第416話 脱出
「ぐっ……」
リーダーの男が腹に手を当てて、急に苦しみ始める。
「……………」
毒でも飲んだのかと思ったが、腹を抑える手が不規則に動いている。
「っ?!」
それを見た時、何故か嫌な予感がした。悪寒が走ったと言っても良い。ただの直感だったが、俺はスラたんとニルの手を引っ張り、ハンドの三人から全力で離れる。
「「「ぐああああああぁぁぁぁごおぅぇ!」」」
グシュッグシュッグシュッ!
俺がスラたんとニルを引っ張ったとほぼ同時に、三人が耳に残る叫び声を発し、次の瞬間、その体からやけに鋭利な木の枝が無数に飛び出してくる。
目や耳のような穴という穴は当然の事、頬や胸部、腹部に至るまで、体中から皮膚を突き破って出てきた枝は、先程まで俺達が立っていた場所まで伸びて止まる。そのままその場に立っていたならば、俺達も串刺しにされていただろう。
「こ、これは一体…」
三人は言うまでも無く即死。というか、原型を留めておらず、ただの肉塊と化している。
「体中から枝が突き出して来て……自殺…でしょうか?」
「……いや。恐らく違うと思う。この体から飛び出している植物。多分カルカだと思う。」
「カルカ?」
俺は鑑定魔法を使って三人の体を破壊した植物を調べてみる。
【カルカ…死肉を苗床にして育つ樹木。鋭利な枝の先端に種を持っている。珍しい樹木。】
「死肉から育つ樹木…?」
「僕も、見たのはこれで三回目。普通はあまり見掛けない植物だと思う。モンスターや獣などの死体は勿論、人の死体からでも育つ樹木で、豊穣の森で見た事が有るんだ。触れないでね。枝の先端に触れると、種を植え付けられるからね。」
「植え付け……怖いな。」
「そうやって生き長らえる植物なんだよ。因みに、命名は僕じゃないからね。」
「豊穣の森だけで見られる植物ではないって事か?」
「うん。どこで見られるかの分布までは分からないけどね。」
「だが、こいつらは死体じゃなのに…?」
「それ以前に、カルカも植物の一種。こんな風に急成長するとは思えない。」
「魔法という事は無いのですか?」
「カルカを作り出すという魔法は知らないかな。それに、死体の中から出てきたカルカ。樹木の伸び方を見ると、魔法で生成されたというより、種から発芽、成長した時の伸び方だった。多分、詳しく調べれば分かると思うよ。」
「種から……それって、ザレインの急成長と関係が有るのか?」
「うん。多分ね……ちょっと待って……」
スラたんが険しい表情に変わり、思考を巡らせる。
「シンヤ君。ニルさん。」
スラたんは声量を落として、話し掛けてくる。
「急成長させた方法は分からないけど、考えられるのは二つ。一つは死んだ三人が、何かした場合。」
俺達に見えないように種を飲んだとか、魔力を操作して、という事だ。
ただ、それはつまり、盗賊が自分の命を投げ打って仲間への迷惑を回避しようとした…という事になる。そこまで仲間思いとは思えない。それらしい行動は見えたが、どちらかと言えば、死んだ三人の中で、助け合うという意識に感じられた。
他の盗賊とは違い、ハンドというのは特定の者達で組織された部隊だ。常に、この三人で戦って来たとすれば、三人の中に強い仲間意識が生まれてもおかしくはない。だが、三人が死んだ時、誰かが逃げられる可能性は限りなく低かった。
つまり、三人の内の誰かを助けようとしてではなく、情報漏洩によって、ここには来ていないハンディーマンの仲間を守った…という事になるのだが、そんな
「もう一つの可能性は……」
スラたんはそこから先を言葉にしなかった。
死んだ三人が、自分の意思で死んでいないとすれば、他者の意志によって殺されたと考えるのが普通だ。
そして、今回の場合の他者となると………近くに敵が潜んでいるかもしれないという事になる。
そこまで思考が巡ると、俺とニルも、スラたんと同じように周囲を警戒する。もし、誰かが見ていて、その者のタイミングで三人を殺したならば、少なくとも、俺達が居る位置を視認出来る場所に隠れている事になる。街中で戦闘を行っていたのだから、どこからでも見えるような場所ではないし、かなり近くに潜んでいる可能性が高い。
「ど、どうするの?」
「………………」
スラたんは相手の位置が掴めない事に、かなり緊張しているみたいだ。声が震えている。
馬鹿にしているわけではない。緊張しているのは俺もニルも同じだ。
しかし、暫く待ってみたが、攻撃される事は無く、静かなもの。気配も感じないし、伝わって来るのは街の騒ぎだけだ。
「退いたのか…それとも、観察されているのか…分からないな。」
索敵に関しては、ハイネとピルテに頼っているし、こういう時に周囲の状況を把握出来ないのはかなり痛い。とはいえ、じっとし続けていては、その内街の兵士か盗賊に見付かって囲まれるだけだ。
最終的に動かなければならなくなるのであれば、動き出しは早い方が良い。
「スラたん。ニル。移動するぞ。」
「はい。」
「だ、大丈夫なの?」
何も聞かずに頷くニルに対し、スラたんは不安を口にする。
「正直分からない。いつ攻撃されてもおかしくはないと思う。だが、ここでじっとしていても状況が好転するとは思えない。」
俺は正直に答える。もし、今も尚、近くに敵が居て隙を伺っているのだとすれば、俺達はかなり危険な状況である。動き出した瞬間に、目の前の暗がりから魔法がズドンッ!という事だって有り得る。それを警戒してもらう為にも、無駄に安心させるより、不安なまま移動した方が良いと思ったからだ。
「…そう…だね。分かった。行こう。」
「よし。ニル。先頭を頼む。俺は一番後ろを行く。適当なタイミングで屋根に登ってくれ。追手が居るのかどうかの確認をしながら、慎重にな。」
「はい。分かりました。」
ニルは盾と戦華を構えながら、夜の街を走り出す。
それに続いてスラたんが、そして、俺が
街の兵士達にも気付かれないように、暗い道を選び走る為、追手が居るならば、奇襲の確率は跳ね上がる。曲がり角、物陰、極端に暗い場所。それらを見掛ける度に、緊張感が膨れ上がる。
それでも、俺達は足を止めずに走り続ける。
暫く後、敵の奇襲が無いと分かると、ニルが屋根に飛び乗り、スラたんも俺も、それに続く。
そして、更にそのまま屋根の上を伝って走る。たまに道を飛び越えたり、直角に曲がってみたり。追手が嫌がる行動を次々と繰り返す。
「……追手は無さそう…ですね?」
街の中をあっちこっちと走り回ってみたが、追手の気配は全く感じない。
三人を殺した時点で退いたのか、そもそも大前提が違っていて、三人が他の仲間達の為に自ら命を絶ったのか…何にせよ、ハイネ達と合流しても良さそうだ。
「そうだな。」
「良かったー…」
やっと緊張を解けたと、スラたんが肩を持ち上げてから溜息と共に落とす。
「まだ完全に気を抜くには早いぞ。そろそろ夜が明ける。太陽が出てくる前に、出られるならこの街から出たい。」
「そ、そうだったね。もう少し頑張らないとね。」
気合いを入れ直してくれたスラたん。しかし、一安心という気持ちは俺も同じだ。何故追手が無かったのか不思議ではあるが、ハンディーマンの本隊に合流したという事も考えられる。少数では俺達と戦うのは無理だと判断し、一時撤退。後に圧倒的多数で潰しに来るのかもしれない。しかし、それは後での話であり、今は取り敢えず安全だということになる。
「まずはこのまま、最速でハイネ達に合流しよう。」
「分かりました。」
俺達は出来る限り速く走り、ハイネ達の元へ戻る。
ハイネとピルテは、俺達の帰りをソワソワしながら待ってくれていた。
「ハイネ。ピルテ。」
霊廟の扉を開くと、直ぐにピルテが駆け寄ってくる。
「無事だったのですね?!良かった…」
ピルテが俺達を見ると、泣き出すのではないかと思う程に安堵してくれる。
ピルテには逃げろと指示したから、今の今まで生きた心地がしなかったのだろう。
「ああ。怪我も無い。色々とあったが、無事だ。」
「本当に良かったです…」
ピルテはニルに抱き着いて、無事を喜んでくれている。
「ハイネ。一応追手は居ないと思うが、ピルテでも気が付かなかった相手が居た。少し警戒を強めてくれ。」
「分かったわ。でも、もう街を出るのよね?」
「そうしたいが、農場は他に存在しないのか?」
「それは大丈夫です。先程この男から。」
そう言ってピルテが目線を向けたのは、気絶しているテュイル。顔面に先程までは無かった傷が有るのを見るに、ハイネを…いや、今回は恐らくピルテを怒らせたのだろう。随分と気合いが入っていたし、一人だけ逃げて来たという事もあって、気が立っていただろうから、沸点がかなり低くなっていたはず。そこへテュイルが余分な一言でも放ったのだろう。死んでいないのはある意味奇跡だ。
そして、血の記憶を読み取って、農場が他には無いと知ったようだ。
「だとしたら、既にこの街でやる事は無いな。さっさと出るとしよう。」
「準備は終わっているわ。今直ぐにでも出られるわよ。」
「よし。それなら早速移動を開始しよう。詳しい話は街を出てからだ。」
「了解よ。」
気絶している捕虜二人を担いで、全員、霊廟から出る。
「計画通り、門ではなくて外壁を越える。ここからはなるべく戦闘は避けてくれ。」
「ええ。分かっているわ。」
気絶している男を運ぶのは、俺とニル。
先頭から、ハイネ、スラたん、俺とニル、そしてピルテの順番で外壁を目指す。
ハイネが索敵しつつ道を選び、何かあればスラたんのスピードで即座に対応、離脱。後方からの気配はピルテが察知してくれる。先程のような、気配を感じ取れない連中が来た場合、俺とニルも戦闘に参加するつもりだが、ここまでに一度も手を出して来ていない事を考えると、ハンドや、それを屠った者は既に追ってきていないと考えても良いはず。
その推測通り、俺達が外壁に向かう道中、一度も戦闘は起きなかった。
「さてと…ここからは僕の仕事だね。」
外壁に辿り着くと、スラたんが拳を握って気合を入れる。
「本当に大丈夫か?」
「うん。大丈夫。僕に任せて。」
「……分かった。頼むぞ。」
「うん!」
返事の後、スラたんはぴょんぴょんとその場で二、三度跳ねて、手をぶらぶらと揺らす。
「ふー………っ!!」
ダンッ!
スラたんが集中力を高めた後、全力で地面を蹴る。
その場に風だけを残し、理解不能なスピードで走り出すスラたん。
タンッ!
外壁の少し手前で地面を蹴り、斜め前方に跳ぶ。当然、そこには外壁が有る。
タタタタタタタッ!
しかし、スラたんはそのまま壁を上へと走り続ける。
城が溶けたと言った時に、スラたんにはかなり驚かれたが、高い外壁を走って登るというのも、なかなか非常識な言い回しだと思うのは、俺だけだろうか。
原理としては、水の上を走ろうとした時、右足が沈む前に左足を…というやつと似ていて、体が壁から離れるより、下に落ちるより速く上まで駆け抜けるだけという事なのだろうが……速さに特化した者ならではの芸当だ。オウカ島のシデン辺りなら似たような事が出来そうだが、俺には無理だ。
結局、スラたんは外壁の上まで走り抜け、上部の縁に手を掛けて止まる。
「シンヤさんも、スラタンも、人を超越した存在なのね。」
ハイネが遠い目でスラたんを見ながら言ってくる。
「ま、まだ人の範疇だと思いたいんだが…」
「ふふふ……無理よ。」
綺麗な笑顔で断固否定されてしまった。
そんな会話をしている間に、スラたんは外壁の上に顔を出し、周囲を確認してくれている。
どうやら、何人か兵士が立っているのか、何度か確認し、その後に壁の上に消えていく。
数秒後。
パラッ…
上から落ちてきたのはロープ。スラたんが敵兵を倒し、ロープを下ろしてくれたのだ。直ぐに二本目、三本目とロープが下ろされ、俺達はそれを登るだけ。
上に辿り着くと、二人、兵士が倒れているのを見付けるが、それには一切触れる事無く、外壁の外を見る。
「どうやら外も警戒しているみたいだな。」
外壁の外には、松明やランタンを持った人影が見える。見た限り、盗賊達のようだ。ザレインを外に運び出されないように監視しているらしい。
「シンヤ君の凄い魔法は、使ってから二十四時間使えなくて、二回までなんだよね?」
「ああ。」
「農場と城で使ったから、ここでその手は使えない…という事だよね?」
「そういう事だ。」
「そうなると…陽動が一番良さそうかな…」
ロックの風切羽を使って一掃…という手も有るには有るが、逃げ切れず、囲まれてしまった時を考えると、ここで使うのは得策とは言えない。上手くアイテムやらを駆使して切り抜けたいところだ。
「陽動するならば、ある程度派手な効果を生み出すアイテムが良いですよね?」
「そうだね…でも、そういうのはスライムには難しいかな。この辺りにはスライムも居ないみたいだし。」
「でしたら、お任せ下さい。」
ニルが担いでいた男をスラたんに預け、腰袋を探る。
取り出したのは、ニルの腰袋に入っている物の中でも、特に大きな瓶。大瓶と区別している瓶で、封入されている物の量も多い。
瓶の側面には二重丸が描かれている。
大爆焼夷瓶。それが取り出したアイテムに付けた名前だ。
簡単に説明してしまうならば、焼夷瓶の上位互換である。
ピンクモールドから作られる大爆玉。それを粉末の状態で瓶に詰め、長く燃え続けるブラウンモールドの大きな欠片も封入されている。瓶の蓋から飛び出している白布に着火し投げると、大爆発を起こし、その後、周囲に火のついたブラウンモールドが飛び散る仕組みになっている。
森の中や街の中等、周囲に燃え移る物が多い所で使うと、非常に危険で、被害もかなり大きくなる。その為、あまり使う機会が無いアイテムだったりするのだが、効果は高く、いざと言う時の為に持たせていた。
外壁周辺というのは、木が伐採されていて、外壁は石造り。燃え移る心配のある物は無い。そして、爆発に伴う爆音と、そろそろ夜から朝に変わろうとしている空の下でも目立つ炎を生み出す大爆焼夷瓶は、これ以上無い程に周囲の注意を引き付けるだろう。陽動には持ってこいだ。
「た、確か、凄い爆発と、火を生み出すアイテム…だったよね?」
「はい。これなら周囲一帯の注意を引き付けられるはずです。そのタイミングで飛び降りて、一気に駆け抜けましょう。」
「飛び降りて?!」
外壁から下を見て、青い顔をするスラたん。
俺やニル、ハイネやピルテとしては、この程度の高さならば、風魔法で着地出来るだろうと思ってしまうが、スラたんはそういう魔法の使い方をした事が非常に少ない。
元の世界の感覚で見ると、高さ的に死ねる!と思ってしまうのだろう。
「私達が一緒に飛び降りましょうか?」
ピルテがスラたんを心配してくれる。
「だ、大丈夫…多分…きっと…?」
大丈夫では無さそうだ。
「ハイネ。ピルテ。スラたんと捕まえた男を頼む。」
「分かりました。」
「分かったわ。」
スラたんは下を何度も見ては不安そうにしている。
山の頂上から飛び降りてみたら、きっとこの程度の高さは平気になるのだが……ん?その発想がおかしいのか?
「皆様。準備はよろしいですか?」
「ああ。」
「はい。」
「ええ。」
「え?ちょっ」
ブンッ!
スラたんが反応を示す前に、ニルが大爆焼夷瓶を外壁の外側、俺達から離れた位置へと投げる。
火矢とは違う、ゆったりとした曲線を描いて夜の空を飛んで行く大瓶。
ボガァァァァァァン!!
空中で火が瓶の中へと入り込み、一瞬にしてピンクモールドに燃え移り、鼓膜だけでなく、地面までをも揺らす爆音と爆風が吹き荒れる。
空が一瞬だけ赤く染まり、次に上空から数多の火の雨が降り注ぐ。
「行きます!」
「まだ心の準備が!」
俺達はそのタイミングで外壁から飛び降りる。
スラたんの準備を待っている時間は無い。
「な、何が起きた…?」
「う、うぅ…」
大爆発の真下に居た連中は、爆風で吹き飛び、地面の上に倒れている。立ち上がろうとするが、爆音によって耳をやられ、平衡感覚を失ったのか、よろよろとしていて立ち上がれていない。
「っっっっ!!」
スラたんは叫びたくても叫べず、声にならない声でハイネとピルテに腕を掴まれて何とか着地。
「火だ!火を消せ!」
無事だった者の内の一人が叫んでいるが、爆心地付近の連中は、耳が聞こえていない。
何人か声に反応して水魔法を発動、消火しようとしているが、ブラウンモールドは水の中に入れても燃え続けるという特性を持っている為、いくら水を掛けても消えない。
燃え移る物が無いのだから、放っておけば良いだけなのだが、火がそこら中で燃えているのを見ると、消そうとするのが人の性らしい。
「おい!誰か居るぞ!」
「追え!逃がすな!」
流石に盗賊の数が多く、爆発に注意を引き付けても、気付く奴が居たらしい。俺達に気が付いて、声を張っている。
「走るぞ!」
ガサガサッ!
近くに生えていた草を利用して、身を隠しつつ、街から離れる方向へと走る。しかし、このまま追われ続けるのは勘弁してもらいたい。
俺は片手で男を担ぎつつ、腰袋に手を伸ばす。
パリンッ!パリンッ!
俺が腰袋から出した瓶を後ろへ投げ捨てると、瓶が割れて、中から猛毒の胞子が空気中に広がって行く。
毒煙瓶。チハキキノコの胞子を封入した瓶だ。
「ゴフッ!ゴフッ!」
ビチャビチャッ!
胞子を吸い込んだ男が、直ぐに毒の効果を体現し、大量の吐血。その場に膝を落とし、真っ赤になった自分の手を見て、そのまま前のめりに倒れて行く。
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