飛び散る。水面花火のようなものだ。

大小様々な石塊が空中に飛び散ると、それはあらゆる方向に飛んで行く。


ゴシャッ!バキャッ!


水平に近い角度で射出された石塊は、かなりのスピードで吹き飛んだ為、敵兵が叫ぶ間も無く存在を簡単に潰して飛んで行く。大きな質量を持った岩となれば、着地後に転がるだけでもかなりの脅威だ。

俺とニルは、ダークシェルの後ろに居る為、石塊の脅威には晒されていない。


既に被害は二十人近くに与えられているが、それだけでは、敵兵に甚大な被害を与えたとは言えない。

何故ならば、真横に吹き飛ぶ石塊以外は、全て緩やかな放物線を描いてゆっくりと飛んで行く為、これ以上の被害を望めないからだ。ゆっくり飛んで来る落石に当たるのは、余程ボーッとしているような奴くらいだ。戦場で、敵が主力部隊に食い込む程に近付いて来たのに、ボーッと見ている馬鹿は流石に居ないだろう。


そこで、ニルの魔法の出番だ。


使うのは俺と同じエアコンプレッション。しかし、発動させるのは、俺がエアコンプレッションを発動させた点から垂線を上げた先、空中である。

石塊がその点に到達するより少し早く、エアコンプレッションの圧力が爆ぜるようにタイミングをズラして発動させる。

すると、上空に飛び上がった石塊は、空中から下に向けて球状の圧力を受ける事になり、飛び上がった石塊は、軌道を変えて勢い良く降り注ぐ事になる。

二回の空気爆発を受けた石塊は、傘のような軌道を描いて降り注ぐ、簡易的な隕石となる。


ズガガガガガガガガッ!!


地面が揺れる程の勢いで降り注ぐ石塊。

鎧や盾など無視して、衝突によって次々と人を圧殺していく。

鎧が潰れる音や、骨が砕ける音、肉の千切れる音が周囲を支配する。


突然の隕石襲来によって、主力部隊の敵兵達は、泣き叫びながら逃げ惑っている。


俺とニルの位置にも多少は降り注ぐが、ニルの魔法を放つタイミングが絶妙だった為、主要な石塊は俺達よりずっと外側に落ちて行く事になり、小さな欠片がパラパラ降ってくるだけだった。


その被害数、約百人。


ほんの数秒で、半数にまで敵の数を減らす事に成功した。


「うぅ………」


「だ…誰かぁ……」


隕石によって傷付いた者達は、地面の上で横になって唸っている。

こんな状況になるとは思っていなかっただろうし、残された連中も呆然としていて、何をしたら良いのか分からないといった様子だ。

俺とニルを観察していたプレイヤーらしき二人の男と、偉そうな男も、驚愕しているように見える。特に、偉そうな男は、椅子から立ち上がり、被害を受けた部隊を見回している程だ。

それにしても、こんな戦場の…というか平原のど真ん中に、簡素な造りとはいえ椅子って…誰が運んだのだろうか…?いや、そもそも必要なのか…?


「シンヤ君!」


余計な事を考えていると、後ろからスラたんの声がして意識が引き戻される。

俺とニルの攻撃が落ち着いたのを見計らって、スラたんが俺達の元へと寄って来てくれたのだ。


「凄い事になったね。」


「ここまで被害が大きくなったのは運が良かっただけだが、お陰で半数近く減らせた。このまま一気に奥の偉そうな男の首を取りに行くぞ。」


「うん。ハイネさんとピルテさんは、上から援護してくれるって。こっちの事は気にしなくて大丈夫だって伝えて欲しいってさ。」


「分かった。」


後ろを振り返ると、石柱の上で俺達の動きを見てくれているハイネとピルテが見える。

敵部隊は、まだ数が残っているものの、隊列は乱れに乱れている。この状態でハイネとピルテの援護が有るならば、主力部隊はそれ程脅威にはならないだろう。


「手傷を負っている奴は放置して、元気な奴を処理しながら一気に突破する。」


「よーし!やってやる!」


「私が前衛を!」


ニルが地面を蹴って走り出し、それに俺とスラたんが続く。


「止めろ!」


「行かせるな!」


何人かが叫び、俺達の前に立ちはだかるが、数は少なく、まばら。その状態でも体を張って戦おうとするという事は、やはりここまでに戦ってきた部隊とは少し違うらしい。


カァン!


俺達の進撃を止めようと、一人の敵兵がニルに対して槍を突き出す。しかし、たった三人で、その中の一人だけが槍を持っている状態。他の二人は直剣使いだ。

そうなると、槍使いとニルの一対一だ。単純な戦闘力でも、プレイヤーと一対一を行える程の実力を身に付けたニルに、雑兵が勝てるはずがない。


まるで槍が最初からそこへ当たると決まっていたかのように、盾の中心からズレた絶妙な位置に槍先が当たり、ニルの横を通り過ぎて行く。


「はっ!」


ザシュッ!!


ニルの戦華は、敵兵の槍を持っている指を狙って振るわれ、見事四本の指を切り落とす。


「ぎああぁぁっ!」


「この!!」


指が無くなってしまい、仰け反るようにニルから離れようとした男を守ろうと、横に立っていた男が、直剣を振り上げる。


「はぁっ!」


しかし、ニルの攻撃はまだ終わっていない。


指を斬って、槍使いの横を通り過ぎたニルの戦華は、そのまま槍使いの首元へと向かう。

そして、踏み込む足を円の動きで回し、槍使いの膝裏に押し当てる。


ガッ!!

「んぐっ!!」


「っ?!」


首元を右へ、足元を左へ強く払う事で、槍使いの体勢は大きく崩れ…というか、ニルによって投げられてしまう。柔道の技で言うところの、大外刈りのような投げ技だが、ニルのような女性が、男を投げ飛ばすというのは難しいの一言では足りない。

しかし、柔剣術の体捌きを利用する事で、面白い程簡単に敵が宙に浮いてしまう。凄い技術だ。


ニルの師匠であるランカの話では、正確に言うと、投げているというより、回しているという感覚が近いらしい。

スピード、タイミング、パワー、その他諸々を適切に加えると、人は回るらしい。横にでは無く、縦に。

俺のような身体能力ならば、力の限り足を蹴れば、回るかもしれないが、それとは根本的に原理が違うのだろう。


とにかく、そうしてニルによって投げられた男が、直剣使いとニルの間に壁を作ってしまい、振り下ろそうとした直剣が止まってしまう。振り下ろしたところで、ニルに攻撃が当たらないならば意味が無い。

投げ飛ばされた男がニルとの間から外れ、地面に落ちるタイミングを見て振り下ろそうとしたのだろうが、それでは遅い。こっちには剣速すら凌駕する、スピードの鬼が居るのだから。


ザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッ!!


男が直剣を止めた瞬間、両肘、両膝、右の脇腹と、五回もの斬撃を一瞬にして繰り出すスラたん。

直剣使いの男は、全身鎧を着ていたのだが、振り下ろそうとしていた直剣を止めた事で、スラたんにとって実に隙間を狙い易い状況になってしまったのだ。動いている敵が着る鎧の隙間に刃を通すのは難しい事なのだが、相手が止まっていれば、それ程難しい事では無くなる。


「ぐあああああぁぁぁ!」


どうやら、ここに居る連中も防御魔法は付与されていないようだ。


「死ねえええぇぇ!!」


残った最後の一人が、ニルに向けて直剣を振り下ろそうとする。


俺達三人の中で見れば、一人だけ性別が女性だし、狙い目だと思っているのだろが、俺をフリーにしておいて、ニルに攻撃を当てられると思っているのは、流石に考えが甘い。


「はっ!!」


バギィィン!!!


俺がニルに振り下ろされようとしている剣に向かって桜咲刀を突き出すと、剣の側面に当たった切っ先が、直剣を根元からポッキリと折ってしまう。

折れた刃は明後日の方向へ飛んで行くと、カラカラと音を立てて転がって行く。


「なっ?!」


手元の直剣が折れた事に驚いた男が、俺の方を見る。


質が悪くない武器とはいえ、弱点となる部分を的確に打てば、これくらいは簡単に出来る。流石にプレイヤーの使うような武器を破壊するのは無理だろうが。


ガシッ!

「っ?!」


俺はそんな男の顔面を、兜ごと掴む。

そして、手に力を込めて握ると、兜が変形していく。


ギギギッ!

「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!!」


兜ごと頭を握り潰そうというのだから、それはそれは痛いだろう。全身鎧を着ていなければ、斬り伏せていたのだが、生憎彼は全身鎧を着用している。下手に斬り付けてしまえば、桜咲刀の刃が悪くなる為、こういう方法を取ったのだ。


ブンッ!!


俺は男をそのまま振り回して、正面に向かって投げる。


ガシャッ!!

「ぐあっ!」

「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!!」


叫び声が耳元から遠ざかって行くと、三人と同じように、俺達を止める為に動こうとしていた敵兵達に投げた男がぶつかる。

痛みに叫ぶ男は、仲間に体をぶつけても、そんな事は知らないと、叫びながら地面の上を転がって、兜を脱ごうとしている。しかし、兜は俺の手の形で凹み、脱ごうとしてもどこかに当たって外す事が出来ない。


これから相手が襲って来るかもしれない場所だというのに、地面を転がり回る男のせいで、敵兵達は邪魔をされてしまい、上手く陣形を整えられずにいる。


「だ、だずげでえぇぇ!!」


「邪魔だ!」


自分ではどうする事も出来ない痛みに、男は周囲の仲間に縋り付いて助けを求めるが、俺達が迫って来るのをどうにかしなければと、その男を押し退ける。


そんな状況なのだから、当然俺達の前に立ち塞がる事の出来る数は少なくなる。


少人数が相手ならば、それ程苦労せずに進める。


後ろから追って来る敵兵は、更に後ろに居るハイネとピルテが対処してくれている。


こうして、二十人程を俺達三人で斬り捨てながら進んで行くと、やっと目的である人物の目前に迫る事が出来た。


俺達がプレイヤーだと思っていた二人の男は、やはり間違いなくプレイヤーだった。


一人は女性のように長い青髪に、青い瞳。首から下を殆ど覆い尽くす青白い金属鎧。その背中には青いマントがヒラヒラと揺れており、腰には青白い鞘に入った、柄も青白い直剣。身長は百七十センチ程で、優男っぽいイケメンだ。

防具も武器も、何の素材で作られているのかさっぱり分からないが、上質な物に違いない。


もう一人のプレイヤーは、肩までの黒髪に、切れ長の鋭い目。瞳は黒く、真っ黒な外套に身を包んでいる。フードは無いが、ヒラヒラと揺れる外套の隙間から、黒ずんだ金属の篭手が見える。それ以外は特別な防具を装着していないようだ。武器は見えない。

見た目は忍を格好良くアレンジした…みたいな印象だ。


そして、その二人の後ろに居るのは、恐らくフィアーの棟梁、ガナサリス。

黒髪坊主に剃り込みを入れており、真っ赤な瞳。眉が太く、彫りが深い目。丸い耳に細長い尻尾。ノースリーブの…革ジャンのような物を着ており、生地の端にはモンスターの毛皮が縫い付けられている。下はダボダボの黒いズボンで、茶色の宝石の入ったピアスをしている。見えている腕や首、顔にはいくつもの傷跡が見える強面といった印象の獣人族の男だ。

防具は銀色の篭手と…見えないが、膨らみからして脛当てを装着しているはず。そして、武器は、所謂ガントレット、手甲と呼ばれる物だ。

くすんだ銀色のガントレットで、かなりゴツい、拳部分には突起物らしき物が見えたり、他にも何か仕掛けが内蔵されていそうな形をしている。


ガナサリスに関しては、影武者の事も考えていたが、見た限りかなり上質な武器を装着しているし、本人で間違いないだろう。


「ったく……何で普通に通してんだ。」


低くしわがれた声を、舌打ち混じりに吐いたのはガナサリス。


「いやー。申し訳ない。僕が魔法を使ったせいで、それを上手く利用されちゃったみたいだね。」

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