第456話 教会へ

アミュとこちらの完全な遮断は出来ることならば避けたい。だとしたら、どうするのが最も良いのか。


アミュの攻撃を受けつつ、ハンド二人と戦うのは実に難しい。いいえ、難しいというより無理に近い。

そもそも、アミュの矢を気にしながら、ハンドに武器を振る事さえ難しい。


魔法を使う暇はハンドの二人が与えてくれるはずがない。そうなると、アミュの視界を妨げず、二人を確実に殺せるアイテムを……いえ…アイテムを使おうとすれば、ハンドの二人は逃げるにしろ攻撃を仕掛けてくるにしろ、行動を起こす。でも、私は腰袋から選んだアイテムを取り出して、投げ、確実に効果をハンド二人に与えなければならない。しかも、その後、飛んで来る矢を盾で受け止める必要も有る。この状況でそこまでの事が出来るのか…いいえ。適当に投げ付けるくらいならば出来るかもしれないし、それが大爆玉ならば、二人を仕留められるかもしれないけれど、周囲の家々にも被害が出てしまう。

家が壊れるだけならばまだしも、中に人が居たら…ううん。街を封鎖しているのだから、間違いなく住民が居る。

街の南門を破壊して侵入して来たけれど、住民達は逃げようとしていない。未だフヨルデという奴を信じているのだと思う。若しくは、問答無用で斬り捨てられてしまうから、出られないのか…どちらにしても、住民達はまだ街の中に居る。

恐らくだけれど、敢えて住民達を残したのは、私達が一般の住民に対しても、被害を出さないように戦う事を予想して、ご主人様の聖魂魔法を封じる為の策でもあるのだと思う。

聖魂魔法は強烈な魔法で、使い所によっては事態を一変させる程の力。それを使わせない為の住民達という事なのだと思う。


要するに、私は、もっと速く、確実にハンド二人を殺せる方法で攻めなければ、この状況を打開することが出来ないという事。


もし、どう足掻いてもそれが無理なら、アミュの視線を切って、ハンド二人を確実に殺すという不確定な方法を取るしかないけれど………


私が出来る事、持っている物、周囲の状況から、あらゆる方法を考えてみる。

思考し、破棄し、再思考し、破棄し……そして、私は一つの結論に辿り着く。


ハンド二人を…いいえ。一人は確実に殺せて、アミュの攻撃をも防ぐ方法。

出来るかは分からないし、確実性も低い。でも、出来るか出来ないかで言えば、出来る。


「ふー……」


大きく息を吐く。


いつも、不可能を可能にするご主人様の姿を見てきた。

それは容易い事ではないし、傷を負う事だって一度や二度ではなかった。


ご主人様が考えている事を全て網羅する事など私には無理。いつも突飛に思える作戦を立てたり、行動を取ったりするけれど、そこには全てを覆す思惑が絡んでいる。

どんな状況でも、絶対に諦めたりせず、打開の一手を打つ。思考を止めない。

そして、日々の鍛錬によって、普通は不可能だと、絶対に出来ないと言われるような事も、ご主人様はやり切ってしまう。

だからこそ、ご主人様は強い。

そして、私はそんなご主人様の奴隷。だとするならば、私もそう在るべきであり、そう在ろうと努力するのは至極当然の事。ご主人様が思考を止めないのに、その奴隷である私が思考を止める事など許されない。そして、ご主人様は絶対に思考を止めない。ならば、私も絶対に思考を止めたりしない。

そして、出来る可能性が有るならば、やってみせる。私がご主人様やランカ様に師事して得てきたものは、全て私の中に有る。私の考えた方法は、ご主人様にも、ランカ様にも出来るはず。ならば、私にも出来るはず。


ビュッ!!


鐘楼から真っ直ぐに飛んで来る矢。ハンドの二人も、それに合わせて走り出す。


私は一歩、矢に向かって足を出し、盾を構える。

矢の軌道は真っ直ぐ。狙いは私の頭。


矢のスピードは剣のスピードとは比べ物にならない速さ。タイミングを間違えてしまえば、私は後ろの二人に殺されてしまう。


「はあっ!」


飛んで来る矢の先端と、盾が触れる直前、盾を斜めにして威力を自分の右側へと流す。これだけならば、ここまでと同じ。しかし、重要なのはここから。


アミュの放った矢は、斜め上から飛んで来ている。少しすくい上げるような形で、盾の角度を調整し、腕を引きながら、少しずつ、しかしスムーズに盾を動かす。


盾に触れた矢は、徐々に軌道を変えて、私の横を通り、後ろへ向かって走り抜ける。


ギィィン!


ドスッ!!

「ぐがっ!」


盾を利用して矢を逸らし、それを上手く誘導、そして、後ろから迫り来るハンドの一人に当てたのだ。


流石に狙いを定めて逸らすなんて事は出来なかったけれど、ハンドの連中は鎧を着ていない者が多く、この二人も身軽に動く為に鎧は着ていなかった。故に、体のどこかに当たれば、動きは止まる。

本当に偶然、矢はハンドの一人の喉元に突き刺さった。


「このっ!」


残った一人が、私へ短剣を振り下ろそうとしている。

もし、アミュの矢を受けて、私の体勢が崩れていたりしたならば、ここで短剣を受け止めて……その後に来るアミュの矢までは受け止め切れなかったはず。しかし、私は盾を引き付け、いつもの姿勢に戻っている。体勢は万全。そして、アミュからの援護はまだ来ない。

後は、確実に残った一人を仕留めてしまえば、アミュの次の攻撃も落ち着いて対処する事が出来る。

でも、ここでも更に一つ嫌がらせをしておく。


「やぁっ!」


私は右足を前に素早く出して、相手の前足に当てる。相手は、走る動作の途中で突然前足を止められてしまい、前傾姿勢になる。


カンッ!


私は、相手の短剣を、水平に持ち上げた盾で受け止めつつ、右手で二の腕を刺し、そのまま敵を担ぐように鐘楼の方へ向けて投げる。

そうする事で、鐘楼からの射線が、僅かな時間だけど遮断される。


ドスッ!!

「ぐうぅっ!」


私の投げた者の鳩尾辺りから、飛んできていた矢の先端が飛び出して来る。流石に貫通して私に飛んで来るということはなかったけれど、背中から入った矢が腹から半分突き出している。普通は考えられない威力だ。

アミュは直ぐに二射目を撃ってくると思い、そのタイミングに合わせて敵を投げたのだけれど、上手くいった。


最初の矢を受けた者が、死ぬ前に攻撃を仕掛けて来るかもしれないと思い、後ろを見ると、喉元に突き刺さった矢を指で触れて、膝を地面に落とすところだった。

その後、頭を左右に何度かフラフラと振って、横へ倒れる。襲って来なくて助かったけれど……倒れ方が普通の倒れ方と違うように見えた。気の所為せい…?


ズザザッ!


私が投げ飛ばした者は、仰向けのまま地面の上を滑り、二メートル程奥で止まる。


ガキィィン!


直ぐに次の矢が飛んで来るけれど、私は既に防御の構えが完了している。


「ぐ……うぅ…」


正面に倒れていた者が、腹から突き出した矢の先端を見詰めながら、地面に手をついて立ち上がろうとする。


「うっ……」

ドサッ…


しかし、フラついて立ち上がれないらしく、横へと倒れてしまう。

見た限り、痛みでフラついているわけではないと思う。


「毒…?」


ガキィィン!


矢を弾きながら、ゆっくりと前へ進んで行くけれど、その間も何度か立ち上がろうとしていたハンドの片割れ。しかし、何度立ち上がろうとしても、立ち上がれず、時間の経過と共にそれは酷くなっているように見える。


ガキィィン!


タンッ!


遮蔽物から三メートルにまで近付いたところで、ハンドの者の横を通って、一気に走り抜ける。


建物の影に入り込み、倒れているハンド二人を見る。

喉に矢が刺さった者は既に死んでいる。もう一人は、立ち上がろうとするのを止めて、地面に倒れたまま、動かなくなっている。腹部が上下しているのを見るに、まだ生きてはいるみたいだけど…


矢が突き刺さったままなので、出血はそれ程無いみたいだけど、体内でも出血はしているだろうし、死ぬのも時間の問題だと思う。

しかし…フラフラして立ち上がれなかったのを見るに、恐らく、矢には毒が塗ってある。でも、死に至るような毒ではなく、平衡感覚を失うような毒ではないかと思う。

でも、動けなくなれば、確実に頭を射抜かれるだろうし、矢が掠めるだけでも命取りになりかねないという事。

矢に毒を塗って使うのは、盗賊のような連中に多い戦い方だし、想定はしていたから、特別驚いたりはしていない。寧ろ、敵の身を通して知れたのは幸運だった。知らないままだった場合、それが命取りになっていたかもしれない。


まだ鐘楼までの距離は有るけれど、このまま行けば、教会前の大通りまでは射線を切りながら進んで行ける。問題は教会前の大通り。

恐らく敵兵も沢山待ち構えているだろうし、矢の威力も最大に近いものになるはず。

ご主人様に任せて欲しいと言ったからには、勝算は勿論有る。大通りを突破する為の策も考えている。

でも、絶対に上手くいく保証は当然無いし、私の頑張り次第だということに変わりはない。


細い路地を走りながら、ご主人様とスラタン様の方へと飛んで行く矢を見ながら、気合を入れる。


「ここから先は、撃たせません。」


教会の手前。大通り沿いに建っている家屋の影に隠れ、周囲を確認する。


予想通り、大通りには、鐘楼を登った時より多くの兵士達が集まっている。一人一人の実力はプレイヤーのそれとは比べるまでもないだろうけれど、その分人数が揃っている。

私達が攻めて来ている事は聞かされているみたいで、かなりの警戒態勢だ。

常に、二十人程が教会前の大通りを警護しており、ただ真っ直ぐ飛び出したら、真上から矢が、地上からは兵士達が襲いかかって来る。いくら盾が有るからと言っても、全ての攻撃をいなす事なんて出来ないし、馬鹿正直に正面から行けば、数秒ももたない。

となれば、いつもご主人様がやっている事。相手の人数が多いなら、削り取り、誘い込み、あらゆる手を使って集団を操作して圧倒する。何度も見てきた事。


「まずは……」


教会前の大通りには、住民も居たはずだけれど、戦闘が開始されてから避難したのか、今は住民達の姿が無い。ハンディーマン側の人間ばかりなら、住民を盾にするくらいしそうだけれど、住民達も馬鹿ではないし、ここが戦場になる事くらい察知して、家に帰ったのか…もしかしたら、教会の中に逃げ込んだかもしれない。もし教会に逃げ込んだのだとしたら、教会ごと鐘楼を倒壊させるという手は使えない。中がどうなっているのか確認出来るまでは、人数を減らす事に集中しよう。


そうなると、一番効率の良い方法は、アイテムや魔法を駆使して相手を削っていく方法。

ご主人様には、いつもアイテムの使い方が上手いと褒められているし、少しだけ自信が有る。自分の得意で攻めるのは、戦闘における定石。


腰袋に入っているアイテムには限りが有る。無駄に使ってしまうと、翻弄する前に無くなってしまうから注意しつつ…


頭の中で、自分の使ったアイテムがどのように作用し、相手がどう考え、どう動くのかを想像し、アイテムを選ぶ。


準備に少し時間が掛かってしまったけれど、一通りの準備を終えたところで、最初の一手を発動させる。


ゴウッ!


まず使ったのは、上級火魔法、獄炎球。ファイヤーボールの上位互換魔法。


アイテムを使わないのかと思うかもしれないけれど、アイテムにも使うタイミングというものが存在する。

魔法陣を描かずとも使えて、それなりの被害を出せるのがアイテムの良いところなのだけれど、与える被害自体は大体が中級魔法程度。物によっては初級魔法程度の効果しか与えないアイテムも有る。

相手の兵士達は魔法によるシールドを張っているだろうし、教会に取り付くような配置。通りのこちら側には兵士達が居ない事から、教会を守る事に専念しているはず。そんな所に中級魔法程度の攻撃を仕掛けても、被害はほぼゼロとなってしまう。

初手で必要な事は、こちらが被害を与えられる存在であるという事を強く印象付けるという事。初手で被害がほぼゼロとなれば、相手に余裕を与えてしまうし、今後の相手の動きに大きく関わって来る。

建物に対する多少の被害を覚悟してでも、強力な一撃を撃ち込む必要が有る。


バギィィン!


「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」


獄炎球は、上級魔法の中では効果範囲こそ狭いけれど、攻撃力が高く、何より生きたまま焼かれる者の叫び声は、相手の兵士達に強い恐怖感を与える。


「敵襲!敵襲!」


兵士達は直ぐに魔法を放った私の姿を確認し、大盾を持った兵士達が集まって来る。

鐘楼からは見えない位置に立っているから、矢は飛んで来ない。


「防御陣形を整えろ!急げ!」


兵士達に指示を出しているのは、人族の男で、ガシャガシャと鎧の音を立てて走り回る兵士達の中心に立っている。


ブンッ!


私はその指揮官に向けて、小瓶をいくつか投げ付ける。


ボンボンッ!


投げた小瓶のうち二つは炸裂瓶。残りは強酸性液。

こういう戦闘において、指揮官という立場の者は、思っているよりも大きな存在である事が多い。

誰かが死んでしまうような戦闘の最中、あまり小難しい事を考えるような者はおらず、大抵は指揮官の指示に従う事で行動している。

私達でも同じ事で、それぞれが考えてはいるものの、大きな指示はご主人様が出しており、その指示を元に、思考を組み立てている。そんな道筋を決める役割のみを負っているのが指揮官という役割で、言うなれば部隊の頭、脳である。指揮官以外の者達を体だとした場合、もし、頭を、つまり脳を潰されてしまったら体はどうなるのか。当然ながら動けなくなる。部隊全体がどうしたら良いのか分からなくなってしまうのである。

そうなってしまうと、部隊はあらゆる攻撃に無防備となり、攻撃を防ぐ事も、相手に対して攻撃する事も出来なくなってしまう。だからこそ、指揮官というのは最も防御の厚い場所に居たり、部隊の者達が守っていたりしている。


そこで、私は一撃目。上級火魔法によって、脅威を示し、指示を出す指揮官を探し出す事に一手を費やした。そして、見付けた指揮官が、堅固な守りの中へ入ってしまう前に、指揮官を落とす為の攻撃を放ったのだ。

まず、炸裂瓶の役割は、指揮官自身に掛けられた防御魔法を破壊する事。炸裂瓶の中に封入されている星型の胞子は、爆発四散して、周囲に飛び散るけれど、それ自体に大きな破壊力は無い。しかし、封入されている胞子の数は多く、攻撃の手数がとてつもなく多くなる。それに加えて、四散する胞子は、周囲の兵士達にも当たる為、そちらの防御魔法までをも破壊する一手となる。

一撃で全てを破壊するような魔法であれば、余計な事を考えずに放てば良いのだけれど、上級魔法をポンポンと撃ち込める程、魔法陣を素早く描く事は、今の私では出来ない。

そもそも、最近になって魔力が増大して、やっと上級魔法を撃っても魔力切れを起こさなくなったのだから、上級魔法の魔法陣は描き慣れていない。毎朝練習はしているけれど、ご主人様にも合格を貰っていないし、まだまだ練習が必要。

最初の一手は、相手がこちらに気が付いていなかったから問題は無かったけれど、陣形を整えるより先に上級魔法を描く事は出来ないし、斬り込むなんて勿論出来ない。となれば、アイテムの力に頼るしかない。

毒系統のアイテムでも良かったけれど、兵士達が居るのは大通り。風は吹いているし、毒が流されてしまう事を考えると、どうしても確実性に欠ける為、別の手段を取ったという事。


ザザザザザザザザザッ!


バリィィンバリィィン!


炸裂瓶の攻撃によって、何人かの防御魔法が破壊される。狙っていた指揮官の防御魔法もしっかり破壊出来た。


バシャッ!ジュウウウウウゥゥゥッ!


「ぐああああああぁぁぁぁ!」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!」


炸裂瓶から四散した胞子が、共に投げた強酸性液の瓶に当たり、瓶が空中で破壊され、中身の強酸性液が周囲に降り注ぐ。


指揮官は強酸性液を頭から被ったようで、兜が溶け、頭皮がただれていく。

周囲の兵士達が息を飲む程の、空気を割るような叫び声が大通りに響き渡る。


これで指揮官は排除出来た。死に至るかは微妙なところだけれど、頭を焼かれた痛みで、指示を出すどころではないはず。


他にも何人か、強酸性液の被害を受けた者が居て、部隊は防御陣形を整えるどころではない。

本来であれば、部隊の中に斬り込んで追い討ちをかけたいところだけれど、アミュは未だ健在。私の動きに目を光らせているみたいで、先程からご主人様やスラタン様の方へは矢を放っていない。一先ずこちらに注目させる事には成功したらしい。

弓兵にとっては、近付かれる事は何が何でも避けたい事だろうから、真下で騒ぎを起こせば、こちらに注目せざるを得なくなるとは思っていたけれど、どうやら正解だったらしい。


それにしても、教会の目の前まで来たのに、未だアミュは鐘楼の上に居る。鐘楼の上がアミュにとって強い立ち位置だということは理解出来るけれど、私にここまで近付かれたならば、一度鐘楼を放棄して、別の場所に移動するかもしれないと考えていたのに、そうはしないみたい。

余程自分の腕に自信が有って、私が教会に入る前に仕留められると思っているのか、それとも、ここを死守するつもりなのか…理由は分からないけれど、逃げずに戦ってくれるならば、私としては面倒が無くて良い。


私が飛び出して来るタイミングを今か今かと待っているであろうアミュ。そうして私にアミュの目を釘付けにしているだけでも、他への攻撃をさせないという効果は有るけれど、このままここでじっとしていると、他への攻撃を再開する可能性が出てくる。

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