第457話 アミュ
他への攻撃の再開となれば、私がアミュをどうにかするという当初の目的からズレてしまう。そうならないように、やらなければならない事は、しっかりとやっておかなければならない。
私がここまでに使ったのは火魔法と瓶。それをアミュは鐘楼から見ていたはず。そして、私が何かを放つ度に、状況が悪くなる。そう思っているはず。
アミュは誰が見ても圧倒的な強さを持った弓兵であり、二百メートル先で動く私達に、正確な矢を放って来た。その技術が有るならば、私がもう一度何かを投げた時、どうするかは予想出来る。
ブンッ!
私が投げたのは閃光玉。かなり大きめに作った物で、効果は言うまでもない。
ヒュガッ!
鐘楼から撃ち下ろされた矢が、球体である閃光玉のど真ん中を射抜く。本当に恐ろしい腕。
一度私が瓶を投げただけで、どの程度のスピードで飛んで行くかを認識し、二度目でど真ん中を射抜くなんて…でも、その腕を持っているからこそ、私はこの手を思い付いた。
バァンッ!
周囲一帯を強烈な閃光が支配する。
目が
「ぐああっ!」
「ぎゃあっ!」
兵士達は、その閃光を目にしてしまったらしく、体をくの字に曲げて目を手で覆う。
「痛えぇ!目が痛えぇ!」
「ぐああっ!」
あまりに強い閃光だった為、兵士達の目は、光によって強い刺激を受け、焼けるような痛みに襲われているはず。
ご主人様と閃光玉を作っている時に、何度か軽い閃光を見てしまったけれど、涙が止まらなくなったのを思い出す。ご主人様曰く、あまりに強い閃光を受けると、失明する可能性も有るとか…光という攻撃方法が有るなんて、ご主人様が教えて下さらなければ、きっと思い付きもしなかった。
光が消えてから大通りを覗き込むと、兵士達は全員目を押さえてフラフラしている。
鐘楼を見上げてみたけれど、人影は見えない。閃光を直視してくれたかは分からないけれど、少なくとも今現在は、私の事を見ていないはず。
タンッ!
兵士達とアミュの視界を奪った事で、私の策の殆どが完遂した。後は、大通りを渡り、教会へ突入するだけだ。
私は、建物の影から飛び出して、一気に兵士達との距離を詰める。
「防御!防御を!」
目を開いても、視界が取れない状況で、防御しろと叫ぶ兵士。指揮官が健在ならば、どのように防御するのかの指示を出しているところだろうけれど、既に指揮官は指示を出せる状況に無い。
ザシュッ!ザシュッザシュッ!
いくら全身鎧を着ていても、武器を無闇に振り回していても、目が見えず、私の動きに反応出来ない兵士達を片付ける事なんて実に容易である。
教会前に居た者達を全て屠るのに必要な時間は、数分も要らなかった。
その間も、鐘楼からの攻撃は無かったし、アミュは閃光を受けているらしい。
後は教会の中がどうなっているかだけれど…
ガンッ……
扉は閉じられており、強く押しても開きそうにない。
「そう簡単には入らせてもらえませんよね…」
ここにフヨルデが居るかは分からないけれど、これだけのプレイヤーが居たとなると、十分に可能性は有る。中を確認せずに離脱するのは有り得ない。
それに、未だアミュは生きている。ご主人様とスラタン様へ矢を放ってはいないみたいだけれど、放置するのは下策。時間を置いてしまえば、またアミュの攻撃が始まってしまう。もしくは、取り逃して、別の戦闘で登場してくる可能性もある。より厄介な状況で登場されると、アミュの能力は非常に危険。
ここで確実に落としておく必要が有る。
「やはり、鐘楼の中に入るしかなさそうですね…」
教会へ入るにはいくつかのルートが有る。正面の出入口、裏口、窓、そして鐘楼。
鐘楼は内側に螺旋状の階段が設置されており、そこから昇り降り出来るようになっている。メンテナンスやら何やらをする為のものみたいで、普段はあまり使用していないみたいだった。扉も木製で簡素な物。鍵は一応取り付けられていたけれど、軽く力を入れるだけで壊せるような物で、子供姿の私でも破壊出来てしまった。
教会とは名ばかりで、金の亡者となった者達が、私腹を肥やし、教会の修繕もろくに行わなかったツケが回ってきたという事に他ならない。アミュが鐘楼に上がったという事は、恐らく出入口もそのままのはず。
正面や裏の出入口は、しっかり固められているだろうし、窓から豪快に突入なんて馬鹿な事は出来ない。鐘楼へ上がってアミュを始末し、そのまま教会内へ入るのが最も効率的なはず。
正面の入口が簡単に開きそうならば、少し強引でも中に突入してしまおうかとも考えていたのだけれど、入口を開くには少し時間が掛かりそうとなれば、鐘楼からの侵入に切り替えた方が良い。
鐘楼の高さは約七十メートル。登るのはそれ程難しくはないけれど、問題はアミュの存在。
流石にぴょんぴょんと簡単に登れる高さではないから、
あれ程の威力が有る矢を、頭上から次々と撃たれては対処出来なくなるのは目に見えている。
今は閃光玉によって視界を奪えている状況だから、矢が降ってこないのだろうけれど、腐っても相手はご主人様と同じ渡人。閃光玉だけで無力化出来るとは思っていない。
もうすぐ上からの攻撃を再開するはず。その時、私の位置を一番に確認し、鐘楼を登って来ていると分かれば、ここぞとばかりに矢を撃ち込んでくるはず。
素直に登っても、良い的になるだけ。それに、周囲に散らばっているであろう兵士達も、先程の閃光を見て、ゾロゾロと集まって来るに違いない。上からも下からも攻撃されては、鐘楼を登るなんて夢のまた夢。
という事で、私は、一つの方法を思い付いた。
それは、登れないなら壊してしまえば良いのではないかということ。
破壊と言っても、倒壊させるという意味ではない。流石に七十メートル近い鐘楼が倒壊したら、周囲の被害は大変な事になる。壊すのはあくまでも鐘楼の壁部分だけ。
鐘楼は、言うなれば大きな煙突。中には螺旋状の階段が設置されているのだから、四角形の筒状になっており、壁に穴を作れば、どこかで必ず中の螺旋状の階段へ繋がる。
誰でも思い付く方法だと思うかもしれないけれど、普通はやろうとは思わない。
煙突の大きい物と考えれば簡単に思えるだろうけれど、七十メートルも有る石造りの塔を支えるのだから、厚みはかなりのものだし、穴を開けるには時間が掛かる。そもそも、何かが起きてしまった時に被害が出るような背の高い建物は、魔具を使って建築物自体を強化してある。特に教会ともなれば、信仰の象徴的な建物だし、簡単には破壊出来ないように造られているはず。
つまり、壊そうと思って壊せる類の物ではないという事。
ご主人様の使う聖魂魔法や、高威力の上級魔法ならば、破壊は出来るけれど、恐らく原型を留める事は出来ず、倒壊してしまうと思う。
つまり、普通は考えても実際に穴を開けて中に入る事はほぼ不可能だということになる。
しかし、私にはそれを可能にする方法が有る。
スラタン様が作り出した溶解液でも可能かもしれないけれど、恐らく魔具の効果までは分解出来ない。試した事が無いから分からないけれど……どちらにしても、分厚く堅固な壁に人の通れる穴を掘り進めるとなると、かなりの量の溶解液が必要になるだろうし、時間も掛かり過ぎてしまう。それに、あの溶解液は、あまりにも危険な特性から、インベントリへの保存を約束しているから、今、私の手元には無い。
では何で穴を作るのか。
答えは、私の紋章眼の力である。
これまで、魔力の使用量が尋常ではない事と、操作が難しい事から、使う機会が無かったし、未だ戦闘中に使えるような水準に達していない。しかし、動かない壁に穴を開けるくらいならば、今の私でも出来る。
「ふー……」
急がなければならない事は分かっているけれど、紋章眼を使う時は、かなりの集中力が必要となるから、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
一度、目を瞑り、意識を左目に集中させる。
目を開き、自分の体を見ると、黒い霧が現れているのが見える。
この黒い霧が何で、どういう魔法なのかは全く分からない。
でも、この黒い霧が私を傷付ける事はなく、私の意思で、ある程度操作が可能だという事は分かっている。集中してさえいれば、暴走する事は無いし、変に被害を広げてしまうこともない。
「っ……」
練習に練習を重ねて、魔力量も上がったのに、紋章眼を発動しただけで、ごっそりと魔力を消費した感覚が体の中を走り抜ける。
さっさと壁に穴を開けないと、私が魔力切れで倒れてしまう。
私は黒い霧を鐘楼の壁に向かわせつつ、自分も壁に近付いて行く。
黒い霧は、壁に触れると、音もなく壁を削り取る。いいえ…削り取るというより、消してしまうと表現した方が正しいかもしれない。
スラタン様の作った溶解液が物を分解するところを見たけれど、あれとは全く異なっており、黒い霧が触れた部分は、完全に消えて無くなってしまう。
「っ!!」
黒い霧を操作していると、自分の中の魔力が次々と消費されているのを感じる。
私は黒い霧を操作して、壁に穴を開け、どうにか鐘楼の中と繋げる事に成功する。
「うっ……」
通れるだけの穴が開いたと分かった瞬間、紋章眼を停止させる。
「はぁ……はぁ……」
たったこれだけの事で、私の中に残っていた魔力は、ほぼ全て使い切ってしまった。
開いた穴の壁に手を当てて、脱力感と息切れを落ち着けようとする。目の前がボヤけそうになり、フラつく足に無理矢理力を込める。
「んっ…」
ゴクッ…
腰袋に入っている魔力回復薬の入った瓶を取り出し、一粒飲み込む。
飲み込む動作さえ辛く、何とか喉の力で丸薬を胃に押し込めると、消費した魔力が戻って来るのを感じる。
「いつもいつも……私がこうしていられるのは、全てご主人様のお力が有ってこそです。」
魔力回復薬なんて、他には無い物を、私に常備させて下さるご主人様。私がこの世に存在出来ているのは、全てご主人様のお力。それを回復していく魔力と共に感じ、自分の胸元に手を当てる。
「私の全ては、ご主人様の為に。」
ご主人様から頂いた簪を使って自分の髪をまとめて止める。
ここにはご主人様やスラタン様に矢を撃っていたアミュという者が居る。
最初の一射を放った時点から、アミュの運命は死だと決まっている。ご主人様目掛けて矢を放つとは、例え同じ世界から来た者だとしても、許されない蛮行。その罪は死で償わせてやる。
魔力が回復し終わったところで、開けた穴を土魔法で閉じて、鐘楼の内部へと入る。
ビュッ!
ガッ!
私が上を見上げようとすると、上から矢が降ってくる。
どうやら既に視覚は戻ったみたい。でも、完全には戻っていないのか、狙いが外れていて、数十センチ右に着弾する。
鐘楼の中は、中央が上まで吹き抜けになっており、壁の内側に造られた螺旋状の階段が上まで続いている構造。壁を削って階段を造ってあると言った方が分かり易いかもしれない。階段は壁を掘るような形で作られている為、上に行く程壁の厚みが薄くなり、階段の幅は一メートルも無い。
タンッ!!
私は床を強く蹴って、正面の階段に飛び上がる。一気に高さ数メートルを飛び上がった事に対して、上に居るアミュの気配に動揺を感じる。
ビュッビュッ!
次々と矢を放って来る。遠距離で放って来ていた時より少し早い間隔で撃って来ているのを見るに、あれでも狙いを定めてから放っていたらしい。
タタタッタンッ!
ガッ!ガッ!
階段を駆け上がり、また対面の階段へと飛び上がる。
まだ矢の狙いが定められない内に、近付けるところまで近付いてやる。
階段の一部に着弾した矢は、先程よりも更に威力が増しており、石造りの階段を一部破壊し、その破片がパラパラと下へ落ちて行く。
「っ!!」
私が矢を避けている事に対して焦りを見せるアミュ。二百メートル先の動く的を正確に射抜かんとする腕を持っているアミュから見れば、五十メートル程の距離は至近距離と言える。それを尽く外してしまっているのだから、焦りもする。
視覚は既にほぼ戻っているはず。恐らく、閃光玉を射った時、閃光をほぼ見なかったのだと思う。射った時に閃光玉の存在を思い出したのか、当たる瞬間に目を逸らしたのか、それとも、七十メートルの距離によって、光が減衰したのか。何にしても、私を狙える程度の視覚は維持しているはず。
一射目を大きく外してしまった事で、その後に続く二射、三射目も動揺で狙いがブレたという事だと思うけれど…そこは流石と言うべきなのか、焦りを制御して、落ち着きを取り戻していくアミュ。それが下に居てもよく分かる。
そうなると、ここまでのように強引に進むのは難しい。
私はアミュが弓を構えたのを見て、今回は足を止める。
ビュッ!ビュッ!
ガキィィィン!ガキィィィン!
「っ!!」
何とか盾で受け流せたけれど、やはり威力が上がっている。距離が近付く程に威力が上がるのは分かっていた事。でも、実際に盾で受け止めると、その違いがよく分かる。
それでも、私が前に進まなければ、私からの攻撃は届かず、アミュの矢は飛ばし放題。ここからは小細工を凝らすよりも、純粋な戦闘技術での押し合いになる。
私が矢の雨を潜り抜けて上まで到達するか、アミュがその前に矢で射抜くか。
毒が塗ってある事は分かっているから、矢が
ガキィィィン!ガキィィィン!
何度も打ち付けられる矢の圧力で、手と腕が徐々に痺れてくる。矢を放ってから番え、また放つまでが異様に早く私はのそりのそりと階段を上がっていくしかない。
上までは残り四十メートル。まだまだ先は長い。腕がもってくれるかどうか…
一気に近付ける可能性が有るとしたら、用意されている矢が無くなったタイミングだとは思うけれど…どれだけの量を用意して有るのか分からない。
私が近付いて来たと分かった時点で、インベントリから矢を補充しているだろうし、階段を上がり切る方が早いかな…
ガキィィィン!ガキィィィン!
何度も何度も矢を受け流し、腕が痛くなり始めた時、やっと残りが三十メートルになる。ここまで来るとアミュの顔が見える。
黒く長い、クネクネした髪に、黒い瞳の女性。薄い唇に小さな鼻。水色の宝石が入ったピアスをしていて、真っ黒な外套の下には皮の胸当てが見える。上下黒色の服で、全身真っ黒というイメージ。影に紛れる為の格好なのだと思う。
見た目は綺麗な女性で、
構えている弓は恐らく金属製。見た事の無い素材だから確実とは言えないけれど、浅黒い色でツルツルしたシンプルなデザインの長弓と呼ばれる類の弓だと思う。見た目に華やかさは無い装備だけれど、かなり良い質の弓だということは、私にも分かる。
矢を番え、弦を引くと、ギリギリと音がする。しかし、普通の弦とは違い、甲高い音がするのを聞くに、弦も普通の物とは違う素材だと思う。私が盾で受け流しても、その圧力で腕が痛くなるのだから、かなり弦を引くのも力が必要なはず。普通の人には弦を引くことさえ難しいのではないだろうか。
それだけの装備で矢を射れば、二百メートル先でもそれなりの威力を保てる。
恐らく放っている矢も、普通の木の矢ではなく、特殊な木材で出来ているはず。普通の木の矢では、弓の力に耐えられない。
ビュッ!ビュッ!
放たれた矢が、私の手元に来るまで、一秒も必要無い。放たれてから盾を動かしたのでは、全く追い付かない。視線や腕、手の動きを見て、どこを狙っているのか先読みし、盾を構える。アミュは狙い易いように、私が階段を移動するのと同じように鐘楼の上を移動している。真上からでは、私の体はほぼ盾に隠れてしまう為、防御が楽になってしまう。常に対面の位置取りであれば、全身どこでも狙う事が出来る。
ガキィィィン!ガッ!
盾で受け流し、足先を狙った矢を避け、また飛んで来る矢に意識を向ける。
これだけ撃っても、掠りさえしない攻撃に、アミュの細い眉毛がピクリと動く。
カシャッ……
「っ?!」
これまで、矢を番えた時に聞こえていた音とは全く違う、金属音が聞こえてくる。
アミュが番えた矢は、明らかに木製ではない。ツルツルとした金属光沢。弦を引くと、ギャリギャリと金属同士が擦れ合う、鳥肌の立つ音が聞こえてくる。
音と見た目だけで、その矢は盾で受け止めてはならない、危険な矢だと確信する。
「っ!!」
私は急いで階段を駆け上がる。
バヒュッ!
アミュが手を離すと、矢が風を切る音とは思えない背筋の凍る音がする。
タンタンッ!
アミュが矢から手を離すとほぼ同時に、階段を蹴り って真上に飛び上がり、壁をもう一度蹴って側面の階段に着地する。
ガンッ!ガラガラッ!
着地と同時に矢の着弾点を見ると、壁が破壊され、その一部が鐘楼の外側へと落ちて行くのが見える。
鐘楼の上部は、下部と比べて壁が薄く作られているとはいえ、強度の問題も有るし、それなりの厚さは保っているはず。それなのに、たった一射でその壁を破壊する程の貫通力。放たれた矢は、恐らく壁を突き抜けて、外へと飛び出していると思う。
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