第444話 ジャノヤ
「その辺の兵士から、鎧を剥ぎ取って紛れてみるか…?」
「ここまでの作戦を考える連中が、鎧を奪われた時の対策をしていないとは思えないし、下手に着ない方が良いんじゃないかな?」
「それもそうだよな…」
五人で何か案は無いかと頭を捻る。
教会自体も大きく、正面には大きな出入口の扉が一つ見える。裏口も有るみたいだが、使うのは教会の関係者ばかりで、外の者が使えば一発でバレてしまう。
兵士達は、二人一組になって巡回しており、出入口の前にも二人立っている。目を盗んで入り込むのは難しいだろう。
子供騙しのような手は通用しない数が配置されており、戦闘して殲滅するか、別の場所へ向かうしかないか…と考えていると、ニルが声を上げる。
「……ご主人様。私が行っても良いでしょうか?」
「何か手が有るのか?」
「はい。私の変身魔法で、子供の姿になって入るのはどうでしょうか?」
ニルは、子供の姿に変身する事が出来る。最近はずっと本来のサイズである大人バージョンばかりだったが、出会った時は子供バージョンだった。すっかり忘れていたが、ここまで大人バージョンのニルでずっと行動してきた為、相手は子供バージョンのニルを知らない。
「なるほど…確かにそれならバレずに侵入出来るな。」
俺の偽見の指輪は、多少の容姿を変えるが、背丈や体付きまでは変わらない為、見る者が見れば見破る事が出来なくはない。
「子供って…どういう事かしら?」
「え?その…変身魔法で子供の姿に変身して…」
「そんな事が出来るの?!」
「え?あれ?」
ハイネ、ピルテとの温度差に、俺とニルはかなり戸惑う。
確かに、ニルが子供の姿に化けられるという話はしなかったが、それは、そもそも変身魔法はそういう魔法だと思っていた為、それが当たり前だと思っていたからだ。
確かにハイネとピルテから聞いた話では、変身魔法自体結構珍しい魔法だという事だったが、ハイネとピルテも使える為、そこまで深く掘り下げなかった。
「そんな事が出来る変身魔法なんて聞いた事無いわよ…?」
「え?!」
因みに、ハイネとピルテが吸血鬼族であり、魔族の一員だとスラたんに明かした時、ニルも魔族である事は明かしてある。スラたんが魔族の問題に関わると決めた時点で、秘密にする理由も無くなったからだ。
「そ、そうなのですか?」
「ええ……」
「もしかして…これも普通ではありませんか?」
そう言ってニルが体から出したのは、黒い霧。
最近では戦闘のレベルが高くなり、ニル自身も強くなった為、すっかり見なくなったが、ニルには自動で反撃する防御魔法が備わっている。
相手の攻撃も、自分の攻撃も、自動防御魔法が反応出来る領域を軽く飛び越えている為、魔力消費を抑える意味で、発動しないように調節していたのだ。
これは俺ではなく、ニルの師匠であるランカの助言だ。自動反撃してくれる魔法は素晴らしいのだが、戦闘のレベルが高くなり、それが上手く作動していないならば、どうにかして制御し、下手に頼らないようにするべきだと。
ここで役に立ったのが、
オウカ島の神殿で見つけた金色の金属で出来た十センチ程度の立方体であり、ニルの紋章眼に反応して黒い霧を吸い取る物だ。鑑定魔法の結果は…
【永久の箱…特定の紋章眼にのみ反応して開く箱。】
というものだったが、未だ開いておらず、ニルが何度か挑戦しては魔力不足で倒れそうになるを繰り返している。
ニルの周囲に発生した黒い霧を吸い取る箱で、真紅の鏡と共に、紋章眼の使い方と、黒い霧の扱い方を学ぶのに役に立ってくれている。
そうして、ニルは例の黒い霧を自分の力で制御し、抑え付けているのだ。
黒い霧と紋章眼、そして両親が掛けてくれた防御魔法。これは全て一つである事は分かっている。
俺とニルの推測では、燃費の悪過ぎる紋章眼は、子供の体には負荷が掛かり過ぎる為、両親が蓋のような物をしたのではないかと考えている。
子供相手に、それを説明するのは難しい為、両親が掛けてくれた防御魔法…という事にしたのではないかと。
ニル自身は、自分を思ってなのか、それとも違う意図が有ったのかは分からないと言っていたが、俺はニルの両親は、ニルの事を助ける為に、封印のような事をしたのではないかと思っている。
「な、何かしら…?それは…?」
兎にも角にも、ニルの黒い霧は、魔族の中では珍しいものでは無いと考えていたが、ハイネとピルテがそれを見た時の反応からすると、普通のものでは無いらしい。
「変身魔法を使う際に、この霧の力を借りるのですが…これは普通の魔法ではないのですか?」
「そうね…少なくとも、私やピルテが使うのは、髪の色を変えたり、容姿を他人が見た時に違って見えるようにする程度のものよ。」
「私もそのような黒い霧は初めて見ました。私達が使う吸血鬼魔法とも違ったものに見えますね…」
「そ、そうなのですか…?」
子供の姿に変身出来るなんて、普通に考えたらこの世界の魔法としても不可思議だとは思っていたが、やはり普通ではないらしい。となると、黒い霧も見た事が無いという話からも、恐らくニルの紋章眼自体が魔族内でも珍しいのだろう。
「ニルの両親を探す手掛かりになりそうな情報だが…今はそれよりも優先するべき事が有る。
どうしては一先ず置いておいて、変身してニルが潜入。鐘楼の上から街を一望してくれ。」
「分かりました。地図も出来る限り作ってみます。」
「頼む。俺達はその間、身を隠している。何かあれば直ぐに援護に入れる距離に居るから、何かあれば魔法でもアイテムでも良いから合図を送ってくれ。」
「分かりました。」
ニルに子供用の服を渡して、俺達はその場から離れる。
鐘楼からは少し離れる事になるが、直ぐに援護へ入れる準備はしておく。
暫くすると、ニルの居た場所から子供姿のニルが現れる。髪は黒色で、ボロボロの外套を羽織っている。子供の奴隷として振る舞うつもりらしい。
ニルはフードを被り、細道を出て教会の前へと歩いて行く。
道を巡回している兵士達は、ニルに目を向けると、その内の二人が反応してニルの方へと寄って行く。
子供の奴隷がたった一人で街の中を歩いているのは、かなり珍しい光景だ。稀に奴隷が主人の代わりにお使いのような事をさせられているのを見る事は有るが、基本的には大人の奴隷が行っている。
荷物を運べなかったり、主人の意図する物を買えなかったりと、子供では大人の買い物の代わりは出来ない事が多いからだ。
そんな珍しい光景を見せられては、兵士達も黙って通すわけにもいかないのだろう。
ニルの元に寄って来た兵士二人が、ニルの前に立ち、行く手を阻む。
「おい。お前。」
「…はい。」
二人の内の一人が、低い声でニルに話し掛ける。
俺達はいつでも出られるように武器に手を掛けて待つ。
今のニルは、体力も力も子供のものになっている。いくらニルでも、子供の姿で戦うのはかなり危険だ。
「……誰の奴隷だ?」
「名前は……出せません。」
「なんだと?」
明らかに怪しいニルの受け答えに、兵士二人の眉が寄る。
俺達の仲間であるニル本人だとは思っていないみたいだが、俺達に金で買われた奴隷くらいには考えているかもしれない。
「……この荷物を教会に届けるように言われて来ました。もし、引き止められたならば、中身を見せろと……」
そう言ってニルが外套から差し出したのは、折りたたまれた布。
「あれは……」
ニルの手元に見える布地には見覚えが有る。
俺が、何かの時に使えるようにとニルに渡してあった金。いくら入っていたかは分からないが、結構な額が入っていたはずだ。二百万ダイスだったか、三百万ダイスだったか…子供の奴隷が持っているにしては、少し額が大きい。
ニルの意図が分からず、黙って見ていると、それを見た兵士が、直ぐにニルの手と生地を掴んで、周りに目を向ける。
「こんな所で開くな!」
兵士は焦ったように金を戻させる。
「ゴホンッ!不審な事は何も無さそうだな。通って良し。」
兵士達は明らかに不審な金を無視して、ニルを教会に通してしまう。
「え…?何故に?」
突然兵士達がニルを通した理由が分からず、首を傾げていると、ハイネが説明をしてくれる。
「お
「お布施?」
「こういった腐った街の腐った教会となると、教会自体が悪い連中と手を組んでいる事が多いのよ。
色々と教会に融通してやるから、教会は市民に良い噂を流してくれ…みたいな感じね。教会は市民がよく利用する施設でもあるし、神の名の元に在る施設だから、皆疑わないのよね。」
「そんな事、よく知っているな?」
「色々と調べていた時に、教会も調査対象になるのだと知ったのよ。
私達魔族は、フロイルストーレ様を信仰しているのだけれど、教会は絶対的に中立な立場なの。悪事に手を染めたなんて知れたら、魔界中から暴徒が押し寄せて来てしまうわ。だから、魔界の外に出て、教会すら悪事に手を染める事が有ると知って驚いたから覚えているのよ。」
「魔族はただでさえ血の気の多い種族ばかりなので、住民達が暴徒になったら止める事も出来ないのです。そんな危険な橋を渡らずとも、教会は中立である事で守られているので、下手な事をする人は居ません。」
「魔界ならでは…と言った感じだな。」
吸血鬼族やアマゾネス族、他にも色々と種族が居るみたいだが、それらの種族が一斉に襲って来ると考えたら、教会も下手な事は出来ないのだろう。
フロイルストーレに対する信仰が厚いというのも一つの理由だろう。
「ニルちゃんは奴隷の時期が長かったみたいだし、そういう裏の世界に関する事も、色々と知っているのでしょうね。」
「教会に対する裏金、つまりお布施を門前で止めてしまえば、フヨルデに対する反逆と捉えられる可能性が有ります。そうなっては兵士達としても非常にまずい事になるでしょう。」
「そういう金が教会に流れている事さえ、知られてはいけない事項だろうな。それで、あの兵士はビックリしてニルを通したと…」
「僕やシンヤ君にはあまり馴染みの無い話だけど、そういうものなんだね。」
「そういうもの…で片付けて良い話でもないのだけれど、残念ながら魔界の外ではそういうものみたいね。」
ニルがサッとそこまで考え付いたというのは凄いと思うが、そういう悪事が当たり前のように有ると考えているという事でもあり、それは少し悲しい気もする。
「中に入ると、こちらからの援護が出来ませんが、大丈夫…ですよね?」
「ニルなら大丈夫だろう。何かあれば、合図をして逃げて来るはずだ。教会の中に強敵が待っているなんて事は無いだろうからな。」
「重要拠点って事でも無いしね。」
「ニルが出てくるまで、見付からないように気を付けるぞ。」
「了解!」
中で何が起きているのかさっぱり分からないが、十分程でニルの姿を見る事が出来た。
鐘楼の方を見ていると、大きな鐘が吊り下げられている最も高い場所に小さな人影が見える。鐘の大きさもあってか、人影がやけに小さく見える。
「無事に辿り着いたみたいだな。」
「本当に子供になっているなんて、今見ても信じられないわ。」
「本当に子供の姿ですよね?」
「幻影とかではないぞ。実体が子供になっているんだ。」
「…………………」
ハイネが顎に曲げた人差し指を当てて何やら考え込んでいる。
「そういえば、私も知らないくらい昔の事だけど、魔族の中に、そういった魔法を使う種族が居た…という話があったような気がするわ。」
「そうなのか?」
「ええ。まだ吸血鬼族が魔族になるよりずっと前の話だから、私も詳しくは知らないのだけれど…」
「その話の流れからすると、その種族はもう居ないのか?」
「ええ。吸血鬼族との戦争が原因ではないみたいだけれど、随分昔に種族は途絶えたと聞いたわ。」
「見た目はどんな種族なんだ?」
「私もそこまでは分からないのよ……ただ、魔王様ならば、その種族の事について何か知っているかもしれないわ。」
「その頃の事を覚えている奴は他に居ないのか?」
「真祖アリス様ならば知っているかもしれないけれど、敵側の情報だったわけだから、詳しくは知らないと思うわよ。
他にも、長命の種族ならば、何かしら知っているかもしれないけれど、種族ごとの特殊な力は、秘匿性の高い情報だから、魔王様に聞くのが一番確実だと思うわ。」
「なるほど…ニルの両親についての謎を解くには、魔王を助けろということか。」
途絶えた種族であるはずの魔法を、ニルが使えるとなると、魔眼の事についてはより一層の警戒が必要になりそうだ。
紋章眼であり、かなり強力な力だということは分かっているし、危険を招きそうな臭いがプンプンしてくる。
紋章眼の事については、ハイネとピルテにも話していない。信用出来ないからではないことは言わなくても分かるだろう。
ただ、ニルの両親に繋がりそうな話が聞けたし、どうにも特異性の高い魔眼を持っているみたいだから、思っていたよりも簡単に両親の事が分かるかもしれない。
「そろそろ下りてくる頃だ。移動の準備を始めてくれ。」
一先ず、ニルの話はここまでにしよう。ニルの両親や、魔眼についてはそこらで聞き回れる類の話ではないという事が分かっただけで十分だ。それに加えて、話を聞かなければならない相手まで分かったのだから万々歳だ。
鐘楼を見ていると、ニルが地図を書き終えたのか、また建物の中へと消えていく。
数分後、ニルが教会から出ると、来た道を戻り、俺達の方へと向かって来る。
兵士達はニルに視線を向けるものの、何かするわけでもなく、ただ見送る。
「……ご主人様。」
いつもの
「か、可愛いですね…」
ニルが帰って来ると、ハイネとピルテがその姿に興奮しつつ、生唾を飲み込んでいる。今回の事が片付いた後、ニルに子供のバージョンになってくれと頼む二人の姿が目に浮かぶ。
「地図はどうだ?」
「はい。近場の地図は埋める事が出来ました。残念ながら、街全体を見渡す事は出来ませんでしたので、一部だけですが…」
「いや。今の段階でこれだけ分かれば十分だ。助かったよ。」
ニルから手渡された地図を見ると、かなり細かく周辺の建物や道が記載されている。
子供のニルの頭に手を乗せてポンポンと撫でてやると、擽ったそうに笑うニル。
「「っ?!」」
ハイネとピルテは心臓が一瞬止まったらしく、胸の辺りを掴んで眉を寄せている。
「本当に子供の姿になれるんだね?」
スラたんは、物珍しそうに観察しているだけ。どうやらロリコン属性は持っていないらしい。
「ニル。直ぐにで悪いが、元に戻してくれ。進むにしても、戦闘が出来ない状態では危険過ぎる。」
「分かりました。」
ニルに服を返してやると、少し物陰に隠れて元に戻り、帰って来る。
「一応魔力回復薬を飲んでおいてくれ。」
「ありがとうございます。」
子供への変身は魔力消費が激しいと聞いているし、しっかり魔力を回復してから行動しなければ、ここは敵地だし何が起きるか分からない。
「ニル。これはどんな建物だ?」
「それは恐らく飲食のお店かと。この辺りにはそういった店が多く建てられているみたいですね。」
「こっちは?」
「武器や防具を取り扱う店のようです。」
ニルが書いた地図を見ながら、全員で街の地理を確認していく。
「兵士達の配置は分かるか?」
「主要な大通りは住民と兵士達が入り交じっている様子でした。住民の数は少ないですが、ゼロではありません。細い道は、影になってあまり見えませんでしたが、要所要所に兵士を配置しているみたいです。
移動するとなると、必ずどこかの兵士達とぶつかるようになっていますね。」
「静かに頭を潰す…というのは無理か。」
「でも、オラーッ!って飛び出しても、上手くいくとは思えないよ?」
「俺もそんな危険な真似をするつもりはないさ。
ただ、そろそろ門を俺達が通過した事は伝わっているだろうし、捜索が始まるはずだ。悠長に次の一手を考えている時間は無いだろう。
地図を見て、気になる場所を順々に巡って、
「結構強引な動きになっちゃうね?」
「街の外の事を考えると、時間との勝負でもあるからな。多少強引でも、突き進む必要が有るだろう。
とはいえ、ド派手に暴れ回るというよりは、あっちで戦闘してこっちで戦闘してを繰り返すべきだ。数が寄ってくる前に離脱して、別の場所で戦闘、また数が集まってくる前に離脱を繰り返す感じだな。少数である利点を活かして、機動力で勝負するぞ。」
「はい。」
「了解。」
「分かったわ。」
「分かりました。」
全員の動きを確認した後、俺達は各々武器を抜き、まずは気になる場所その一へ向かう。
気になる場所その一は、飲食店が連なる通りから一つ奥に入った場所に建っている大きな建物。
大きいというのは、敷地的な意味で、高さは一階建ての家と同じくらいだ。
敷地面積は五十メートル四方有り、何の建物か分からない大きな建物らしい。
「よく分からない建物に近付くには、敵兵の守っている場所を突破、大通りを一つ抜けて、建物周辺の兵士達とも戦わないといけないね。」
ハイネとピルテの索敵によって、何とか戦闘せずに近くまでは移動出来たが、どうしても避けては通れない配置に行き当たる。
「スラたん。敵兵の配置は詳しく分かるか?」
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