第394話 戦果
「今は何も考えたくない……な……」
目の前がグラッと揺れて、視界の端から黒くなって行く。
俺はその場で気絶した。
俺が目を覚ましたのは、それから丸々半日後だった。
「っ!!」
両腕の痛みを感じて目が覚める。
「ご主人様!!」
目を開くより早く、ニルの焦った声が聞こえてくる。
「……ニル……」
目を開くと、目の前には心配そうな顔をしたニル。俺の顔を覗き込んでいるらしい。
またニルを泣かせてしまいそうだ。
「ご主人様!!良かった…良かったです……」
泣きこそしなかったが、俺の胸におでこを当てて、大きな安堵の溜息を吐く。
「……また心配掛けてしまったな…すまないな…」
「…いえ…あの時、私達が役に立たなかった事は分かっています……」
ニルは暗い顔で俯く。
「もっと私に力が有れば……」
悔しそうに手を握り締めるニル。
そんな事は無いとは言えない。事実、あの時、ロックの魔法をどうにか出来る可能性が有ったのは俺だけ。そんな気休めを言っても、ニルは納得しない。
「っ!!」
ニルの悔しそうな顔を見て、俺は頭を撫でてやろうとするが、腕に激痛が走り、まるで上がらない。
「ご主人様!駄目です!まだ安静にしていて下さい!」
ニルがあわあわと慌てている。
首を少し浮かせて自分の両腕を見ると、包帯が巻いてある。
「内出血が酷かったから、少し表面を切って、血を少し抜いた後、ニルさんが持っていた傷薬を塗って包帯を巻いたんだ。」
頭の上からスラたんの声が聞こえてくる。
その時気付いたが、俺はテントの中で寝ている状態で、時間は深夜。
俺とニルの話し声が聞こえてスラたんが寄ってきたらしい。
「目を覚ましたみたいだね。良かったよ。」
スラたんがテントの出入口から顔を覗き込んで来ると、丁度俺の顔の真上に、逆さまになったスラたんの顔が現れる。
「スラたんが処置してくれたのか?」
「うん。結構酷い状態だったからね…あまり詳しい知識は無いけれど、僕の知っている範囲で処置はしておいたよ。怪我の具合はどう?」
「まだかなり痛むが、動かないって事は無さそうだ。」
腕や足に力を入れると痛むが、動かす事自体は出来る。
「特に腕の状態が悪かったからね…」
内出血という事は、血管はズタボロ。筋肉も酷い断裂を起こしているだろう。超酷い肉離れみたいな感じだ。
「医学にまで精通しているのか?」
「製薬に興味を持つ前は、医者になりたいと思っていた時もあってね。医学の触り程度しか知らないけど…」
元々は祖父母を助けたいという思いから勉学を頑張っていたのだから、医者になりたいと思うのも当然の流れだ。ただ、医者になろうとすると色々と必要になってくるものも多いし、どこかで断念したのだろう。
「と言っても、シンヤ君が作ったっていう傷薬が優秀過ぎて、僕がやったのは皮膚を切って血を抜き出しただけだし、殆ど何もしていないけどね。」
「いや。助かったよ。ありがとう。」
「…ううん。僕の方こそありがとう。いや、ごめんねかな…結局、シンヤ君に無理をさせる事になってしまったから…」
「最終的に決めたのは俺だ。謝る必要は無いさ。
それより、スラたんは大丈夫なのか?派手に腹を木にぶつけていたと思ったが…?」
「ああ…多分肋骨辺りが折れていると思うけど、僕も傷薬を借りたから、大丈夫だよ。」
「本当に大丈夫なのか?」
「まだズキズキと痛むけど、動けない程じゃないよ。」
肋骨が折れていて動けない程じゃないというのも豪快な話だが…本人が大丈夫だと言うのならば、大丈夫なのだろう。
「それなら良いが、あまり無茶はするなよ?」
「お互いにね?」
「はは…そうだったな。」
俺自身も、かなりボロボロだ。起き上がる事も出来ず、寝たままスラたんと話をしているくらいだし。
「ハイネとピルテは?」
「勿論無事だよ。今は二人共寝ているところだね。見張りは僕達で交代で行っているからね。」
「そうか。それなら良かった。
それで…俺は何でテントで寝ているんだ?」
「あー。実は、シンヤ君が気絶した後、処置をして、馬車を使って豊穣の森から離れたんだ。また盗賊連中が来るかもしれないからね。
今は、豊穣の森から出て、半日北に進んだ地点だよ。周りは普通の森だね。」
「そうだったのか……しかし、色々と気になる事が…」
盗賊連中が、何故ロックの卵を狙っていたのかとか、ロックの事とか…
「その辺りの事については、明日話そう。今日は時間も深いし、ハイネさん達も含めて話をした方が良いと思うし。」
「それもそうか…分かった。取り敢えず、俺は怪我を治す事に徹するとするよ。」
「うん。しっかり休んでね。」
そう言うと、スラたんがテントから離れていく。
外では、パチパチと焚火の音が鳴っている。
「……ふう…何とか一難は去ったみたいだな…
ニルは大丈夫なのか?」
「ご主人様のお陰で、私はかすり傷程度です。」
「そうか…良かった。」
「…良くはありませんよ…」
「………………」
「いえ、今はそれよりも、お休み下さい。」
ニルが俺の顔を見ながら、寝るように促してくる。優しく言ってくれているが、これは半強制的に寝かし付けられるやつだ。
起きていても出来る事など無いし、さっさと寝て、早く治すとしよう。
「ああ。そうさせてもらうとするよ。」
俺はニルに言われるがままに目を瞑る。
起きたばかりで眠れるのか心配だったが、体が休息を求めてなのか、直ぐに眠りに落ちる。次に目が覚めたのは日が登り、少ししてからの事だった。
「…………ん……」
目を覚ますと、寝る時に見たテントの屋根が見える。
「スー………スー………」
寝息が聞こえて来て、横を見ると、俺の服の袖を握り締めながら眠るニルの姿。いつもは俺より早く起きているのに、よく眠っている。昨晩は、俺の事をずっと
「ん……」
俺が起きた気配でも感じたのか、ニルが眉を少し動かして、ゆっくりと瞼を開いていく。
「おはよう。ニル。」
目を俺の顔に向けたニル。起き抜けである為、ボーッとしていた瞳が、少しずつ焦点を合わせていく。
「お…おはようございます!」
ニルは飛び起きて、恥ずかしそうに朝の挨拶を返してくれる。
未だに俺より後に起きる事を良しとしていないニル。今回は看病してくれていたのだし、そんなに恥ずかしがる必要など無いと思うのだが…
「……っ…」
未だ鈍痛が残る腕に力を入れる。
処置のお陰で、動かしただけで激痛が走るという事は無くなったが、まだ武器を振るのは難しそうだ。しかし、日常生活ならば問題は無いだろう…多分…
「っ……」
それを理解し、起き上がろうとすると、直ぐにニルが背中を支えて補助してくれる。
「痛みはどうですか?」
上半身を起こしたところで、ニルが腕を見て聞いてくる。
「まだ鈍痛は感じるが、昨日みたいな激しい痛みは無くなったよ。」
「そうですか…本当に良かったです……」
ニルは胸を撫で下ろす。
「心配を掛けてすまないな。」
「ご主人様は、直ぐに御無理をなさいますからね。」
「う゛っ……」
俺の現状を見れば分かるが、反論など出来ない。
「ふふふ。」
言葉に詰まった俺を見て、ニルが笑う。
「私としては、ご主人様の事をずっと見ていられるので、役得ですよ。」
そう言って、もう一度笑うニル。
「何だそれ?そんな事が役得なのか?」
「ふふふ。はい!」
躊躇う事無く満面の笑みで返事をするニル。
昨夜は自分の力が足りないと落ち込んでいたニルだが、気持ちを切り替えたのか、ハイネ辺りと何か話でもしたのか、もう大丈夫そうだ。
「シンヤさん?起きたのかしら?」
テントの外からハイネの声が聞こえてくる。
「ああ。今起きた。直ぐに出るよ。」
ハイネに返事をして、ニルの助けを借りながら外へ出る。
スラたんが昨夜言っていたように、周囲は森で、俺達が居るのは少しだけ見通しの良い開けた場所。
「おはよう。調子はどう?…って、良くは無いわよね。」
俺の両腕を見て眉を寄せるハイネ。
「まだ少し痛むが、取り敢えず動かせるから大丈夫だ。」
「ふふ。それは良かったわ。」
寄せていた眉を戻して、笑ってくれるハイネ。
「ピルテとスラたんは?」
周りを見渡しても、二人の姿が無い。
木々の間から差し込む光を見るに、既に全員起きている時間帯のはず。
「二人は少し先を見に行ってくれているわ。今はあまり戦闘をしたくないし、出来るだけ安全そうな道を探してくれているのよ。」
俺は武器を振れないし、スラたんは肋骨が折れている。出来ればモンスターとも、盗賊とも戦いたくはない。
「帰って来たら朝食にしようと思っていたから、シンヤさんは座って待っていて。出発の準備は私達でやるから。」
「お言葉に甘えさせてもらうとするよ。」
今の状態で役に立つとは思えないし、素直にハイネの言う通りにする。
ハイネとニルが出発の準備を進めているのを座って見ていると…
「シンヤ君!」
「シンヤさん!」
北側の森から戻ってきたスラたんとピルテが、俺の姿を見て走ってくる。
「起きて大丈夫なのですか?!」
「ああ。お陰様でな。」
ピルテもかなり心配してくれていたのか、腕を軽く挙げて見せると、大きな息を一つ吐いて胸を撫で下ろす。
「心配を掛けてすまないな。一先ず、日常生活は大丈夫だと思うから…」
「駄目ですよ!」
俺の言葉に、ピルテが大きな声で反論する。
「酷い怪我の場合、完治していないのに無理をすると、後遺症が残ったりすると聞いた事があります!」
「こ、後遺症…?!」
ピルテの言葉に、ニルが絶望的な表情を見せる。
「い、いや、そんな後遺症が残るような怪我じゃないからな?」
「駄目です!後遺症が残ったらどうするんですか?!」
ピルテとニルが真面目な顔でにじり寄ってくる。
このままでは二人の操り人形にされてしまう…
「スラたん?!」
多少なりとも医学の事を知っているスラたんならば、後遺症が残るかどうかくらい分かるはずだ。スラたんに助けを求めてみたが…
「んー!今日もピュアたんは可愛いなー!ふへへー!」
絶賛スライムと
いや、絶対に聞こえているだろうし、わざと聞こえない振りをしていやがる!
「ハイネ!」
「んー…怪我をしたのは事実だし、こういう時くらいは甘えても良いと思うわよ?」
ニヤニヤと笑いながらそんな事を言ってくるハイネ。
くそっ!ハメられた!
「いや、本当に大丈夫だから、二人とも気にしなくて良いぞ?」
「駄目です!ご主人様は座っていて下さい!」
「そうですよ!何かあっては大変ですからね!」
駄目だ…ピルテもニルも超真面目だから、もしも…と考えてしまうのだろう。これは何を言っても聞いてもらえないやつだ…
「さて、それでは朝食にしようかしら。」
ハイネが同じ顔で笑いながら言ってくる。
俺もずっと寝ていて何も食べていないし、そろそろ腹が減ってきた。朝食は嬉しい………いや、待てよ。この流れ……
俺の予想通り、俺は両腕を使う事をニルに禁止された。
当然、両腕が使えないとなると、飯も一人で食えなくなる、しかし、回復の為にも食べないという選択肢は無いわけで……
「ご主人様。」
「ん…うん……」
ニルが俺の口に朝食を運び、俺が口を開けるだけで口の中に食べ物が入ってくる。
「どうですか?」
「お、美味しいな。」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで、あーんをしてくれるニル。恥ずかし過ぎる。
スラたんもハイネも、ニタニタと笑いながらその状況を楽しんでやがる。
「や、やっぱり食事くらい」
「駄目です!」
「……はい……」
食事くらい一人で食べられると言おうとしたが、俺の言わんとしている事は、ニルに筒抜け。全部言い切る前にピシャリと却下される。
結局、ニルのあーんで全て食べ切る事になった。
やっと恥ずかし過ぎる朝食が終わり、片付けが終わったところで、昨日の事について話をする流れとなった。
「まず、例の盗賊達についてからだね。」
「あいつらは一体何をしに来たんだ?」
「実は、あの後、ハイネさんとピルテさんで、倒れた盗賊達を調べてくれたんだ。そうしたら、まだ息のある連中が何人か居てね。話を聞けたみたいなんだよ。」
つまり、辛うじて息のあった者達の血の記憶を読み取ってくれたのだろう。
「それで?」
「まず、あの盗賊達の所属はハンディーマンで間違いないわ。予想通り、調査隊が消えた事で、何があったのかと豊穣の森を訪れたみたいね。」
「ジャノヤの方から送られて来たって事か。」
「そういう事になるわね。計四十人近くの者達が送られて来たらしいわ。」
「俺達が見た時には半分以上がロックに吹き飛ばされていたという事か…いや、卵を持っていたにしても、それだけ生き残っていた事を驚くべきだろうな。
しかし、そうなると、豊穣の森を調査しに来た連中が、何故ロックの卵を盗む事になったんだ?」
「どうやら、それは単なる偶然のようですね。
豊穣の森付近でロックが何度も目撃されているという情報は、元々掴んでいたみたいですが、初めはロックに見付からないように行動していたようです。」
「まあ、SSランクのモンスターに、訳も無く喧嘩を売る程馬鹿じゃないわな。」
「はい。ですが…四十人近くの盗賊達が集まっていて、全員荒事にも慣れていた者達だったので、豊穣の森を数の暴力で突き進み、偶然、通り抜けた先が…」
「ロックの巣の近くだったと…?そんなに簡単に見付けられるような場所に、ロックの巣が有るのか?」
スラたんならば、巣の場所を知っているだろうし、疑問を投げ掛ける。
「ううん。当然だけど、そんなに分かり易い場所には無いよ。ただ、それは豊穣の森という天然の防波堤有りきの話、つまり、それを突破されてしまうと、結構分かり易いだろうね。
親鳥であるロックのサイズを考えれば、巣がそれより大きい事は想像出来ると思うし。」
翼を広げれば五十メートルにもなる巨大な鳥だ。巣は相当に大きな物となる。ある程度カムフラージュはしてあるだろうが、人から見ればあまり意味を成さない。
「だが、もし見付けられたとしても、ロックの目を盗んで、卵を奪う事なんて可能なのか?」
「出来ると思うよ。ロックをずっと見て来たけど、
「ずっと卵を守っている事も出来ないから、たまに巣を空ける時があるのか…俺達が初めて見た時も、どこかからか帰って来ているところだったな。」
「盗賊達は、ロックの巣を見付けて、卵のみが置いてあるのを発見し、盗む事にしたという事みたいです。」
「信じられない程の馬鹿だな。」
「元々、調査隊の事などどうでも良いと考えている者達が多かったようですね。そこに来てお金になりそうな物を発見したので、食い付いたという事ですね。」
「盗賊達が馬鹿だということは分かったが……」
「あまりにも偶然が重なり過ぎている…って感じだよね。」
「ああ。巣を見付けた事や、ロックが不在だった事も、偶然にしては出来過ぎている気がしてならない。
もしかしたら、黒犬の連中が、俺達にロックをぶつけようと仕組んだのかもしれない。」
「黒犬が?でも、豊穣の森辺りに人が入った形跡なんて無かったよ?」
「そういう痕跡を残すような連中ではないからな。」
「自分達では対処出来ない相手だから、ロックを
「俺はそう感じるんだが、皆はどう思う?」
「そうね…有り得ない話では無いと思うわ。ただ、シンヤさんが気絶していたのに、その後何もして来なかったという事は、少なくとも近くには居なかったのだと思うわよ。」
「黒犬からしてみれば、かなりの大チャンスだったとは思いますが、ロックの魔法は周囲一帯を吹き飛ばします。近付きたくても近付けなかったのかもしれませんね。」
「もし、シンヤ君の予想が当たっているとしたら、用心しないといけないね。」
「俺達が豊穣の森に潜んでいる事がバレていたわけだからな…まあ、あれだけ派手にノーブルの拠点を潰せば、この辺りに潜んでいると考えられてしまうよな。」
「ロックを操ろうとするのは無理な話だし、単純に暴れさせて、僕達を巻き込もうとしただけかもしれないね。」
「相変わらず嫌な事をする連中ですね…しかし、ハイネさんとピルテが居るというのに、随分と強引な方法を取りますね?」
「そうだな…情報を得る事よりも、持ち帰られる事を嫌ったんだろうな。」
「情報を持ち帰らせるくらいならば、殺してしまえ…という事ね。」
「何て傲慢な連中なんだ…」
スラたんとしては、何だそれ?!という話だろう。
「それで、他には何か分かったのか?」
「ええ。一人からザレインについて少し情報が抜き出せたわ。」
「どんな情報だ?」
「それが…シンヤさんの予想通り、どこかでザレインの栽培が行われているみたいよ。」
「そうか…」
そんな気はしていたが、どうやら栽培する方法を見付けたらしい。
「間違いなく、フヨルデの息が掛かっていますよね。」
「間違いないだろうな。場所は分かったのか?」
「大まかな位置だけは。細かい位置までは分からなかったわ。」
「大まかな位置だけでも分かったのは嬉しいな。何ヶ所か在るのか?」
「私が聞いた限りでは、一ヶ所ね。まだザレインを扱い始めてから、そう時間が経っていないみたいよ。」
「それは嬉しい話だが、フヨルデがハンディーマンに知らせていない栽培場所を持っていてもおかしくはないからな…」
今後、ザレインを駆逐する為に、栽培方法を掴む必要は有るが、農場自体は吹っ飛ばしてしまえば良いはずだ。燃やすなり、聖魂魔法でぶっ飛ばすなりすれば良い。
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