第445話 ジャノヤ (2)
行き当たった場所の道幅は約二メートル。昼間であれば光が入ってそれなりに明るいが、夜になればかなり暗くなる道だろう。
左右に民家が並び、兵士達以外の人影は見えない。
流石にこういう場所に住民達が居るという事は無さそうだ。大通りで兵士達が居るからある程度安全なだけで、こういう場所は危険だと理解しているのだろう。
「えーっと……左右の屋根上に一人ずつ。下に四人かな。」
「下の四人は見えるが、上の二人は見えないな…ハイネとピルテは感じ取れるか?」
「ええ。」
「私も分かります、」
「それなら、上の二人をハイネとピルテに任せる。スラたんは二人の援護に回ってくれ。
下の四人は俺とニルで片付ける。」
俺の言葉に、全員が頷く。
「一度戦闘が始まれば、周辺の連中も動き出すはずだ。ゆっくり話が出来るのはここまでだろう。
目の前の連中を片付けたら、そのまま大通りを突っ切って問題の建物を確認する。当たりならそのまま中へ、外れなら即時撤退する。」
もう一度全員が頷いたのを見て、俺も頷く。
行動開始だ。
まずは、ハイネとピルテがそれぞれ左と右に分かれて屋根の上へと移動し、上で警戒している二人に向かって屋根の上を走り出す。
少し遅れてスラたんが屋根に上がり、俺達とハイネ達の両方が見える位置を確保する。ハイネ達を援護するように言ったが、スラたんは俺とニルの事も援護してくれるらしい。
それを見て、俺とニルも地上から四人を狙って物陰から飛び出す。
「右の二人を頼む!」
「はい!」
俺は左の二人に向かって走り込み、ニルは右の二人に向かって走り込む。
「奴等だ!」
「合図を上げろ!」
「させるか!」
俺達を見た瞬間、前に居た二人が槍を構え、後ろの二人を守るような形を作る。
動きも迅速で、後ろの二人は合図を出す為に煙玉のような物を取り出そうとしている。練度の高い兵士となると、厄介な相手になる事は分かっていたが、ここまでとは…本当に、日々研鑽を積んでいる兵士達が、フヨルデのようなクズに騙されて付き従っていると考えると、憐れでならない。
教会に居たフヨルデの手先みたいな兵士も中には居るみたいだが、大半はこういった純粋に街を守ろうとしている連中だ。
出来ることならば斬りたくはない。だが、フヨルデと俺達の間に立ち塞がるというのならば、敵として斬らねばならない。ただでさえ数の差が絶望的な程に有るのだ。下手に手心を加えている場合ではないし、そんな事をして後々自分の首を絞める結果になっては笑い話にもならない。
四人には悪いが、出来る限り追われる状況は回避したい。ここで合図を出させるわけにはいかない。
ビュッ!
前に居る兵士が槍を突き出す。
カンッ!
地面を蹴り、槍の側面を刃で受け止めつつ、その勢いを利用して滑るように横へ回転する。
天幻流剣術、剣技、
相手の攻撃の勢いを利用して回転し、斬り付けながら通過する剣技だ。
槍を受け止めた刃を、体の回転と共に水平に一回転させ、槍を突き出した兵士の首元へ向けて振る。
相手の全身鎧は上質で流石に切り裂く事までは出来ないだろうから、狙うのは兜と胴の隙間。上質な素材で出来た鎧ではあるが、首元まで覆われているタイプではない為、狙うのは難しくない。問題は後ろの二人。手に持っているアイテムは、投げ付けるような物ではなく、着火して使うタイプの物らしく、魔法陣を描いている。生活魔法程度の火で大丈夫だろうし、魔法陣は数秒で描き切れてしまう。そうなる前に、二人をどうにかしなくてはならない。
ザシュッ!!
泡沫によって流れるように前の兵士の首に刃を走らせた後、そのまま地面を強く蹴り、前へ飛び出す。体を極限まで前へ伸ばし、片手で桜咲刀を突き出す。
剣技、
この突き攻撃は、単純な直線的突き攻撃であるものの、名前の通り鉄をも貫く突破力の有る剣技。そして、俺には神力が有る。
刃先を伸ばすようなイメージで神力を集中させ、本来届かない位置から、アイテムを使おうとしていた兵士の脇に強力な一撃を繰り出す。
狙いは鎧の隙間となる腕の出ている部分。兵士はアイテムを家の屋根上に投げようとしていたのか、体を完全に横へと向けて立っていた為、その位置を狙う事が出来た。
ザクッ!!
兵士の脇から侵入した神力の刃は、その体内を通り抜け、反対側の首から突き出す。
「あっ……がっ……」
貫かれた男は、頭だけを俺の方へと向けて、口の端から血を一筋流す。
兵士の手元から、描こうとしていた魔法陣が消えていく。
ドサッ!
俺が目の前の兵士から神力の刃を抜き取るより先に、右手の兵士が倒れ、手に持っていたアイテムを地面の上に転がす。
ニルが前衛の兵士を攻撃しつつ、投げ短刀を兵士の顔に投げたらしい。魔法陣を描こうとして、そちらに気を取られていた兵士は、投げられた短刀を避けられず、眉間に短刀を受けて即死したようだ。
ドサッ…
目の前に居た兵士から突き刺した神力の刃を消し去ると、一度目を強く見開き、そのまま前のめりに倒れる。
通り過ぎた時に斬った兵士は、首が半分切れた状態で地面の上に膝をつき、横倒しになって事切れる。
ドサッ…
ニルの目の前に居た兵士も、一撃で仕留められたらしく、直ぐにニルの足元に横たわる。
ニルも、相手の強さから、怠惰で汚れ切った兵士ではない事を感じ取っていたらしい。殺すのであれば、せめて苦痛無く一瞬でと思ったのか、急所を的確に貫いている。
タンッ!タンッ!
俺とニルが二人の兵士を片付けたタイミングで、屋根の上からハイネとピルテが下りて来る。直ぐに後ろからスラたんも合流してくれた。どうやらハイネとピルテも上手くやってくれたようだ。
「こういう人達と戦うのは、あまり気分が良くないわね。」
「騙されていると私達が言ったところで、信じてはもらえないでしょうから、どうする事も出来ないのが歯痒いですね…」
「…出来る限り、直接的に頭を叩きたいところだが、まずは頭の位置を確認しないことには叩けないからな…」
「真摯な者達を肉壁にして、自分達は安全な場所で高みの見物ですか…卑劣な連中ですね。」
「居たぞ!ここだ!」
上手く合図を出させる前に殺したが、敵の配置はそこそこ近い。騒ぎが起きて聞き付けられてしまったらしい。
喋っている暇はやはり無さそうだ。
「行くぞっ!」
背後から現れた兵士達を見て、俺達は走って大通りに飛び出す。
「あいつらだ!見付けたぞ!」
「囲め!逃がすな!」
ゾロゾロと大通りに居た兵士達が俺達を取り囲もうと集まって来る。
「突っ切れ!」
「はい!!」
ニルが盾を正面に構えて、前へ出る。
「止めろぉ!」
ガガッ!ガキンッ!カンッ!
俺達の進行方向に居た兵士達が槍や直剣を突き出してニルを止めようとするが、全ての攻撃が盾に当たるとスルリと軌道を逸らしてしまう。
「な、なにがっ?!」
ドカッ!!
「ぐあっ!」
ニルが一人を蹴飛ばすと、飛ばされた兵士が後ろの兵士にぶつかり、ボーリングのピンのように数人が巻き込まれて体勢を崩す。
「行かせるな!」
ゴウッ!ゴウッ!
魔法による攻撃が、背後からいくつか飛んで来る。街中で住民も居るのにお構い無し。やはり真摯な兵士達ばかりではないようだ。
「行け!」
ハイネ達に先へ進むように声を掛けてから振り返る。
「はあっ!」
ザンッ!
後ろから飛んできていたのは初級の火魔法と風魔法。街に燃え移った場合、相性の良い二つの魔法の相乗効果で、一帯は火の海になってしまう。暴漢と呼ばれる俺達が、街を燃やさないように処理するなんて、どうにも納得が出来ないが、焼け野原にする気は無いし、仕方ない。
二つの魔法を切り裂いた後、直ぐに振り返りニル達の後を追う。
「追え!逃がすな!」
ガシャガシャと鎧を鳴らして走って追ってくる兵士達。日頃から鍛えてはいるだろうが、全身鎧で俺達と同じように走るのは無理が有る。
一気に俺達は調べたい場所へ突入する。大通りから一本奥に入った先に見えたのは、大きな平屋。敷地一杯に建築されている。
「この匂い…」
ハイネとピルテが頭を少しだけ上に向ける。俺達には分からないが、何か匂いがするらしい。
「ここは酒屋ね。」
走りながら、ハイネが俺達に伝える。
「濃い
「中にフヨルデやハンディーマンの上位者が居る可能性は?」
「人の気配は感じるけれど、それが誰かまでは分からないわ。」
「そもそも、黄金のロクスの容姿は分からないからな…」
一応、フヨルデについての容姿は聞いているし、街に入ってからフヨルデを模したであろう石像を見たから、何となく分かるとは思うが……似たような者も居るだろうし、見ただけでそれがフヨルデだと気付けるかは分からない。
影武者を用意している可能性も有るし、変装をしているかもしれない。
「僕がスライムを送り込んでみるよ。作業をしていない者達が多数居るなら、一度戻って調べるって事でどうかな?」
「そうだな。それでいこう。このまま走って一旦離れるぞ。」
足を止めればあっという間に取り囲まれてしまう。
相手の数が多過ぎて休む暇が無い。
「くそっ!どこへ行った?!」
「手分けして探すぞ!」
俺達を追っていた連中が、俺達を見失って散って行く。
「使い方によっては恐ろしい能力だな…」
「スライムに感謝した?」
「ああ。正直感謝したよ。」
俺達は、全員でまとまって物陰に隠れて、布を広げて持っていた。表面にはカラースライムを元に作り出した変色液を塗ってある。数分で乾いて剥がれ落ちてしまうが、数分間はかなり巧妙に隠れられる。まるで忍者の隠れ身の術だ。
布一枚で追っ手を巻けるとは…スライムパネェ。
「しかし…やはりどこかで記憶を読み取ってもらわないと、ロクスもフヨルデも、探すのに時間が掛かり過ぎるな…」
虱潰しに探すつもりでいたが、実際にやってみると非効率過ぎる。もっと効率的にフヨルデかロクスに辿り着く方法を考えるべきだ。
「スライムを送り込んでみたけど、従業員ばかりみたいだよ。」
「そうか…やはりこれでは効率が悪過ぎるな。どうにかロクスかフヨルデに繋がる者を見付けないとな。」
「そうね……でも、皆同じ全身鎧よ?どうやって見分けるの?」
全員同じ格好で、見た目だけでは判別は不可能だ。
一応、無茶な攻撃をしてくるのは盗賊の連中か、フヨルデ直轄の兵士だと思うが……
いや、待てよ…フヨルデ直轄と言えば…
「……例のマークだ。」
ノーブルの連中と戦った時、『Σ』のようなマークが体に入った連中が居た。あれはフヨルデ直轄の者である事を示すマーク。それを見付けられれば、記憶を読み取って、フヨルデに繋がる情報が得られるはず。
「そう言えば、そんな連中が居たわね。」
「ロクスは後回しにするのですか?」
「いや。フヨルデさえ見付けられれば、必ずロクスと繋がるはずだ。ザレインの件と今回の無差別な襲撃は、ロクスとフヨルデの指示が無ければ成り立たなかったはず。二人が結託しているのは明らかだ。」
「フヨルデを捕まえれば、芋づる式にロクスが釣れるって事だね。」
「ああ。」
「…そうなると、まずはマークの入った奴を探すところからね?」
「と言っても、全身鎧でマークなんか見えないよ?」
「一人一人鎧を引き剥がすわけにもいかないわよね…」
「こっちだ!居たぞ!」
「くそっ!もう見付かったか!」
相手の数が多過ぎて、隠れようにも隠れられない。それに、地理が分からず隠れる場所の見当も付かない状態だ。
「屋根上に出るぞ!」
細かい道を右往左往していても、相手の数が多過ぎていつか追い詰められてしまう。一度大きく移動して、しっかり姿を
タンッ!
ビュッビュッ!
「っ?!」
全員で屋根の上に出た瞬間。それを狙ったように矢が左右から飛んで来る。
カキンッ!
俺は咄嗟に後ろへ仰け反って避けられたが、その後ろに出てきたピルテは、もう一本の矢を避けられず、施してあった防御魔法に当たって矢が弾かれる。
「っ!!」
まさかこんな場所で敵が待ち構えているとは思っていなかった。
左右に居る二人は口まで布地で覆い、フードを被って目だけが出ている。ハンドの連中だ。ハイネとピルテも気付けなかったらしい。スラたんのスライムも、ここまでは展開出来ておらず、察知出来なかったらしい。
隠れ村付近での戦闘では広く見通しが良かった為、それ程脅威には感じなかったが、こうして建物が密集する市街地戦となると、ここまで厄介な相手になるのか…
しかも最も嫌なタイミングで、最も嫌な場所から攻撃を仕掛けてくる。地理を知り尽くした配置や追い込み方だ。盗賊連中は、ジャノヤに長年出入りしているのだろう。
ビュッ!ビュッ!
「させませんよ!」
反応が遅れたピルテが狙い目だと思ったのか、ハンドの二人はピルテに矢を再び放つ。
カンカンッ!
しかし、ニルがピルテの前に出て盾で矢を弾く。
「大丈夫ですか?!」
「…うん!」
気持ちを入れ替えてから、ニルに返答するピルテ。
もし、防御魔法が無く、矢に毒でも塗られていたら、今ので死んでいた。そうピルテは感じて、自分の甘さを律したに違いない。
即効性で即死級の毒はそう多くはないし、いくら金が有っても簡単に手に入る物ではないが、手に入らない物でもない。
もっと慎重に、あらゆる事に注意を払わなければ、数秒後には死体になっているかもしれない。そう思い至った事だろう。特に、相手は何をして来るのか分からないような連中も混ざっている。常にそういう連中が狙っていると考えて行動しなければならない。
「チッ!」
ハンドの二人は舌打ちして、即座に離脱する。
「このっ!」
「スラたん!」
二人の後を追おうとしたスラたんを止める。
「深追いは禁物だ。ここは敵地のど真ん中。熱くなったら一瞬で…だぞ。」
「…そ、そうだね…ごめん。」
ピルテが下手をすれば死んでいたかもしれないという事実に、頭に血を上らせかけたスラたんだったが、俺の言葉で冷静になってくれる。
スラたんは、森に住んでいて戦闘はほぼしてこなかった。つまり、こういう状況には慣れていないし、大きな戦闘も隠れ村の時が初めてだと聞いた。熱くなるのも分からなくはない。俺だってニルが殺されそうになれば熱くなるし、それが良い場合も有るが、今は戦況的に熱くなるのは危険だ。
怒りを覚えるのは悪くないが、冷静に激怒するのがベスト。相容れない二つのように感じるかもしれないが、ニルの怒り方を見れば言いたい事が分かるはずだ。あれは少し極端過ぎる例だが…
「取り敢えず、身を隠せそうな場所まで移動しよう。」
「そうだね。」
俺達はハンドの連中が引いたのを見て、街中を屋根伝いに走り抜ける。時折、屋根にも兵士が立っていたりするが、あまり多くはなく、屋根から下りたり、また上がったりを繰り返して、少し奥まった暗い路地を見付け、そこに一時避難する。
「ハンドの連中も当たっては引きを繰り返すみたいだな。」
「地の利が向こうに有る以上、こちらは不利ですね…」
「有利な状況で戦う事の方が少ないから、いつもの事だな。」
「そ、それはある意味凄い事だと思うのは僕だけかな?」
「ある意味じゃなくても凄い事よ。こんな戦い、毎度していると思うと溜め息が出てしまうわ。なんでまだ生きているのか不思議なくらいよ。」
「ひ、酷い言い草だな。」
「実際、私達と出会ってからの事を考えても、シンヤさんとニルちゃんじゃなければ、間違いなく二、三度は死んでいると思うわよ?」
「うっ……」
今考えると、ロックの事や隠れ村の事含め、結構ハードな旅を続けている。こう言われても仕方無い事をしている自覚は…一応有るのだが…
「別に恨み言を言っているわけではないわよ。シンヤさんとニルちゃんじゃなければ、私もピルテも、魔王様を救うどころの話ではなかったでしょうからね。とんでもない二人ねって話なだけ。
それより、今はフヨルデ直轄の連中をどう探すかよね?」
「あ、ああ。」
強引に話を流された気もするが、ハイネの言う通り、今は俺やニルの話をしている場合ではない。
「マークが見付かるまで、殺さずに無力化して、鎧をひん剥くわけにもいかないしな…」
「殺してしまうと情報は抜き取れないんだよね?」
「ええ。生き血である必要が有るわ。」
「だとしたら……鎧を脱がせるように仕向けるしかない…かな。」
「そんな都合の良い方法なんて有るのか?北風と太陽じゃないんだから、そう簡単に自分の命を守る鎧を脱いだりしないだろう?」
「当然、簡単に脱いではくれないだろうね。」
「何か策が有るのですか?」
「策と言える程の物か分からないけど、上手くいきそうな案が一つだけ有るよ。」
「どんな方法なんだ?」
「化学の力さ。」
そう言ってスラたんがインベントリから取り出したのは、薄い緑色の液体が入った三角フラスコ。
「それは…」
「前に見せた強酸性液だよ。」
スラたんが作ってくれたスライム瓶の内の一つ。アシッドスライムから作られた強酸性液だ。鑑定結果は…
【強酸性液(アシッドスライム)…アシッドスライムから作り出した強酸性の液体。揮発性が非常に高く、蒸気も酸性を示す。】
「アシッドスライムから作り出したやつか。あ。あー…そういう事か。」
「流石にシンヤ君には分かったみたいだね。」
「強酸性……酸性…酸……あっ!酸化反応ですか?!」
「ニルさんよく分かったね?!まさにそれだよ。金属の酸化さ。」
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